97話 束の間の休息2
ポークが映像を見せたのは女神の過ちを知った方が良いからという理由だった。どんなに強敵であろうとも、どんなに過酷であろうとも、どんなに数が多かろうと、三人を解放していれば悪魔の軍隊などポーク達からしたら敵ではなかったのだ。
だが、作られたシナリオ通りに進むこの世界では女神であろうと登場キャラクターでしかない。封印されてしまう未来と分かっていてもアルテミスは決められた道をただ進むしかなく、また、ポーク達も同じく決められた道を進んだだけかもしれない。
小説の中。その登場人物達。知っているのか、知らないのか…話すべきか悩んでいると隣を歩く別の影を見付け、顔を上げればキャッツがモジモジしながら俺を見ていた。
「……普通に声かけて」
「いや、その…実は欲しい物が見付かりまして、ほんと、私には贅沢品かもしれませんが……」
目が合ってから目線を泳がせたキャッツの声が段々と小さくなっていく。正直この世界に来てから金銭面で困った事はないし、何を買おうとキャッツの自由だ。ただギルドヘ寄っていないため手持ちで足りるのかは定かでは無い。
「戻って待ってる……と、また後回しになりそうだからキャッツも一緒に朝ご飯どう?」
「既に霊体である自分は食事など必要としないんですが…いや、いいんですよ……やはり自分には贅沢品でしたので」
「違うから、買って良いんだって。ギルド寄ったらまとまったお金出来るだろうし」
「その中から銅貨八枚程も貰えるのですか?自分に渡して頂けるのですか?いや、ほんと…無理なら無理と言ってくださいね!ほんとっ」
「え?何が何枚?」
「銅貨です!銅貨!八枚!大金ですよ!いやほんと!」
適当に手を突っ込んで握ったまま取り出しキャッツに向けると両手を出したキャッツ。握っていた手を開いて出された手の平に落とすと銀貨の中に金貨も混じっていた。
「……!……っ!!」
口を大きく開けたが声が出ないのかキャッツは手の平と俺を交互に見ては最終的に天を仰ぐ。
「……神よ………」
自分が羽織っているローブがいくらだったのか知ったらどうなるのだろうか。
「好きな物、買ってきなよ」
「おぉ…これが冒涜……」
「多分違うと思う」
俺の声は聞こえないようで立ち止まったキャッツを置いてポークの元へ向かう。勝手に店へ入られてしまえば後が面倒なためだ。窓から見えた店の中には老人が数人居たため、営業中のようである。
「此処でいいのか?」
「……キャッツの力は誰もが認めていたんだけどね。認めているからこそ恐ろしくて煙たがったんだよ」
ポークはキャッツを見ていた。俺ももう一度視線を向けると未だに天を仰いでおり、朝日に照らされたてっぺんハゲが神々しさを演出している。
「あぁ、アイツの攻撃魔法は無差別テロだもんな」
「本人は認められているなんて知らなくてさ。この僕が何度も言ってるのに信じようとしない。教会の外では普通の事でもそれを知らないキャッツは贅沢だからと自分は要らないって閉じこもっててね」
食事も必需品も娯楽も、最低限以下しか手元に残さなかったキャッツは高位聖職者であるにも関わらず新人に虐められていたそうだ。
幽閉されて一緒になったポークはそんなキャッツを誘った。本当にこれでいいのか、本当は間違っているんじゃないか、本当はやるべき事があるんじゃないか。だがキャッツは…
『選ばれたからこその自制であります。強制ではないのです。皆がそうする必要なんてありません。皆がしないから自分がするのです』
そう言って牢屋の角に座っていたそうだ。
「バットが来てから段々本性を現していたけどね。僕はその方がいいと思ったよ」
「楽しみじゃん。本性を晒せるようになったキャッツが何を買ってくるのか、さ」
「…そうだね」
案外仲良くしているようだ。
キャッツは最高神官に対しての鬱憤も吐いていたし、もう自制とやらの必要性を感じていないと思うが…霊体になり生きた時代が歴史となった今なら好きな事を出来るだろう。此処に居る俺には用意されたシナリオなどないのだから。
「よーし、食べるとしようかね!」
気を取り直したポークは店の中へ入っていった。念のため魔獣の同伴は大丈夫か聞けば快く受け入れてもらえたのでセレーネもご機嫌だ。
「俺様のマドレーヌを忘れるんじゃねーぞ?」
「この後にビアンカの店に行くから。そしたら次は冒険者ギルドに行って…」
ギルドカードを更新しつつハイドラやデマントイドドラゴンを売る。移動方法はセレーネやルゥ爺が居るためお金は掛からないが、色々と事情を知ったギルド長が居るギルドで換金するのが手っ取り早いという考えでもあった。
日本でいう個人経営の定食屋のような店だがメニューを見た所で何がなんだかさっぱり分からないためオススメがあればと店の人に任せる。
料理を待っている間に老人がテーブルをトン、と叩いたので視線を向けると…
「兄さん達、ビアンカの店へ行くって?今はやめときな」
会話を聞いていたのか此方を見ていた老人。
「何かあんの?」
「魔物の奇襲があったろ。それでビアンカの店が…冒険者が放った魔法でな。守るためにってのはわかってるんだよ。でも、兄さんも冒険者なら今は止めた方がいい」
「なるほど…忠告ありがとう」
「はいお待たせ。小っちゃいわんちゃんはこれでいいかな?ごゆっくり」
テーブルに乗せられた俺の分の飯とは別の小皿に細かく切られた肉があった。ケルベロスは俺を見上げながら口を開けて止まったため、どうやら食わせろという事らしい。
つまんで口の中に放り込んでやりながら、ケルベロスとの約束はまだ達成できそうに無いことをやんわりと伝える。
「けっ、俺様だって馬鹿じゃねぇ」
「意外だな…もっと騒ぐと思ったのに」
「自分の物が壊されたら機嫌だって悪くなるだろうが。俺様だって同じだしな」
「魔界の生き物がそんな事を言うなんてね。あの戦争で暴れ回った内の一匹だろう?よく生き延びてたよね」
「わふ」
「…悪魔王の命令は絶対だ。が、マーレに会って俺様はすぐに魔界に戻ったんだよ悪いか」
「わぉふっ」
拗ねたように横を向いて耳を横に倒したケルベロス。セレーネと何かあったようだがそれ以上は語らず、俺も大人しく朝食を堪能する事にした。
食事を終えて外へ出るとキャッツが待っており、その手には猫のストラップが大事そうに握られている。欲しかったモノはそれだけだったようで、使わなかったお金は返された。ローブは新調しなくて良いのか聞けば新しいローブなのだから当然だと言う。
「色が気に入らないとか言ってたのに」
「そんな事言いましたっけ?いやほんと」
本人がいいのなら俺は気にしないが。
「ローブはいいとしても、それだけで良かったの?」
「可愛いでしょう?」
猫は手の平で隠れるほどの大きさで、細く乱雑にカットされた革でぶら下げられたソレは魔力を注ぐことによって好きな魔道具に作り変えられる代物らしい。安価なのはそもそも魔道具にするためとして売られていないからで、実際に魔力を注げば壊れてしまう…のだが……
「自分はこういうのが得意ですから。いや、ほんとですよ?当時は自分だけ禁じられていましたがね…」
「難しいんだろ?魔道具が作れるなら重宝されそうだけど」
「そんなの決まってるからね。キャッツが魔道具を作ったらこの街吹き飛ばせるから。そういう元が粗悪な媒体は基本的には娯楽、趣味程度の物だけど。キャッツならガラクタからでも兵器を作れるんだよ」
猫のストラップを奪おうと手を伸ばすとサッと避けられた。そんな物騒なもんを作らせるわけにはいかないが、キャッツは猫のストラップを抱き締めると涙を浮かべて俺を睨んでくる。
「やはり自分には贅沢品だと?!いや、ほんと!いいと言ったのは貴方なのに!ほんと!」
「危ない物を作るなんて思わないだろ」
「作りませんよ!自分はこの猫ちゃんに保護魔法をかけるだけですが、いやほんと」
「……保護魔法?」
「はい。迷子になってしまわないように」
慈しむように頬ずりしたキャッツに引いているとセレーネが頭で俺の腰を押した。近付いてくる足音に顔を上げると見知った顔が二つ。
「また会ったな!」
「無事だったみたいで良かったぜ」
アウトラに入る前に話した冒険者だ。
「お前等も無事で良かったよ。レニー、ブラウン」
「ドレイクが現れた時はどうしようかと思ったさ」
「黒竜もだ!生きた心地がしなかったぜ…と、俺が居た門にリオが居たけどアイツ何者だ?凄かったんだぜ?!」
滞在していたならあの場に居てもおかしくないし、西門以外では目の数も多かった。当然顔を隠していないダンタリオンは身バレしているわけで…だからといって彼は悪魔ですと言うわけにもいかない。
変な設定を付けても後が面倒なため「街を守るために必死だったんだろうな」と無難に返した。
「元々不穏な動きとか掴んでたなら言ってくれれば良かったのに」
「どういう事?」
「グラウディアスは騎士団から派遣されて来たんだろ?援軍も早かったしな」
そういえば貴族を護衛している騎士と思われていた事を思い出す。何処から否定しようか悩んでいるとレニーが頬を引き攣らせて俺の手元を指差した。視線を落とすとケルベロスに噛まれ続ける俺の手から血が垂れている。
「痛くないの…?」
「…うん。痛い、よ……」
聞き分けが良いと思ったが機嫌は悪かったようだ。噛まれている感覚はあるが血が出るほどだとは思わなかった。しかしケルベロスは噛むのを止めず、苦笑を漏らしながら俺が冒険者である事を二人に告げる。冒険者だと知ったレニーとブラウンは驚いていたがそれも一瞬だけで、ギルド内は依頼が増えているため混雑しているぞ、と教えてくれた。
「俺達は修繕依頼してた武器を受け取ってからアウトラを出ようと思ってんだ」
「同じ冒険者ならまた会うかもな!」
「あぁ、そうだな」
依頼を勝ち取れたらしい二人は軽く手を振ると歩いて行く。
新たな依頼を受けるつもりはないが、ギルドヘは用があるためこのまま向かうことにすると、ポークとキャッツは各々満足したのか何も言わずに姿を消してしまった。しっかりとケーキの箱も無くなっていたため、空いた手でケルベロスの口を掴んだ。
「ポークに治してもらい損ねただろ」
「うっせぇ。我慢してやってんだからお前も我慢しろよ」
痛いわけじゃないが、血を垂らしながらギルドへ行くのはどうなのか…。人が多いなら誰も気付かない可能性もあるため気にする必要はないか…
結論を出した俺はケルベロスとセレーネを連れてギルドヘ向かった。




