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看守の青年と囚人の令嬢  作者: 白藤結
その後の話
4/4

同僚の諜報員の話

 あいつが女を連れてきた。そう聞いた時は本当に耳を疑ったものだ。

 同僚のローレンスは何事にも関心が薄いヤツだった。趣味はなく、女を抱くのもほとんど……というか知る限りない。仕事も生きるために仕方なくやってるだけで、必要最低限の情報しか持ち帰らない。

 それでもちゃんと認められているのがムカつく。こっちは努力してもなかなか成果をあげれないのに。

 多分、あいつが仕事に熱心ではないためあまり諜報員らしくないのと、お上品なことが得意なことが理由だと思う。うちの国では諜報員は身分問わず、経歴が明らかで能力が一定以上あればなれるが、やはり平民が多い。そして、諜報員になったところで平民らしさはなかなか抜けることがなく、隣国の王宮などに潜入すれば怪しさ満載になるのは確実だ。何故平民がここにいるのか、と。

 兵として宮中に平民がいるのはよくある。しかしそれではなかなか重要な情報を持ち帰ることはできない。

 その点、あいつはお上品に──貴族らしく振る舞うことが得意だった。裕福な商人の息子だったらしく、貴族を幼い頃から見てきたかららしい。だからあいつは平民として潜入して、後はたまに貴族らしくして宮中を歩けば、貴族の油断を誘って自然と情報を集めれる。

 あいつがダメ元でもあの国に派遣されたのは、そういうことが得意だからだと思う。ちなみに俺もついて行った。あいつがこちらの仕事をする時に、もし万が一があった際に誤魔化す必要があるし、少しでも情報を多く届けるためだ。

 まあ結果はと言えばあっさりバレていたらしいが。

 最初からおかしいとは思っていた。これが諜報員に対して鉄壁の防御力を誇ると言われてる国か?と疑うほど警備がゆるゆるだった。そしたら何故か貴人の一級犯罪者用の監獄の看守に二人揃って異動され、その後とある令嬢が投獄された。

 そんなことされたら嫌でもバレてることは気づいた。情報が少ないため一時的に本国へ戻った。幸いにもあの職場へ来る者はほぼ皆無で、おかげで楽だった。俺の不在はあいつが誤魔化してくれる。

 まさか俺がいない間にあいつがその理由を直接聞いて、しかもそれを成し遂げるとは思わなかったが。

 更に完全にベタ惚れ状態で、彼女の家がないから同居すると聞いた時には、もう何が起こったのか一瞬わからなかった。






「………で、どうして俺のところに来たわけ?」


 ローレンスが独自に行動してやらかしたことで上が慌てたために、国に留まっている今、何故かローレンスが俺のところに現れた。

 夜中遅くに、寝巻きで。

 寝る直前に扉を叩かれて何かと思って出るとこいつがいた。ローレンスは至極真面目な顔で俺を見ている。


「泊めさせてくれ」


「やだ」


 諜報員の中には仕事をよく共にする仲間と同じ家に住むことがあるらしいが、俺たちは違う。別々に家を持っている。まあ給料は諜報員として働く回数によって変動して不安定なため、かなり小さな家だが、まあ家だ。

 そんな小さな家に同僚を泊める余裕はない。お帰り願いたい。


「後生だ」


「何が後生だよ!今後に関係ねぇだろ!」


「大いにある!」


 素直に驚いた。こいつもこんな大声を出すことがあるのか。思えば長い間同じ仕事をしてきたが、初めてのような気がする。

 そして興味が湧いた。こいつがこんなにも人間らしい(・・・・・)行動をするなんて、いったい何があったのだろうか。原因は彼女であるのは明白だが。丁度いいことに、今それを聞く手立てはある。聞くしかない。

 そしてあわよくば酒のネタにでもしよう。こいつの(恐らく)初恋を見守る奴らは多い。


「よし、何故来たのか理由によっては泊めてやる」


「……おまえは何でそんなに嬉しそうなんだ」


 おっとバレそうになった。こいつだからと言って油断しすぎはダメだ。ローレンスは何気ない噂話から大きな情報を探り出すのは得意だが、人の感情の機微については疎い。ただ単に関心が薄いってのが理由だが。


「いいからいいから」


「………分かった、話そう」


 よっしゃ、と心の中で叫びながらローレンスを家の中に入れる。

 はてさて、こいつの恋はいったいどんな進展を見せたのだろうか。






 とりあえず酒を出す。酒を出せば理性が緩んで色々話してくれるはずだ。ちなみに俺は酒に見せかけた水。聞いてるほうが酔ったら意味がないからな。


「さて、話してもらおうか」


「まずはその顔をやめろ」


 自覚はあるが、そう言われてできるものならとうにやっている。できないから今ニヤついてるのだ。

 だってあの!恋や女どころか人間にさえ関心が薄かったこいつが!傍目からデレッデレだと分かるほど惚れてる相手との話だぞ!ニヤけない方が無理だ!

 そんな言い訳を心の中でして、俺は話を促す。言わなければ泊めないと言えば、案外あいつは簡単に口を開いた。


「彼女は毒だ」


 一瞬思考が止まる。好きな相手に対して毒ってなんだ毒って。幾ら何でも酷すぎやしないか?

 そう俺が思ってる間に、ローレンスは更に言葉を募られる。


「いや、毒なのは昔で、だけどそれを摂取したから体内にまだ毒が残っていて、それが今の彼女の出す甘露で増強されてだな──」


「おい待て何が何だか分からん」


 抽象的すぎて分からん。彼女が毒でそれを摂取したって何だよ。しかもその次は甘露。何だ。おまえは彼女を人とも見てないのか。いや、惚れてるのだから違うか。


「分かるだろう?」


「分かるわけがない」


 ローレンスは何故か、は?と驚いている。何故だ。俺は彼女を毒だとか甘露だとか思ったことはないぞ。何だよそのおかしなものを見る目は。おまえの常識がズレてんだよ。

 ローレンスは首を傾げながら訊く。


「だって、彼女と接するといつも後先考えられなくなるだろう?」


「いやならないから」


 ローレンスはただ呆然としていた。まるで幼児が「あなたは私たちの子ではないのよ」と言われた時のような顔。昔の俺の顔だ。あの時の衝撃は忘れない。

 って俺のことじゃなくてローレンスのことだ。たいそう驚いているこいつは初めて見る。なんだ。今日はこいつの初めてをたくさん見る。こんな男の初めてを見たってどうでもいいんだよ。というより目に毒だ。


「………嘘だろう?」


 ようやく言葉を発した。


「嘘じゃないから」


 てかこれどんな状況だ。とりあえずこいつの発想がぶっ飛んでいることしか理解できん。


「……とりあえず何で彼女を毒だとか甘露だとか思ったのか話してみろ」


 俺がそう言うと、どこか呆然としながらも話し始めた。


「彼女といると、どこか大事な部分が溶けて、歯止めが効かなくなる。毒は幻想だとは分かっているが、止められなくてだな、ああだけど、毒はあの時以来なくなって……」


「ちょっと待て」


 要領を得ない。こいつこんなに話下手だったのか。報告は綺麗にまとめてるから知らんかったが、そうか。脳内でまとめてからじゃないとちゃんと話せないタイプかもしれないな。ああ、めんどくさい。

 とりあえず呼吸を落ち着けて、俺はローレンスを見る。


「まずはおまえの彼女に対する認識を確認しよう」


 ローレンスも頷く。ああ、何で夜中に男と向き合わなきゃならないんだ。どうせなら女がいい。


「おまえ彼女のこと好きだよな?」


「…………………は?」


 そこからかー、と遠い目をしたのは仕方が無いと思う。こいつ無自覚か。だから毒だ甘露だと言えるのか。いやよく分からんが。

 それにしても、あんなにデレッデレで見てる方が気持ち悪くなるほどなのに無自覚とか何だよ。自覚したら更に甘くなるのか?冗談じゃない。


「教えてやろう。おまえは彼女に恋してる」


「なわけないだろう?」


 それを言いたいのはこっちだ!何でこんなに無自覚なの!?

 深呼吸して苛立ちを抑える。スーハースーハー。ああ、酒飲みたい。


「本当だ。おまえは彼女が好きだ。見てれば分かる」


「そんなの有り得ない」


「………じゃあおまえ彼女を前にするとどんな行動する?」


 ローレンスはしばらく考えてから、口を開く。


「こう、何だ、笑ってると甘露が溢れ出て、それを舐めたり、あと料理を食べてるときは唇を舐めたり、読書してる時は何か抱きしめたり、あとは……」


「………もう十分わかった」


 変態か。甘露とかよく分からんが、笑ってると舐めるって何だよ。唇舐めるとか完全アウトだし、抱きしめたのなら気づけこのバカ。


「だから、これは恋ではない。恋がこんなに欲望にまみれたものであるはずはない」


 ……つまりはあれか。こいつは恋愛に対して幻想抱いているのか。なるほどなるほど。よーく分かった。

 さて、どうやってこいつに遅すぎる初恋を自覚させようか。


「……とりあえず、ローレンス。恋は綺麗なものじゃないぞ」


「そうなのか?」


 きょとん、ととぼけるこいつがムカつく。一発殴らせろ。


「ああ、恋はどうしようもないものだ。相手を見てると欲望が湧き上がってきてな、もう周りのことなんか考えずに行動しちまうんだよ」


 ローレンスは呆然としていた。これはまさに、ローレンスの状態とぴったり当てはまる。まあ皆が皆ローレンスのような変態的な欲望を抱くとは限らんが。しかもそれを実行してるのだから恐ろしい。俺らの目がないところでそんなに甘々な生活してたのか。


「………では、これが恋だと?こんなものが?」


「ああ、そうだよ」


 はぁ、これで一安心、と思いローレンスを見ると、何故か落ち込んでいた。おいどうした。


「……実は今夜、彼女が寝ている時に『好き』と言っててな、思わず首を絞めたんだが、そうか、これが恋か」


 おい待てかなり物騒な言葉聞こえてきたんだが。え、まさかあれか。愛が重すぎて束縛する系か。


「アアソウダネ」


 こいつはやっぱり常識とズレてると再認識しました。てかうちに来た理由まさかそれ?殺しかけたから慌てて逃げてきた系?正直お帰り願いたい。






 その後、ローレンスはまた殺しかけたらたまらないということでうちに泊まって、翌朝帰宅した。朝帰りか。これ彼女が起きてたら余計にこじれそう……という予感は大当たりし、一波乱あったがちゃんと収まった。

 ちなみに、酒のネタとして上司とか同僚に事件の真相を尋ねられたが所々濁すしかなく、話す時はめっちゃ疲れる。殺しかけたとか言えるか!重すぎて笑えねぇよこんちくしょう!

毒だ甘露だーって言ってもただの恋だったっていう話。

実は本編で一度も恋とか愛とかそういう単語出してないので、こちらで色々進めれたらな、と。


ローレンスは仕事にも興味がほとんどないので、"あの国"が諜報員に対して鉄壁の防御力を誇るとは知らなかったという裏話。

あと同僚さんは養子だと知って家出してそのまま諜報員に若くして就職。就職は早いけど訓練に時間かかったため遅れて就職したローレンスとは同僚扱いという裏話。


調子に乗って続き書き始めました。

次の話は1週間後に出せたらいいですね。多分無理です。

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