11.真夜中の脱出
時計の針が仲良くそろって十二時をさす、半刻ほどまえ。ベッドの中で寝たふりをしていたシャルロットは、もぞもぞと起き出した。
暗闇に目が慣れるのを待ってから、そっと起きあがる。
ランタンに火を灯し、支度を始めた。寝間着を脱いでワンピースに着替える。汚れても大丈夫なように、ピンクのエプロンドレスにした。
靴も、動きやすい、かかとの低い白のストラップシューズ。
鏡台の前に座ると、ランタンのほのかな灯りだけで、髪をとかす。扱いにくい金色の巻き毛を、高いところでふたつに結ぶ。
毎朝やっていることだから、薄暗くても問題ない。目をつぶっていたってできるくらいだ。
シャルロットはテーブルに置いておいたランタンを手に持ち、そうっと自分の部屋から出た。
夜中は、町は真っ暗になってしまうけれど、今日は満月だから明るい。歩くのに困りはしないけれど、何かあったときのために、灯りはあったほうが良い。
こっそり家を抜け出すのは、とてもスリルがあった。パパとママに対する罪悪感がちくりと胸を刺したけれど、それ以上に真夜中の大冒険へのワクワクのほうが大きかった。
でも、クッキーにも同じことをさせているんだと思うと、先生に申し訳なくなる。クッキーの罪悪感はきっと、シャルロットの比ではないだろう。クッキーにそんなことをさせていると思うと、さきほどよりも大きく胸が痛んだ。
何か、先生に気付かれないようなおわびを考えないと。マーマレードをプレゼントするのでもいいかもしれない、とシャルロットは思った。
両親の寝室の前を、足音をたてないように通り過ぎる。パパの大きないびきが聴こえてきて、ほっと胸をなでおろした。
正面の大きな扉をあけたら、パパとママだけじゃなくてお客さんにも気付かれてしまいそうだから、裏口から出ることにした。
専属の料理人が使っている大きなキッチンを通りぬけて、裏口へ。ちいさな扉をあけると、夜のつめたい空気が流れこんできた。
音をたてないようにそうっと扉をしめて、しずかに走り出す。ほほをなでる十月の風。それは昼間のものとは全然違っていた。
聴こえるのは、さわさわと風に吹かれて歌う梢の音だけ。ときおり、ほー、ほーとふくろうじいさんの声がする。
昼間はレンガ色をしている家々が、深い青色に沈んでいる。空気が澄んでいて、吸い込むだけで体中が透明になりそう。
空を見上げると、ため息が出そうなくらいの満天の星空。このまま星がこぼれてきたとしても、きっとおどろかない。
きいろくてまんまるのお月さまが、夜空のてっぺんでにっこり笑っているような気がした。きっと、お月さまはシャルロットのしていることを許してくれるって、そんな気がした。クッキー以外での共犯者は、シャルロットを見ているお月さまだけ。
夜がこんなにすてきなものだったなんて知らなかった。もっと早く、こういう冒険はしておくべきだったわ、とシャルロットは思った。十二年分、損してしまった。
万が一、朝までに帰れなかったときのために、ベッドサイドのテーブルに書き置きを残してきた。もしそれが見つかるようなことになれば、こっぴどく怒られるだろう。なんとか、朝までに戻って来なければ。
これがどんなに、パパとママに怒られるような悪いことだとしても。
この冒険は、クッキーとのはじめての冒険。だからどうしても、ゆずれないの。




