三 ミアン
フィリエリナは姉に近づき静かに声をかけた
「お別れはすんだ?」
顔をあげた姉の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
「わたし…どうすればいいの?」
「君の妹たちを埋葬しよう。それからこれからのことを話そう」
「まいそう?」
「そう。土に埋めて妹たちの魂に安らぎを与えるんだ」
「安らぎ……」
フィリエリナの説明に納得したのか姉は立ち上がった。フィリエリナはポケットから綺麗な布を取り出し姉の顔を拭き、頭をなでた。
それから二人は部屋の隅で、服が積み重ねてある山の中から妹たちのものを取り出し着せた。
冷たくなった妹二人をフィリエリナが外に運び、姉は後ろからついていく。
館から離れた場所に妹たちを下ろすとフィリエリナは背負い袋まで走っていき、シャベルを持ってきた。
姉が座って見ている前でフィリエリナは穴を掘っていく。そのときには鎧を脱いで身軽になっていた。
フィリエリナのたくましい背中を見ながら姉は思った。どうしてこの人はわたしたちのためにしてくれるのだろうと。
まだ出会って少ししかたってないのに、まるでそうするのが当たり前のように姉を助けていた。
姉だった人を除いてここまでしてくれた人はいただろうか? いつもは自分が働いていたのに逆の立場になってしまった。手持ち無沙汰な姉はじっとフィリエリナを見ていた。
やがて大きく掘られた穴に妹たちを並べて置き土をかぶせ始めた。その頃には姉の涙は止まり、フィリエリナを手伝い土を運んでいた。
最後に盛った土の上に石を置き、墓石代わりにするとフィリエリナは片膝を地面につけ両手を組んで祈り始めた。
姉はフィリエリナの真似をして両手を組む。目を閉じて妹たちの安らぎを願った。
館の奥にある台座の部屋の子供たちは、同じ部屋の中で一箇所に集められ、肉団子状の物と一緒にした。その上に大量にあった服をかぶせたフィリエリナは最後に火を点け部屋を後にした。
燃え始めた服は黒い煙となり中央の煙突から吹き出している。火が回り館に燃え移ってもフィリエリナは気にしない。あの地下にうごめくムカデどもが焼けてくれれば御の字だなと思っていたぐらいだ。
両扉を開け館から出ると姉が心配そうな顔をして待っていた。
「終わったよ」
安心させるようにフィリエリナが微笑んで言うと姉は頷いた。
鎧をつけたフィリエリナは背負い袋を担いだ。兜は歪んでいるため、背負い袋にくくりつけている。
「ここを離れよう。行こう」
姉はフィリエリナの横に並ぶと歩き始めた。やや大股なフィリエリナの歩幅に対して姉はちょこちょこと短く足を動かしている。
二人は町へ向かっていく。
陽が傾き、沈むには早い時間にフィリエリナは野営することにした。
適度な岩場を見つけそこに居を構える。姉はずいぶん早い野営に自分のやり方と違うので驚いていた。姉の場合は疲れ果てるまで真っ直ぐ進むだけで、気絶するように眠っていたからだ。
フィリエリナは背負い袋から木の棒を何本か出して準備すると魔法で火をつけた。赤々と灯る火の暖かさに姉の心も温かくなる。
さらにフィリエリナは呪文が刻まれた緑色の三角石をいくつか取り出し、自分たちの周りに置き始めた。これは魔除けで襲う者を遠ざける効果があると説明を受けたが、姉にはよくわからなかった。
陽が沈み始めるとフィリエリナは干し肉を切って入れたスープを作り、木の皿に入れると姉に渡す。姉は木のスプーンを不器用そうに使い、一心不乱に食べていた。相当お腹をすかしていたようだ。
姉の様子にふっと笑ったフィリエリナは自分も何も食べていなかったことに気づき、いつもの味を喉に流し込む。強い塩気が疲れた体に染みていくのがわかる。
姉の前で気を張っていたが、フィリエリナも疲労が激しく、できればすぐに横になりたいのを我慢していた。
食事も終わり落ち着いた頃。フィリエリナは自身の話しを姉に聞かせた。もちろん、姉が理解しやすいように言葉を選んでだが。
フィリエリナの話しは姉には突拍子もないものだった。はるか北の村から助けにきたと告げられても信じることが難しい。しかし、ここにフィリエリナは現れ救ってくれた。それだけは真実だった。
これからは罰を受けることがないとわかると姉は嬉しくて泣いた。もうこれからは館を掃除しなくてもいいのだ。妹たちがもういないことは寂しいけれど、自由になれた開放感があった。
北の村へ一緒に行かないかと誘ってくれたフィリエリナに姉は頷いた。館を出てひとりになった今、行くあてもないし、頼れるのはフィリエリナだけだから。
夜になると毛皮の敷物の上に二人で抱き合って寝た。寒い荒野もパチパチと音を出す焚き火、上にかぶせられた毛皮で暖かい。
姉はフィリエリナの腕の中でまるで妹に戻ったかのように錯覚していた。あのときは震えて姉に引っ付いて眠っていたものだ。
フィリエリナは疲れていたのか、横になるとすぐに寝息を立てていた。
姉はフィリエリナの顔をじっと観察していた。とても綺麗で美しい。いつまで見ていても飽きない。ときおり見せる微笑みを思い出し心の中が満たされる。今までで初めて感じる心の動きに姉は戸惑っていた。
それに姉はフィリエリナの匂いが気に入っていた。安心するような今まで嗅いだことのない匂い。フィリエリナの優しい体温を感じながら、いつしか姉も目を閉じていた。
遅く起きた朝、軽い食事を終わらせ旅立ちの準備をしていると、ひらめきがあったのかフィリエリナが姉に笑顔を向けた。
「ミアン! そうだ! これはいいよ!」
「みあん?」
「そう! これから君はミアンと名乗ったらいい。私たちの古い言葉で『希望』って意味なんだ」
「わたしは……ミアン……」
新しい名前を繰り返す姉。戸惑っているのを感じたフィリエリナは慌てて続けた。
「気に入らなければ変えてもいいし、他にあればそっちを名乗ってもかまわないよ。これは私が勝手につけただけだから」
「ううん。ミアンでいい。ミアンがいい。あなたがくれたから」
首を横に振った姉がそう告げるとフィリエリナは笑みを深くした。
支度を終えた二人は荒野の町を目指し歩き始めた。
途中、振り返ったミアンは遠くにある煙突から黒い煙を吐き出している館を見た。かなり離れているため親指の先ほどの大きさになっているが、何もない荒野の中で特徴的な煙突が目立ち、まるで影絵のようだ。
昨日から燃え続けているようで、とめどもなく煙を出しして上空を黒く染めていた。
辛かった日々が胸の内によみがえってくる。あの希望もない日々を過ごしていた場所は間も無くなくなるだろう。黒い怪物も三人組も赤目のムカデもいないのだから。
「ミアン?」
フィリエリナに呼ばれて顔を向ける。そこには心配そうな青い目があった。
ミアンは初めて心から笑みが湧き出てくるのを感じた。妹たちに向ける心配させないような作り笑顔ではない、本当の笑顔。
「なんでもない。行こう」
そう笑顔でフィリエリナの元へ行く。その足取りは軽い。
フィリエリナもまた笑顔でミアンを迎えた。
試練を乗り越えたことでひとまわり大きくなれたと実感していた。それにミアンがいる。
肩を並べた二人は、遠く北のノマイデ村へと旅立ち荒野を後にした。