第42話 余白係
42話です。
最初に気づいたのは、
清掃の女だった。
授業が終わったあとの教室。
床に落ちた紙くずを拾う。
それが、
仕事だ。
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紙は、
半分に折られていた。
名前は、
書いてある。
理由欄は、
空白。
余白に、
小さな字。
「まだ」
女は、
一瞬だけ
立ち止まった。
それから、
紙を捨てなかった。
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翌日。
同じ教室。
同じ時間。
また、
似た紙が落ちている。
理由欄は空白。
余白に、
別の言葉。
「決めてない」
女は、
二枚を重ねた。
理由はない。
ただ、
似ていると
感じただけだ。
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三日目。
四枚。
五日目。
八枚。
女は、
紙を袋に入れた。
ごみ袋ではない。
自分の袋だ。
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女は、
読み書きが
得意ではない。
だが、
空白は読める。
書かれていないことは、
誰にでも分かる。
「……多い」
それが、
彼女の感想だった。
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女は、
誰にも言わなかった。
報告もしない。
相談もしない。
ただ、
集めた。
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ある夜。
倉庫の裏。
女は、
人影を見つけた。
私だった。
彼女は、
私を知らない。
だが――
紙袋を見せた。
言葉は、
いらなかった。
私は、
中を見た。
理由欄は、
すべて空白。
余白に、
小さな言葉。
「まだ」
「分からない」
「考えてる」
「終わってない」
数は、
二十を超えていた。
私は、
息を止めた。
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「……捨てるところでした」
女が、
そう言った。
「でも」
一拍。
「揃ってる
気がして」
私は、
頷いた。
「揃っています」
女は、
驚いた。
「読めるんですか」
私は、
答えた。
「ええ」
「何て
書いてあります?」
私は、
少し考えてから
言った。
「考え続けている」
女は、
黙った。
それは、
誇らしい沈黙ではない。
納得の沈黙だった。
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女は、
恐る恐る聞いた。
「……これ、
悪いものですか」
私は、
即答した。
「いいえ」
「なら」
女は、
紙袋を
私に差し出す。
「……持っていて
もらえますか」
私は、
首を振った。
「あなたが
持っていてください」
女は、
戸惑った。
「私が?」
私は、
頷いた。
「余白は、
拾った人のものです」
女は、
紙袋を
抱え直した。
それは、
武器でも、
証拠でもない。
存在の束だった。
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翌日。
役所に、
奇妙な報告が上がる。
「……理由欄の
未記入率が
下がりません」
上役が、
苛立つ。
「指導している
はずだ」
書記は、
首を振る。
「理由を書かず、
余白に書く例が
増えています」
上役は、
顔を上げた。
「余白?」
「はい」
「誰が、
回収している」
書記は、
答えられなかった。
誰も、
回収していないからだ。
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夜。
女は、
紙袋を
棚の奥に置いた。
隠したのではない。
保管した。
理由欄は、
管理される。
だが――
余白は、
まだ誰のものでもない。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
余白が、
集まり始めた日だ。
誤字脱字はお許しください。




