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死ぬ前に、君は俺を見る  作者: HATENA 
第2章「余熱」

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第4話

 翌日、四時間目の途中で担任に呼ばれた。

職員室ではなく、相談室。

窓が小さく、時計の音が近い部屋だった。


 中にスーツ姿の男が二人。

名刺を見せられる。

警視庁捜査一課、という文字だけが先に目に入る。


「神代くん、昨日の夕方、駅前にいましたね」


 背筋が固まる。

椅子の脚が床を擦る音が大きい。


「……はい」


「歩道橋の上で、被害者の方に声をかけた?」


「かけました」


「内容は覚えてる?」


 湊は指先を膝で押さえる。

呼吸が浅くなる。


「気をつけて、って」


 年上の刑事がうなずき、

メモを取る。

隣の若い刑事は湊の目線だけを見ていた。


「どうして気をつけようと思ったのか、聞いても?」


 理由。

言えない。

言葉の形がない。


「……混んでたからです」


 嘘ではない。

全部でもない。


 事情聴取は十五分で終わった。

帰り際、若い刑事が名刺の裏に番号を書いて渡す。


「何か思い出したら、連絡ください」


 教室へ戻る廊下で、

湊は名刺を二つ折りにしてポケットへ入れた。

角が指に刺さる。


 放課後、昇降口に春名がいた。

壁にもたれて、スマホを見ている。

湊の足音で顔を上げた。


「呼ばれてた?」


「……うん」


「警察?」


 湊は短くうなずく。

春名は数秒黙ってから、

ロッカーの鍵を外した。


「わたしも昨日、聞かれた」


 心臓が一拍遅れる。


「神代くんのこと。

 駅で見たって言ったら、名前確認された」


 春名は淡々としている。

でも、靴のつま先が床を二回小さく叩いた。


「ねえ。

 神代くん、まだ『偶然』って言う?」


 湊は返せない。

言えば固まる気がした。


 外へ出ると、空気は湿っていた。

 雨は降っていないのに、

 肌だけが濡れたみたいに冷たい。


 帰り道、湊はコンビニの自動ドアが開く音に

 何度も肩を揺らした。

 普段なら気にしない機械音が、

 今日は刃物みたいに細く耳へ入る。


 家の玄関で靴を脱ぐとき、

 名刺の角がポケットの内側に引っかかる。

 取り出す。

 裏の電話番号を見て、

 すぐしまう。

 また出して、

 結局机の引き出しへ入れた。


 夜、母親に

 「最近顔色悪いよ」と言われたが、

 湊は湯のみの縁を見たまま

 「寝不足」とだけ返した。


 部屋へ戻ると、

 机の上でスマホが小さく光る。

 春名から。

 『警察、また来たら教えて』

 湊は『分かった』と打って送る。

 送信後、

 その二文字の軽さだけが

 喉の奥に残った。


 机の引き出しを開け、

名刺をもう一度取り出す。

裏面の番号を眺め、

閉じ、

また開く。

指先で縁をなぞるうちに、

紙の角が少し丸くなる。


 電話をかける理由は思いつく。

話せる内容が思いつかない。

その順番が変わらないまま、

湊は名刺を引き出しへ戻した。


 ベッドに入ってからも、

相談室の時計の秒針だけが

耳の奥で刻み直される。

現実の部屋は静かなのに、

進路室の小さな窓の暗さが

目を閉じるたびに戻ってきた。


 深夜、

目が覚めて時刻を見る。

二時十七分。

もう一度目を閉じても、

数字の形だけがしばらく消えなかった。

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