38話 泥蛇•ハイドラ
目の前まで来たハイドラの頭。目は無いが時折開く口には鋭い牙が無数に並んでいた。
聴覚や振動に敏感。ベルゼテの攻撃は効かない。この状況で出来るのはただジッとしているだけだったが、こうも目の前に現れられると既に見付かっているのではないかとも思う。逃げるか?それとも戦うか。声を出しても良いのかすら分からず俺は文字通り手汗を握った。
「ふぁ~」
張り詰めた空気を歪めたのはジェインの欠伸だった。
「走りなさいっ!」
続いてベルゼテが声を上げ、セレーネが走り出す。ジェインの欠伸に反応したハイドラは少し頭を下げるとデカい口を開けて突っ込んできた。先程まで居た足場は割れ、セレーネが走る度に岩場を削る爪の音に反応しているのか次々と通った足場が壊されていく。残りの顔は此方を向いて伸びてくると逃げ場など無くなり…
「どうすんのこれ?!」
「ミミズ相手になんで逃げてんだぁ?」
お前の危機感のなさが原因かな?!
「わふっ」
「言ったでしょう?私の攻撃は効かないのよ!」
「なんで!」
「ベルゼテの魔法は内部指定爆発。表面の泥のせいで内部まで焦点が届かんのだろう」
「簡単にバラすの止めてくれるかしら」
そんな恐ろしい魔法を使っていたのか…確かに内側から爆発しているようではあったが…ハイドラ相手に使えないのであれば今は別の策を考えるしか無い。
「リオは?!」
「我に化け物の相手をしろと?」
「お前も充分化け物だろ」
「失礼な。貴様から屠るぞ」
「なんでそうなんの!」
元来た道は壊されて、後ろから五本の首が追ってくる。残りの二本は右斜め前方で待ち構えているようだ。
悪魔2体は高く飛びハイドラの範囲から逃れ、セレーネは山の形に添って真っ直ぐ走ると二本の首を躱すように下へ駆け下り、更に地上へ近付いた。すると他の二本の首が下から口を開けて伸びてくる。
「ヴゥウウッ」
鼻を蹴って首をつたうセレーネ。表皮を覆う泥が飛び散り、時折滑るがそれに耐えて走り続けるセレーネはハイドラの背中まで駆けると沼地に飛び込んだ。沈む前に足を動かすがスピードは落ち、ハイドラは泥の塔を建てたかのような勢いで泥の中に潜ると一本ずつ順に口を開けたまま下から現れた。
走った所に飛び出てくるハイドラの顔は泥にまみれて見えやしない。
「なぁグラウディアスぅ」
「なに?!」
「なんで戦わねぇのぉ?」
「ベルゼテの攻撃が効かないって聞いただろ!」
「だからなんだぁ?」
「は?!」
「ほらよぉ」
ジェインが取り出し渡してきたのは銃だった。攻撃力と命中率が上がるその銃を握って…
「それは骨も砕くぜぇ。聖属性しか弱点のない悪魔は相手に出来なくても魔物相手なら問題ねぇだろぉ」
あぁ、そうか…。自身のステータスが1しかなく、近日で相手にしていたのが悪魔だったためベルゼテが居なければ…ベルゼテが無理ならば、という考えしかなかった。
左手でセレーネに掴まったまま体を捻る。下から突き出て来たハイドラに向かって一発撃つと、捻られるようにして首に穴を空けた一本は横に倒れて沈んでいった。
「残り八本!」
「わふっ!」
沼地からも抜けたセレーネは一度吠えると走るスピードを上げ、乾いた岩場に向かって飛んだ。そこで俺を降ろすと再び走って来た道を戻るセレーネと、それに反応して首を突き上げたハイドラを一本ずつ狩っていく。ベルゼテとダンタリオンも岩場に着地すると、俺の背中を小突いてきた。主にベルゼテが。
「やるじゃない!」
「相手が悪魔じゃなければな」
ダンタリオンを振り返り見ると目を細めて上から見下ろされた。夜の皮肉を返したつもりだったが通じていないようだ。
「本体のお出ましね」
セレーネが此方へ向かって走るとついてくるように沼地から這い上がって来たハイドラの八本の首はそれぞれに穴が空き動かない。邪魔になった首を噛み千切るとそのまま喰らっていた。
「分かってたけど…デカくね?」
蛇と聞いていたが四本の足が横に付いている。這うように動く胴の長さは蛇であるにしろ…
「まぁ、竜の一種だもの」
「蛇なのか竜なのかどっちかにしろよ…」
己の味に飽きたのか引き千切るとその辺に放置された数本の首。未だに動く残り一本の首が此方を向いて一瞬後ろに下がると、勢いよく伸びてきた。四本の短い足が忙しなく動かされ泥道を滑り迫ってくる。
狙わなくとも向ければ当たる銃で辿り着かれる前に撃つと頭が後ろに吹っ飛んだが、首を前に戻したときには新たな頭が生えてきた。二発目、三発目と当たっても頭が再生する。
「何処ぞの人間のようだな」
「今それ言う?!」
「グラウディアス!もう一発!低めにっ」
すぐそこに迫った頭を撃って首を仰け反らせた後、ベルゼテの指示に従い首の付け根を狙う。回転する弾は胴を抉りながら貫通していったが同時に穴が塞がっていくのが見えた。
「ジェインの嘘つき…悪魔以外にも効かない奴居るじゃん…」
「本体はリジェネ持ちね。でも、」
─パチン、
「魔核が晒されたら効いちゃうものね?」
指を鳴らす音の後、ハイドラの腹が膨れると爆ぜた。指が鳴る回数分飛び散るハイドラの破片は更に爆ぜていき、最後には細かい蛇の肉が降ってくる。
硬い表皮を更に泥で覆っていたハイドラを銃で抉ることによりベルゼテの攻撃で狙いを定められるようになった、と。未だに降り続ける肉片。最後に泥をまき散らしながら降ってきた首は岩場の真ん前だった。
「これ、喰えるかぁ?」
「…今それ言う?」
泥塗れになったセレーネが岩場に乗るとお座りして此方を見ていたが、せっかくの毛並みがガチガチに固まっていた。ジェインがハイドラの頭をインベントリにしまい、ベルゼテは赤く大きな魔核を持ってくる。
「換金すれば冒険者ランクも上がるんじゃないかしら?」
「Eランクがこんな大物討伐出来るはずないだろ…」
実際に倒したのはベルゼテだ。この魔核を出したら次のギルドでも目立つことになるだろう。
「……街の名前ってなんだっけ?」
「イルダよ。何処かに川が流れているからそれに添って進めば見えるはずだったかしら」
「川?あんの?」
「確か…」
ベルゼテの向く方を目で追うと空を飛ぶ巨大なドラゴンの影が動いていた。山の上を何度か旋回するとそのまま姿を消してしまったが。
「あら、ピュートーンじゃない。まだ生きていたのね」
「は…はは」
俺達が山に居る間は留守だったようで…こちらに気付いた気配も無く姿を消したピュートーンとやらに一気に力が抜ける。セレーネに乗った俺は空から川を見付けたというベルゼテを追い掛け、ぬかるんだ湿地とはさっさとおさらばした。
こちら側は生暖かいため川へ躊躇い無く飛び込み泥を落とす。セレーネは小さくなったため洗う時間を短縮する事が出来、川は泥を運んで流れていった。
「この先に魔族が居るのか」
魔族の侵攻によって奪われた街、イルダ。魔物を民とする国。この物語の主役でもある暗黒騎士が所属する国…
「我が乾かしてやろう」
岸へ上がるとダンタリオンが右耳のピアスにちょん、と触れたため首を横に全力で振る。同じく岸から上がったジェインは既に乾いており、捕まえて問い質すと風の魔石を使えば簡単だという事を聞いて試しに使ってみた。
「おぉっ、一瞬!」
ドドゥーの所や宿屋でも見た仕組みと同じようだ。
感動と同時に思う…何故、これを滝に打たれた後に使わなかったのか…あそここそ使う場面では無かったのかと…。
「すっかり忘れててよぉ」
「いいけどさ」
しっかりしていないのがジェインだ。気にしていたらその内ハゲてしまう。
綺麗になった神獣セレーネ様に乗った俺達と空飛ぶ二体の悪魔はイルダへ向かった。




