平和的交渉66
俺が放った魔力の弾丸を、少女を背負ったアークデーモンが展開した障壁が阻んだ。
「聞け! 私は魔王軍の精鋭部隊に所属する『泡沫』のタユタという者! 我々の降伏を受け入れて頂ければ、相応の利益を貴君等にもたらすと約束する!」
「必要無い。死ね」
古島が神速の斬撃を繰り出す。並大抵の者なら反応する間も無い一撃だが、驚いたことにタユタと名のったアークデーモンは左腕の肘から先を犠牲にしてこれを逃れた。
「いいか、魔王城にはな、魔族の中でも特殊な地位を持つ者にしか魔術的に立ち入れない区画が存在するのだ。そこには人間の国家予算と同等の価値を持つ様々な品々が眠っている!」
「くどい。生憎俺達は食い物にしか興味が無い。貴様の言葉の裏を取るのに割く労力も惜しい。もっと早い段階で食料を差し出して降伏していれば返事は違ったかもしれんが――」
「食料なら西の――」
「湖の一角にある幻影魔法で隠されている洞穴だろう? 既に知っている」
食料は奴等が根城としている場所にあると考え、彼等の進行ルートから出発地点を逆算した。今ここにいないメンバーを捜索に当たらせたところ、比較的早いだんかいで杉下が目当てのものを見つけたと報告してきたのである。
「つまり、我々としてはお前達を生かしておく理由が無い。他の奴等は全員殺した。後はお前達だけだ。安心して死――」
――ぞわり。
強烈に嫌な気配を感じた。俺が何を命じるでもなく、俺達は全員タユタから距離をとった。
――いや、違う。タユタに背負われている襤褸のローブを纏った小柄の何者かから、だ。
「――そうですか。やはり全員死にましたか。ええ、そうでしょうね。そうでしょう」
小柄な何者かがローブのフードを脱いだ。褐色の肌と美しい黒髪、そして、爛々と輝く紅い瞳が露わになった。
刹那、奇妙な感覚に襲われた。夢見心地で、頭の中がふわふわするような、ずっと彼女を、愛しのあの人を見ていたい――。
「――魅了スキルか、これは」
「あら、貴方には効かないのね? 私の魅了に抗うには、龍並みの魔力抵抗力が必要なはずなのだけれど」
俺はマントの内側で「リベルタアーデンの懐刀」で傷つけた掌を握った。この刀は呪物と呼ばれる類の代物であり、切った者と切られた者に「毒天秤の呪い」を与える。
この呪いは両者の命を平等に少しずつ、どちらかが死ぬまで削り続けるものであり、過去には貴族同士の決闘に用いられたという記録もある。
この呪いにはもうひとつ、隠された効果があり、それは決して他の呪いと同居することがないというものだ。この呪いを受けた者が他の呪いにかかる、もしくはかかっていると、その効果を打ち消して「毒天秤の鈍い」のみを発動させる。故に、即死するような呪いを受ける際には敢えてこの呪いにかかることによって延命を図ることができるのである。
「お前、その能力を制御できていないな?」
俺は仲間の様子を窺いながら問うた。ここにいるのはレアスキル持ちを初めとする、戦闘の達人ばかりだが、その彼等が完全に魅了に落ちる寸前まで来ている。
魔王討伐戦を経験した俺達は、それぞれが考えられるあらゆる状況に対策している。その彼等が一網打尽である。これは並大抵のことではない。
「そもそも制御できる類のものでもないの。普通の魅了より強い代わりに制御ができない。全く不便よね」
そう言う間も、少女はじっと俺を観察しているようだった。
当の俺はといえば、この超常的な能力を前にしてある疑問にかられていた。
――これほどの能力を持っていながら、何故彼等はガジル要塞を陥落させること叶わず、かつ我々から逃げ回っていたのだろうか?
「師よ、いけません! お姿を晒しては!」
「大丈夫よ、どうせ、彼等もまた私のお人形になるわ。ひとりふたりそうならなくても、殺せばいいじゃない」
少女は、皮肉な形に唇を歪めた。
俺は知っている。彼女の表情……これは復讐者の愉悦だ。
「形勢は既に逆転しているのよ? 皆を殺した貴方は、仲間の手にかかって死になさい」




