第5話 「それ、どこで覚えたの?」
月曜日の朝。
ありさが出社すると、悠斗が珍しく慌てた様子でデスクに座っていた。
「おはようございます」
「おはよう。ありさ、ちょっと助けて」
「どうしました?」
「昨日の夜、システムの一部を更新したんだけど、朝から動かなくなってる」
「見せてください」
悠斗が画面を向ける。
ありさは数秒、画面を見つめた。
「これ、昨日変更したところですか?」
「そう」
「戻したほうがいいです」
「やっぱり?」
「はい」
「原因分かる?」
「たぶん」
ありさがキーボードを操作する。
「ここです」
「そこ?」
「昨日の変更で、この処理の順番が変わってます」
悠斗が画面を確認する。
「……本当だ」
「戻しますね」
「ちょっと待って」
悠斗が手を止める。
「それ、どうして分かった?」
「画面に出てたので」
「いや、そうじゃなくて」
悠斗はありさを見る。
「このコード、昨日変更したばっかりだよ?」
「はい」
「まだ誰にも説明してない」
「そうなんですか?」
「うん」
「じゃあ……」
ありさが少し考える。
「たまたまです」
「たまたまで済ませるには早すぎるんだよ」
その会話を聞いていた美咲が笑う。
「ありさ、また何かやった?」
「何もしてないよ」
「でも先輩、困ってたじゃん」
「だから直しただけ」
「それがすごいんだって」
ありさは納得できない顔をした。
「でも、プログラムって見れば分かるよ?」
「分からないよ」
美咲と悠斗の声が重なった。
「そうなの?」
ありさは本気で驚いている。
そのとき、課長がやってきた。
「どうした?」
悠斗が事情を説明する。
課長はありさを見る。
「原因、分かったの?」
「はい」
「どこ?」
ありさは画面を指差した。
「ここです」
課長が画面を見る。
「……なるほど」
そして少し笑った。
「ありさ、これ自分で書いた?」
「いいえ」
「じゃあ、誰かに教えてもらった?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
課長は少し黙った。
「……まあ、いいか」
そう言って自分の席へ戻っていった。
ありさは首を傾げる。
「なんだったんだろう?」
美咲が小声で言った。
「たぶん課長も、ありさが何者なのか分かってない」
「何者って?」
「いや、なんでもない」
昼休み。
ありさと美咲は並んでお弁当を食べていた。
美咲がふと思い出したように聞く。
「ねえ、ありさ」
「ん?」
「プログラミングって、いつからできたの?」
「小さい頃から」
「小さい頃って?」
「……」
ありさの箸が止まる。
「いつだっけ?」
「え?」
「分からない」
「覚えてないの?」
「うん」
ありさは少し考える。
「気づいたらできてた」
「……何それ」
美咲が笑う。
「天才じゃん」
「そうかな」
「そうだよ」
ありさも笑った。
「じゃあ、天才ってことで」
「自分で言うんだ」
「冗談だよ」
二人で笑う。
その瞬間。
ありさのスマートフォンが震えた。
知らない番号からの通知。
ありさが画面を見る。
一瞬だけ表情が止まった。
「どうしたの?」
「……ううん」
ありさはスマホを伏せた。
「なんでもない」
画面には、送信者の名前が表示されていた。
**SYSTEM**
そしてメッセージは、
**「正常に稼働しています」**
とだけ書かれていた。
ありさは何も知らない。
そのメッセージが、なぜ自分のスマートフォンに届いたのかも。
ただ、
「変なの」
そう呟いて、またお弁当を食べ始めた。




