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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百八十八話:最終決戦 その15

 接近してくる三十を超える『構成力』。それを感じ取った者は例外なく動きを止め、周囲を見回してしまう。

 『構成力』の多寡に差こそあれど、その移動速度は非常に速い。『探知』によって気付いた者もいたが、『探知』の範囲に『構成力』が入ったと思った時には既に距離が詰められていた。


「おいおい……ずいぶんと遅れての到着だな」


 『柳刃』についた血を払いつつ、柳が呟く。接近してくる『構成力』には覚えがあり、この場においてはこの上なく頼りになる援軍だ。


「時間厳守の軍隊で遅刻とはなぁ。お前さんがガキの頃、授業参観にも来なかったタイプだろ?」

「そもそも来る暇がありませんでしたがね……やれやれ、援軍はありがたいのですが、第一空戦部隊だけで敵陣を突破できなくなりましたか」


 俊樹も誰が到着したのかを悟り、柳のからかうような言葉に肩を竦めて返す。予定では自分達だけで博孝と沙織を清香のもとへと送り届けるつもりだったが、横槍が入ってしまった。


「遠慮すんな。今からでも突破してこいよ」

「ははは……必要とあれば部下に無理を強いてでも突破しますが、必要がなくなったのでやめておきます」


 そう言って笑い合う柳と俊樹。そんな二人の会話を聞きながら、博孝は大きく息を吐く。


 ――これで必要な戦力が全て揃った。


 当初の予定よりも遥かに充実した戦力だが、ここまで揃えば後は結果を出すだけである。


『こちら日本ES戦闘部隊監督部の長谷川だ。これより貴官らの援護を行う』

『第零空戦部隊の藤堂だ。『零戦』も援護に回らせてもらおう』


 『通話』による宣言と共に、それまで集合していた『構成力』が小隊単位に分散していく。そして虹色の光を取り囲むように巨大な円陣を組むと、それぞれが戦闘態勢を取った。


「やあ少年、久しぶり」


 そして、博孝のもとに一人の『ES能力者』が飛んでくるなり気さくな声をかけてきた。その姿を見た博孝は思わず眉を寄せてしまう。


「お久しぶりです春日大尉……ずいぶんと負傷されているようですが?」


 声をかけてきた春日は、体のあちらこちらに負傷の痕があった。今は血が止まっているのだろうが、出血によって染まった野戦服が乾燥して赤黒く変色している。


「うちの中隊で空戦一個連隊を排除して、そこから追加でもう一個連隊を潰してね。いやはや、さすがに疲れたよ。“隊長殿”の援護がなければ危なかったね」


 そう言って笑う春日だが、言葉通り消耗しているのだろう。以前会った時と比べ、感じられる『構成力』の量が激減している。


「二個連隊を倒して限界が近いっていうのに、北海道の端からここまで全力で飛ぶ羽目になったよ……ま、急いできて正解だったかな?」


 だが、消耗を感じさせない自信に溢れた表情を浮かべながら春日は虹色の光を見る。そして遠目に清香の顔を確認すると、口元を歪めた。


「割と好みの顔とスタイルだけど、アレはおっかないねぇ。得体の知れない臭いがプンプンするよ。できれば帰って布団に入って寝たいぐらい、関わり合いになりたくない」

「相変わらずですね……」


 『零戦』の中隊長を務める春日の目から見れば、清香の素性もある程度は見抜けるらしい。冗談混じりに評しているが、その目はまったく笑っていなかった。


「ところで部下の方は?」

「隊長殿が持っていった。元々隊長殿が鍛えていた奴ばかりだし、指揮には何の影響もないでしょ」


 清香が操る敵兵に注意を払いつつ尋ねる博孝だったが、春日はどこか呆れたように答える。

 春日の部下を『零戦』の元隊長である源次郎が率いているとして、春日は何故ここにきたのか。そんな疑問を込めて視線を向けると、春日はひらひらと手を振る。


「あの暑苦しい子はいないみたいだし、僕が君とそっちの子を守ってあげるよ。正直『構成力』も限界が近いけど、それぐらいはやってみせるさ」


 正直なところ、春日は『零戦』の中でも消耗の度合いが大きい。連隊を相手にして味方を防御系ES能力で守り抜いたため、『構成力』も限界が近いのだ。そのため春日の第三中隊を源次郎が引き受け、その代わりに春日は博孝達の防御に回ることにしていた。

 限界は近いが、それでも戦うことは可能だ。『構成力』の量が減っていても戦い方次第ではまだまだ耐えられる。


「あの『鉄壁』に守っていただけるのなら安心できますね」

「その名前は返上したいところなんだけどねぇ……一個連隊と二回戦っただけでボロボロになる脆い壁だからさ。欲しいなら君のお友達に譲ってもいいよ?」

「ははっ、恭介は受け取らないでしょうよ。春日大尉のことを二人目の師匠だと思ってますからね」


 軽口を叩く春日に対し、博孝も笑って答えた。恭介の師匠扱いされた春日は嫌そうな顔になると、顎をしゃくって戦況の推移を確認するよう促す。


「君達の師匠は砂原先輩一人で十分だろう? ほら、それよりもいつ突撃するんだい?」


 そう言った春日の視線の先では、到着した『零戦』の面々による攻撃が開始されている。小隊ごとにわかれ、虹色の光を中心として周囲から敵兵を削ろうと動き回っていた。


 その中でも際立った動きをしているのは源次郎や藤堂、宇喜多の三人だろう。他の『零戦』の面々も斉藤や町田並の技量を発揮しているが、先の三人と比べては霞んでしまう。

 春日の話を聞いた博孝は、『零戦』の各中隊が二個連隊を撃退してからこの場に急行したのだと理解している。しかし、その消耗を感じさせないほどに彼らの働きは凄まじかった。


『突撃は宇喜多達に任せろ。我々は射撃戦で削るぞ』


 藤堂は淡々と指示を出しつつ、自身の周囲に光弾を発現していく。その数は軽く百を超えており、敵兵が放つ光弾を相殺しながらも隙を見て一人ひとり光弾を叩き込んで撃ち落としていく。

 発現した光弾の中には『射撃』だけでなく『狙撃』や『砲撃』も混ざっており、発射されるまで光弾の種類を悟らせないようにしていた。


 そんな藤堂の指示に従い、第一空戦中隊に所属する者達は小隊ごとに射撃戦を展開する。敵を掻き回すように飛び回りながらも光弾を放ち、他の味方に放たれる攻撃は相殺し、その上で敵兵を削っているのだ。

 光弾の発現数では藤堂が突出しているが、他の者達が少ないというわけではない。藤堂が多すぎるだけであり、ただの部隊員でも一人で何十発も光弾を発現している。

 それまでは清香が操る数百もの『ES能力者』によって制空権を取られていたが、藤堂達の援護によって徐々に拮抗へと持ち込まれようとしていた。


 また、それを成したのは藤堂達だけの手腕によるものではない。


「いいかお前ら! 最低でも一人あたり二十は落とせよ!」


 怒号と呼ぶべき大声でそんなことを叫んだのは宇喜多である。消耗していてなお莫大な『構成力』を漲らせ、何十倍もの敵に向かって果敢に突撃していく。


「敵の数を見てから言ってくださいよ!」

「『構成力』バカの中隊長と一緒にしないでください!」

「ハハハッ、まだまだ元気があるじゃねえか! ノルマに十人追加だ!」


 無茶を言うなといわんばかりにツッコミを入れる部下達に対し、宇喜多は笑って言い返した。その間にも近くにいた敵兵へと接近し、力任せに防御を破壊して撃墜していく。

 宇喜多の莫大な『構成力』は発現するだけで凶器であり、その身体能力と合わせることで尋常ではない被害を敵に強いていく。

 文句を言っていた部下達もそんな宇喜多に続いて突撃したが、彼らは宇喜多程ではないにしても体術だけで敵を仕留めていた。こちらは力任せではなく、鍛え上げた技術の賜物である。


 近くにいる敵兵を問答無用で殴り倒す宇喜多と、それをサポートしながらも敵兵を確実に仕留めていく部下達。藤堂が率いる小隊が目立つが、第二空戦中隊の面々は中隊長である宇喜多に倣うようにして接近戦で敵を仕留めていく。

 射撃戦に関しては藤堂達の独壇場だが、接近戦においては宇喜多達の独壇場だった。


「――総員突撃」


 そこに、源次郎が臨時で率いた第三空戦中隊が加わる。


 『零戦』の中隊の中では最も消耗が激しい第三空戦中隊だったが、源次郎が率いるとなれば無様を晒すわけにはいかない。短くも力強い源次郎の命令を聞くなり、戦意を剥き出しにして敵兵へと襲い掛かっていく。

 中でも先頭を飛ぶ源次郎は抜いた『斬鉄』を振るい、接近する敵兵をすれ違いざまに斬り払う。数人固まっていればまとめて、防御していれば防御ごと両断し、抵抗すらも許さぬとばかりに敵兵を斬殺していく。


 宇喜多が優れた身体能力と莫大な『構成力』を利用した力押しだとすれば、源次郎は一世紀近い研鑽を積み重ねた技術による蹂躙だ。

 宇喜多には劣るものの巨大な『構成力』に並外れた身体能力、『斬鉄』による破格の攻撃力にそれらの要素を過不足なく活かす技術。自身の間合いに入った敵は瞬く間に切り刻み、紅い血煙を纏いながら突き進む様は『武神』の呼び名に相応しい。


 襲い掛かってくる敵兵を迎撃しながらもそれらの様子を見ていた博孝は、“このままいけば”敵陣を突破できると判断した。

 一個小隊で一個大隊を上回る『零戦』の面々が四方八方から襲い掛かり、清香が操る敵兵達はその対処に追われている。しかし清香に操られているため万全とは言い難い彼らはヤスリで削るように数を減らし、その総数を減らしていく。


 このまま『零戦』の暴れるままに戦況が推移すれば、博孝と沙織はこれ以上の消耗もなく清香の元にたどり着けるだろう。それだけでなく源次郎達が加勢に入り、当初想定していた状況の中にも存在しないほどの好条件で戦うことができる。

 悪い方向へ考えればきりがなかったが、良い方向に考えてもこの戦況は想定していなかった。いくら多くの加勢があったとはいえ、ここまで優勢に戦いを進められる戦力が集まるとは思わなかったのである。


 ――だからこそ、腑に落ちない。


(なんだ……何を考えてる?)


 博孝や里香が想定した以上の戦力が集まったことは喜ばしい。それによって戦況が有利に推移していることも歓迎すべきだ。“タイムリミット”が近づいていることは注意すべきだが、今の戦力ならば清香が何をしようと打破できそうである。


 それだというのに、清香が動く様子はない。それが博孝には引っかかるのだ。


 清香が操る『ES能力者』が死んだ分だけ、タイムリミットは近づく。しかしその点を考慮しても清香に動きがなさすぎる。いくら消耗しているとはいえ源次郎や『零戦』、さらには柳や町田、斉藤や俊樹達など、日本どころか世界でも見ても屈指の戦力が揃っている。

 そこに『星外者』が相手でも戦える博孝と沙織が加われば、清香一人を倒すことは容易に思えた。清香がそれを理解していないとは思えず、そうである以上は現状を覆す“何か”があると考える方が自然である。


(こっちの味方を操る? いや、いくら消耗してるって言ってもそれは……)


 先程のように、消耗した味方を操るのではないか。一瞬だけそう考えた博孝だったが、それが可能ならば最初から実行しているだろう。わざわざ手駒をすり減らす必要はないはずだ。

 また、仮に清香に操られたとしても、『零戦』クラスの『ES能力者』ならば博孝が『活性化』を発現することで助けられるはずである。


(待て……相手は“あの”清香だ。必要不必要だけでなく、他の何かがあるのかも……)


 清香の思考を読もうとする博孝だったが、相手は人間でも『ES能力者』でもなく『星外者』である。その思惑を推し量ろうとしても限界があり、警戒は必要だとしても必要以上の推測は逆に自分達の動きを縛りそうだ。

 それならば、清香に先手を許すよりも先に動きべきではないか。清香との距離は開戦当初と比べて縮まっており、源次郎達の援護もあって敵陣を突破するのは容易だろう。

 清香側の戦力として警戒すべきラプターは恭介が、ベールクトはみらいが抑えており、後方に下げたものの清香に操られてしまった仲間達は福井達が対処した。


 清香が何を考えているのか、警戒すればキリがない。かといって今の状況は“誘い”にも見えるため、迂闊に飛び込むのは――。


「博孝」


 思考を遮るようにして声をかけたのは、沙織だった。清香を見据え、『穿刃』の柄に右手を這わせながら沙織は言う。


「ここまできたらやることは一つでしょう?」

「……そうだな」


 沙織の言葉を聞き、博孝は大きく息を吐く。

 清香の行動を過剰に警戒してしまうのは、清香の技量を最も理解しているからだろう。この状況すらも清香の掌の上であり、博孝達が攻撃を仕掛けてくるのを待っている。そう思えば迂闊には動けなくなってしまう。

 砂原や里香に発破をかけられて割り切ったつもりだったが、実際に至近距離まで近づけば心が震えそうになるのだ。


 ――あんな化け物に本当に勝てるのだろうか、と。


 そんな博孝の、清香に対する警戒と恐怖。それを解すように沙織は言葉を続ける。


「元々、お爺様達どころかお父様達の援護すらない予定だった……それに比べれば楽だと思わない?」

「うん……たしかにな」


 清香が従える敵兵の数が想定以上だったため戦法を変えたが、本当は最初の一当てで強引に敵陣を突破し、その勢いで清香の首まで取るつもりだった。

 作戦を変更して持久戦を選び、援軍が駆け付ける時間を稼ぐつもりだったが、予想以上に強力な援軍が駆け付けたことで戦力は拮抗している。これ以上の好機はなく、動くのは今しかない。


 博孝は握り締めていた右手を解くと、自身の掌に視線を落とす。そこにあったのは見慣れた――これまでの訓練によって分厚く、硬くなった自身の手だ。

 『ES能力者』になるまでは普通の手だったが、訓練校に入校してから今までの訓練や実戦によって鍛えられたことを示している。

 身体的な成長が遅くなる『ES能力者』だが、博孝の右手にはしっかりと努力の跡が刻まれていた。毎日のように寝る暇も惜しんで訓練に明け暮れたのだから、それも当然と言えるだろう。


 そんな右手は発現した『収束』で覆われているが、これもまた博孝の努力の成果だ。『天治会』に狙われていると自覚し、よりいっそうの訓練によって身に付けた砂原の得意技。その全てが博孝の右手に宿っている。


「……こんなにお膳立てされた状態でビビったら、隊長に殴り飛ばされるか」

「ついでに里香が蹴り飛ばしてくれるわよ。それに、福井軍曹達は自らの役割を全うしたわ。ここであの女を倒せなかったら“あとで”馬鹿にされるわよ?」


 沙織も『星外者』の脅威は理解しているはずだが、負けるつもりは微塵もないようだ。

 それを察した博孝はこの場が戦場であることを忘れたように沙織と笑い合い、覚悟を決める。元々固めていた覚悟をさらに強固なものへと変え、博孝は改めて右手を握り締めた。


「それじゃあ行こうか」

「ええ」


 博孝と沙織が前傾姿勢を取り、それに合わせて柳と春日も動き始める。柳は敵陣の突破を、春日は博孝と沙織の護衛を務めるのだ。

 博孝達を迎え撃つようにして一度は分厚く布陣した清香の配下達だったが、源次郎達の攻撃によって最初のように円陣へと変わっている。それは『零戦』の面々が周囲からの攻撃を始めたからだったが、それによって清香を守る“壁”はだいぶ薄くなっていた。

 清香の誘いである可能性は相変わらず否定できないが、それで足踏みしているわけにはいかないのだ。


「突破します」


 短い宣言。必要なのはそれだけだ。それを合図として真っ先に動いたのは柳であり、博孝と沙織はその後ろに続く。同行する春日は博孝と沙織を守ることだけに集中し、突撃する博孝達を援護するように俊樹達から『狙撃』が飛んだ。

 いくら操っている部下の数が物理的に減らされたとはいえ、指揮の冴えだけでは清香も博孝達を止められない。特に、先頭を飛ぶ柳の暴れ振りは尋常ではなく、止めるならば数ではなく同等の“質”が必要となるだろう。


 先の見えない持久戦ならばともかく、源次郎や『零戦』が到着したことで柳も余力を残す必要はなくなった。敵陣を突破して博孝と沙織を送り届け、二人が戦っている間に敵兵を捌き続けることが可能と判断したのである。

 即座に敵兵を殲滅するのは不可能でも、攻撃を自分達に引きつけることはできる。もしも清香が博孝や沙織に対抗するために呼び戻そうとすれば、その隙を突いて一気に敵兵の数を減らすことが可能だ。


 それでもなお、清香を守る壁は残っている。


 いくら数を減らしたといえど、清香のもとに到達するには五十人近い敵兵を殲滅する必要があった。周囲の助力によってその数は減っているが、強引に突破して後方に放置しておくわけにはいかない。

 しかし次の瞬間、立ちふさがる敵兵の半分近くが“同時に”切り裂かれることとなった。清香の警戒の表れか百人近い敵兵が向けられている源次郎だったが、それに構わず『空間操作』による斬撃を放ったのである。


 乱戦かつ距離があるため全員を仕留めるには至らなかったが、その斬撃に乗じた俊樹達が追加の『狙撃』で敵兵を削りにかかった。

 その際俊樹は数瞬だけ源次郎に視線を向けたが、すぐに逸らす。源次郎もそれに気付いていたが何の反応も示さず、代わりに動きを封じるように向かってくる敵兵を片っ端から『斬鉄』で切り裂いていった。


 ――そして遂に、博孝と沙織は清香の元へと到達する。


 相変わらず虹色の光の前から動かないものの、博孝と沙織を見据える清香。そんな清香の視線を受けた二人は臆することなく前に進むと、清香が感心したように口を開く。


「まさか、本当にわたしの前に立てるとは思わなかったわ」


 それは純粋な称賛のようであり、同時に博孝に対する嘲弄だ。

 男の『星外者』に敗れ、清香による洗脳を解かれて“本当の自分”を取り戻し、なおかつ師である砂原の敗北まで知った。それでも立ち上がり、今この場に立っている。


「そっちのお嬢さんはともかく、あなたにそんな根性があるなんてね。見誤っていたことを謝罪するわ」


 そう言って演劇のように頭を下げる清香だったが、隙は見当たらない。もしも飛びかかれば即座に迎撃されそうである。

 博孝は清香の言葉に無表情を貫いていたが、やがて僅かな間を置いてからため息を吐いた。ついでに頭を掻き、小さく首を振る。


「清香さん、アンタの言う通りだよ。俺にはそんな根性なんてない。色んな人の助けがなけりゃここに立つこともできなかっただろうさ」


 清香によって恐怖を感じないように“されていた”が、それを解除されてから男の『星外者』と戦った際の恐怖、更には『星外者』の拠点で味わった恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 それは二度と立ち直れず、こうやって清香と戦おうとは思えないほどに重いものだ。

 だが、博孝はこの場に立っている。恐怖は感じるものの抑え付け、清香を打倒するべく自分の意思でこの場に立っているのだ。


 それを可能としたのは里香や砂原の言葉であり、沙織の存在であり、少しでも博孝と沙織が消耗しないよう己の身を盾にしてでも戦った仲間達がいたからである。

 清香を前にして淡々と語る博孝の姿を見た清香は、まるで眩しいものを見るように僅かに目を細めた。


「あんなに怯えていた子が、ねぇ……短期間でそこまで覚悟を固められるなんて、人間というのは理解するのが難しいわ」


 そう言って僅かに笑う清香だったが、そこにあったのは先ほどまでの嘲るような笑みではない。理解できない生き物を観察し、その行動をどこか好ましく思っているような様子だった。


 ――その笑みは、どこか人間臭い。


 顔を合わせれば即座に殺し合うことになると思っていた博孝だったが、清香と言葉を交わすことにそこまで抵抗はない。無論、言葉を交わしても友好を深めるつもりなど微塵もないが。


 博孝は一度、二度と右手を開閉し、ゆっくりと構えを取る。左手を前方に突き出し、右手を腰だめに構え、地上と変わらないように腰を落とした。それに合わせて沙織も『穿刃』の鯉口を切り、柄に右手を這わせながら腰を落とす。

 博孝の右手には『収束』が発現してあり、全身からはこれまで抑えられていた『構成力』が溢れ出していく。今までは極力消耗を抑えるよう徹していたが、ここに至ってはそんな必要もない。

 これまで抑えていた影響か、博孝の『構成力』は歓喜するように周囲の空間を揺らがせていく。


「なんだろうな……アンタと顔を合わせたらもっと言いたいことがあったんだけど、全然出てこねえ」

「そう? お話は大好きだから付き合ってあげるわよ?」


 少しずつ密度を増していく博孝の『構成力』を見ながら、清香は表情から笑みを消した。その代わりに両腕を広げ、博孝と同じように周囲の空間を歪ませていく。


 そんな清香を見据え、博孝は宣誓するように言う。


「――止めさせてもらうぞ『星外者』」


「――できるものならやってみなさい、人間」


 互いに言葉をぶつけ合い、戦いが始まった。


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