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5.兄王子の溜息





 ルークとシェリーの間に起った『婚約破棄のすすめ事件』は双方の気持ちを伝え合ったことにより解決した。

 巻き込まれたリチャードとしてあっさり解決したことに脱力してしまいそうになったが、丸く収まってよかったとも思っている。

 そして先日新たに分かった事実が二つあった。

 一つはセラフィーナ嬢のことである。


「私、シェリーさまにずっと憧れてましたの…!」


 事件が解決して数日たったある日、ルークとシェリーがセラフィーナをお茶会に誘ったことによってことの真相が判明した。

 ちなみにそのお茶会にはリチャードも強制参加させられた。


「憧れの方に声を掛けるのは緊張してしまって…目が合うと胸がどきどきして、落ち着かなくて…」


 そう言ってはにかんだセラフィーナの目はとてもきらきらとしていた。

 彼女はルークとリチャードには目もくれず、熱心にシェリーを見つめていた。

 どうやらシェリーが感じていた熱心な視線というのはルークに向けられたものではなく、シェリーに向けらえたものであったらしい。

 あの日にセラフィーナがルークと楽しそうに話していた(ようにシェリーには見えた)のは、誤解が解けたのかどうか気になったセラフィーナがルークに問い詰めていたところだったらしい。

 あまりの勢いにルークの笑みはひきつり、たじたじになっていたのだとか。

 その場面を運悪くシェリーに目撃されたことを知ったセラフィーナは仮にも王太子に対して「早く誤解を解いてください! この根性なし!」と暴言を吐いてルークに追いかけさせた。

 正直不敬罪になってもおかしくないのだが、それは事実であったため、ルークは罪を問うことはしなかった。

 結果として、そのことがきっかけでシェリーと気持ちを確かめ合えたのだから結果オーライというものだろう。


「まさか私がシェリーさまの心を苦しめることになるなんて、考えもしませんでした…。本当に申し訳ありませんでした…!」


 セラフィーナは深々とシェリーに頭を下げた。

 シェリーはセラフィーナをじっと見つめたあと、にこりと微笑んだ。


「顔をあげてくださいな、セラフィーナさま」

「ですけれど…!」

「ルークさまの気持ちを知ることができたのはあなたのお陰です。あなたがいなければ、臆病はわたしはルークさまの気持ちを確かめようとすら思わなかったはずですから。だから、そんなに謝らないでくださいな」

「シェリーさま…。ですが、それでは私の気がすみません。なにか、なにか私にできることはありませんか? 私にできることならなんでもします…!」


 シェリーは大きく瞬きをして「そうねぇ…」と頬に手を当てて少し悩んであと、セラフィーナを見てにこっと笑った。


「では、わたしとお友達になってください」

「……え?」

「わたし、あまり年の近いご令嬢のお友達がいなくて…だから、わたしとお友達になってくださると嬉しいわ」

「で、でもそれは罰じゃ…」

「ねぇ、セラフィーナさま。あなたはわたしに憧れていると仰いましたよね? わたし、皆が言うような人ではありませんの。きっとわたしとお友達になったら幻滅しますわ」

「そんなことは絶対ありませんわ!」

「そうかしら」


 「きっと罰になると思うのだけど…」とシェリーは首を傾げている。

 シェリーは噂されているような淑女の鑑とは程遠い性格だ。こんなはずでは…と彼女が思うだろうとシェリーが考えることは簡単に想像がつく。

 しかし、事前にルークを通じて彼女のことを知っていたリチャードもそれはないな、と確信していた。

 セラフィーナはシェリーのことをよく知っている。彼女の愛読書も、好きなお菓子も、好きな紅茶の種類も、シェリーが好む色も。

 長年シェリーと付き合いがあるリチャードでさえもぎょっとするような詳しい情報をセラフィーナは持っているらしい。そんな彼女がシェリーに幻滅する日は来ないだろう。

 そしてシェリーとセラフィーナはとても気が合うのでは、というリチャードの予想は外れなかった。

 彼女たちはこのお茶会で男性陣を取り残し、大変盛り上がった。

 まるでずっと昔からの親友のように手を取り合いきゃっきゃっと騒ぐ彼女たちにドン引きしたのは秘密だ。


 彼女たちが楽しそうにお喋りを繰り広げる中、リチャードは遠い目をして、また厄介なことになりそうだな…とお茶をずずっと啜った。

 リチャードの隣に座るルークはその表情を思い切り引きつらせていて、「やはりセラフィーナと会わせるべきじゃなかった…」と心底後悔しているようだった。

 このお茶会をすることになったのはシェリーからの強い要望があったため。ルークは最後まで反対をしていたが、シェリーのお願いを断ることはできなかった。惚れた弱みというやつだ。



 二つ目に分かった事実とは、今回の騒動の根底を覆すものだった。


「…実は、あのお告げは『婚約破棄をすると幸せになれる』というものではなかったそうなのです」


 シェリーの口から告げられた衝撃の事実に、ルークもリチャードも固まった。

 シェリーはいつになく神妙な顔をして、本当のお告げの内容を口にした。


「本当のお告げは『婚約破棄騒動を経て幸せになれる』というものだったらしいのですわ。それをどうやらわたしが勘違いして聞いてしまっていたみたいで…」


 恥ずかしいですわ、と両手を頬に当てて俯くシェリーを見て、ルークとリチャードは同時に机に突っ伏した。礼儀作法なんて言葉は遥か彼方に飛んで行った。


「…僕が悩んでいたのはいったい…」

「俺の睡眠時間を返せ…」


 小さく呟いたルークとリチャードに、シェリーは縮こまって「本当にごめんなさい…」と謝った。

 衝撃の事実から先に立ち直ったのはルークだった。


「……まぁ、それすらもお告げの通りだったのかもしれないし、結果的には丸く収まったんだから、いいとしよう」

「ルークさま…」


 うるうるとした目でルークを見つめるシェリーはまるで恋する乙女のよう。

 そんなシェリーをルークも頬を染めて見つめ、二人は自然に手を取り合って微笑んだ。

 二人だけの甘ったるい桃色空気を吸って、リチャードは吐き気がするような気がした。


(俺は全然良くないぞ…! 俺の貴重な睡眠時間を邪魔された挙句、こんな弟と幼馴染みのイチャイチャを見せつけられて、俺はまったく良くない!!)

 肉体的にも精神的にも全然よろしくない。勝手に丸く収めるな! と叫びたいのをぐっと堪えた。


「…本当に、リチャードさまにもお世話になって…」

「うん、兄上にはすごく迷惑をかけてしまって、申しわけありませんでした。これは僕とシェリーからのお詫びの印です」


 若干恨みがましい視線をルークとシェリーに送っていたリチャードは、二人がそろって差し出してきたものに目を丸くした。


「これは…」

「以前、リチャードさまが食べたいと仰っていたお店の焼き菓子セットですわ」

「僕も一つだけ食べてみたのですが、とても美味しかったですよ。これくらいじゃお詫びにすらならないかもしれませんが、どうぞ受け取ってください」

「ルーク、シェリー…」


 二人の気遣いにリチャードは胸が熱くなった。

 まだ子供だと思っていた二人もきちんと成長しているようだ。自分たちが迷惑をかけていることを自覚し、そのお詫びの品を用意するようになったのだ。弟と妹のような存在である幼馴染みの成長を喜ばずにいられるだろうか。

 そう、断じて、ずっと食べたかった店のお菓子が食べれて嬉しいわけじゃない。いや嬉しいのだが、それだけでは決してない。


「二人とも、ありがとう。ありがたく頂く」


 リチャードは微笑みを浮かべてしっかりと焼き菓子セットの入った包みを受け取った。あとでゆっくりと味わって食べようと決め、その時のことを考えてうきうきとした。


「…まあ、なにはともあれ、二人が丸く収まって本当に良かった。おめでとう、二人とも」

「はい…! ありがとうございます、兄上」

「ありがとうございます、リチャードさま」


 仲睦まじく寄り添う二人を見て、胸が温かくなった。

 そしてリチャードはようやく心からの祝福を二人に言えたのだった。



 さて、二人の問題も解決し、これでゆっくりと眠れる―――

 あの事件が起こってからというもの、毎日のようにルークがリチャードのもとへやってきて、泣き言を言って帰っていく日々が続いていた。

 その事件も解決し、ようやく安眠ができるとリチャードが就寝の準備に入ったときだった。


「兄上ぇ!!」


 バタン! と勢いよく扉が開き、泣き顔のルークが入ってきた。

 リチャードがぎょっとして固まっている間にもルークはリチャードのもとへ近づき、リチャードのすぐ近くでぶわっと涙を流した。


「ルーク…いったい何があったんだ…」


 ただ義務感から仕方なくリチャードがルークに訊ねる。

 本音は、頼むから寝かせてくれ、である。


「シェリーが…シェリーが…! 『ルークさま、わたしに冷たく当たってみてくださいませんか?』と言い出して…!」

「…………」


 シェリーに冷たく当たるなんてできるはずがない。だけど期待された目で見られると応えずにはいられない。僕はいったいどうしたらいいのか。

 そんなことをルークはつらつらと語った。

 ルークに「そうだな」「確かに」「頑張れ」と適当な相槌を打ちつつ、リチャードは白目を剥きそうになった。

 どうやら二人がいる限り、リチャードに安眠は訪れないらしい。この調子では今日も徹夜コースまっしぐらである。


(……どうでもいいことに俺を巻き込むな…! 俺を寝かせろ―――ッ!!)


 そんなリチャードの心の絶叫は、残念なことにルークとシェリーに届くことはない。

 そして今日も今日とて、リチャードは寝不足に悩まされることになるのであった。





連載の息抜きとして書いた話でした。

自分が書いておいてあれですが、この二人が未来の王様と王妃様で大丈夫なのか、とつっこみをしたくなりました。

いえ、きっと大丈夫です。リチャードさんがいる限り、たぶんきっと恐らく。

ゆるゆるな設定で書いた話なので、いろいろつっこみどころはあるかと思いますがご容赦頂ければなあ、と思います…。

それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 可愛らしいお話しで、心がほんわかしました。 苦労性なリチャードの幸せや、シェリーの友人兼ストーカーなセラフィーナのシェリー観察日記など、その後も気になります…。
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