第38話 理由欄
38話です。
紙は、増えた。
掲示板の一番目立つ位置に、
新しい様式が貼られる。
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不参加理由申告書
・氏名
・居住区
・不参加項目(配給/井戸/説明会 等)
・理由(簡潔に)
最後に、小さな文字。
※虚偽の申告は、
指導対象となります。
それだけで、
十分だった。
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最初に並んだのは、
老人だった。
配給を受け取らなかった者。
係員が、
紙を差し出す。
「理由を」
老人は、
しばらく紙を見てから
言った。
「……書けません」
係員は、
慣れた声で言う。
「簡潔で
構いません」
老人は、
首を振った。
「簡潔に
できる理由なら、
来ていました」
係員の手が、
一瞬止まる。
だが、
言い返さない。
規定外の答えだった。
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次は、
若い母親。
井戸に来なかった者。
紙を受け取り、
指が止まる。
「……これ」
「何でしょう」
「理由が
先に決まっている
気がします」
係員は、
答えなかった。
答えられなかった。
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昼までに、
申告書は
十数枚集まった。
だが――
理由欄は、
ほとんど空白だった。
書かれているのは、
短い言葉だけ。
「都合」
「体調」
「個人的事情」
どれも、
理由にならない。
だが、
嘘でもない。
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役所の一室。
書記が、
報告する。
「……理由が
集まりません」
上役が、
眉をひそめる。
「書いているだろう」
「形式上は」
書記は、
紙を差し出す。
「ですが、
判断できません」
上役は、
紙を読む。
「都合」
「事情」
「……これでは
何も分からん」
書記は、
小さく言った。
「分からない
ままにするための
書き方です」
上役の視線が、
上がる。
「誰が、
そんなことを」
書記は、
答えなかった。
答えは、
分かっていたからだ。
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夕方。
配給所で、
小さな騒ぎが起きた。
係員が、
申告書を突き返す。
「これでは
理由にならない」
男が、
静かに聞き返す。
「理由とは、
何ですか」
係員は、
言葉に詰まる。
「……参加しない
合理的根拠だ」
男は、
頷いた。
「では」
一拍。
「参加する
合理的根拠は
どこにありますか」
周囲が、
凍りつく。
係員は、
声を落とす。
「……書き直してください」
男は、
紙を受け取り、
折り畳んだ。
書き直さなかった。
帰った。
それだけだ。
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その夜。
倉庫の裏ではなく、
市場の裏でもなく。
別々の家で、
同じことが起きていた。
人々が、
理由欄を
空白のままにする。
あるいは、
書いた理由を
読めなくする。
文字を、
崩す。
意味を、
ぼかす。
理由を、
渡さない。
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私は、
紙に新しい項目を
書き足した。
・来ない
・理由を書かない
二つは、
違う。
だが――
同時に起き始めている。
外で鐘が鳴る。
今日も王都は静かだ。
だが――
理由が、
制度にとって
回収不能になった日だ。
誤字脱字はお許しください。




