第36話
聖都サントテフォワ 大聖堂前広場
大聖堂正面にある広場。大きな噴水もあり、厳かな雰囲気から普段は信心深い人たちの憩い場所ともなっている。しかし暴動が起った今はこの広場は殺伐とした雰囲気に包まれており、しかも広場には太い柱に支えられたキノコのような形の足場が頭上に広がっている。
その足場の上には4つの人影が立っていた。
「さて…お前が聖女派だったか?民衆を煽って暴動なんて起こさせた魔族ってのは」
「まさかこんな早くから妨害されるとは思わなかったよ」
二十代前半の魔族の青年はひとなつっこそうな笑みを浮かべつつ、困ったように呟いた。
「あら~、意外と情報収集能力は低いようね~。敬が気にしてはいたけど、別にこそこそ動いていたという訳じゃないのだけどね~」
「君たちの事は知っていた差さ。ただ、まさかこうも簡単に邪魔されるとはね…どうやって僕たちの事を知ったの?」
「さあ?俺はリーダーから聞かされただけだからよく知らん。それよりいつまでだべってるんだ?やりあうんだろ?」
笑みを浮かべながら和也が準備運動として右肩を回していた。玲とシエルは神爺さんと共に少し後ろへと下がる。
「そうだね。君たちを足止めするのも一つの仕事だけど、他にもやらなきゃいけないことがあるからね」
魔力と共にすさまじい熱が放出される。
「この熱…こいつが使う属性は火か」
「あらあら~、和也君、大丈夫かしら~?相性としては私の方が上だし、私がやりましょうか~?」
「いやいい。ここ最近主に戦っているのは敬だからな。俺も久々に全力で戦っておきてぇんだ」
「あらそう~?じゃあ後ろで見ているわね~」
そういって玲は自分の周囲に水のドームを作り、熱波などから自分とシエルを護りだす。
「さぁて…んじゃあおっぱじめるとしますか!!」
背負っている盾を左手に持ち、和也は魔族へと駆け出した。
「『フレイムウォール』!」
魔族の言葉に呼応するように、地面から炎の壁が沸き立ち、和也の前に展開される。
和也は地面から勢いよく足場を上へと伸ばし、それの勢いのまま炎の壁を飛び越していく。
「『フレイムランス』!」
魔族の周囲に炎で作られた槍が複数展開され、和也に向けて放たれる。
空中で四方からくる炎の槍を体をひねることで回避し、避けきれない槍は左手の盾で打ち払い、そのまま落下の勢いを乗せて魔族へと拳を振り下ろすが、魔族はその場から飛び退いてその拳を回避した。
「『フレイムボール』!」
無数の炎の玉が展開され、一気に和也へと放たれていく。それらを回避し、時には盾で打ち払い、和也は魔族へとどんどん距離を詰めて行く。
「あの魔族さんは呪文を口にするのね~」
その様子を遠くから見ている玲はのほほんとそう呟いた。
「むしろ基本的にはああやって展開する魔法を言葉にする者がほとんどじゃよ」
「あら、そうなの?」
「うむ。魔法を展開するには確固たるイメージが必要じゃからの。ああやって言葉にすることで自分が展開したい魔法を確固たるものにするのじゃ」
「でも私達はそういう言霊?使わないわよ~」
「それはお主等が異常なだけじゃ。ただ展開するだけのような簡単な物ならまだしも、ああいう何かを形作るようなものはよほどの想像力がないとできないものじゃ」
「そういうものかしら~」
そんな話をしている間にも和也はすでに魔族と肉薄しており、拳や蹴りを繰り出していくが、魔族は軽いステップで後方へと下がりながらそれを回避していく。
「ちょこまか…と!」
さらに深く踏み込んで和也は拳を繰り出すが、それを魔族はひらりと回避し、カウンターで魔族の拳も和也の顔へと放たれた。しかし即座にその拳を盾で受けとめ、防ぐが…。
「『エクスプロージョン』」
突如受け止めた拳が爆発し、和也を吹き飛ばした。
「『フレイムボム』」
空中で一回転して着地した和也の周囲に大量の火球が展開されていく。
「これは…」
「終わりです」
その一言と共に展開された火球が一斉に和也へと迫り、すさまじい爆音と共に大爆発を引き起こした。
もうもうと立ち昇る爆煙を背にして魔族が玲へと近づいていく。
「さて、次は君達だよ」
余裕そうな笑みを浮かべている魔族だが、それは玲も同じだった。
「…何を笑っているんだい?」
「…残心、というのをあなたは知っていますか~?」
「残心…?」
「相手が死んだか確認せずに勝った気でいるのは余裕じゃなくてただの慢心ですよ~」
挑発するような玲の笑みに魔族の表情が一瞬で険しくなり、一歩踏み込んだ瞬間。
ボコッ
背後の地面から音が聞こえ、振り返った魔族の顔面に地面から飛び出してきた和也の拳が叩き込まれた。
無防備な状態で殴られた魔族はそのまま吹き飛び、二、三度ほどバウンドして地面に倒れた。
「ふぅー…やっと一発。やっぱ以前と同じ感じで戦えないな」
「まあここでは魔法とかが普通だものね~。好き勝手やっている敬君がおかしいんじゃないかしら」
「あいつの順応性の高さはおかしいからなー」
そんな呑気な話をしていると殴られた魔族がその顔に怒りの表情を浮かべて立ち上がり、和也を睨んでいた。
「おーおー、いい目をしてんじゃねぇか。やっぱ喧嘩はこうでなきゃ」
「敬君といいあなたといい、戦いになると目つきが変わるわね~」
「そうか?いまいちわからんが」
「変わっているわよ~。まるでおもちゃを目の前にした子供みたいな目をしているわ~」
「そうかね?まあ、まだ楽しめる間は大丈夫だろ。俺もあいつも」
そういって魔族を見据える。
「喧嘩を楽しめている間は…な」
殴り掛かってきた魔族を見据え、和也の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。
魔族から放たれる拳が和也へと迫る。
先ほど爆発の魔法が宿っていたはずなのに、爆ぜたはずの魔族の右手は無傷だった。さすがに自爆の魔法をするとも思えないし、先ほどから避けている拳が爆発しないことから、おそらく触れた瞬間にしか発動できないのだろう。
まあ、爆発自体ゼロ距離で喰らえば腕すら容易く吹き飛ばす威力になるからそれが狙いかもしれないが。
「この…『フレイムウォール』!」
和也の後ろに炎の壁が生み出され、それと同時に魔族が後ろへと飛び退いて距離を置くと和也の周囲を取り囲むように炎の壁が展開した。
「『フレイムボム』!」
炎の壁の内部に大量の火球が展開されて和也を取り囲んだ。
「くらえ!」
掛け声と同時にすさまじい爆音が響き渡る。しかしその直後、炎の壁を貫いて無数の鉄の柱が魔族へと向けて迫ってきた。
「なっ!?」
突然の鉄柱に驚きつつも回避するが、地面にぶつかった鉄柱からさらに細い鉄柱が魔族に向けて迫っていく。そしてその細い鉄柱は魔族の体の近くを通るとそこからさらに細い鉄棒が伸びて魔族の体に巻き付いた。
「ぐっ…!くそ…!」
外そうともがくが細い割に頑丈な鉄柱はビクともせず、外れる気配はかけらもない。
そして和也を取り囲んでいた炎の壁は地面がせり上げられて遥か頭上まで押し上げられていた。ピシリという音と共に土の壁にひびが入り、そこから姿を現した和也が不敵な笑みを浮かべていた。
「さて、これで終わりだな、まあまあ楽しかったぜ魔族さんよ」
そういって和也は全力の一撃を魔族の顔面へと叩き込んだ。
バァンと殴られた音とは思えない音が響き、魔族はぐったりと吊るされた。
「うし、これでいいな。あとは…暴動の鎮圧ってやった方がいいのか?」
「さあ~?そこらへんはプリエさん達が何とかするんじゃないかしら~」
「んじゃ俺達はとりあえずこいつの見張りだな」
「そうね~」
そんな呑気な話をしながら三人はいまだに騒がしい聖都を見下ろしていた。
大聖堂地下洞窟
地面から無数の石でできた円錐型の巨大な槍が俺へと向けて伸びてくる。それを後方に下がりながら空中へと飛び上がり、届かない距離まで移動するが、それと同時に天井にある鍾乳石が大量に降り注いでくる。空中を縦横無尽に移動し、降り注ぐ鍾乳石を回避し、上級魔族へと迫っていくが、地面へと近づいた瞬間に地面から槍が飛び出し、俺の頬を浅く切りつける。
「面倒だ…な!」
距離をとり、ミスリルソードを振るって斬撃を飛ばすが、それも途中でせりあがった壁によってふさがれてしまう。
ダメージ与えるためには接近しなきゃいけないのだが、それをしようとすると地面からの攻撃が迫ってくる。かといえ離れた状態だと攻撃を地面からせりあがる壁で防がれてしまい、あまつさえ天井から降ってくる鍾乳石によってこちらは小さいながらもダメージを負わされてしまう。
「仕方ない…あれは目が回るからあまりやりたくないんだがな…」
ミスリルソードをしっかりと握り、両足に風をためる。空中で動きを止め、上級魔族へと狙いを定め…。
「ふっ」
小さく息を吐くと共にためた風を爆発させ、超高速で上級魔族へと迫っていく。真っすぐ一直線にすさまじい速度で迫っていくが、地面に近づいた瞬間、俺の胴体目がけて地面から槍が高速でせり上がってきた。超高速での移動のせいですぐに方向転換できないがゆえに、そのまま槍の先端が俺の体へと直撃して体が浮き上がるが、俺は左手で槍の先端を掴んでおり、刺さることはなかった。
「よい…しょ!」
そのまま動きを止めた俺に四方から円錐が迫ってくるが、それらを飛び越して地面へと降り立った。着地と同時に駆け出す俺に向けて無数の槍が迫ってくるが、俺はそれをすべて回避していく。直角に向かう先を変え、時には足を止め、飛び出してくる槍を足場にして向かっていく。
「ふむ、なかなかの身のこなし。だがいいのか?」
「あん?」
「ここにいるのは我々だけではないぞ?」
「っ!」
咄嗟にジャンプして後方をみると、クー達にむけて無数の槍が迫っていた。それを見た瞬間、俺の中にあった熱が一気に引いていく。一瞬で冷えていく感情。それに伴い冷静になっていく思考が一気にさえていく。瞬時に風によるブーストでクー達の元へと急ぐ。そしてすれ違いざまに迫っている土の槍を斬り裂き、クー達の元へと降り立った。
「ふぅ…大丈夫か?」
俺の問いかけにクーはコクリと頷いた。
「ならよし。隊長さん、動けるか?」
「援護しろというのなら厳しいが?」
「クーを護りながらあの槍やら鍾乳石を回避するのは?」
「それくらいなら大丈夫だが…」
「んじゃ、よろしく頼む。巻き込まれんようにな」
そういって上級魔族へと向き直る。あいつはニヤニヤと癇に障る笑みを浮かべ、侮蔑を込めた目で俺を見ていた。
「…俺がいた国には戦いの中にもルールがあるんだよ」
「ほう、それはどんなルールかな?正々堂々とかそんなくだらないルールかな?」
「いんや、もっと簡単な物さ」
「簡単な物?」
「『戦えない者は狙わない』争うにしても戦うことができるやつ同士でやる。それができず力を持たない者を巻き込んだ時点でそいつはテロ行為として罵倒される。どんなことだろうがな」
「…」
「今お前がやったのはそれと同じ。だから代償を支払ってもらう」
「代償?一体何を…」
そこまで言った途端、上級魔族の左肩から先が斬り落とされた。
「なっ…ああああああああああ!!」
左肩を抑えた状態で叫び声をあげ、即座に傷口を止血して俺を睨みつけてきた。
「貴様…今何をした!!」
「なんだろうが別にいいだろ。とりあえずお前は情報もっているみたいだし、生け捕りにする気だったが止めだ」
軽くミスリルソードを振ってから剣先を向ける。
「こっからは加減なしで殺しに行かせてもらうよ」
そういった俺の目から、先ほどまで合った喧嘩を楽しむ感情は消え去っていた。




