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ch.22 センチメンタル・バリュー

 カゲスゲ君が俺を役に立ちそうだと見ている。それが一番びっくりだ。


「俺が何の役に立つの?」

「その度胸があれば、交渉事のときなんかに役立つだろ。問題はボーッとしてて動作も遅い、頭も悪い……そういうカスどもだ」


 ブレンドコーヒーが運ばれてくると、なぜかカゲスゲ君は俺がカップを持つのを待って、自分のカップを差し出してきた。


「おつかれ……」

 ちょっと考えてから、それが『乾杯』の意思だとわかったので、しぶしぶカップを差し出した。

「あ、おつかれ……」


 こんなことして何の役に立つんだろうと思うけど、カゲスゲ君の授業は続く。


「みんなが何の苦労もせずに、好きなように生きられるわけじゃないからな。使えるやつだけ残したほうが、一人あたりの取り分は増えるし、余計なムダも減る。だけど、大人たちが言うのは『いたわり』とか『思いやり』とか、糞の役にも立たねえことばっかだ」

 なるほど。


「使えるやつだけで新しいチームを作りたいってこと?」

 俺が言うと、カゲスゲ君は深く何度も頷いた。

「オウガさんの手元に残った駒の中でまともなのは、多分俺だけだ。だから、まずお前らと組んで、あのヤンキーどもを片付ける」

「なんで片付けるの?」


 そう言うと、やれやれという顔をされた。


「この狭い街で毎日、顔合わせるんだぜ? 黙ってても、いずれやられるだろ。だったら先に潰しとくしかないだろ? だろ? 違うか?」


 何も言い返さないで聞く。


「俺の最終的な目標は、タガさん達と『対等』な連合を組んで、川倉に負けない組織を作るんだ」

「センゴクブショウじゃあるまいし、そんなの無理だよ」

 俺が言い終える寸前。ブレンドを飲もうとしていたカゲスゲ君の手が、ぴたっと止まった。


 しばらく2人で黙った後、カゲスゲ君がガチャンと乱暴にカップを置いて、吐き捨てた。


「じゃあ、ずっとカスに囲まれたチンケな人生で終わるのか?」

「俺は今ぐらいの暮らしで満足だよ。ホベタンもコノエ君も俺にとってはマイナスじゃないし」


「とにかく、明日タガさんと会うんだろ? 俺達も会えるようにしてくれないか?」

「自分で話しに行けばいいじゃん」


 正論のつもりだったけど、カゲスゲ君は明らかに苛立った。


「お前は気にしないだろうけど、俺らにはメンツってもんがあんだよ。いきなりお願いしますなんて頭下げに行ったら、その後もずっと頭上がんねえだろうが。違うか?」


 ということは……?


「じゃあ今日は俺の方が、カゲスゲ君より上なんだね」

「は……?」

 カゲスゲ君が目を丸くしたので、また笑いたくなった。


「だって、声かけてきたのそっちじゃん」

「フッ……」

 その時、初めて普通に笑うカゲスゲ君を見た。かなり貴重な場面かもしれない。

 顔を横に向けて静かに笑うカゲスゲ君を見て、俺も少し笑っておいた。


「お前って、本当に純粋そうに見えるからさ。きれい事に洗脳される前に、色々と真実を教えてやりたくなったんだよ」


 役に立たない奴はいなくていい。確かに真実なような気もする。


 で、タガさんとの連合。

『対等』の話は置いといて、俺に提案できるのはこれくらいだった。

「じゃあ、タガさんに会うとき、一緒に来たら?」


 カゲスゲ君は反対しなかった。


「エドが嫌がらないか?」

「大丈夫だと思うよ」

「そうか……。じゃあ、月曜にドミトリーで俺とオウガさん。お前とエドの4人で待ち合わせないか?」


 安請け合いしていいのか、迷ったけど、言葉が勝手に出てしまう。

「じゃあ、そうしようか」

 まさかそんな組み合わせの4人で、待ち合わせるなんて話になるとは。


 とはいえ、言っておかないといけないことがある。

「ただ、カゲスゲ君。一応断っておきたいんだけど、ヤマナシ君、ホベタン、コノエ君、アサキ兄弟。俺達は『互いに助け合う』っていう約束をしてるんだ。だから、いらないって言われても――」

「わかってるよ。それはそっちで好きにすればいいじゃん」

 めんどくさそうに、手を振って黙らされた。

「ありがとう」


 言わなくてもいい礼を言うと、カゲスゲ君はボソッと気になることを言った。


「センチメンタル・バリューってやつがあるんだな」

「センチメートル?」

「もういい。さっさと飲んで解散だ」


 用事が済んだからか、急にそっけなくなった。

 こうしてカゲスゲ君の野望の話は終わって、あとは当たり障りのない話をしながら、クソまずいブレンドをちびちびやるだけだった。


 そして飲み終えて、レジで支払いをしていると、窓の外に信じられないものを見た。


 エドが女の子と歩いてる!

 またあの赤っぽい髪の女の子と!


「学割で」

 とカゲスゲ君が言っている横で、俺はひたすら目で追った。


 いつも自信満々で先頭を歩くエドが、女の子の後ろを大人しく付いて行っている。


 やっぱり人ってわからないなぁ。

 どこに行くんだろう?


っていうか、『孤独の実験』はどうなったんだ?

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