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相談屋の日常‐闇夜で嗤う青年の話 その壱‐

 ゴールデンウィークという名の偽りの休日も終わり、学生たちはテスト勉強に追われていた。これはりんも例外ではなく、クリビアとユキと共に食事はとるがそれ以外は部屋に籠っていた。お手伝いなどと云ったものはほとんどせずに。もちろんりんは初めテスト前も手伝いますと言ったのだが、それを二人が説得させたのだ。特にクリビアの言葉は効いた。

 そんなこんなでドタバタと五月上旬も過ぎていった。そして、中旬に至る。


「…暑い」

 りんは眉間にしわを寄せ、誰に言う訳でもなく一人ぼやいた。暦の上では初夏であるはずなのに何なのだろうか。朝食の時に見た天気予報によると今日は最高二十七度になるらしい。今の時刻は三時。一番暑い時間だ。きっとその五月にしては馬鹿げている気温をたたき出している真最中なのだろう。暑い、暑すぎる。溶ける。幸いただいま夏服移行期間中である。ブレザーは予報を聞いた時点でクローゼットに放り込んだ。長袖のワイシャツは袖を捲り、その上にニット生地のベストを着ている。本当の所はここでネクタイも取ってしまいたいのだが、校則のためそれは叶わない。解せぬ。下校中であるから取ってしまおうかとも思うが、さすがにそれはあれだと思いスカートを一つ折るだけに留めた。りんは屋根のある商店街まで帰ってきて、ふうと一息ついた。四月五月の日差しは夏のそれよりも強いと言われている。じりじりと肌を刺激する日差しの和らぐ所にやっと辿り着いたのだから、心持ち灼熱砂漠から水のある町に到着した旅人のそれだろう。あと少しで家だ。歩くのさえ億劫になっていた気力を奮い立たせ、いざ歩き出そうと一歩踏み出した。

「りんちゃん、何やっているの?」

 大げさに一歩前進したりんに、ユキは不思議そうな顔で尋ねた。これはかなり痛い状況である。

「えっと……あはははは…」

 もはや乾いた笑いしか出てこない。そんなりんから何かを察したのか、ユキは話題を変えてきた。

「そっか、ところでりんちゃんは今帰り?制服だし!」

「あっうん。ユキちゃんは?」

「あたしはクリビアからのおつかいア~ンド駄菓子屋でお手伝いしてきたかえりなの~♪」

「そうなんだ!…なるほど、それでお礼にその手に持っている袋いっぱいの駄菓子か」

「そうなの♪ニャハハ!りんちゃんたちにももちろんあげるからね♪」

「えっいいの?ありがとう」

「いえいえ♪」

「…帰ろっか」

「うん!あっアイスもあるんだった、はい」

「ありがとう」

 りんはユキから棒のアイスをもらい、袋を開け口に頬張る。外の気温が高いため若干溶けているアイスは、口に含むとすぐに溶けて消えていく。その冷たさと甘さに思わず顔が緩んだ。たったアイス一つで幸せを感じている。そんな今の自分が少し恥ずかしくて内心慌てて顔を引き締めたのだが、隣で同じように幸せそうにアイスを食べるユキを見たら何やらどうでもよくなった。無理やり引き締めた顔を解き、再度幸せいっぱいの顔でアイスにかぶりつく。徐々に溶けてきて手にアイスが垂れてきたが、今はどうでもよかった。

 カランカラン。やっと家についた。お店に置かれた扇風機の風が優しく肌を撫でる。靴を脱ぎりんとユキはリビングへと向かった。ふたりの足はどこか早足だった。アイスを食べたが喉の渇きは満たされておらず、また冷房がかかっているのを期待しての行動だ。やっと本当に(てんごく)という心持ちでリビングに辿り着いた二人の視界に入ってきたのは、悠々と我が物顔でソファに寝そべる全身真っ黒の青年だった。

「誰?」

 思わずこぼれたりんの声に、その青年は身を起こしりんとユキの方へと顔を向けた。

「あんたが、『りんちゃん』?」

「え?」

「ふーん」

 何これ既視感。否、これはユキちゃんの時のよう…

「…クリビアさんの知り合い?」

「そうだよ」

 りんの言葉に答えたのは青年でなくユキだった。

「こいつはクリビアの知り合いの殺人鬼野郎。時々あたしの仕事の邪魔をする最低野郎。無職」

「…なっなるほど?……ってか殺人鬼!!!!」

「うん」

 ユキちゃんの時も驚いた。けれど、それは家業だからって割り切れたがこれは少し訳が違う。殺人鬼!?なにそれ本格的にクリビアさんの交友関係が分からなくなってくる。

「…」

「あら、りんちゃんフリーズしちゃった?あはははは」

「…」

「それでなんでお前がここにいるのかにゃ?」

「…関係ないだろ」

「関係あるね。あたしはここに今お世話になっているのだから。それにあんたがりんちゃんと関わって、りんちゃんにロクなことが起こらないだろうことが容易に想像つく。正直、邪魔」

「…お前もこの女に執着しているのか」

「執着…確かにそうかもね。けど、あたしとりんちゃんは友達だもの。大切なのは当たり前」

「ふーん…友達…ね……」

「そうだよ」

「クリビアもお前もよくわかんねぇ」

「ぼっちのお前にはわからないかwwww」

「…うざっ」

「あたしのは単純だけど、クリビアは知らないよ。クリビアがどういう意思でりんちゃんを見ているのかわからない」

「…」

「ただ言えるのは…」

 奥から足音が聞こえてきたのでユキは言葉を紡ぐのを止めた。コレはおそらくまだ“早い”のだろうから。

「りんちゃん、ユキちゃんおかえりなさい」

「クリビア、たっだいま~!!」

「…はっ、ただいま帰りました」

「…」

「ねえねえ、クリビア」

「何だい?」

「どうしてこいつがいるの?」

「…ああ、この間電話をもらってね」

「ふ~ん」

「…」

「あっあの、お名前は…」

「まだ自己紹介してなかったのかい、駄目じゃないか」

「そうだそうだ!」

「…チッ」

「あっあの…」

 ユキが煽ってせいか幾分か不機嫌さが増した青年を怖々りんは見る。青年の髪は今どき日本人でも珍しい漆黒、それが所々跳ねている。そして無造作に作られた前髪から覗くのは、気を抜けば吸い込まれてしまいそうな深い蒼の硝子玉がふたつ。この対比に加えて先程耳にした「殺人鬼」のワード。それらがミックスされ、威圧感だかなんだかよくわからないオーラを無意識に感じ取り“怖い”と感じてしまう。青年の身長が一八〇センチ近くありそうなのもあるだろう。

 なかなか自己紹介をしない青年と怖がるりんの様子にしびれを切らしたのか、クリビアが行動を起こした。そっと青年に近づき耳元で何かを呟いた。その途端青年はユキたちがいる方へ飛び退き、クリビアから距離を置いた。そんな青年の反応にクリビアはクスクス笑った。

「え?は?」

「にゃははは」

 混乱するりんと面白そうに眺めるユキを放置し、さらにクリビアはこう続ける。

「…自己紹介」

「わっ、わかった。やればいいんだろ!」

「わー自棄になってるぅ」

「…黙れ」

「こわーい」

「…」

「ユキちゃん、それくらいにしなさい」

「はーい」

「えっえっと…?」

「…カラサ、十七」

「え?」

「言ったからな」

「…はあ」

「えっ?ええっ!!?」

「やーい、からから~」

「…黙れ」

「カラサ…君?」

「…何」

「いえ、えっと…」

「…はっきり言ってくれる?そういうのうざい」

「はい…あの、殺人鬼なんですか?」

「りんちゃんそれ本人に聞く~??」

「だって!」

「答えてあげなさい」

「…はあ、それ聞いてどうすんの?まあいいけどさ…そうだよ」

「…」

「だんまり?ハッ」

「からから自称殺人鬼とか、いた~い」

「…お前も人のこと言えないだろ。んであんた確認してどうしたいの」

「……それだけです」

「は?」

「私はそれがどういうものなのか詳しく知りませんが、確認しときたかっただけです」

「あっそ」

「はい」

 りんは真っ直ぐカラサの方を見て言った。そのりんの瞳は芯の通ったしっかりとしたもので、カラサは内心驚いた。

「りんちゃん」

 クリビアはそばまで行き、小さな声でりんを呼んだ。

「クリビアさん?」

「こいつには敬語を使わなくていいよ」

「どうしてですか?」

「…クス、その方が心を開いてくれるから」

「え?」

「これから時々来るだろうから、仲良くしてほしくてね」

「なるほど…わかりました」

「ありがとう」

「いえ」

「何二人で内緒話してるの~?」

 二人の間にユキが割り込んできた。

「なんでもないよ」

 クリビアは笑ってこう言った。

「え~」

「りんちゃんに、こいつなんかに敬語は使わなくていいよって言ったんだよ」

「にゃははは♪なるほど、確かに~」

「…あ?」

「ふっ二人とも…!」

 この後も暫く他愛のない話は続いた。そして今晩カラサは泊って行くことになった。この流れはやはりユキちゃんの時のことを連想させられたのだが、それとは別に引っかかることが幾つかあった。


―――――クリビアさんが彼に対してどこか冷たく、そして纏う雰囲気にも違和感を覚えたこと。

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