第47話
神徒の遺跡
遺跡を拠点都市、トレーニングを始めて早一週間。
午前中は虚空からの授業、午後はトレーニング、夕食後に身体強化の練習等魔力の操作練習をしていたのだが、それも大分成果が出ている。
「いやー、さすがに一週間もやってれば大分慣れてくるな」
縦に立っているレンガの上で片足立ちしながら和也が感慨深そうにトレーニングしている俺達を見ていた。
「そういうお前も大分重心が安定したみたいだな」
片足立ちしている和也は一切ふらふらすることはなく、煉瓦という狭い足場に片足立ちしているにも関わらず、その姿はまさに直立不動といった感じだ。
「まあさすがに昼から夕飯の時まで煉瓦の上をうろついてたらこうもなるだろ。お前だって今じゃ揺らすこともなく迷路突破してんじゃねぇか」
「まあねっと」
入り口から飛び込んで、即座に最初の曲がり角の中心部分に左足で着地し、勢いを殺さずに右へと飛んで角を曲がり、次に着地したタイミングで体の向きを変えて前に走り出し、次の角も同じように着地して曲がりきる。
減速も停止もせずに曲がるには左に曲がる際は右足で、右に曲がる際は左足で着地し、そのまま体の向きを変えずにその方向に飛びのき、着地と同時に体の向きを変えるのが一番だと悟ってからずいぶんと攻略が楽になった。
そんな様子を見ていたセバスがふむと何か考え込んでから口を開いた。
「お二人方の今の様子からもう一つ上の段階へとトレーニングを移行しても問題なさそうですね」
「上の段階?」
「はい。少々危険を伴いますので怪我だけは十分に注意していただきますが」
「危険ね…死ぬ可能性は?」
「ゼロではございません。ですが、今のお二人方ならほぼゼロではあるでしょう」
「そか。まあ、とりあえずやってみるか」
「だな」
「ではこちらへ。場所を移動しなければいけませんので」
「わかりました」
俺と和也はセバスに連れられて部屋を後にした。
「…あれ?敬と和也君どこ行くんだろ」
「おそらくトレーニングを次の段階へと進めたのだと」
「次の段階~?」
「はい。技術のトレーニングである瑠衣様と玲様と違ってあの二人は主に自らの能力を鍛えています。ですので次の段階となりますとそれ相応の場所が必要になるのです」
「へー」
クロエの言葉に納得した二人は、また自分のトレーニングへと戻った。
「ではまずこちらへ。ここで目的の場所に転移いたします」
エレベーターの様な小部屋の中心に魔法陣が描かれている部屋へと案内され、俺達は中心の魔法陣に乗った。セバスが手近なパネルを操作すると魔法陣が輝き、俺達をどこかへと転移させた。先ほどと全く同じ部屋なので本当に転移しているかいまいちわからなかったが、部屋から出てみると景色はガラッと変わっていた。
「ここは…」
俺達には見慣れた景色だが、この世界として考えるとかなり異質な景色。
そこは高さ十階前後のビルが立ち並ぶビル街だった。
「虚空様がご利用になっている研究施設がある区画です。特定の建物以外に入ることは許可されておりませぬが、トレーニングなどで必要とあらば使っていいと申し付けられております」
「へえ…でも、こんなところでどんなトレーニングをするんだ?」
「お二人にはそれぞれ別の場所でトレーニングをしていただきます。まずは和也様のトレーニングをご案内いたしますのでこちらへ」
セバスについていき、10階建てのビルの近くへと来た。
「この中でやるのか?」
「いえ、中ではありません。こちらへ」
そういって裏口の非常階段へと足を進めそのまま屋上まで登ってきた。
「屋上でやるのか?」
「いえ、それも違います。では和也様のトレーニングですが…」
セバスは特に表情も変えることもなく、屋上の淵へと立った。
「ここから飛び降りてもらいます」
「………は?」
俺と和也は間抜けな声を上げてしまった。
「ですから、和也様にはこちらから飛び降りていただきます」
「いやいやいや!10階建ての屋上だぞ!普通に考えて飛び降りたら死ぬだろ!!」
さすがに和也も声を荒げてしまう。それもそうだろう。10階建てのビルなんて高さおおよそ30mだ。そんなところから飛び降りて無事で済むとは思えん。
「はい。当然そのまま飛び降りたら死にます。ですので…和也様あれらが見えますか?」
そういってセバスが指し示したのは隣にあるビルだ。
「あのビルがどうしたって言うんだ?」
「正確にはビルの壁に張り付いている物です」
「壁に張り付いている物って…雨どいとかか?」
「はい、雨どいの縦どい…縦のパイプですね。それや換気扇の傘。それらを駆使して地上まで降りていただきます」
「まじか…」
「はい、しかもそれらを一切壊すことなく、です」
「そんなことできるのか?」
雨どいや換気扇の傘は本来人が乗るような設計にはなっていない。それ故に壊れやすく、下手すると掴んだだけでネジが外れ、素材が割れる。だというのにそれを一切壊さずに降りるなんて可能なんだろうか。
「可能です。…と口で言っても信じられないでしょう。なので実際にやってみましょう」
そういってニコリと笑ったセバスはそのままビルから飛び降りた。
そして即座に壁を蹴って反対側のビルへと飛び、そこにぶら下がっている縦どいに足を引っかけて速度を遅め、即座に飛びのいて反対側の窓に着地、その後さらに飛び退いて反対側の換気扇の傘へと足を乗せるが体がわずかに傾き、即座に反対側へと飛び退いていた。
そんな感じでピョンピョンと跳ねるように二つのビルを行き来しながら降りて行き、セバスは無傷で地面に降り立った。
セバスが使った縦どいや換気扇の傘は汚れてはいるがネジ一本外れてはおらず、一切壊れた様子はなかった。
「すげぇ…」
「実演されたんじゃ出来ねぇとは言えねぇな…」
その光景に俺達はぼやくように呟いた。そんな俺達を知ってか知らずか、セバスは笑顔で手招きしている。
「とりあえず俺達も降りるか」
「ああ」
さすがに俺達も同じように降りることはできないので、俺達は風を使ってゆっくりと地面へと降り立った。
「いかがでしたか?」
「なんというか…傍から見てるとなんで雨どいとかが壊れないのか不思議でしたね」
「そうでしょうね。あれは安定した重心を持っていないとできないことですから」
「というと?」
「例えばですがジャンプして着地した際、全ての体重が着地した地面へと向けられます。しかし本来着地だけ、もしくは立つだけであればそこまでする必要はないのです。重心を安定させることができれば必要最低限の力だけで自らを立たせることができ、先ほどのように壊れやすい物でもうまく力を分配することで壊さずに足場にすることができるのです」
「それが今後必要になるのか?」
「はい。和也様は盾使いです。確かにその巨大な盾ならば敵の攻撃を受け止めることはできるでしょうが、足場が安定しなければまともに受け止めることはできません。土属性使いである和也様ならいくらでも足場を作ることは可能かもしれませんが、足場を安定させるにもそこに意識を向けなければならないでしょうから、戦いに支障が出てしまいます。不安定、もしくは小さい足場でもしっかりした重心でいられるためのトレーニングです」
「なるほど」
「ですがさすがに危険ですからね。こちらのトレーニングは私が監督させていただきます。その間の敬様のトレーニングですが、こちらへ」
そういって近くのビルへと入っていく。
「こちらのビルの一フロアを貸していただきました。そこにまた同じような迷路を作りましたのでそちらでトレーニングをしていただきます」
「同じトレーニングなのか?」
「大まかなところは同じです。ただ、一つ違う点がありまして、今回は攻撃も含めて行っていただきます」
地下のトレーニングフロアへと入ると、天井まで高さがある壁が入り口を覆っていた。そしてその壁によって作られた道の先には黒いマネキンがぽつんと立っている。
「攻撃ってあれを?」
「はい。ただのマネキンとお思いでしょうが違います。あれは魔法人形でして、特定の行動を行うことができるのです」
「特定の行動?」
「はい。それは…」
セバスがマネキンへと近づき、マネキンの胸元を軽く殴ると、すさまじい勢いでマネキンの右ストレートがセバスへと放たれた。それを軽くかわすと、マネキンはそのまま最初と同じ直立の姿勢に戻った。
「と、このように攻撃を受けたら反撃をしてきます。しかし…」
セバスはまた同じように拳を作って今度は先ほどとは比較にならない威力でマネキンの胸元を殴ると、マネキンは反撃することもなくその場に倒れた。
「と、このようにある程度の威力があれば倒れて反撃できないようになっています。敬様にはこの迷路内にいるすべてのマネキンを倒し、出口へと向かっていただきます」
「全部って数は?」
「25体ですね」
「なかなか多いな」
「それらをすべて一撃で倒すのが目的です。基本的に敬様の戦い方は一撃の威力は求められないのですが、敵の数が多い場合は押し切られてしまう戦い方です。ですのでこれでその弱点を克服して頂きます」
「まじか…なかなかにきつそうだな…」
「それと敬様、こちらを。虚空様より預かっております」
そういって差し出してきたのは刀と脇差だ。
「刀?なんでまた」
「虚空様曰く、おそらくこちらの方が敬様に合うとのことです」
「そうなのか?」
「知らん。いや、確かにガキの頃に剣道という名の居合を教わったことはあるが…」
「なんで子供の時に居合教わってるんだよ」
「知るか。空手と剣道の道場に通わされてたことがあったんだが、なんでか知らんが剣道の師範が俺には居合が合うとか言って教え込まれたんだよ」
「なんでだよ…」
「知るか」
呆れるように呟く和也に対して俺もため息を吐いてしまう。本当になんであの時居合を教わったのやら…。
「おそらくその時の教えが体に残っているのでしょう。歩き方や剣の振り方等、どこかで癖が残っているのを虚空様が見抜いたのかと」
「なるほどね…。じゃこれ使わせてもらいますかね」
そういって刀と脇差を受け取り、試しに一度抜いてみる。
シャッとこすれる音と共に抜かれた刃は蛍光灯の光を受けてどこか輝いて見えた。
「なんかよさそうな刀だな」
「だな。まあ、活かしきれるかは俺次第だが」
「大丈夫だろ。切れ味よさそうだし」
「いやー、刀って切れ味はいいがその分折れやすいもんなんだぞ」
「そうなのか?」
「ああ。うまく振らんとまともに斬れないし、途中で折れることもあるからな」
「そうならないようにうまく扱ってくださいね。さて、こちらのトレーニングですが、マネキンからの反撃によって怪我を負う可能性はありますが、和也様のトレーニングより危険度は低いです。ですので他の者が監督する形となります」
その言葉の直後に一人の青年が扉を開けて入ってきて一礼した。
「よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
「何かありましたら彼にお申しつけを。では、和也様、我々もトレーニングを始めましょう」
「わかった。じゃあ敬、気を付けてな」
「和也もな」
軽く手を挙げて挨拶をし、部屋を出ていくセバスと和也を見送る。
「じゃ、始めますか」
刀と脇差を腰に差し、俺はトレーニングへと挑んだ。




