episode.18「ずっと一緒の笑顔」
「ねー、みんな。来年の受験どうする?」
夕暮れの残り香がまだどこか感じられる教室のざわめきの中、れむが分厚い教科書をパタンと心地よい音を立てて閉じながら、周囲の席にいる仲間たちへと何気ないように問いかけた。その声は、クラスの喧騒にスッと溶け込みながらも、私たちの小さな輪郭をしっかりと繋ぎ止めてくれる。
「私はもう志望校も決まってるわよ。あとは当日にしっかり点を取るだけ」
きょうが自信に満ちた頼もしい笑みを浮かべながらそう言い切る。その力強い横顔を見ていると、あの悪夢のような遊園地で彼女が握りしめていた木の棒の感触や、必死に前を向いて走っていた姿が鮮やかに蘇る。
「いいよね、はんなは推薦で早くに決まるんだからさぁ」
めろが少し羨ましそうに柔らかな頬を膨らませて、ふうっとため息をつく。
「ふふっ、日頃の行いの良さってやつよ」
はんなが誇らしげに、胸を張って上品に微笑む。
「えー、日頃の行いねぇ……。あの時、お化け屋敷の裏通路で人形引き連れて真っ青になってたクセに?」
ほむらが自分の大きな鞄をドンと大きな音を立てて机に置きながら、からかうような鋭いツッコミを投げ込む。
「ちょっ、ほむら! それは言わない約束でしょ!」
はんなが顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに抗議の声を上げる。その瞬間、教室の空間にはパッと明るく、まるで春の陽気のような笑い声が弾けた。
◇
あの日、私たちが体験した信じがたい出来事は、もちろん誰に話しても信じてもらえなかった。
後日、あの遊園地のお化け屋敷の件について、気心の知れた他の友人にそっと打ち明けてみたものの、返ってきたのは呆れたような、あるいは笑い飛ばすような軽い言葉ばかりだった。
「あんたら、怖がりすぎでしょ、大げさすぎ!」
「そんな危険なことあったら、ニュースになって大ごとになってるでしょ普通」
まぁ、当然の反応だ。笑われても仕方がない。
私達だって、もしあんな悪夢のような恐怖を実際に自分の足で歩き、全身で潜り抜けていなかったら、他人のそんな突拍子もない作り話など、鼻で笑って絶対に信じなかっただろうから。
「最悪な事件だったけどさ……」
ふと、きょうが遠い目をして、窓の外の茜色の空を見つめながら呟く。
「もう二度とお化け屋敷なんて行くのはこりごりよね」
れむも深く、何度も頷きながら苦笑いを漏らす。
「でもさ」
誰かが、その静かな余韻の中でぽつりと言った。
「いいことも、あったよね」
その言葉の意味を、私たちは誰もが心の中でしっかりと理解していた。失いかけたもの、そして奇跡的に取り戻した絆の重みを。
◇
その時、ガラガラと教室の引き戸が激しく開き、慌ただしい足音が廊下から響いてきた。
「ごめーん! 放課後の面接練習が長引いちゃって、遅くなっちゃった!」
息を切らせながら、額にうっすらと汗をにじませて教室に飛び込んできたのは、まなせだった。
「あ、まなせー! もしかして無事に面接の手応えバッチリだったの?」
まなせがドタバタと自分の席に鞄を下ろし、待ち構えていたみんなの輪に勢いよく加わる。
「まぁね! 日頃の準備の賜物で、面接官のウケもバッチリだったわけよ」
「そうねぇ。リーダーとしてあの時もお化け屋敷で体を張ってみんなを守ってくれたしね」
他愛のない、いつもの日常の延長線上にあるような、愛おしい会話のラリー。
その言葉の端々に宿る温かさに、私たちは顔を見合わせながら、今日もまた柔らかく笑い合う。
◇
その笑顔の輪の、ほんの少し中心のあたりで、ふと誰かが言った。
「こうして今、私たちが笑っていられるのも……全部、りんのおかげね」
温かく向けられた視線の先――そこには、一見すると誰も座っていない空っぽの椅子がある。
けれど、みんなの潤んだ瞳には、確かに私の姿がしっかりと映っていて、あの日の遊園地の夕暮れと同じ、心から温かい笑顔が私へと真っ直ぐに向けられていた。
この間まで、私だけがみんなのことを見つめていた。
時間の止まった暗闇の場所から、ただみんなの背中を祈るように押すことしかできなかった。
けれど今は、こうして同じ時間を纏い、お互いの温もりを肌で感じながら、同じ空間で笑い合えている。
私は今、心から幸せだ。
窓の外から、季節の変わり目を告げる秋の気配を含んだ涼しい風が、ふっと心地よく吹き抜けていく。その風が教室の窓際の机をかすめ、トントンと軽やかな音を立てる。
そこには、赤、青、黄色、ピンク、緑、紫……そして小さな光を帯びた、7色それぞれのクマのキーホルダーが、まるで互いに手を取り合って繋いでいるかのように、仲良く並んで秋風に揺れていた。
私たちは、ずっと一緒だ。




