第二百八十九話:最終決戦 その16
博孝達から多少離れた空域。そこでは遠くから聞こえる戦闘音など意に介さず、恭介とラプターがぶつかり合っていた。
「はぁ……はぁ……ははっ、どうしたんすか? 俺はまだまだ元気っすよ?」
僅かに乱れた呼吸を整え、恭介はラプターへと笑いかけてみせる。体のあちらこちらに裂傷が刻まれているが、そのどれもが軽傷だ。出血もほとんどなく、戦闘に支障はない。
そんな恭介に対し、ラプターは完全に無傷だった。しかし、恭介とは対照的に無表情であり、どこか苛立たしげな雰囲気を纏っている。
戦意も高く、ラプターを打倒すべく自身の全身全霊でぶつかる恭介だが、その戦況は劣勢と言う他ない。負傷の度合いから見ても、疲労の具合いから見ても、恭介の劣勢は明白だった。
だが、ラプターは恭介を倒しきることができない。総合的に見れば数段下であろう恭介を仕留めることができず、未だに拘束し続けられていた。
攻撃力はラプターの方が上で、防御力は恭介が僅かに勝り、速度の面では大きな差がある。その上技術でも差があり、恭介の劣勢はある意味当然と言えただろう。
もっとも、それらの“差”は絶望的なほどに大きなものではない。能力として一つ一つを見ればラプターに軍配が上がるが、それだけで勝負が決まるほどに両者の技量が隔絶しているわけではないのだ。
ラプターは何度か恭介を置き去りにして離脱しようとしたが、その度に恭介は邪魔をする。脱出路を『盾』で塞ぎ、動きを封じ、ラプターの思うように行動させなかった。
「……解せんな」
挑発するように手招きをする恭介を無視しながら、ラプターが呟く。
最初の不意打ちを防がれたこともそうだが、恭介にここまで粘られるのはラプターとしても予想外だ。かつての雪辱を晴らすべく気炎を上げて戦う恭介だったが、ラプターとの間には根性や勢いだけではな超えられない壁が存在している。
恭介が予想よりも腕を上げていたことに関しては、素直に認めよう。初めて会った時の醜態が嘘のような、一端の『ES能力者』と呼べる精神と技量を身に付けている。
砂原に鍛えられ、自身で努力した研鑽の跡も動きの一つ一つから読み取れた。才能に溺れず、自己の適性に合った訓練を積み、さらには実戦で磨き上げてきたのだろう。
ラプターがこれまで仕留めてきた『ES能力者』の中でも、ここまで愚直に研鑽を積んでいた者は少ない。『ES能力者』になって五年も経っていないというのに、既に一流の領域に足を踏み入れている。
恭介自身の才能、砂原による教導、博孝などの仲間と共に行った訓練、幾多の実戦経験。恭介はその全てを己の糧とし、血肉にしたのだと察せられた。
――だが、“それだけ”でここまで粘られるほどラプターは甘くない。
恭介よりも遥かに長い時間を生き抜き、『天治会』の第一空戦部隊の隊長として経験した実戦の数は恭介の十倍を超える。いくら恭介が並外れた才能を持とうと、未だに仕留めることができないというのはおかしかった。
気配を殺し、『構成力』を消して不意打ちをしても直前で気付かれる。かといって正攻法で仕留めようとしても、耐えきるだけの防御力がある。その防御力を活かせるだけの体術も修めており、致命打は確実に回避していた。
もしも恭介が何かしらの独自技能を保有していたのならば、まだ話はわかる。博孝の『活性化』ほどでなくとも、独自技能というのはそれだけで逆転の一手に成り得るからだ。しかし恭介は自身が磨き上げてきた技量だけでラプターと渡り合っている。
「戦いの最中に考えごとなんて、ずいぶんと余裕っすね?」
無表情だというのに、ラプターの逡巡を見抜いたのだろう。それまで防御に徹していた恭介は一瞬でラプターの懐に飛び込むと、『構成力』を集中させた右拳を突き出した。
『防御型』である恭介の攻撃力はそれほど高くない。いくら『構成力』を集中させたとはいえ限界があり、その拳はラプターの予想通り『防壁』に阻まれた。
しかし、恭介の拳によってラプターの『防壁』は軋んでいる。突破するには至らないが、“あと少し”威力があれば破壊されそうだ。
「はははっ、かてぇっ! 博孝の奴、よくこんなの破れたなぁ!」
さらにラプターが解せないのは、恭介の態度である。戦況はどれだけ甘く見ても五分五分に届かない。負傷の度合いや元々の技量差を考えれば六対四、あるいは七対三でラプターの優勢に戦いが進んでいる。
恭介はラプターに倒されず、なおかつラプターを博孝達のもとへ行かせていない。成果を見ればその程度であり、ラプターに対して有効打は与えられていなかった。
ラプターの『防壁』に拳を阻まれた恭介だったが、それだけでは止まらない。フェイントを交えつつも何度も拳を叩きつけ、更には単発ながらも『狙撃』を発現してラプターの『防壁』を突破しようとしている。
拳、肘打ち、回し蹴り、膝蹴り。ラプターの反撃を警戒しつつも嵐のように乱打し、恭介はラプターの『防壁』を削っていく。
ラプターも黙ってはやられず、恭介の動きに合わせて打撃を繰り出すがその全てが空を切る。時折恭介は『盾』を発現してラプターの動きを妨げ、巧みに打撃が命中しない位置へと体を滑り込ませるのだ。
ラプターが距離を取ろうとすれば離れず、速度に物を言わせて離脱しようとすれば『盾』で阻む。更には『構成力』を集中させた拳を叩き込むことで警戒を促し、ラプターを拘束し続ける。
「…………?」
未だに有効打を許さないラプターだが、恭介の動きに違和感を覚えた。先程までならば直撃はせずとも掠って出血を強いるような打撃が、まったく当たらなくなっているのだ。
フェイントを仕掛けても引っかからず、殺気を抑えて攻撃を繰り出しても殺傷を目的とした“本命”の一撃は回避するか受け流される。
「どうしたラプター! 動きが遅くなってんぞ!」
繰り出された拳を左手で受け流し、カウンターとして右の拳を叩き込む恭介。その一撃は『防壁』によって阻まれたが、先ほどよりも軋み、『構成力』が大きく削られている。
ラプターの動きが遅くなっていると指摘する恭介だが、それは逆だ――恭介の方が速くなっているのである。
もしもの話ではあるが、ラプターが恭介に対してしっかりと“警戒心”を抱いていたら気付いただろう。第七十一期訓練生、その中でも目立っていた博孝や沙織、みらい以外にも、恭介のことをきちんと調べていればもっと早くに気付いたはずだ。
独自技能である『活性化』を発現した博孝、『武神』と呼ばれる源次郎の孫娘である沙織、人工の『ES能力者』であるみらい。同じ期の訓練生に三人も目立つ要素の塊が存在していれば、恭介に目が向かないのも仕方がない。
博孝と同じ小隊ということで他の同期よりは注目していたが、それでもラプターからすれば博孝達の“おまけ”扱いである。初めて遭遇した際、恭介は戦うこともできずに撤退したのがラプターの目を曇らせていたのだろう。
多少腕を上げようが取るに足らない存在だと、他の三人と比べれば遥かに劣ると、そう判断していた。
それは油断に等しいが、ラプターとしては純粋に恭介を評価した結果である。『天治会』には訓練校での情報も集まり、なおかつ任務で恭介がどのように戦い方をしたかも記録されている。
それらの情報から推測し、ラプターが自分の目で見た評価に当てはめた結果として恭介の技量を見極めた。
『ES能力者』になって五年にも満たないが、その倍を生きた『ES能力者』を上回る技量を持つ。最終的にはそんな判断を下し、今も戦いながら評価を改めているが、“ここまで”戦えるのは予想の範囲外だった。
博孝達三人と比べた場合、様々な面で恭介は劣っているとラプターは思っている。攻撃力は最も低く、『構成力』の量は最も少なく、体術や『構成力』の扱いに関しても三人と比べれば目立つところがない。
長所である防御力も博孝は『活性化』による底上げが可能であり、沙織は自身の剣術を用いて防御に徹すれば突破は難しく、みらいは身に纏う膨大な『構成力』が一種の鎧だ。
一番頑丈だというのは否定できないが、博孝達は“他の要素”でそれを補うことができる。少なくともラプターはそう評価していた。
恭介には博孝のような独自技能もなく、沙織のような優れた血筋もなく、みらいのように生まれながらの莫大な『構成力』もない。ラプターからすれば一流の領域に足を踏み入れたものの、それだけの存在だということだ。
だが、そんな三人よりも優れたものを恭介は持っている。ラプターはそれに気付くことができず、それ故に恭介を相手にして押しきることができないのだ。
ラプターは知らない。ラプターが己の手で仕留めることに執着した砂原が、恭介に対して下した評価を。
歴代の訓練生の中でも高水準の技量を誇る第七十一期訓練生。その中でも主席や次席である博孝や沙織よりも優れた部分が恭介にあると、あの砂原が認めていることをラプターは知らなかった。
ラプターの評価通り、恭介は防御力以外で目立つ部分がない。即応部隊第三空戦小隊の中で見れば、他の三人に目が向くのも仕方がないと言える。
独自技能もなく、優れた血筋もなく、特殊な生まれでもなく――それでも他の三人と比較されるだけの技量があることに、ラプターは気付いていない。周囲の仲間が特殊すぎるために、“第三空戦小隊の中では目立たない”だけという単純な事実に気付けないのだ。
客観的に見るならば恭介は訓練生の時点で『飛行』を発現するだけでなく、空戦が可能なレベルまで習熟した。その上で得意分野である体術や防御系ES能力の扱いに優れ、相手が『アンノウン』程度ならば互角以上に渡り合うことができる。
博孝や沙織は訓練校に入校した直後から寝る間も惜しんで自主訓練に励んだが、恭介はそうではない。単純な訓練時間では博孝や沙織に負けるが、それでも二人に近い実力を備えているのだ。
そんな恭介に対して砂原が下した評価。それは、恭介が第七十一期訓練生の中で最も才能溢れる生徒だということ。
博孝達のような特殊な環境や才能はなく、積み重ねた訓練時間でも劣り――されど、技量では大きく劣らない。ほとんどの分野で博孝達の背中に手が届くほど、その技量を伸ばしていた。
博孝と共に訓練を行う際、『活性化』によって他の訓練生よりも成長が早まったという点は否定できない。だが、それを差し引いても恭介には博孝達を上回る才能があると砂原は判断していた。
「……ふむ」
恭介が繰り出す拳打を捌いたラプターは、距離を取るべく後ろへと飛ぶ。しかし恭介はその動きを読んで追従し、追撃として更なる打撃を繰り出した。
放たれる拳の威力はそこまで上がっていない――が、戦い始めた時と比べると、明らかに威力が上がっている。加えて、体の動きから徐々に無駄がなくなってきており、ラプターの攻撃によって傷を負う回数も時間と共に減りつつあった。
それは、ラプターだけでなく砂原も、あるいは博孝達すらも知らない才能の開花。普段は『防御型』として仲間のサポートに回る恭介が、一対一で格上のラプターと戦うことで急速に戦い方を“学んで”いる。
周囲に仲間がいれば、恭介はそちらの防御に回ることがほとんどだ。同年代の『ES能力者』の中でも群を抜く戦闘経験を持つ恭介だが、それ故に単独での戦闘というものはほとんど経験していない。
他の誰かと一緒に戦うことが基本であり、身を盾にしてでも守り抜くのが恭介の信条である。しかし、周囲を気にせずに己だけを守れば良いというこの状況で、恭介の技量は急速に磨かれつつあった。
『防御型』ではなく、一人の『ES能力者』として。目の前の敵を打倒するにはどうすれば良いか、その最適解を常に求めながら恭介はラプターと渡り合う。
相手の挙動から次の行動を予測し、放たれる攻撃は捌き、繰り出す攻撃は最も意識が薄い場所へ。研ぎ澄まされた感覚は『探知』のようにラプターの『構成力』を読み取り、射撃系ES能力の発現を察知すれば『盾』で防ぎきる。
その“読み”は少しずつ正確性を増し、戦況を五分へと近づけていく。恭介とラプターは互いに攻撃を繰り出し、防御し、何度も位置を変えてぶつかり合う。
時間を追うごとに手強くなり、急速に“差”を詰めてくる恭介にラプターは小さく目を見開いた。
『防御型』らしい頑強さで己の身を守り、その上で体術による怒涛の連撃を繰り出すその姿。それは恭介が元々身に付けていた能力を最大限に発揮したものであり、動きの一つ一つに砂原の影が見える。
恭介もまた、砂原の薫陶を受けて腕を磨いてきたのだ。当の恭介は己の変化をそこまで敏感に感じ取っておらず、ラプターの防御を突破することに夢中だが、だからこそここまで力を発揮しているのかもしれない。
恭介が繰り出す拳に集中した『構成力』は時間と共に密度を増し、ラプターの『防壁』を大きく削っていく。恭介もその手応えを感じているのか、ますます『構成力』を集中させていくという好循環だ。
普段の恭介ならば、ここまで『構成力』を集中させることはできなかっただろう。かつて己が戦わずに屈した相手であり、砂原の仇であり、そんな相手に善戦している現状があるからこそ心が奮い立つ。
油断でもなく勘違いでもなく、恭介はラプターを足止めするだけでなく“戦い”として成立させていた。一撃で仕留めるような技は持たないが、その頑丈さと技量、更には勢いで攻防を繰り広げていく。
――そしてついに、その時が訪れた。
恭介の放った拳がラプターの『防壁』に命中し、めり込み、そのまま突破する。連打で削った上での一撃だったが、それでもたしかに恭介の拳がラプターの防御を貫いていた。
「おらああああぁっ!」
防御を抜いたからといって、喜ぶ恭介ではない。自分で言った通り、訓練生の頃の博孝でも貫けたのだ。それならば今の恭介にラプターの防御を破れない道理はなく、ラプターの『防壁』を貫いた勢いで更に前に出ると、今度は左拳でラプターの顔面を狙う。
頬を殴り飛ばすよう、横から弧を描いて迫る拳。それを見たラプターは上体を引くことで回避しようとするが、恭介が背後に発現した『盾』によって動きを妨げられ、その一撃を受けることとなった。
「ぐっ!」
恭介の拳は『防殻』を貫いてラプターの右頬に直撃し、その衝撃でラプターの体が吹き飛ぶ。戦闘不能に追い込むような威力はなく、『防殻』である程度減衰したため口の端を僅かに切る程度の威力だったが、それでも一発は一発だ。
すかさず追撃を行おうとする恭介に対して『狙撃』を放って牽制するラプターだったが、自身の口元に手を伸ばして指で触れる。そして指先に少量と云えど血がついていることを確認すると、その表情を小さく歪めた。
「なるほど……貴様を侮っていたようだ。これほどまでに成長しているとは思わなかったぞ」
恭介の技量をどう高く見積もっても、自分に一撃を加えられるほどだとは思わなかった。その認識を覆され、ラプターは素直に称賛する。
「はっ、口から血を流して格好つけてんじゃ……」
ラプターの言葉に悪態を吐こうとした恭介だが、思わずその言葉が止まった。ラプターの口の端に滲んだ血が『構成力』の光となって消え、傷口がゆっくりと塞がっていったからだ。
「……おいおい、アンタまさか……」
“その光景”には見覚えがある。恭介は過去に何度も『アンノウン』と交戦したが、『アンノウン』が傷を負う、あるいは命を落とした際に『構成力』の光となって消えていた。
『星外者』も似たようなものだが、『星外者』の場合は傷を負っても血を流すことがないため別種だろう。
だが、安直に『アンノウン』だと判断するのは戸惑われた。恭介はこれまでの経験からラプターの正体を看破しようとするが、確信を抱けるような答えは出てこない。
(『アンノウン』……いや、『星外者』? だけど普通に『構成力』も感じる……『ES能力者』だけど『アンノウン』……ベールクトみたいな感じか?)
ラプターの挙動に注意を払いつつ、恭介は思考する。
相手の背後を取り、気配を感じさせずに一撃で仕留めるその技量。それは『隠形』に似た能力によるものかと思っていた恭介だが、『アンノウン』に似た性質を持っているのならば話は別だ。
『アンノウン』は並の『ES能力者』では気配を感じ取ることができず、攻撃も通じない。熟練の『ES能力者』ならばその“違和感”を感じ取ることができるが、あの砂原でさえ最初は正確に気配を捉えきれなかった。
むしろ博孝やみらいの方が敏感に感じ取っており――そこまで考えた恭介は納得する。
(『星外者』に近い博孝やみらいちゃんの方が『アンノウン』の気配に敏感なのは当然か……ラプターの動きを追えるのは、俺も『星外者』に近づいてるからかねぇ)
恭介がラプターを相手にして無事でいるのは、ラプターが気配を消して強襲してもギリギリでその気配に気付けるからだ。ラプターの速度に反応でき、なおかつ気配を察知できなければ今頃骸を晒していただろう。
頻繁に博孝と自主訓練を行い、『活性化』によって『星外者』に近づいていなければどうなっていたか。“相性”の差もあるだろうが、ここまで人間離れ――『ES能力者』離れした者でなければラプターの足止めは困難だったはずだ。
(みらいちゃんを一人で行かせたのは正解だったわけか……心配だからってついていったら、ラプターを抑えきれなかったっすね)
今のラプターを足止めするためには『ES能力者』としての技量に加え、『星外者』に近づいている必要がある。
自画自賛するわけではないが、自分はその二つを備えていた。恭介はそう考えたものの、ラプターに一撃を入れたことで状況は悪い方向へと転がっている。
先程まで、ラプターは恭介を路傍の石か邪魔な置き物程度にしか考えていなかった。ラプターの意識は博孝や沙織に向けられており、博孝を不意打ちで仕留めようとしたのもその証拠だろう。
しかし今はラプターの意識が二人から離れ、恭介へと向けられていた。対等な敵とまでは言わないが、“この場で取り除くべき障害”程度には認識を変えたらしい。
(そういえば隊長がラプターと交戦した時、妙に強くなってたって言ってたな……今までと違って攻撃が効きにくかったとか……)
不意打ちが得意なラプターだが、正面から戦っても一流の『ES能力者』と呼ぶに相応しい実力を持っている。それでも小細工なしで砂原と戦えば砂原の方が優勢だったのだが、その時は砂原の方が押されてしまった。
「ラプター……アンタは“どっち”だ? いや、“どれ”なんだ?」
「…………」
恭介が疑問を込めて尋ねるが、ラプターは何も答えない。ラプターのこれまでの戦い方から考えると、『ES能力者』、『アンノウン』、『星外者』全ての特徴が含まれているのだ。
恭介からすると、ラプターは『星外者』寄りの『ES能力者』に見える。傷口から流れた血が『構成力』の光となって消えた点だけ見れば、『アンノウン』にも見えた。
しかし、かつてラプターは柳に腕を斬り落とされたことがある。その時は“普通に”出血し、治療系ES能力によって傷を塞いでいたと恭介は聞いていた。
(岡島さんや博孝ならすぐに見抜くんだろうけど……ん? どれも該当するってことは、まさか……)
そこでふと、恭介の脳裏に一つの推測が過ぎる。ラプターは『ES能力者』なのか『アンノウン』なのか、それとも『星外者』なのかと悩んでいたが、全てが該当しているのならばそれは――。
「……貴様の国の分類で言えば、『アンノウン』になるのだろうな」
恭介の得心を見抜いたように呟くラプター。その声色には何故か苦笑に近い色が混ざっており、恭介はそれを疑問に思う。だが、恭介が尋ねるよりも先にラプターの様子が一変した。
「『穿孔』以外にこの力は見せていなかったが……これからは本気を出そう」
そう言うなり、ラプターの放つ気配が一気に膨れ上がる。男の『星外者』や清香と同様に、恭介からすれば違和感を覚える『構成力』を放ち始めたのだ。それに合わせてラプターの周囲の空間が歪み出し、不規則に波打ち始める。
――アレはまずい。
恭介は先ほどよりもラプターの脅威が増していることを肌で感じ取り、小さく息を呑んだ。感覚から判断する限りラプターの攻撃は“まだ”対処できるだろうが、ラプターの防御は先ほどよりも分厚い。
先程までは拮抗状態に持ちこめていたが、ラプターはまだまだ余裕があったようだ。だが、当のラプターは自身の発言に引っかかることがあったのか、僅かに首を傾げている。
「……いや、違うな」
僅かに逡巡した後、ラプターは納得できたように頷く。それが何を意味するのか恭介にはわからなかったが、ラプターはどことなく楽しげに言った。
「俺も必死で、死力を尽くさなければ貴様を倒せん。これからは死にもの狂いで貴様を殺す……そういう心構えで戦うよう『穿孔』に教わった」
「……隊長、敵に何を教えてるんすか……」
砂原と男の『星外者』の戦いにて、ラプターが学んだことだ。その“教え”に則り、ラプターは全力を出すことを決意する。
恭介は己の脅威になる敵であり、全力を出して殺すべきだ、と。
いくら恭介の成長が著しかろうと、ラプター自身からすればまだまだ未熟。そう思っていたというのに、防御を破られて頬を殴り飛ばされたのだ。また、ラプターの攻撃を防ぎきるだけの防御力を備えている点も侮れない。
だからこそ全身全霊を賭けて戦う。ラプターからすれば最大の敵だった砂原と同様に、己の全てを以って殺し尽くす。
そんなラプターの決意に対し、恭介はこれまで通りに戦おうと思った。ラプターに勝つ必要はない。この場にラプターを拘束し続ければそれで良い。“負けなければ勝ち”なのだから。
『盛り上がってんな。俺も混ぜてくれよ』
だが、そんな恭介の考えを覆すように声が響く。恭介はラプターに注意を払いつつも横目で視線を向けてみると、数秒とせずに一人の男が突っ込んできた。
『そして――死ね』
物騒な一言と共に男――柳は『柳刃』をラプターに向かって振り下ろす。それを見たラプターは後方に飛ぶことで回避すると、警戒するような眼差しを柳に向けた。
「……柳さん? なんでここに……博孝達はどうしたんすか?」
「河原崎の坊主と長谷川の嬢ちゃんはちゃんと送り届けた……それに、俺は元々コイツに用があったんだしな」
柳もラプターの変化を感じ取っているのか、追撃は行わずに油断なく『柳刃』を構える。
「柳鉄心か……こちらは貴様に用などないが?」
「お前になくてもこっちにはあるんだよ。砂原の代わりにテメエをぶっ殺すって用事がな」
そう言って『柳刃』の柄を強く握り締める柳。それを見た恭介は、砂原に致命傷を負わせたラプターに対して柳がどのような感情を抱いたか推察し、困ったように頬を掻いた。
「柳さんは隊長の親友だし、気持ちはわかるんすけど……こっちは俺が抑えるんで、博孝達の方をお願いしたいっすよ」
ラプターへの怒りを曲げてもらう形になるが、自分よりも博孝達を援護してほしい。そう願う恭介に対し、柳は不機嫌そうに眉を寄せた。
「誰があの頑固野郎の親友だ。あと、腹立たしい話だが“向こう”は俺の手に負えないんでな。個人的な私怨もあるし、コイツはまだ斬れそうだから俺が斬る」
「……柳さんの手に負えない?」
恭介が困惑したように呟くが、柳はそれに答えない。その代わり、指示と呼ぶには単純な言葉を口にした。
「お前が守って俺が斬る。そうすりゃ勝てるだろ」
「その守るのが厳しそうっすけど……わかったっすよ」
自分一人では攻め手に欠けるのだ。そのため恭介は柳の言葉に頷くと、柳と共にラプターへ挑みかかるのだった。




