第73話
ジェノを鍛え始めて3日目。
今のジェノの技術は勇者として申し分ないほどに上がっており、おそらく現状ではこれ以上を見込むことは厳しいだろう。
打ち合いをいったん途切らせるためにジェノを後方へと押し飛ばす。
「うし、とりあえず打ち合いに関しては問題なさそうだし、次の段階に進むか」
「次の段階ですか?」
「ああ。殺し合いの戦いに慣れてもらう」
「え」
俺の言葉にジェノが顔を青くさせた。
まあ、今まで動物に対してやることはあれど、人と人との殺し合いなんて無縁だったろう。気持ちはわからんくもない。
「安心しろ。殺し合いというかあくまで殺気に慣れてもらうってだけだから」
ただの打ち合いであればジェノはおそらく上級冒険者にも比肩するだろう。
だが、戦闘に対してはそううまくいかない。相手は死に物狂いで来ることもあるし、平気でこちらを殺しにかかってくる。
そんな相手の殺気にのまれ、体が竦んで動けずに実力を出せないなんてことだって結構ある。だから、それを防ぐために今のうちに殺気に慣れておかなければいけない。
「戦う技術には問題ないからあとはそれをいつでも発揮できるようにしよう」
木刀を腰に納めてゆっくりと息を吐く。
殺気とかそういうのは戦っていると自然と出るものではあるが、意図的に出すのは結構大変でもある。
すっとジェノを見据え、明確な殺意を抱き、それを向ける。
明確な殺意。殺すという意思がジェノへと向かう。
「あっ…はっ…」
青白い顔をして息が絶え絶えになっている。殺気に当てられ、のまれている。
先ほどまでまともに動けていたのに、俺に視線が向き、そこから外せずにいる。
とりあえず最初なので短い時間だけにしておく。殺気を消すと途端に膝から崩れ落ち、必死に息を整えようとしている。
「これが殺気だ。受けたことないだろ?」
「はぁ…はぁ…はぁ…はい…」
「普段の狩りでも生きるか死ぬか。そういった場面に会うことはあるだろう。だが、動物や魔物から殺気というのは放たれることはない。動物は生きるために他者を食らう。そこに潜むは他者を殺すという意思ではなく、生きるための本能だけだ」
野生の動物には殺気はない。生きるために必要な本能に従っているだけだ。そこに明確な殺意はない。まあ、魔物に関してはわからんが。
「戦場っていうのはこういった殺気が渦巻いている場所だ。そして強い相手は意図せずとも相手に強い殺気を向けている。だからそれに飲まれず、きちんと慣れて察知しやすくするのも必要なことだ」
「はぁ…はぁ…わかり…ました…」
とりあえず呼吸が落ち着くのを待っておく。
「まあ、いきなりあのレベルの殺気に耐えるのは無理だろうから、少しずつ殺気を強くする感じで鍛錬していこう」
「わかりました…」
まあ、この特訓は俺の殺気の制御の練習になるだろう。
あまり殺気を抑えたり調整するような場面が今までなかったから使わなかったが、今後威圧を使うときがあるかもしれないし、扱えるようになったほうがいいだろう。
「うし、んじゃさっそくやるか」
立ち上がったジェノを見据えて俺は再度木刀を抜いた。
「ほっほっほ、今日も精がでるのぅ」
「あ、おじいさん」
いつものごとく瑠衣がクーと共に修行を見学していると、博が一人でこちらへと来ていた。
「あれ?玲は一緒じゃないの?」
「うむ。わしのほうは一通り終わったからのう。あの嬢ちゃんは精霊ちゃんと一緒に行動することになったんじゃ」
「あ、そうなんだ」
そう短く答え、再度鍛錬の様子を見る。
「…それにしても、あやつ本当に18歳なのかの?」
「え?敬の事?」
「うむ、18という割には肝が据わっておる。一体どう育てばああなるのやら…」
「あはは…敬は昔から落ち着いてたからね…。それに…」
「それに?」
「15歳の時、私のせいでご両親と決別することになっちゃったからね…」
「む?お主のせい?それは…」
落ち込む瑠衣に聞こうとした瞬間、博の背筋にぞわっと怖気が走った。
その気配がする方向を見てみると敬がジェノと鍛錬しつつも博のほうをにらみつけていた。
おそらく「余計なことは聞くな」ということだろう
「やれやれ、おぬしの旦那は結構過保護じゃのう」
「あはは…ほら、敬!集中しないと怪我するよ!」
少し敬から放たれる殺気が強くなったせいで、動きが鈍くなったジェノの心配をしつつも、下手に口出しはしないように瑠衣はただ見つめていた。
「うし、今日はここまで」
「あ…ありがとうございました…」
体力と技術がしっかりとついているが、やはり殺気を向けられている中、動くのには慣れていないのだろう。いつも以上に体力を消耗しているようだ。
「戦場っていうのは基本的に殺気が渦巻いている。しかもそれだけじゃなく、死への恐怖や殺気にのまれて恐慌状態になるなんてこともザラだし、人によっては相手を殺すことに快感を得てそれを楽しむやつだっている。ま、いろいろとカオスな空間になるから、それらにのまれず、自分の実力を発揮できるようになっておくべきだな」
「はい…」
ま、こればかりは無理しても仕方がない。とりあえず数をこなして慣らしておこう。
「んじゃ、午後はいつもどおりな。何かあればたぶん俺も村にいるから探してくれ」
「わかりました」
片付けを済ませてからジェノが一礼してから自宅へと帰った。
「お疲れ様」
「ん、サンキュ」
俺は瑠衣から飲み物を受け取り口をつける。
「そういえばさっき医者の爺さんがいたがどうしたんだ?」
瑠衣と会話していたがあまり聞き取れなかった。ただ、途中で瑠衣が自嘲めいた笑みを浮かべていたので、おそらく過去の事を聞いていたように感じたので、殺気を飛ばしてしまったが。
「お医者さんのやることが一通り終わったから様子見に来ていたんだよ。玲はセレスのところで手伝いしてるんだって」
「ふぅん…セレスのほうを手伝いに行くべきか、和也のほうを様子見に行くべきか…」
基本的に俺の担当はジェノの鍛錬だ。そして瑠衣は妹の様子を見ておくこと。体調はまだ完全に治ったわけではないが、元が栄養失調なので、近くにいる程度でも問題ないレベルになっている。
午後に関しては、ジェノが仕事に行くのについていくことで少しずつ体力をつけるようにしている。
だから、俺も瑠衣もクーも午後はフリーとなる。今日までは適当に食材集めをしていたが、それもそろそろ余裕が出てきたので、そこまで急ぎでやる必要もない。
「とりあえずご飯の準備して、そこで相談しよっか」
「そだなー」
とりあえずは腹ごしらえだな。時間も昼食の時間になるし、そこで一度全員集まるから午後の予定を話し合おう。
というわけで、昼食時。食料は相変わらず減るので、瑠衣が準備している間に俺は食料を確保へと向かった。
肉に関しては、狩りの手ほどきを受けている人たちのおかげで問題なく手に入っているので、俺は山菜など採取系の物をメインに取っていく。
「んー、野菜メインの畑のほうを先に何とかしたほうがいいかなぁ…」
「野菜…嫌い…」
「嫌いでも食べなきゃ体によくないぞー」
不満げに俺の背中に頭をぐりぐりと押し付けてくるが基本無視。
そういえば獣人は野菜とかどうしているんだろうか。肉食獣は草食獣の肉を生で食べることでその栄養素も摂取していると聞いたことがあるがどうなんだろう。
獣人も調理して食べているのなら、俺達人間と同じで野菜も摂取しなきゃいけないんだろうが。
「まだ続ける…?」
「ん?そろそろいい具合か」
そんなことを考えている間にとりあえず山菜が一通り集まったので俺は村へと戻る。
「ただいまっと」
「…ただいま…」
「おかえりー、こっちも昼食の準備終わったよー」
「あいよ。んじゃみんなに伝えるか」
即興でこの食堂というか、集会所を作ったが、昼食がいつできるかわからない以上何かしら知らせる手段が必要ではないかという話があり、村全体に聞こえるように鐘を和也が作り出した。
それをたたくことで時間帯によって食事ができたことを伝えることができるようになっている。
ちなみに緊急時にもこの鐘を鳴らすのだが、その際はめいいっぱい連打することで緊急性を伝えることになっている。
最初は回数で伝達できるようにするという話もあったが、その回数がなにを示しているか、覚えていられるかという疑問に答えが出なかったので、緊急性がある時は連打。そうでないときは普通にカンカンと軽くたたくという感じに落ち着いた。
まあ、人数が多かったり、警察や消防といったそれ用の職務の人がいるならともかく、こういった簡素な村でそこまでしっかりときめる必要もないだろう。
というわけで軽く鐘をたたいて昼食ができたことを知らせると、続々と村人たちが集まり、各々昼食を取り始めた。
そして俺たちも全員集まったので、食堂の隅で午後の予定を話し合う。
「で、各々どんな感じ?」
「建物に関してはとりあえず材料集まったから、これから順次作る予定ではあるが…一つ問題があってな」
「問題?」
「ああ。これはセレス達とも話し合っていることだが…」
「魔法陣との兼ね合いもかねての建築になるから、全体的に配置換えしないといけなくなりそうなのよ」
和也の話をセレスが引き継ぐ。そしてシエルが地図を取り出した。
「私が考えてある魔法陣がこんな感じ」
そう言って地図の上に魔法陣を描きだす。
「で、今ある建物がここだな」
和也が地図の建物へと丸を付けていく。
「それで、浄水の関係で魔法陣にも水の流れがあるから、それがこういうルート」
中心から反時計回りに魔法陣の線をなぞるように矢印を書いていき、それが魔法陣の文字をはさむように複数ある円を繋ぐように書かれている。
「で、これが浄水された水が流れていくルート。で、汚水に関してはその下の段に作るんだけど、それがこっち」
そう言ってもう一枚同じ地図に村を囲うように何重かに重なっている円が描かれているものが出てきた。
「複写したのか」
「うん、魔法陣とか家を建てる場所とか決めるのに必要だったみたいだからお姉ちゃんと一緒に」
「そうか、二人とも偉いな」
よしよしと頭をなでてあげると二人は嬉しそうに微笑んでいた。それを見てクーがどこか不満そうだが、それに関してはスルーしておく。
「浄水のほうはどういうシステムなんだ?」
「とりあえず汚水を集めて渦を作って遠心力?とかで固形物とかを粉砕とかして、それらを全部浄化の水で綺麗にして、ある一定の綺麗なところになったら別のところに流してそれを生活用水のほうへと回すって感じかな」
「その綺麗になった判定は?」
「魔法陣で判別できるように組んだから、それを通路のほうへと書き込んでそれ以外を通さないように結界を作るよ」
「え、それできるの?」
俺とセレスの会話に瑠衣が思わずといった感じに問いかけてきた。
「何度か試してみないとだけどねー。正確にはこの状態の水以外は通さないっていうものだけどねー」
「それを利用して浄水できないのか?」
「それやろうとするとはじくものが多すぎて…」
「あー…」
確かに雑菌とかそこらへんを踏まえるとものすごい量のフィルターが必要になるだろう。それに体に良いものと思っても、ミネラルに塩分のようなものがあるが、それだって数はかなりの数がある。それらすべてを書き連ねるのは無理だろう。
「そこら辺の魔法陣を作って、下水関連とかを形作りたいけど、それをやってからじゃないと建物が作れない感じで…」
「んー、その魔法陣はもう少し時間かかりそうか?」
「え?うん」
「そか。ならまず基礎だけ作ろう。セレス。ほかの魔法陣…全体的な部分はもう完成してるんだよな?」
「うん、それなら問題なく」
「なら次は立体的に、浄水後の貯水場所をどうするか、汚水の流出先とそれを集める先、それと管理するための入り口等それらを先に作っちゃおう。その後地盤を安定させ、そこに問題ないように建物を建築できるようにしよう」
「私はその間に魔法陣を作ればいいってわけね」
「ああ。最初から全部作るってわけにもいかないだろうし、その魔法陣を完成するまで普通にそっちの工事しておけばいいだろう」
「わかった。じゃあ俺はそっちのほうに取り掛かる」
「任せた」
とりあえずあとやるべきなのは水回りと建物関連だろう。
そこらへんは和也とセレス、玲の持ち場で俺は約に立てないだろう。だからそこら辺は任せておこう。
「…で、敬は何するの?」
………何しよう?




