最終話
翌日、《探偵クラブ》の面々は、第一回目の会合を開いた『早水エンパイアビル』の会員制サロンに集まっていた。
「そうか。妹さんを失くしていたのか。さぞ辛かっただろうね」
拓真はしんみりとした口調で言った。
「それなら須崎を殺す動機は十分にあるってことだよな」征四郎の言葉に、修平が頷く。
「問題は須崎を追跡する手段があったかどうかだが……」
皐月と昴は、甲斐から送られた須崎を撮影した動画をノートパソコンで視聴していた。
「ねーねー、それが例の動画?」
涼が皐月の脇から顔を覗き込ませた。
「二宮さんの表情には鬼気迫るものがあるな」皐月は二宮の憎悪に満ちた表情を見て、そう言った。
「この店の常連だったってことは、日頃から須崎さんと顔を合わせていたんだよね。殺したいほど憎い相手が通う店に何度も来るなんて……」
「須崎さんの行動パターンを把握したいって目的があったのかもしれない」
稔が疑惑を込めた声で言った。
「殺す準備のためか?」と、修平が言葉の真意を問い質した。
「そういう考え方もできるってことだよ。今はまだ決定的な証拠に欠ける。想像でしか語れないよ」
昴は無言のままじっと動画を見続けていた。何度か動画を見返した後、彼は満足そうな笑みを浮かべて動画を止めた。
皐月はその笑みが何を意味しているのか、すぐに理解した。
「昴、求めていた手がかりは得られたかな?」
「まあね」昴の瞳に光が宿った。それは獲物を見定めた狩人の眼だった。
「この動画に真相に至るヒントがあるというのか?」
「大したことじゃないよ。念のために内容を確認しておきたかったってだけ。それでも俺の考えを裏付けてはくれた」
昴の雰囲気が一変すると、全員が彼に視線を集中させた。
彼らは以前にも昴がこのようになった姿を目にしたことがあった。
昴はにやりと笑った。
「さて、それじゃあ夕方に皆で《鈴鳴》に行こうか。甲斐警部も呼んでね」
《探偵クラブ》の七人が《鈴鳴》の前に辿り着いた時、既に甲斐と三崎が待っていた。
甲斐を先頭にして入店すると、四人の男女が一斉に彼らを見た。
キッチンに立つ秋山智美と、カウンター席に座る由布。窓際の席に座る二宮亮平。テーブルを拭いている店長。
四人はそれぞれ異なる表情を見せた。由布は皐月たちを見てかすかに驚いたような顔をした。智美の顔には不安そうに影が差し、店長は困ったように眉を寄せた。二宮はまったく関心がないように、すぐに皐月たちから目を逸らした。
店長が駆け寄ってくる。
「あら、刑事さん。それに早水さんに……そんなに大勢でどうしたんですか?」
「どうぞお構いなく。今日は客として来たわけじゃありませんから」甲斐は愛想笑いを浮かべた。
「もうすぐ閉店するので、話があるなら後にしていただけると助かります」
「ご心配なく。お時間はとらせません」
「どんなお話しですか? もう話せることはすべて話したと思いますけど」
智美がカウンターの奥から出てきた。その顔には警戒心がありありと浮かんでいる。
「ああ、すみません。話があるのは私ではなく彼です」
甲斐はそう言って、後ろに立っていた昴を示した。
昴は軽く礼をすると、店内をぐるりと見回した。
「このお店、なかなか繁盛しているみたいですね」
昴は評論家のような口ぶりだった。
「立地が良く、内装の雰囲気も落ち着きがあり、店員も親しみやすく常連からも人気。八年続いているというのも納得です」
それから彼はキッチンへと視線を移した。
「特に料理に手を抜いていないのが良い。この前食べたフィッシュサンドとハムチーズサンドは絶品でした。それにブルーベリーのスムージーも。皐月さんたちが最初にここへ来た時にご馳走になったと聞いて注文したんですが、これもなかなか良い味でした」
「ありがとうございます。それで?」智美は平坦な声で促した。
昴はおもむろにスマホを取り出すと、画像ファイルを開いた。
「殺された須崎さんも、事件当日にフィッシュサンドとハムチーズサンドを注文していました。彼の所持品の中にあったこの店のレシートにも、確かにこの二品の名が記されていました。ただ――一つ腑に落ちない点がある。スムージーは注文していない」
「スムージー?」と、三崎が訝しそうに言った。
「司法解剖の結果、須崎さんの胃の中から未消化のサンドイッチの他にブルーベリーのスムージーも見つかっています。ですが、彼はスムージーは注文していません。このとおりレシートにも記載されていない。頼んだのはサンドイッチを二点だけ」
昴は、須崎が所持していた《鈴鳴》のレシートを拡大したディスプレイを前に出した。
「店長が常連の彼にサービスしたとも考えられましたが、須崎さんを撮影した動画で確認したところ違うとわかりました。彼が飲んだのはサプリメントを流し込んだ水だけです。さて、いったい須崎さんはどこでスムージーを飲んだのでしょう?」
昴はまるでクイズの出題者のように芝居がかった態度で問いかけた。
拓真や他の少年たちは、昴が何を言わんとしているのか必死で考えた。甲斐は鋭い目つきで成り行きを見守り、三崎は何がなんだかわからないと言いたげな顔だった。皐月は静かに頭の中で思考を組み立てていた。
十秒ほど待ってから、昴は店長の顔を真っ直ぐ見つめた。
「当ててみせましょうか店長。このお店のバックヤードですね?」
「何だって?」
二宮が初めて動揺を見せた。
店長は一言も発さなかった。
「須崎さんは警察やマトリに目をつけられていることを知りました。既に尾行もつけられている。彼の行動は早かった。逃げることを選んだんです。問題は逃げるにあたって、どうやって尾行を撒くかです。そこで須崎さんは貴女に相談した。どうにか逃げおおせたいから協力してほしいと。貴女は彼にプランを提供しました。
事件当日、須崎さんは昼に貴女に電話をかける。計画実行の合図を送るためです。貴女は水曜で客が少ないことを理由に、もう一人いた従業員を早めに帰らせました。そして、閉店の一時間前に須崎さんはこの店にやって来た。当然彼を尾行しているマトリも一緒です。
須崎さんは何も気づいていないように装い、トイレへと立ちました。そして、トイレに入った後、窓を開けて路地に誰もいないのを確認してから素早く外へ出た。それから彼は路地を右へ進み、従業員用入口から店の中へ戻ったんです。そして、店長以外には誰も出入りしないバックヤードにずっと息を潜めていた。
やがて、マトリは須崎さんが逃げ出したことに気づきます。トイレの鍵を開けたままにしていたのは、早く発見させるためです。彼らが慌てて去った後、バックヤードにいた須崎さんは計画の成功に喜ぶ。当初の予定では、マトリが去った後じっくり夜まで待ってから店を抜け出す手筈だった。恐らく彼はガレージに停めてある貴女の車に乗せてもらって、仲間の元へ送ってもらうつもりだったのでしょう。だが、貴女はそんな彼の背後から忍び寄り、キッチンから持ち出した麺棒で殴り殺した。
ええ、すべて貴女の計画通りです。須崎さんが店の外で殺害されたように見せかけ、自らを容疑の圏外に置くことが貴女の狙いだった。あの日、智美さんが偶然この近くを車で通りかかり、疑いの的になってくれたのも嬉しい誤算だった。あれで須崎さんが店の外で殺されたという認識が強まってくれたからです。貴女は智美さんが疑われるのを憂いつつ、何も知らないふりをすればよかった。
だが――何事もうまくいかないものです。貴女が見舞われたのは嬉しい誤算だけではなかった。貴女がこちらに出ていた間、バックヤードにいた須崎さんが思わぬ行動に出たのです。彼は冷蔵庫で冷やしていた賄いのスムージーを勝手に飲んでしまった」
昴は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「七枝さんによれば須崎さんはデリカシーに欠ける人で、交際していた頃に冷蔵庫の中のデザートを勝手に食べることが何度もあったそうです。彼の悪癖は未だ治っていませんでした。今回もまた冷蔵庫を勝手に開け、そしてスムージーを見つけてしまった。緊張のあまり喉が急に乾いていたのかもしれません。彼は貴方の許しを得ずにそれを飲んでしまった。これにより須崎さんの胃の中には注文していないはずのスムージーが残ることになりました。せめて、胃の中のものが消化されるまで待つべきでしたね」
「しかし、何故店長が須崎を殺す必要がある?」甲斐は店長に視線を定めたまま訊ねた。
「店長、貴女は須崎さんの過去の交際相手であり、彼の裏の顔も知っていた。先程も言いましたがこの店は立地も良いし、内装や家具や食材にもこだわっている。随分金をかけているでしょう。その開業資金の出所はどこか? 大麻を売り捌いた利益だ。この店を開いたのは八年前。須崎さんが大金を得た時期と一致しています。ええ、貴女こそが当時の須崎さんの遊び仲間の女性で、大麻の密売に手を貸していた人物です。
この店を開いてからは、真っ当な商売に専念したのでしょう。秘密の共有者である須崎さんが常連になったことは面白くなかったかもしれませんが、お互い脛に傷のある身ですから必要以上に干渉することはなく、店主と客という関係を保ってきた。だが、須崎さんが警察に目をつけられたとなれば、そんな呑気なことは言ってられない。須崎さんが逮捕されて貴女のことを暴露すれば終わりです。貴女は須崎さんを逃がしたところで、枕を高くして眠れるほど楽観的にはなれなかった。幸いにも須崎さんは貴女との秘密の関係を密売グループの仲間にも漏らしていなかった。彼が死ねば秘密を知る人間はどこにもいなくなる」
昴はバックヤードへ続く扉へ目を向けた。
「バックヤードを調べれば須崎さんがそこで殺害された痕跡が見つかるでしょう。血痕、髪の毛、あるいは拭いきれなかった指紋。さて、いかかでしょう店長?」
店長は大きな溜息を吐くと、先程綺麗に拭いたばかりのテーブルの上に乱暴に腰かけた。
「本っ当にあいつってば何年経っても人のもの勝手に食べる癖治らないんだから。おかげでこのザマよ!」
智美も、由布も、二宮も、初めて見る珍獣でも前にしたかのように目を見張っていた。彼らの前にいるのはこれまでずっと見てきた温和な人気の喫茶店の経営者ではなく、冷酷な殺人者だった。
甲斐は前に進み出た。
「梨本朝子さん。貴女を須崎孝光殺害容疑で逮捕します」
《探偵クラブ》の面々と秋山由布は、共に帰路に就いていた。
「では、最初にレシートと解剖記録を見た時から店長を疑っていたのだな」
皐月が訊ねると、昴は微笑んだ。
「須崎さんが店に残っていたなら犯人は店長以外に考えられないからな。皆の聞き込みの結果も非常に参考になったよ」
「多少なりとも役に立てたなら良かったよ」
最低限の役目を果たすことができたと、稔はほっとした。
由布は薄暗い空を見上げた。
「良いお店だったんだけどなあ。店長さんいつも優しかったのに」
「智美さんも新しいバイト先探さないとね」涼が言った。
昴が諭すような目つきで由布を見た。
「お姉さんは一度実家に帰った方がいい。恋人とバイト先の店長が犯罪を犯していたと知って、大分ショックを受けているだろう。一人暮らしだと悶々としやすいから、家族がいる家にいた方がフォローもしやすい」
「そうだね」由布は少し考えた後、同意した。
「本当に良い店だった。それだけに残念だよ」
昴は洒落た店の雰囲気を思い返した。梨本朝子は殺人者であったが、理想の店を造る情熱だけは真実だった。
「それなら今度オススメのカフェを紹介しよう。最近見つけた穴場だ。学校から近いし、雰囲気もここに負けていない。今度一緒に行ってみよう」
「賛成」
五人の騎士たちの間に緊張が走った。
「皆で、だろう?」
拓真が確認するように訊ねた。
皐月はくすくすと笑った。
「ああ、勿論だとも」
真砂昴シリーズは今後も執筆していく予定です。
感想をお待ちしております。




