第40話 前へ
40話です。
呼ばれたのは、
昼休みの終わりだった。
名指しは、
静かだった。
だから、
逃げ場がなかった。
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「前へ」
副監督官が言う。
理由欄を空けた、
あの子だ。
子どもは、
立ち上がる。
周囲の子は、
視線を落とした。
見ないことが、
正解だと知っている。
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教室の前。
黒板の横。
チョークは、
置いてある。
使われないために。
「理由を、
書かなかったね」
副監督官の声は、
穏やかだ。
怒りも、
苛立ちもない。
だから、
危険だった。
子どもは、
頷いた。
「どうして?」
副監督官は、
問いを短くした。
子どもは、
少し考える。
教室の空気が、
張る。
考える時間は、
許されていない。
それでも、
子どもは答えた。
「……決められなかった」
副監督官は、
微笑む。
「理由は、
決めるものだよ」
子どもは、
首を振った。
「決まったら、
書く」
その言葉で、
誰かが息を呑んだ。
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副監督官は、
一歩近づく。
「決まらない、
という理由は?」
子どもは、
即答しなかった。
それでも、
逃げなかった。
「……書くと」
一拍。
「もう、
考えなくて
よくなるから」
教室が、
完全に静まる。
副監督官の目が、
わずかに揺れた。
「考えなくて
いいのは、
良いことだ」
子どもは、
ゆっくり言った。
「でも」
一拍。
「まだ、
考えている」
⸻
副監督官は、
黒板に向き直る。
何かを書くためではない。
間を作るためだ。
「君は」
背中を向けたまま
言う。
「皆の前で、
正解を示していない」
子どもは、
頷いた。
「はい」
「それは、
混乱を招く」
子どもは、
視線を上げる。
「……混乱は、
悪いですか」
副監督官は、
答えなかった。
答えが、
用意されていなかったからだ。
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「席に戻りなさい」
その声は、
少しだけ
硬かった。
子どもは、
頷き、
席に戻る。
歩き方は、
変わらない。
誇らしくも、
怯えてもいない。
ただ、
戻った。
⸻
昼休みのあと、
新しい通達が
読み上げられた。
「今後」
「理由欄の未記入は、
指導対象とする」
誰も、
驚かなかった。
予想通りだったからだ。
だが――
続きがあった。
「ただし」
一拍。
「記入内容の正誤は
問わない」
教室に、
小さなざわめき。
子どもは、
机の下で
拳を握った。
正解が、
どうでもよくなった。
それは、
制度の譲歩に見えた。
だが、
違う。
書かせること自体が、
目的になったのだ。
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放課後。
私は、
遠くから
その話を聞いた。
紙に、
短く書く。
・前に呼ばれる
・正解は問われない
・記入が目的
そして、
一行、
余白に書き足す。
「考えている」は、
まだ処理できない
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
子どもが前に立ち、
考え続けることを
やめなかった日だ。
誤字脱字はお許しください。




