96話 束の間の休息1
「?」
真っ黒い裏地には星を散りばめたような模様が浮かんでいる。そのローブに身を包み、キュッと絞ったリッチは自身の骨格を見せ付けるかのようだ。首を傾げて様子を見ているとリッチも首を傾げた。
「どう?」
「っていうのは?」
「これなら見た目が気にならないでしょ?」
「何がどうすればそうなるのか分からないんだけど…取り敢えず無理があるのは確かだな」
「なんで?!私の象徴である紫ローブを隠してやったのに!」
「二メートル越えのローブを纏った骸骨とか魔物でしかないだろ」
「あー…なら、呪いの類いに侵されているとかはどうだ?本当はこのくらいの可憐な少女だという設定でいこう」
「寝るか」
「待って!どうにかするから!どうにかなるから!」
リッチを何処に置いていくか考えながらベッドの真ん中で寝ているジェインを端っこへ転がして横になった。セレーネはほとんど目を閉じた状態で床から起き上がるとベッドに飛び乗り、足元で丸くなって再び欠伸をしている。
ある程度寝ていたはずなのに目を閉じれば眠気はあるようで、リッチが唸る声を聞きながら俺も寝た。
────
「グラウディアス」
「うん…」
「起きなさい、グラウディアス」
「起きてる」
「ほら」
包まっていた布団を取り上げられて小さくなると顔に何かを押し当てられ、ふんわりと土のニオイがした。目を開けるとどアップの……
「クソ人間が!」
「うわっ、びっくりした…」
突然の悪態と剥き出しにされた牙に驚いて上体を起こすと、腹の上に乗ったケルベロスがふんっ、と鼻を鳴らす。顔に押し当てられたのはケルベロスの肉球だったようだ。
「ローフォンドから合流までどのくらい時間があるのか聞いたわ」
「いつだって?」
「今日の夜には顔合わせが出来るみたいよ。明日の朝、ゼノンダラス国へ出発するのは間違いなさそうね」
なら何故起こしに来たのか。いつものようにセレーネのご飯は俺抜きでも良いというのに。
窓の外は明るいが外は静かだった。ベッドから起き上がるとセレーネが足元をついてきて、顔を洗うまで待って欲しいと伝えればお座りして従ったセレーネの頭を撫でる。
「移動まで時間があるわ」
「うん」
「ケルベロスちゃんへの報酬がまだ支払われていないの。これは深刻な問題よ」
「……あぁ、マドレーヌ」
「忘れてたなクソ人間!!気が付いたら誰も居ねぇし!宿屋のオッサンが俺様をただの犬だと思って犬の餌なんか食わせようとするしよっ」
ケルベロス様が相当怒っている。顔を洗って目が覚めた所でケルベロスを抱っこしてソファーに座るとベルゼテも座り、これからトパーズが言っていた商店通りのアンビカという女の店へ行く事を聞いた。
「俺を起こした理由は…」
「貴方が行くのよ。それとも貴族の相手をする方がいいかしら?」
「貴族の相手って?」
「アークライン公爵達との会合が今日の午前中にあるのよ。ケインについてや、勿論ローフォンドも参加するしアウトラの領主も来るそうよ」
案内役との合流について聞きに行ったベルゼテは会合がある事を言われ、ローフォンドは俺を呼ぶつもりだったがベルゼテが断り代わりに自分が参加すると伝えてくれたようだ。
「会合の方が良ければ構わないけれど」
「ケルベロス様と散歩してくる」
「ふふ、そうだろうと思ったわ。此方が不利にならないようにするつもりだから安心していってらっしゃい」
偉い大人が集まる所に行ったって息苦しいだけだ。ベルゼテが引き受けてくれて良かった、と言葉通り安心した俺はせっかくだから外で食べよう、とセレーネを呼ぶとフサフサの尻尾が振られて床を綺麗にしていた。
ジェインにも声を掛けたがまだ寝ていたいのかスゥ、と姿を消してしまい、どうやら居住スペースへ引きこもったようだ。ケルベロス様を抱っこした俺とセレーネだけで外へ出ることになった。
「何か忘れてる気がするんだけど…」
「俺様より大事なもんがあるってか?ねぇーな!」
「うーん…」
思い出そうと頭を捻るがケルベロス様が俺の手を噛んで早く行けと促す。仕方が無く廊下を歩き、使用人によって玄関の扉が開けられて朝日に照らされた。その眩しさで思い出した俺は杖を取り出してキャッツとポークを喚んだ。
「お次はなんですかいやほんと…はぁ、拗ねたバットの相手をしていて疲れているというのに」
「朝から外の空気を吸うのも良いと思うけどね?キャッツは根暗過ぎるから皆に不気味だと言われるのさ。僕を見習ってごらんよ」
朝日が嫌なのかローブで顔を隠したキャッツとは逆にフードを取って両腕を広げたポーク。
「夜まで自由だし、王都じゃないけど此処も栄えてるみたいだから二人との約束も守ろうと思って」
相対する二人が今度は揃って目を見開いた。
「なに…?」
「いや、どうせ約束など覚えていないと思っていたので…いや、ほんと」
「何から食べる?え?というか僕に歩かせる気?!でもしょうがないか…まずはステーキかな?揚げてもいいね。食べ歩きながら探すのはどうかな?」
「朝だぞ…重い…」
しかし何かを食べながらじゃないと動かないと言うポークの意志は強く、仕方が無くインベントリから買い置きしていた適当な食べ物を渡して大きな邸宅の敷地から出ることにした。
ケルベロス様は自分を優先しろ、というので外に居た人に商店通りまでの道のりを聞いて目指すと段々と店が増えキャッツが辺りを見回しながら表情を明るくしていく。
「好きに見てきていいよ」
「!!ほ、ほんとですか?いえ、見るだけ…いやほんと…見るだけですから」
「欲しいのあったら覚えておいてよ。ギルドに行ったらまとまったお金は作れるだろうし」
ヴァンスで見たローブの値段を思い出すと気軽に渡せず…だが先に目星を付けてもらえれば後は支払うだけの簡単コースだ。キャッツは喜びフードが脱げてハゲが晒されているのにも気が付かず店へ入っていった。
ハゲ頭が朝日のように眩しい。
「あんなに喜ぶなんて…よっぽどあのローブが気に入らなかったんだな」
「そうかな?凄い自慢してきたけどね。あ、もう一つ出してね。食べ終わっちゃったから」
ポークはガルダワンでダンタリオンが買って来た硬い肉でもペロリと食べてしまう。早くアンビカの店へ行ってマドレーヌを譲り受け、朝食を決めたら適当に歩きながらギルド方面へ行きたいのだが…。時間が早過ぎたのか食事処はまだやっていない所ばかりだ。開いている店を探しながら歩くと、ポークが歯に挟まった肉を取りながらぽつりと呟きを漏らした。
「聖職者ってのはさ、常に禁欲的でね」
「そういえば三人とも聖職者だったっけ。俺は馴染み無いからよく分かんないけどイメージと違うよな」
「僕とキャッツは特にね。僕は美味しい物を満足するまで食べたかっただけなんだよ。それを叶えるための力、僕には聖魔法を使った治癒術でね。まぁ必要とする人に出会うために自分から足を運ぶ考えはなかったけどね」
聖職者になれば既にある教会への配属が決まり、中には各地を巡る者も居たが一歩も出なくて良い階級もあった。
「高位聖職者。僕やキャッツはこの力を認められて誰よりも上へ行ったさ。だけど待っていたのは想像とかけ離れた禁欲塗れの閉ざされた場所でね」
「そういうもんって分かってたんじゃないの?」
「分かってはいたけどね。好きな物を食べられず、高位聖職者になった途端に金は減り、女神の言うとおりに民を導く。癒す。守る。時には犠牲になる。」
それが役目だと恐怖等も抱かずに身を投げる同職者達を見送ったポークは嫌悪感を抱いていったそうだ。
「女神は偉そうなお告げを吐くだけで何もしない。そのくせ民を愛していると言う。僕達の命は軽く手放してしまうくせにね。皮肉だろう?」
「それであんな事を?」
「悪魔との戦争で失った命は数知れない。それなのにどの教会も無傷でね。ん?あそこから美味しそうな匂いがするね!」
「おいっ、ポーク!」
焼きたてのパンの香りに釣られたポークは店に入る手前で振り向くと短い指を動かした。俺の目の前に魔法陣が現れると四角いウィンドウのような物が現れ、鮮明ではないが何かの映像が流れ始める。
大きさや形の異なる生物は悪魔だろうか。今まで見てきた家よりも小さい家と、人々の服装も少し違う。襲われ逃げ惑う人が助けを求めた先は教会…ポーク達が纏うローブと似ているローブを羽織った聖職者は悪魔に立ち向かい無惨にも食われていった。
「僕の治癒術があれば人が死ぬ事はなかったしね?キャッツの広範囲魔法で一網打尽にも出来たし、それに重ねて僕が魔法を使えば良かったんだ。バットはリーダー格だけを狙うからバットを自由にしてやれば悪魔の小隊を指揮するソイツを見付け出すのもあっという間さ」
「この映像にお前等は出て来ないけど」
「その時には幽閉されていたからね」
ポークが店のドアを開けるとチリン、と鈴が鳴って中へ入っていった。外に取り残された俺は未だに動く映像から目を逸らす。
「悪魔王がやれと言ったら俺様達は逆らえねぇから。人間は沢山死んだかもしれねぇけど、悪魔もそれだけ死んでる」
「ケルベロスも200年前の戦争に参加したのか?」
「まぁな!…マーレが来たからすぐに魔界に帰ってやったけど」
「わふ!」
「今はこんな犬ころのくせによ…」
「ヴゥウウウウウ」
「な、なんだよ事実だろうが!」
「フワフワだよこのパン!肉も良いけどやっぱり食感や香りも重要だね。あ、僕手持ちがないから。早く払って来たほうがいいんじゃないかな?」
「っ?!」
抱えるほどのパンを持ってきたポークの台詞に慌てて店に入ると女店主に「支払い前に外へ出られたら困るよ」と苦笑された。本来ならば怒られて当然の所をそれだけで済ませてくれた店主に謝罪とお礼を伝え、支払いを終えて外に出る。
「ポーク…勝手に店に入るの禁止」
「あっちも良い匂いしてきたね」
「はぁ~…」
パンを頬張りながら行ってしまったポークを追い掛ける。既に昔の映像を見せていた魔法陣は消えていて、しかし悪魔に人々が食われていく映像が頭から離れない。ケルベロスが言ったように悪魔も殺されたのだろう。それが戦争だと言われればそれまでだが、俺も魔物へ武器を向けてきた。
生きるために殺す。殺すことで生を勝ち取る。それが当たり前の世界で、それに慣れてしまう順応性は何処から来たのか…。恐怖で足が竦んでいた記憶はまだ新しいというのに。いや、自分が簡単には死なない事で強気になっていただけか?それで他者の命を簡単に終わらせてしまうのは仕方が無い、で済むのか?
「ここは何の店だろうね?ほら、早く来て!勝手に入るのは禁止って言ったのは君だからね?」
「…俺は」
「君が言いたい事は分かるからね?そんな事に悩んでどうするというのか。それともあれかな?迷える子羊よ、とでも唱えてほしい?」
聖職者らしくピン、と背筋を伸ばしたポークに首を振った。
「別に俺が抱えてるのは戦争とか、そういう壮大なものでもなんでもないし。自分の事しか、考えてないよ」
「それでいいんじゃないかな?うん、それがいいんだよ。ほら入るからね」
適当に頷いたポークの代わりに店の扉を開けるとケーキ屋だった。
「女神に導かれた先に死があると知っているのに突き進む者は愚かだから。それなのに反対の道へ行こうとすれば不届き者になってしまう。同じ道でも反対の道でもね、なんの助言も無ければ自分で決めたたった一つの道になるからね」
「…そうだな」
ポークはケーキを何個も選ぶと俺に支払いをさせて外へ出て行く。箱に詰められたケーキを持ってケルベロスも抱っこした状態の俺を心配そうにセレーネが見上げた。
「クゥン」
「大丈夫だよセレーネ」
生きるも死ぬも自己責任。なんとも聖職者らしくない投げ遣りな御言葉である。




