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第21話 穏やかな日々

 あの夜の出来事以来、カイは以前にも増してレナータの身の回りの世話を焼くようになった。


 彼女の体調を気遣い、栄養がありそうな食事を、なけなしの知識と経験を総動員して工夫してみる。出来上がったものの味は保証の限りではなかったが、レナータは文句一つ言わず、黙ってそれを口に運んだ。


 プリルがレナータに懐き、彼女の足元にすり寄ったり、膝の上で丸くなったりするのを、カイは微笑ましく見ていた。


 レナータが休憩している時は、カイは静かに彼女のそばにいて、ただ黙って彼女の話に耳を傾けた。


 レナータも、カイのそんな気遣いを、最初はぶっきらぼうに受け流していたが、次第に素直に受け入れるようになっていった。


 そして、食事の時などに、ぽつりぽつりと自身の過去や、鍛冶にかける想いを語ることが増えてきた。


「……父もね、ラスナの鍛冶師だったんだ。テッラローザでも指折りの腕だったけど、人間たちは誰もそれを認めようとしなかった。ただ“ラスナの血を引く異端者”だって……結局、酒に溺れて、まともな仕事もできなくなって……母さんも、苦労ばかりして……」


  そんな話をする時の彼女の横顔は、工房での厳しい職人の顔とは違い、どこか遠くを見つめるような、寂しげな表情をしていた。カイは、彼女の言葉の端々から、長年抱えてきた孤独や、混血として生きてきたことの苦悩を感じ取った。


 ある日の夕食後、カイはレナータが工房の片隅で、小さなハーブの鉢植えを手入れしているのを見かけた。


 窓辺には、彼女が育てている数種類のハーブの鉢植えが、まるで小さな緑の兵士のように整然と並んでいた。彼女は、鍛冶の時とは全く異なる穏やかな表情で、一枚一枚の葉についた埃を丁寧に拭いたり、慈しむように水をやったりしていた。


 その人間味あふれる一面に、カイは親しみと同時に、彼女への特別な感情が胸の奥で静かに芽生え始めているのを感じた。それは尊敬であり、庇護欲であり、そして、もしかしたら…恋愛感情に近いものなのかもしれない。


 しかし、その感情をどう表現していいのか、カイにはまだ分からなかった。


 その数日後、カイたちが休憩しているのを見て、レナータが少し躊躇いながらも声をかけてきた。


「…あんたたち、いつも変なものばかり食べてるからね。たまにはこういうのもいいでしょ」


 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その声には不器用な優しさが滲(にじ)んでいた。彼女は、自分が育てたハーブを数種類ブレンドし、どこかぎこちない手つきでお茶を淹れてくれた。


 湯気の立つ素朴な陶器のカップを受け取ったカイは、恐る恐る一口飲んでみた。


(うっ…なんだこの味は…!)


 予想外の独特な風味が、口の中に広がった。


 少し土っぽく、薬草のような強い香りと、舌に残る確かな苦味。


 お世辞にも美味しいとは言えないその味に、カイは内心戸惑ったが、レナータの手前、それを顔に出すわけにはいかない。


 彼は無理に平静を装い、「…あ、ありがとう。温まるよ」と曖昧に微笑んだ。


 その時、カイの肩に乗っていたプリルが、「プリルも飲むー!」と言ってカイのカップからお茶を一口飲んだ。直後、プリルのゼリー状の体がぶるぶると激しく震え、甲高い声で叫んだ。


「まずーい!これ、カイの失敗作のスープよりまずーい!」


 カイは思わず噴き出しそうになるのを必死で堪えた。


 レナータは、プリルの正直すぎる言葉に、内心少しショックを受けたのか、僅かに肩を落としたように見えた。


「……そうかい。まあ、薬みたいなもんだから、美味しいもんじゃないよ」


  そう強がるレナータの姿を見て、カイは慌ててフォローしようとした。


「いや、そんなことないよ!凄く身体に良さそうな味がする!本当に!」


  しかし、その言葉は余計にぎこちなく響き、カイは自分のコミュニケーション能力の低さを改めて呪った。


 レナータは、そんなカイの必死な様子に気づいていたのだろう、ふっと小さく笑みを漏らした。その笑顔は、いつもの険しさを忘れさせる、どこか少女のような魅力があった。


 プリルは、レナータが少し落ち込んでいるのを見て、今度は健気な一面を見せた。


「でも、レナータお姉ちゃんが作ってくれたから、プリル、ちょっとだけ我慢して飲むの!」


  そう言って、もう一口お茶を飲むと、やはり顔をしかめてぶるぶると震えたが、それでも一生懸命飲み込もうとしていた。


 その姿に、カイもレナータも、思わず苦笑いを浮かべた。


 工房の喧騒から離れた離れの静けさの中、三人と一匹の間に、不器用だが温かい時間がゆっくりと流れていった。カイの心の中で、レナータへの特別な感情は、日増しにその輪郭をはっきりとしたものへと変えていた。

 レナータが使うハーブの石鹸の微かな香りが、工房の鉄の匂いに混じって、カイの鼻をくすぐることが増えていた。

たくさんの作品の中からお時間をいただき、ありがとうございます!


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