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面影

 


 転校する前。

 彼女は僕と同じように、小さな神社へ一人で通っていたという。


(……この先に、鏡宮がいるかもしれない)


 確証はない。

 けれど、予感めいたものがあった。


 その思いに突き動かされるようにして、僕はその鳥居を潜った。


 ボロボロになっている石畳みの道を踏みしめながら、一歩一歩奥へと進む。


 そろそろ日没だ。

 次第に光を失っていく空は、狭い参道を一層暗いものにさせていく。


 やがて突き当たりの所まで来てみると、そこには石造りの社殿がぽつんとあるだけで、他には何もなかった。

 

 社殿は『建物』というよりは『祠』といった方がいいかもしれない。

 苔だらけの台座の上には、人が一人入れるかどうかの小さな収納スペースがあるだけだった。

 観音開きになっている扉は今は固く閉ざされ、その格子戸の奥には黒っぽく変色した石像が納められているのが見える。


 やはり、かなり古い神社なのだろう。

 僕が普段通っているあの寂れた神社といい勝負だと思う。


 けれど、あそことは明らかに違う点が一つだけある。


 格子戸の手前には、二輪の花が供えられていたのだ。


 黄色の花びらを付けた、小振りの花。

 それは花瓶などには入れられておらず、台座の上にむき出しで横たえられている。

 まるで信心深い大人が用意したというよりは、子どもが遊び半分で供えたようなものだった。


 しかしいくら粗末な扱いとはいえ、ここに参拝者がいることは確かだった。

 僕の通っているあの神社には、供物が捧げられることなんて全くといっていいほどない。

 それを考えると、幾分かはこちらの神社の方が格が高いと思わせられる。


「…………」


 と、そこへ何かが聞こえてきた。


(……泣き声?)


 誰かが鼻をすするような音だった。

 かすかにしか聞こえないけれど、距離はそれほど遠くない。


 近くで、誰かが泣いている?


 不思議に思って、僕は音の出所を探した。

 狭い境内をふらふらと歩き、やがて社殿の裏側へ回ってみると、


「!」


 人がいた。


 女の子だった。

 僕と同じくらいの、中学生くらいに見える子。

 社殿に背を向けてうずくまり、その華奢な肩を小刻みに震わせている。


 小さく嗚咽を漏らしながら、女の子はひとりで泣いていた。


 両手で目元を覆っているため、顔はよく見えない。

 けれど、鏡宮じゃないことはわかった。


 彼女とは声も違うし、髪型も違う。

 鏡宮は肩まで伸びる髪をいつも片方だけ結んでいるけれど、いま目の前にいる女の子はショートカットだ。


 ただ、その身を包む制服だけは、鏡宮と同じものであるらしかった。


 淡い黄色のカーディガンに、グレーのスカート。

 胸元には赤いリボンが付けられている。


 さっきまで僕が校門に立っていた、あの学校の制服だった。


 鏡宮と同じ学校に通う、同じくらいの年代の女の子。

 もしかしたら、鏡宮の知り合いかもしれない。


 けれど、鏡宮本人でないのなら、僕には何の関係もなかった。


 だから僕はそのまま、何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。

 泣いている女の子を放置して、静かに背を向ける。


「…………」


 けれど、なぜか。

 足を踏み出そうとして、僕は躊躇した。


(……なんだろう)


 胸がモヤモヤとする。


 後ろで泣いている女の子のことが、気になってしまう。

 なんとなく放っておけない――そんな感じがした。


 別に、彼女と僕は何の関係もない。

 だから気にすることは何もない。

 女の子がひとりで泣いているからといって、僕が心配する必要なんてないのだ。


 そう、頭ではわかっているのに。


(……なんで)


 まるで足が竦んでしまったかのように、僕はその場から離れることができなかった。


 寂しげな神社の片隅で、ひとりで泣いている女の子。


 その姿はまるで、鏡宮のことを彷彿とさせた。


 彼女もこんな風に、ひとりで泣いていたのだろうか――そう思うと、僕はやはり動けなかった。

 ゆっくりと後ろを振り返り、改めて女の子を見下ろす。


 必死に声を殺して泣いているその子は、僕のことに気がついていないようだった。

 たったひとりで、ただ悲しげに泣いている。


 その姿は鏡宮のようでもあり、そして、十年前の僕のようでもあった。


 ――刀坂くんを見てるとね、なんだか自分のことみたいだなって思うときがあるの。


 前に鏡宮が言っていた。

 僕を見ていると、まるで自分のことのように思えてしまって、放っておけなくなったのだと。


 彼女が言っていたのは、まさにこういうことなのだろうか。


 いま目の前で泣いている女の子に僕は、自分の面影を重ねてしまう。

 姉を失って、寂しくて泣いていたあの頃の僕に。


 だから、


「ねえ、なんで泣いてんの?」


 思わず、僕は声をかけていた。


 途端。

 女の子はびくりと肩を跳ねさせて、恐る恐るこちらを見上げた。


 露わになった顔は、やはり鏡宮ではなかった。


 僕とは面識のない、赤の他人。

 泣き腫らした目は赤くなってしまっているけれど、その瞳はアーモンド型の、美しい形をしている。


(この目……)


 どことなく、既視感があった。


 前にもどこかで、この子のことを見かけたような。


「……あなた、さっき校門で……」


 上擦った声で、女の子が言った。


「え? ああ……」


 見られていたのか。


 って、そりゃそうか。

 あれだけ目立つ場所にいたのだから、顔を覚えられていてもおかしくはない。


 女の子は手の甲で乱暴に目元を拭うと、改めて僕を見上げた。


「……校門で、誰かを待っていたんですか?」

「えっ?」


 唐突に質問を投げかけられて、僕は反応が遅れた。


「誰かを捜していたんですか?」


 どこか食い気味に、さらに問いかけてくる。

 まるで、ついさっきまで泣いていたのが嘘のようだった。


 その様子に僕は呆気に取られつつも、


「まあ、会いたい人がいたんだけど……」


 と、それとなく言葉を濁した。


 人を捜していたのは事実だ。

 けれど、やはり例の事件のことがある手前、鏡宮の名前を出すことは躊躇われた。


「会えなかったんですか? どうして」

「どうしてって……」


 さらに質問を重ねられて、僕は頭をかいた。


 まさか、こんなにもぐいぐいと質問責めをされるとは思っていなかった。


 なんだか厄介なことになりそうだな――と、迂闊に話しかけてしまったことを後悔し始めたとき。


 不意に、女の子はハッと目を見開いて、


「その制服って、もしかして……神木中学ですか?」

「!」


 いきなりそう言い当てられて、僕はどきりとした。


「なんで知ってんの?」


 女の子の思いもよらぬ発言に、僕は動揺していた。


 ここから遠く離れた、隣の県にある中学校の制服。

 そんなものを、なぜ彼女は知っているのだろう?


 有名な進学校ならまだしも、神木中学は田舎にある平凡な学校だ。

 関係者以外の人間なら、よほどのマニアでなければ知る機会さえないだろう。


 女の子は何も答えず、ただじっと僕の顔を探るように見つめてくる。

 アーモンド型の綺麗な目が、僕をまっすぐに射抜く。


 まるで心の中まで見透かされているような気がして、なんだか落ち着かない――そう思っていたとき。


 女の子はいきなりその場に立ち上がったかと思うと、華奢な両手をこちらへ伸ばして、僕の胸倉を乱暴に掴んだ。


「誰を捜しているんですかっ!?」

「!」


 突然のことに、僕は全身を硬直させた。


「会いたい人がいるんでしょうっ!?」

「ちょっと、何……っ」


 女の子はアーモンド型の目を見開いたまま、責め立てるようにして僕へ怒号を飛ばす。

 ヒステリックに叫ぶその様は、まるで何かに取り憑かれたかのようだった。


「はっ……離してってば!」


 僕は女の子の手首を強めに掴むと、半ば突き飛ばすようにして自分の身体から引き剥がした。


 反動で後ろによろめいた彼女は、石畳の上に激しく尻餅をついた。


「あっ……。ご、ごめん」


 思わず謝った。


 けれど、先に仕掛けてきたのは彼女の方だ。

 僕が謝る義理なんてないじゃないか――と、釈然としない気持ちでいると、


「……私も、捜している人がいるんです」


 今にも泣きそうな声で、女の子が言った。


「え?」


 僕が再び注意を向けると、彼女は尻餅をついたまま、項垂れるようにして地面を見つめていた。

 その美しい瞳からは、大粒の涙が溢れ落ちていた。


「私も、捜しているんです……いなくなってしまった人のことを」

「いなくなった……?」


 どこか不可解な物言いに、僕は違和感を覚えた。


「その子は……突然いなくなったんです。誘拐されたとか、行方不明になったとかそういうことじゃなくて……その子の存在自体が、この世から消えてしまったんです」

「!」


 その言葉に、僕は耳を疑った。


「誰も、その子のことを覚えていないんです。私だけを残して……みんな、その子のことを忘れてしまったんです」

「それって……」


 ありえない、と思った。

 僕以外に、僕と同じ体験をした人なんて。


 けれど、彼女の口から紡がれるその話はあきらかに、僕にとって身近なものだった。


 ある日突然、人が消える。

 それはまぎれもなく、姉の身に起きた現象と同じだった。


「あなたが捜しているのも、その子のことじゃないんですか……?」


 嗚咽交じりに声を震わせながら、女の子は縋るように僕を見上げた。


 僕は何と答えればいいのかわからなかった。


 十年前に姉が消えたのも、突然のことだった。

 僕だけを除いて、誰もが姉の存在を忘れてしまった。


 けれど、いま僕が捜しているのは姉ではなく鏡宮なのだ。


 彼女は突然消えたわけじゃない。

 ただ、僕の街に引っ越して来なかっただけで――。


「…………」


 そこで僕は、初めて気づいた。


 鏡宮は本当に、『ただ引っ越して来なかっただけ』なのか?


 僕の学校のクラスメイトたちは、誰一人として鏡宮のことを覚えてはいなかった。

 まるで、彼女が最初からそこに存在していなかったかのように。


「…………」


 嫌な予感がした。


 僕は恐る恐る女の子を見つめて聞く。


「君は、誰を捜しているんだ?」

「私は……――」


 そのとき初めて、彼女は僕の質問に答えた。


「――……那智。鏡宮那智を、捜しています」


 

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