立つ鳥
依田信蕃「勿体ないお言葉……。」
徳川家康「少し昔の話をしても良いか?」
依田信蕃「はい。」
徳川家康「其方には我ら徳川は2度苦しい思いをさせられた。その1つ目が二俣城でのいくさである。長篠で勝利を収めた私は、遠江を制圧するべく兵を動かした。浜松と掛川の連絡を確実なものとし、諏訪原城を落とす事も出来た。これにより駿河と高天神の間に楔を打ち込む事が出来た。全てが狙い通りに事が進むはずであった。その中にあってただ1つ、目論見通りにならなかった事がある。何だと思う?そう。其方が守っていた二俣城。ここだけは落とす事は出来なかった。
最初は力攻めをした。1万を超える兵で一気に落とすよう指示し実行した。しかし其方の戦術に翻弄されるばかりであった。仕方なく周囲に砦を張り巡らし、降伏を願い出て来るのを待つしか無かった。……半年だったかな?」
依田信蕃「そうでありました。」
徳川家康「いつまでも二俣に大兵を配備し続けるわけにはいかない。其方の主君武田勝頼も態勢を立て直し、反撃に打って出て来た。北条の事もある。信長様も石山や毛利。そして上杉への対応に追われる状況にあった。最終的には……。」
私の方から折れたよな。
徳川家康「『依田殿の強さはわかりました。人質はいりません。皆の安全も保障します。どうか二俣の城だけ明け渡していただく事は出来ませんでしょうか?』
とお願いしたよな。しかし其方はこう言って来たよな。
『我が主君。武田勝頼の要請無しには城を明け渡す事は出来ません。』
と……。その時間も用意した。武田勝頼からの命令書が二俣城にも届いた。いよいよ明け渡しの日の当日。其方は何と言ったか覚えているか?」
依田信蕃「私の口から言わせるのでありますか?」
徳川家康「今、その時の状況で同じ事を言えるか?」
依田信蕃「……言えませんね。」
依田信蕃が言った言葉。それは……。
徳川家康「『雨が降っていると蓑や傘を身に着けなければなりません。それでは敗残兵のようで見苦しい。晴れた日に堂々と退去したい。』」
依田信蕃「生意気ですね。彼……。」
徳川家康「それだけだったらな。感心した点もあったんだよ。」
依田信蕃「何でありましょうか?」
徳川家康「其方が城を退去した後、うちの大久保(忠世)が入ったんだけど。驚いていたよ。」
依田信蕃「どのような事で?」
徳川家康「城内がきちんと整理整頓それに清掃が行き届いていた事にである。確か二俣の城。うちらに攻められていたよな?」
依田信蕃「はい。」
徳川家康「明け渡した後、うちが使うの知っていたよな?」
依田信蕃「勿論であります。」
徳川家康「それでいて……。」
立つ鳥跡を濁さず。