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ch.20 孤独は人を可笑しくする

 エドは急に涙を浮かべてしまった俺に驚いてはいたけど、他の生徒の目を気にしてか、しれっとした口調で話してくれた。


「正直、こんな話を大人にしても信じないだろうし、いつかお前自身に聞きたいとは思ってたんだけどさ……。生まれつきか?」


 服の肩のところで涙を拭いて、俺もしれっと話した。

「幼稚園ぐらいの頃にはもうできてたから、生まれつきかな」


 エドは左右をチラッと見てから、俺に聞いた。

「もう6年ぐらい前か。でも正直、初めてお前を見たときは『いじめられっ子っぽい』って思ったんだよな。でも、何でもよけられるお前だ。まさかだよな?」

「確かにいじめられてたと思うよ。暴力はなかったけど」

「暴力はなかった?」


 それは、ここで見かけるような単純ないじめじゃなかった。

 話して伝わるかわからないけど、エドには話してみようと思った。


「貧乏ってバカにされたりとか、靴捨てられたり、教科書隠されたり、いろいろあったよ。家にラク書きされたりもしたね。もう毎日そんなのばっかりだった」

「シリウス区に住んでるのに、貧乏なんて言われたのか?」

 なるほど。ここで育ったエドなら当然の疑問だ。


「うちは周りの子たちほど、贅沢な暮らしはしてなかったからね」

「そんな嫌がらせが毎日ってのは、確かにきついな……。でも痛めつけてやれば、懲りたんじゃないか?」


 この騎炉区とシリウス区の一番の違いが、そこだ。


「エド、向こうでは同級生とか殴ると、親とか先生が出て来るんだ。俺も最初の頃は殴ってたけど、何回目かのときに校長先生から『次やったら退学』って言われてさ」

「退学して、他の学校に行けばいいじゃん」

「退学になったっていう記録が残ると、その後の人生が台無しになるって親が騒いでさ。結局その後は、ただ我慢するだけだったよ」


 エドがイラっとした表情を見せた。

「マジかよ。金持ちのクソガキども、イメージ通りのネクラ野郎どもだな」

「まあ一部の奴だけどね。そういうことやってたのは」


 ここまでわかってくれる奴だとは思ってなかった。それとも、わかってるフリをしてるのか?

 そう思って見ていると、エドは笑い出した。


「俺がそっちにいたら、速攻で退学だったろうな」

「エドは少しでもちょっかい出されたら、動かなくなるまで痛めつけてたもんね」


 だから普通の生徒からはさけられて、ワルからは目を付けられるんだけど。


「『裁きは、例外なく下されなければならない』って誰かの本で読んだんだ」

「それ絶対、小学生向けの本じゃないよね」

 俺がそう言うと、自然と2人で笑った。


 また不思議な感覚に襲われた。

 音楽を聴いたときみたいな、絵を見たときみたいな、不思議なザワザワした感覚。

 じっとしていられない。

 楽しい? 嬉しい?


 胸の内でソワソワしていると、エドが変なことを言い出した。

「まあ、今の話は俺達の秘密としてだ。ちょっと試したいことがある。お前もやってみてくれよ」

「なにを?」


 エドはまた本を開きながら、言った。

「今から月曜の昼まで、会話を必要最小限にする。とにかく友達とかと、会話をしないように過ごすんだ。挨拶もなし!」

「なにそれ?」

 今度は何の本に影響されたんだ?


「さっきのパワー・パラドックスの話だけどさ、同じ本に『孤独は人をおかしくする』ってあったからさ」


 なんだよそれ? と思いながら、今日の流れだと断りづらい。


「う……じゃあ、月曜の昼までね。やってみる……」

 うわー、めんどくさい。


「あ、エドもやるんだよね?」

 エドは本から目を離さない。


 もうやってんのかよ……。


 こうして、俺達の『孤独な時間』が始まった。


 夕飯は外で食べてもいいんだけど、みんな外食はたまの贅沢で、ほとんどの場合ドミトリーで給食を食べる。

 食堂に行って、壁に貼られた希望表を見ると、エドも含めた仲のいい面々みんなが『食べる』に丸を付けている。こんな日に限って。


 よし、みんなに会う前にさっさと食べちゃおう。

 そう思って受け取りの列に並ぶと、前にいたのはカゲスゲ君。

 うっとうしそうに一度俺を見たカゲスゲ君に、思わず微笑みかけてしまう。

 これなら会話せずに済みそうだ。


 前にはカゲスゲ君と小中学生の知らない子達だけ。

 よし。と思って後ろを確かめると、後ろの方に並んだばかりのエドと目が合った。

 お互い、慌てて目をそらす。

 何をやってるんだ俺達は……。


 カゲスゲ君にくっついて、テーブルの前に行くと、エドが俺達のそばを素早く通り過ぎて向こうのテーブルへ。


 俺が隣に座ると、1秒ぐらい間をおいてからカゲスゲ君がこっちを見た。

「お前、なんなんだよ?」

 さすがに怒られた。

 でも喋らずに、黙って食べる。まずはホウレンソウから……。


「お前、そこはなぁ――」


 あ。そうか、隣にオウガ君を座らせたかったのか。

 と思ってどこうとしたら、向かい側にオウガ君がドサッと座った。


「あれ? お前ら、――」

「違いますって! こいつが勝手についてきたんですよ」

 ややこしくなってきた。


 オウガ君が俺に話しかける。

「あれ、エザキ。エドとケンカでもしたのか?」


 失敗したなぁ。完全に知らない人達の中に入ればよかった……。

 仲が悪いとはいえ、知っている奴らって言うのは不都合だった。


 後ろのテーブルをチラッと確かめると、エドは見事に知らない奴らに囲まれている。


「なんかあったんじゃないすか? こいつおかしいし」

 腹が立つけど、黙っておく。


「おい、カゲ。俺は別にこいつとはケンカしてねえんだよ。な?」

 いや、してたよ? と思ったけど、しゃべる訳にはいかない。


「お前、マジどっか行けよ! 話しづれぇだろ!」

 カゲスゲ君に怒られて、ついに諦めた俺は右手で後頭部を掻くフリをしながら、少し左を向いた。


 その態勢のまま、右のカゲスゲ君、右前のオウガ君に、小声で言った。

「月曜日まで、誰とも口利かないゲームやってんの。エドと2人で……」


 2人とも黙った。

「だから、俺に話しかけないでくれる?」


 願っていた沈黙が訪れた。

 けど長続きしなかった。


「ふっ!」

「バカじゃねぇの?」

 オウガ君とカゲスゲ君は、揃って噴き出した。


「ちょっと! バレるでしょ!」

 こっちは小声でしか怒れない。


 頼むから向こうのテーブルのエドには気づかないでくれ。

 この状況で2人がエドの方を見たら、終わりだ。


 けど幸い、単細胞な2人は俺にしか興味を示さなかった。


 俺に話しかけるのはもっぱらオウガ君。

 ついこの間、子分が撃たれたのにどういう神経だ?


「お前ら、この間のさ――」

「こっち見ないでくれる?」

 味のしないポテトサラダを食べる。


「お前ら、この間のライブ行ったの?」

「行ったよ」

 黙々と食べるフリをしながら、話を続ける。


「タガさんと喋ったりしたか?」

 思わず手が止まった。

 タガさんの話?


「喋ったけど?」

 また食べ始めると、矢継ぎ早に質問がくる。


「どんな人だった?」

「どんなって――」

「強そうだった? なんか上の代は、全部あの人が仕切ってるらしいじゃん」

「んー、まあ強そうだったけど……」


 やっと本命の、ほぼケチャップだけみたいなソースのパスタに取り掛かろうとしたとき、オウガ君が信じられないことを言った。


「タガさんにちょっと、助けてもらえないかなって思ってさ」


 孤独の話も忘れて、ついオウガ君とカゲスゲ君を見てしまった。

 2人ともすごく真剣な顔だ。


 オウガ君たちが、タガさんに助けを?

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