第8話「動かないんですけど」
午前九時半。
ありさはパソコンの前で固まっていた。
「……」
隣の美咲が声をかける。
「どうしたの?」
「動かない」
「何が?」
「昨日まで動いてたプログラム」
「なんで?」
「分からない」
ありさは画面を見つめる。
「昨日は動いたんです」
「じゃあ、昨日から何か変えた?」
「何も変えてません」
「本当に?」
「……」
ありさが考える。
「コードは」
「うん」
「変えてません」
「うん」
「設定も」
「うん」
「パソコンも」
「それは昨日から再起動してないけど」
「……」
美咲が苦笑する。
「それじゃない?」
「でも、昨日は動きました」
「今日は?」
「動きません」
「じゃあ再起動してみたら?」
「分かりました」
ありさが再起動する。
数分後。
「……動きました」
「ほら!」
「なんで?」
「こっちが聞きたいよ」
ありさは真剣な顔で画面を見る。
「再起動で直る理由を調べます」
「そこまでしなくていいよ!」
そこへ悠斗がやってきた。
「どうした?」
美咲が説明する。
「昨日まで動いてたのに、今日動かなくなって。再起動したら直りました」
「新人あるあるだな」
「そうなんですか?」
ありさが振り返る。
「あるある」
悠斗は笑う。
「困ったらまず再起動。新人の頃は何回もやる」
「なるほど」
ありさはメモを取る。
「『再起動』……」
「いや、そこを技術として覚えなくていいから」
「でも重要ですよね?」
「まあ……重要だけど」
ありさはさらにメモする。
「困ったら再起動」
「違う」
「違いますか?」
「まず原因を確認する」
「はい」
「ログを見る」
「はい」
「エラーメッセージを読む」
「はい」
「それでも分からなかったら検索する」
「はい」
「それでも分からなかったら先輩に聞く」
「はい」
ありさが顔を上げる。
「先輩」
「ん?」
「聞いていいですか?」
「今?」
「はい」
「どうぞ」
「さっきのエラー、検索したら同じ症状の人がたくさん出てきたんですけど」
「うん」
「全員、回答が違います」
「……」
「どれを信じればいいですか?」
悠斗が少し黙る。
「それは……」
美咲が横から言う。
「新人あるあるだね」
「そうなの?」
「うん。検索して、記事をいっぱい読んで、結局何も分からなくなるやつ」
「なるほど」
ありさは納得した。
「じゃあ、一番上の記事を使います」
「それも違う!」
「じゃあ、どうすれば?」
悠斗が笑う。
「まずエラーの意味を理解するところから」
「分かりました」
ありさは画面に向き直る。
数秒後。
「原因、分かりました」
「早っ」
「昨日、私が入れた設定が原因です」
「……」
「すみません」
「いや、そこまで自分で見つけたなら十分だよ」
「直します」
ありさはキーボードを打つ。
数分後。
「直りました」
「おお」
美咲が画面を覗き込む。
「新人なのに、こういうの早いよね」
ありさは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「でもさ」
美咲が言う。
「最初に『動かない』って言ってたとき、めちゃくちゃ困った顔してたよね」
「うん」
「今は?」
「もう大丈夫」
「なんで?」
ありさは少し考えて、
「動いたから」
「……」
美咲が笑う。
「それ、解決方法じゃなくて結果だから」
ありさも笑った。
「たしかに」
――新人プログラマーの一日は、
エラーとの戦いで終わる。
そして次の日。
ありさは出社して、パソコンを開いた。
「……」
昨日と同じエラーが出た。
「また?」
ありさは少しだけ遠い目をした。
「再起動しようかな」
「それは最後!」
隣から悠斗の声が飛んできた。




