第13話
少々強引な部分もありますが、今回でグランフォール皇国編は終了です。
ライカンスロープの大まかな住処を推測し終えてから数日後。スティクから公爵と会える日程を聞き、それが翌日に迫った日。ふと瑠衣が思い出したように呟いた。
「そういえば宿取った後で冒険者ギルドに行くって敬言ってなかったっけ?」
「………あ」
マルシャン商会の一件でクーを引き取り、目標が達成できないと打ちひしがれ、公爵家へと呼ばれ、ライカンスロープの住処を探ったりと、出来事をこなしている間にすっかり行くのを忘れていた。
「なんだ?また冒険者ギルドに行くのか?」
「なにしに行くのかしら~」
和也と玲が手元のカードから視線を外してこちらを見た。
市場でトランプに似たカードを見つけて買ってきたようで、それを使ってのババ抜きをシエルとノエル、クーの三人に教えている最中だ。
「ライカンスロープの事を報告したときにね、宿を聞かれたんだけど、まだ決まってなかったからあとで行く~って言ってて忘れてたの」
「話をするにしてもライカンスロープに関して質問を受けるくらいだし、そこらへんは公爵家ですでに報告してるからな…。どうすっかな…今更すぎね?」
「でも、行くって言ったわけだし…行った方がいいんじゃない?」
「んあ~…」
ギルドに行く用事はライカンスロープ関連だ。それについての話をしに行くわけだが、そこらへんは公爵家で話をしてある。
この国と冒険者ギルドの関係性がわからないからはっきりとは言えないが、遅かれ早かれ公爵、もしくは国からギルドへと話は行くだろう。
公爵が手柄を独占したがるタイプなら自ら軍を動かしかねないが、話をした感じそういった類の人じゃないだろうから、おそらく国、もしくは公爵として冒険者ギルドに報告し、調査、討伐に取り掛かるだろう。それなら今行ったとしても二度手間だろうし、必要最低限の情報なら提出した書類にまとめてある。それを見て出てきた疑問に答えるのが主なんだが…。
「もうじきこの国出るし、すっごい今更なんだよなぁ…しかも利点がない…」
ギルドに恩を売れるわけでもなく、せいぜいこっちに対して多少受ける印象が悪くなる程度だが、それくらいならそこまで大きな問題にはならない。
元々冒険者として活動する気もないし、その程度の問題をほかの支部に伝えるとも思えない。むしろこの程度の事をほかの支部に伝えたら、それこそ器が小さいだのと言われかねないだろう。
はてさて、どうしたものかと考えているとコンコン、とノックの音が聞こえてきた。
万が一もあるからと、チラリと和也を見ると頷いてゆっくりと立ち上がった。
「はいはい、誰ですか~?」
呑気な口調で和也が扉を開けると、そこにいたのはスティクだった。
「こんにちは、今お時間大丈夫ですか?」
「スティクじゃないですか、どうしたんですか?公爵家に行くのは明日ですよね?」
「ええ、そのことで少しお話を、入っても?」
「どうぞどうぞ」
和也がスティクを室内へと招き入れ、一緒に部屋へと戻ってきた。
ノエルとシエルはカードを片付け、玲は購入してあった野営セットでお茶を淹れだしていた。瑠衣もそれを手伝っており、クーは俺の背中によじ登ってきた。うん、お前はそこが定位置なんだね。(諦め)
「それでどうしたんですか?公爵家に行くのは明日ですし、何か問題でも?」
「いえ、問題と言うほどでもありません。ライカンスロープの事なのですが、公爵家から王家へと報告した際、冒険者ギルドからも同じ報告を受けたと言われまして」
「でしょうね。ギルドには俺が報告してありますし」
その後やること忘れてたけど。
「ええ、それで報告した人物が敬殿で同一人物ということ、それと明日公爵家でお話するということを受けまして冒険者ギルドのマスター殿も同席することとなったので、それをご報告にと」
「あ、そうなんですね。それは都合がいい」
「都合がいいですか?」
「敬、ここに来た時に冒険者ギルド行ったんですが、その後宿が決まったらもう一度行くといって行くの忘れていたんですよ」
「なるほど。それならちょうどよかったですね。では、敬殿もご了承ということでお伝えしておきます。ただ、ギルドの方の都合で少し時間が後にずれますが、よろしいですか?」
「問題ないです」
「わかりました。では夕方の少し前ほどに迎えに来ますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
スティクはそれだけが用件だったようで、その後すぐに宿を後にした。
「ちょうどよかったな」
「タイミングよすぎて微妙に怖いがな。ま、これでわざわざギルドに行く必要なくなったんだ。明日の準備でもしておくか」
「はーい」
「ほれ、クーも遊びの続きでもしてな」
「ん」
ぴょんと身軽な動きで背中から飛び降り、ノエル達とまたカードゲームに興じ始めた。
「さて、俺は俺で情報を改めてまとめておくとするか」
ギルドマスターが来るということで質問されかねないことも踏まえて、一通り資料をまとめなおした。
翌日
午前中はとりあえず暇潰しも兼ねて買い物を済ませ、約束の時間まではカードでババ抜きをして時間をつぶしていると、スティクが公爵家の馬車に乗って宿屋へと来た。
宿屋の店主がかなり恐縮していたので、軽く頭を下げてから馬車に乗り、全員で公爵家へとむかった。
公爵家に到着すると、そのまま執事に案内され、応接室へと向かう。声をかけ、中に入るとすでにミリアル卿とマルシャン商会の会長であるシリウス、そして冒険者ギルドでギルドマスターと呼ばれていた女性の三人がいた。
「お待たせしました」
「いえいえ、こちらの都合で時間を変えて申し訳ない。それで以前いなかった者もおるようだが…」
「こちらの仲間で、和也と玲、こちらの少女二人はノエルとシエル、二人は喋れないので挨拶はご勘弁を」
そういって一礼してから和也と玲を見る。
「和也です」
「玲です~」
二人には基本的に話すのは俺で求められたら喋るように言ってある。基本的な説明や交渉を誰がやるかという話になった際に、俺以外にできると思うか?という和也の言葉に誰も反論できず、秒で結論が出てしまったのだ。
「初めまして、私はミリアル・フォン・クロイローツ。公爵家であるクロイローツ家の当主だ」
「私はシリウス・マルシャン。マルシャン商会の会長です。そして彼女が…」
「リコ・サーフィス。冒険者ギルドのギルドマスターです」
ペコリと頭を下げた彼女は年齢としてはおよそ40前後といったところだが、その顔つきや姿勢などから老いは一切感じられず、立ち振る舞いからでもかなりの実力者と見受けられる。
荒くれが集まりやすい冒険者ギルドを女性の身でありながら取りまとめている以上、かなりの実力者ということなのだろう。
「改めて敬と申します。彼女は瑠衣です。それで今回の件ですがライカンスロープの件でのお話ということでいいですよね?」
「ええそうです」
「あの…その前に一つだけいいでしょうか?」
公爵は頷くが、リコは戸惑ったような表情でこちらを見ていた。
「なんでしょうか?」
「いえ、公爵殿が何も言わないのに、私が言うのもなんですが…膝の上に乗っているその子は一体…?」
その言葉を聞いて俺の膝の上に座っている少女、クーは首を傾げていた。
「あ、お気になさらずに。この子の定位置がここになっているだけでいつもの事なので」
「そ…そうなんですか…?」
さすがに公爵の前で獣人の子を膝上にのせて話をするとは想定外なのか、戸惑いながら公爵を見た。公爵自身も少し困惑しているようだが、さすがに二度目だからか、苦笑を浮かべながらうなずいていた。
「では改めて、ライカンスロープの件についてのお話ですが…リコさん、以前冒険者ギルドに提示した資料の方は?」
「一通り読んでいます。ですが、本当にライカンスロープがいるんですか?」
「確実…とまでは言いませんが、何者かによって統率されているのは確実です。こちらをご覧ください」
そういって渡されていた地図を広げる。情報をどんどん書き込んでいたので見にくいのが難点だが、そこは順序だてて説明していけばいいだろう。
「これは情報と共に渡された地図なのですが、渡された情報を整理して書き込んでいます。そして過去から順番に示していくと…」
そういって古い順に印をつけていく。
「ここで一旦被害が止まっています」
和也達と情報をまとめてた時に言っていた最初のフェーズで一旦次の襲撃に期間が開くことを示した。
「そして次の被害が発生した後、しばらくしたらまた被害が一度止まり、次の被害までまた空きます。ここからわかることは…」
「一定間隔で住処を移動させている?」
さすがに冒険者ギルドの長だ。察しがついたであろうリコの言葉に頷く。
「相手がどれくらいの規模かはわかりませんが、野生のウェアウルフがそういった事をするとは思えません。おそらく統率している存在がいるということでしょう」
「むぅ…ということはかなり昔から皇国近くにライカンスロープがいたということか?」
公爵の言葉に俺は頷いた。
「おそらく。ウェアウルフを統率している人間の可能性もありますが、その可能性はかなり低いでしょう」
「なぜですか?」
「一番古い襲撃としても数十年前のものです。よほど若い人じゃない限り、下手すると寿命の方が先に尽きます。しかも大雑把に住処を調べたあたり、起伏がある付近が大体の住処であると推測できる以上、洞窟の中に住処があると推測できます。人がそれだけの長い期間、ウェアウルフを統率し続けるというのは至難の業でしょう」
「でも、それだけの実力を持った魔術師だという可能性も…」
「それだったら多分もっと明確に敵意を見せてくると思います。少なくとも、このウェアウルフを統治している存在は、襲撃をしてはいますが、そこまで明確な敵意を持っているとは思えませんので」
ウェアウルフ達は確かに襲撃などをしているが、皇国に被害が及ぶほどでもない。いまいちどういった意図があるのかが見えないのが気になるが、推測できないことを考えても仕方ない。
「とりあえず話を戻します。先ほども言ったように一定周期で住処を変えているようなので、これらを一つの周期として、それぞれで住処を暫定的に推測しました。そしてその最初の一つ目が…」
最初に円で囲んだ場所を示す。
「ここです」
「…それはなぜ?」
「さっき示した襲撃現場ですが、もう一つ特徴があります。それが死体や食料の有無です」
「ふむ」
「死体や食料がある場所とない場所、それらの違いはおそらく住処からの距離と俺は見ています。遠い場合は食料などが運べないので放置し、近い場所では食糧確保のために持ち帰ると考えました」
「なるほど」
「そしてそれらを考慮して大体の距離感から推測したのがここというわけです。そしてそれらを考慮した上で、徐々に時期を今に戻していくと…」
一つ一つ消していき、最後のフェーズのみを残した。そしてそこから導かれる場所を示し…。
「おそらくこの辺りが今の住処です」
そういって小高い丘がある当初推測した場所を示した。
「ふむ、となると…まずはそこに調査かの?」
「ですね。冒険者ギルドの方で依頼を出して、この辺りを調査しましょう。そしてできる限りは監視、必要とあらば討伐、といったところでしょうか」
「討伐を前提にした方がよいのでは?」
「相手の規模がわからない以上、下手に突くとかえってこちらに痛手が来る場合もあります。ウェアウルフの数などを把握してからの方が良いかと」
場所を示した瞬間から公爵と会長とギルマスの三人の会話が進みだす。
話し終えた俺はふぅと一息ついて椅子の背もたれに体を預けた。
それと同時に瑠衣がクイクイと服を引っ張ってきた。
「どうした?」
「私達も討伐に参加するの?」
「ん、しないから安心しろ。これから調査やら人員募集やらで数週間はかかりかねないからな、さすがにそこまで付き合う義理はない」
喋り疲れたのもあって出された紅茶を一口飲む。確かに乗りかかった船あるのは確かだが、そこまで付き合う義理がないのも事実。最低限必要な情報を渡した以上、あとはそっちでやってもらう。
「ふむ、とりあえず調査が先決だな。そして相手の規模がわかり次第、討伐か監視か決めよう」
「わかりました、冒険者の方で依頼を出しておきます」
とりあえず話がまとまったようなので、一つ息を吐いてから口を開く。
「さて、とりあえずこれでこちらの役目はおしまいですかね?」
俺の言葉に侯爵が渋面を浮かべた。
「可能であればライカンスロープ討伐に力を貸してほしいのだが…」
「さすがにするかどうかもわからない上に、いつまでかかるかわからないことまで関わるつもりはありません。もともとこちらとしてはライカンスロープの可能性を報告するだけにとどめるつもりでしたし」
「そうか…あい、わかった。シリウス」
「はい、こちらに」
そういってシリウスは書類の束と紐でくくられた紙を複数差し出してきた。
「こちら、ご注文の各国の情報と人間領、魔族領の地図です。何かあった際に予備もご用意いたしました」
「ありがとうございます」
「それとこれを」
そういって公爵は近くに控えていた執事に目配せすると、袋を書類の隣に置いた。
置いた際にチャリンという音が聞こえたことからおそらく硬貨が入っているのだろう。
「拝見しても?」
頷く公爵を見てから俺は袋を開ける。中には金貨がおよそ50枚ほど入っていた。
「…これはどういった意図の物でしょうか?」
「お主はシリウスから情報を買ったであろう?それ故に私もライカンスロープの情報を買った。その代金というわけだ」
「…それにしてはずいぶんと高額な気もしますが?」
「マルシャン商会の件とライカンスロープの住処の特定。その二つも併せてその金額だよ」
「他意は無いと?」
「うむ」
しっかりと頷いたのを確認したのでこちらも改めて袋を受け取る。
「では、ありがたく受け取っておきます」
「それで、スティクから聞いたがそろそろ次の国に行くとのことだが?」
「そうですね。明日準備をして、明後日の早朝に出ようかと」
「なるほど、次はどこにいくんだい?」
「サントテフォワに向かおうかと。まあ、その間にいろいろと寄り道すると思いますが」
「なるほど、あそこは我々人が信じる宗教の総本山だ。勇者の伝説などもあるから、いろいろと知れることもあるだろう」
「ええ、いろいろと気になることもあるので調べようと思います」
そう答えつつとりあえずシリウスから出された品物を一通り回収した。
「さて、ではこれ以上長居してもしょうがないので、我々はここで」
「うむ、世話になったの。スティク、送ってあげろ」
「かしこまりました」
扉の付近に控えていたスティクが一礼した。
「それでは」
「うむ、またいつか」
スティクの案内で俺達は公爵家を後にした。
公爵家から出て馬車の中、俺達とスティク以外いない場所になった瞬間、和也が大きく息を吐いた。
「あー、喋らないとはいえ、やっぱお偉いさんの処は息が詰まるな」
「ま、こればっかりは仕方ない。とはいえこれで一通り終わりだからな。明日は最終確認で明後日ここを出るぞ」
「は~い」
「次はサントテフォワに向かうんですよね?」
「そのつもりです。まあ、道中ある町によりつつになりますがね」
「なるほど」
「でも、なんで早朝に行くのかしら~?」
「昼間とかだとすぐに野営とかになりそうだからな。移動時間は長めにとっておきたいんだ」
「そか。ま、とりあえず明日は旅の最終確認だな。足りない物とかないようにしとけよー」
「はーい」
そんな呑気な会話をしていると、宿屋に到着したので、それぞれ部屋に戻り、荷物の確認をし始めた。
そして翌日、足りない物などを一通り購入し、準備を終えてさらにその翌日。俺達はスティクがいる門へと訪れた。
ノエルとシエルは眠い目をこすっており、クーに関しては俺の背中に張り付いて寝ている。
「出発ですか?」
丁度勤務時間なのか、スティクが笑みを浮かべてこちらへと来た。
「ええ。いろいろとお世話になりました」
「いえ、こちらこそ盗賊退治やライカンスロープの事等、いろいろとお世話になりました」
「まあ、あとはいろいろと大変かもですが、怪我にはご注意を」
「ええ。まあ、私はあくまで門番なので討伐に参加することはないと思いますが」
「まあ、油断だけはなさらずに」
「はい」
「では、あまり長話してもあれなので、そろそろ行きますね」
「ええ、お気をつけて、良い旅を」
「ありがとうございます」
そういって俺達はグランフォール皇国を後にした。
いろいろと計算外の事ばかりだったが、まあ、悪い事ばかりではなかっただろう。
「次の町では何があるかねー?」
「さあ?せっかくだからいろいろと楽しんで旅してぇな」
「だな。それぞれのところで食べる飯もうまいだろうしな」
「和也君はご飯ばっかりね~。まあ、気持ちはわかるけど~」
「旅の楽しみの一つでもあるからな。んじゃ行くとしますかね」
「おー!」
掛け声と共に新たな国を目指して歩き出した。
次は主人公+グランフォール皇国で出てきた主なキャラの紹介の後に新章へと突入します。




