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ch.19 読めると読まれる

 ユキの部屋で雨が上がるのを待ってから、エドがいそうなところへ行った。


 泥水の水たまりを避けながら、くすんだアイボリーのドミトリーを目指していると、アサキ兄弟とすれ違った。

 兄弟揃ってずぶ濡れだ。


「雨宿らなかったの?」

「まあ、すぐ乾くっしょ」

 綺麗にハモった後、3人でちょっと笑ってから、俺はドミトリーの敷地に入った。


 雨が止むと一気に晴れるのが、いつものパターン。

 ドミトリーの前まで来ると、運動場で揉めている連中がいる。

 ドミトリーと小中学校の間にある運動場は舗装されていて水はけが良い。

 なので雨上がりのときは、いつもバスケやサッカーのゴールが、ちょっとした取り合いになる。


 日系人の国だけど、野球は誰もやらない。もっぱらバスケかサッカーだ。


 だけど狭い運動場。

 体育でランニングばっかりやらされてて、スピードだけはある子たちがひしめき合うから、衝突も多い。

 だから真面目に練習したい一部の奴は、雨の日に大喜びで出てくる。さっきのアサキ兄弟もそうだったんじゃないかな。


 いざこざをちょっと見物してから、ドミトリーの図書室に行くと、やっぱりいた。

 つまらないものでも見るように、本を読むエド。


 無事でよかったと思いながら、小さなテーブルの向かい側に椅子をおいて座った。

 その間もエドはこちらを見もしない。


「無事で良かったよ」

「なんだそりゃ」


 ドミトリーの図書室は、俺らが7人とか8人で授業を受ける教室よりずっと広い。日本の映画に出てくる、立派な学校の教室と同じぐらいだ。

 ちなみにバカの集まりと言われる騎炉区でも、勉強したい人はいる。高校までにちゃんと勉強しておけば、大人になって工場長とか店長とかになれるから。


 でも、エドはいつも好きな本を読みに来るだけ。勉強なんかやらなくてもできてしまう。


「エド、タガさんて知ってる?」

 エドは本から目を離さない。

「知ってるよ」


 俺が昨日のタガさんとの経緯を話してる間も、エドは本のページをめくっている。

 ショウトクタイシ気取りか? と思うけど、彼は本当にそういうことができる。


 俺は、タガさんからエドが狙われているという忠告があったこと、月曜日に会いたいと言われていることも話した。


 ところが、そんな大事な話をしたのに、エドは全然関係ない話にもっていく。


「エザキ、そっちはガールハント成功したのか?」

「え? なんか、女友達は出来たかも。向こうが、どう思ってるか知らないけど」

 友だちというにはちょっと年が離れてるかな……。


 エドが初めて俺を見た。

「デートしたのか?」

「デートっていうのかな。絵、見せてもらいに、家まで行ってきた」

 変だなと思いながら、答えると、エドが本を閉じた。


「俺はあの後、カフェに行ったんだ」

「あ、あの赤っぽい髪の子と?」


 顔をしかめながら頷くエドを見て、なんとなく察した。


「頼まれたとおりにパフェ奢ったのに、ずーっとムスッとしててさ。『ブスのあたしなんかとカフェまで来て、体目当てなんでしょ?』とか言ってくんだぜ? どうすりゃ良かったんだ?」

 エドの口真似が面白かったけど、静かに答えた。

「まあ、俺達にその願望がないとは言えない気もするけどね」


 エドはかぶりを振って、ため息交じりに本音を吐いた。

「あんなムスッとされたら、その願望も失せるよ。『見た目がブス』なんじゃなくて、『性格がブス』なんだよ」

 ちょっと笑ってしまったけど、エドはなぜか真剣だ。


「でも、なんか、気になるんだよな」

 あれ? おかしいぞ?


「気に入ったってこと?」

「いや、『気になる』ってだけだから」

「ふーん」


 いや、そんな話をしている場合じゃない。

「それよりエド、タガさんは俺達も自分の側につかせたいみたいだけど、どう思う?」


 エドはまた本を開いて、読んでいたページを探し始めた。

「どうぞ仕切ってくださいって言うつもりだよ。タガさんが、俺らガキ全員をまとめてくれれば、少しは平和になるんじゃないか?」


 ページを見つけたらしいエドに、正直に話した。

「タガさんて、本当のヒーローになれる人なんじゃないかな?」

「ヒーロー?」

「ケンカ相手にも優しく話しかけてて、なんていうか、本当に『平和』だけを望んでるんだなって思ったんだ」

 本当はあの音楽が、一番の魅力だと思っているんだけど。


「お前がこっちに来る前の話だけどな。オウガって、いい奴だったんだ。俺も仲良かったぐらいだ」

「そういえば、聞いた事ある」

「だけど、バカ連中のボスになったらあのザマだ。パワー・パラドックスって言ってな。権力を手に入れると、感じ方や考え方まで変わっちまうことがあるんだよ」


 リーダーとかそういうのに興味がないのも、そういう理由なのかなと思いつつ、俺は俺の考えを伝えた。

「そんなこと言ったら、誰もまとめてくれなくなっちゃうよ」

「1人じゃなくて、何人かでリーダーをやれば、いいと思わないか?」


 なるほど……と思った。


「いや、それより月曜はどうするの? とりあえずはタガさんについた方が、安全だと思うけど」


「俺もそれでいいと思ってるよ。ただ、言ってるタガさんも襲われたんだろ? 意味ないと思うよ。まあ、『こっちをやればあっちが報復に来る』っていう仕組みは作っておいたほうがいいか」

 片手で手振りを交えながら、説明してくれた。俺は最初からそれを提案しているつもりだったんだけど……。

 でも、まあいいやと思って立ち上がった。


「じゃあエド、月曜日にまたーー」

「待て、エザキ……」

 エドがまた本から目を上げた。


「なに?」

「タガさんはお前のケンカを見て、なんか言ったか?」


 ちょっと考えてから、話すと決めた。


「俺が『攻撃するための力』を感じ取れるって言ったら信じる?」


 エドはパンと素早く本を置いた。

 そして真っ直ぐに目を合わせたまま、答えてくれた。


「とっくに気付いてたよ……。でも、それをお前に聞いてもいいのかどうか、正直ずっと迷ってた」


 俺がまた座ると、エドは組んだ腕を机に乗せた。


「小学校の頃からだよな。お前に物を投げても、殴りかかっても、全部読まれて、かわされる。俺が力を入れた瞬間にお前は読む。振りかぶる、拳を握る、そんな風に『力を入れた』瞬間に、それがお前に伝わってるんだよな?」


「そ、そうなんだよ……」

「おい、大丈夫かよ……?」


 自分でも思いがけないことだったけど、急に涙が浮かんでしまった。


 やっぱり、すごいやつだと思った。

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