平和的交渉60
「先生がいなければ危なかった。魔王軍の将というだけのことはある」
ケンベイの骸を恐る恐る覗き込みながら望月が言った。
「いえ、どうにも、気持ち悪いんですよねえ……」
古島がただでさえ細い目を更に細めた。
「なんというか、彼は本気ではなかったような気がします。いや、というよりは、何らかの原因で本気を出せなかった、という方が正確かもしれません。彼の卓越した技量に対して、肉体の方がついて行けていないような印象を受けました」
「戦士の勘、というやつか? 全く、恐ろしいものだ。あなたの洞察はおそらく正鵠を射ている」
俺はケンベイの左脚の断面を観察し、小林辰雄を呼んだ。面倒臭そうな顔をしながら現れたのは、耳と唇にピアスをつけた、いかにもヤンキーという風貌の男だった。こちらに来た当時は金髪だったのだが、染髪料が無いために今では黒髪になっている。
「小林、これを見てどう思う?」
「はっ、こんなん見りゃわかるだろ? いや、見なくてもわかるはずだ」
「知っての通り、俺が知りたいのはその先だ。一体、こいつは死後どれくらい経っている?」
何故この男にこのような問いをするのか、何も知らない者がいれば不思議に思うだろう。ジャンがまさにそんな顔をしている。しかし、侮るなかれ。小林辰雄の加護は「医者」である。漠然とし過ぎて何がどこまでできるのかよくわからないが、戦中は内科外科両方の処置を正確に熟していた。掛け値無しに、彼こそは我らが誇る超一流の医者である。
小林は終始つまらなそうに30分ほど骸を観察し、ぶっきらぼうに答を出した。
「わからん! こりゃ防腐処理かなんかされてるだろ。しかも薬品じゃねえな。多分魔法だ。俺の専門じゃねえから結論は出せねえ」
「質問を変える。こいつが死んだのは今さっきか?」
「それはねえ。少なくとも死後2日は経ってる。先生が殺る前に、こいつはとっくに死んでたさ」
剣鎧のケンベイは、数日前には死んでいた。
しかし、現についさっき動いて俺達を襲ってきた。
そこから導き出される結論はひとつだった。
「死霊術の類だな」
辺りに静寂の帳が降りた。
アークデーモンは、普通なら死霊術を行使できないはずたった。




