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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百八十一話:最終決戦 その8

 富士山にて七百人もの戦力を糾合した清香だったが、その統制下にある戦力はそれだけではない。

 『天治会』に所属する空戦陸戦、世界各地に配置された『端末』、近年形になった『アンノウン』、さらには『ES寄生体』や『ES寄生進化体』など、その総戦力は大国すら上回る。


 富士山を取り巻くように発現した虹色の光は他国でも観測されていたが、世界各地で清香の操る戦力が暴れ回っているため急行する余裕がなかった。

 軽く千を超える『ES寄生体』の群れが大挙して押し寄せ、その騒ぎに乗じて室町がクーデターを起こした日本ほどではないが、それぞれの国でも突如『ES能力者』の部隊が襲い掛かるなどの事態に見舞われていたのである。


 混乱に乗じて清香が操る空戦や『アンノウン』の一部が日本を目指していたのだが、その全てが清香の元へと到着したわけではない。

 清香が戦力として呼び寄せたのは空戦や『アンノウン』が述べ千人。通常の軍隊ならばともかく、『ES能力者』の部隊で考えれば一個軍団もの大群である。しかし、呼び寄せた戦力の内三割は富士山へ到着せず、その途中で足を止めていた。


 それは国後島、小笠原諸島、対馬海峡の三ヶ所。日本の北と南、西に別れて配置された『零戦』の各中隊を足止めするためである。

 事前に一個連隊の敵性『ES能力者』をぶつけて消耗させ、更に追加で一個連隊に襲わせることで『零戦』の各中隊を拘束、“可能ならば”撃破することを目的としていた。


 一個中隊に対して一個連隊を叩きつけるというのは、普通に考えれば過剰である。一個中隊は十二人、一個連隊は百八人。数だけで見ても十倍近い戦力なのだ。

 これが空戦一個中隊に対して陸戦一個連隊をぶつけたのならば話は別だが、空戦同士で十倍近い数となれば勝敗は容易に決まる。『飛行』を覚えたての者ならばともかく、部隊として空戦を可能とする『ES能力者』は精鋭と呼ぶに相応しい技量を持つのだ。


 しかし、藤堂が率いる第一空戦中隊、宇喜多が率いる第二空戦中隊、春日が率いる第三空戦中隊はそれぞれ向かってくる敵性『ES能力者』の一個連隊と交戦し、これを撃破した。数の上では十倍近い戦力を、個々の技量と連携を以って破ったのである。

 ただしこれは無傷での勝利ではない。特に、春日が率いる第三空戦中隊は消耗が激しく、中隊長である春日などは防御一辺倒のため『構成力』の大部分を消費していた。


 それでも一個連隊を撃滅することができたのは、『零戦』の能力の高さ故だろう。だが、清香に呼び寄せられた追加の一個連隊を相手に戦い抜くのは、さすがに厳しいものがあった。


「つぅ……いやぁ、さすがにきついねぇ……」


 額から流れる血を乱雑に拭いつつ、春日が呟く。周囲には部下の姿があったが、その多くが負傷していた。撃墜こそされていないものの、中隊全員が疲労なり負傷なりを抱えている。

 攻撃は苦手だが、味方を守ることにかけては右に出る者がいない。そう自負していた春日にとって、中々に矜持を傷つけられる光景だ。


「いやはや……自分で言い出したわけじゃないけど、『鉄壁』なんて名前は返上かなぁ」


 『零戦』で第三空戦中隊を率いるようになってから、これほどまでに消耗した記憶はない。どんな戦況だろうと味方を守り抜いてきたのだが、さすがに彼我の戦力差が大きすぎた。


「その名前を返上するには早いんじゃないですか?」

「そうですよ。まだ一人も撃墜されていないんですから」


 悔恨を滲ませて呟く春日に対し、部下達は笑いながら答える。誰もが多少なり怪我を負っているが、そこに春日を責めるような気配はなかった。


 最初に戦った一個連隊はともかく、二戦目となる清香配下の一個連隊は厄介に過ぎる。己が身を省みない突撃を行い、春日達に接近するなり何の躊躇もなく自爆してくるのだ。

 何百メートル四方もの範囲を吹き飛ばすような爆発に、さすがの春日達も苦戦を強いられていた。


「贅沢を言うなら、さっさと片付けて“あっち”に行きたかったんだけどね……」


 この状況のおかしさは、春日も感じ取っている。遥か遠く、本州の方から奇妙な違和感を感じ取ってもいる。だが、急行するにも眼前の敵をどうにかする必要があった。

 ここ数日は戦い続きであり、『構成力』の限界も近い。春日は莫大な『構成力』を持つが、味方を守るために防御系ES能力を連発していたため枯渇が近づいていた。


「敵分隊突出! 『構成力』の集中が……きます!」


 これまでの交戦で敵も数を減らしているが、それでも二個大隊程度は残っている。敵は春日達の戦力を削るべく遠距離から攻撃を仕掛け、機を見ては自爆のために突撃してくるのだ。

 部下の報告通り、不自然なほどに『構成力』を集中させた一個分隊が突っ込んでくる。それを見た春日は敵の接近に合わせ、底が見え始めた『構成力』を集中していく。


「まったく……少しは休ませてほしいね、っと!」


 敵は自爆の殺傷範囲に突入するなり、わざと『構成力』を暴走させて眩い光と共に爆散する――その瞬間、春日が発現した『防護』が敵兵を覆い尽くした。


 敵が自爆する瞬間を見切り、『防護』で被害を軽減する。


 春日が行っているのは言葉にすればそれだけだが、高速で接近してくる敵を百メートル以上離れた位置で捕捉し、自爆のタイミングに合わせて『防護』を発現するというのは技術的に非常に困難だ。

 発現した『防護』は自爆に耐えきれず破壊されてしまうが、威力を削いで通常の『爆撃』よりも多少弱い程度まで減衰する。その程度ならば『零戦』の面々は自前の防御だけで防ぎ切れるため、援護としては十分だろう。


 だが、今度はその爆発を貫くようにして何百発もの光弾が飛来する。自爆による爆発を隠れ蓑に、射撃系ES能力を発現したのだ。

 近づけば自爆し、距離を取っても突撃して自爆。さらには自爆すら囮にして攻撃を仕掛けてくる敵兵に、さすがの『零戦』の面々も困惑と疲労を隠せなかった。

 向かってくる光弾を相殺し、回避し、射撃系ES能力が得意な隊員がカウンターとして『狙撃』を放つが撃墜するまでは至らない。


「はぁ……まいったね」


 少しずつ、じわじわと戦力が削られていくのを感じながらも春日達に打開策はない。春日が率いる中隊は春日が部下達を守り、その間に部下達が敵を撃墜するのが基本だ。

 春日の防御能力に絶対の信頼を置いているからこそ取れる戦法だが、ここまで数の差があると押し込まれてしまう。戦法は一つだけではないが、そもそもの戦力差が大きすぎるため戦況を引っくり返すことができなかった。


 もしも中隊を率いているのが藤堂か宇喜多ならば、強引にでも戦況を打開しただろう。藤堂ならば数の差を物ともせずに射撃戦で撃滅し、宇喜多ならば単身で敵陣に飛び込んで蹂躙する。

 一言でいえば戦闘スタイルの違いでしかないが、同じ『零戦』の中隊長でありながら春日には他の二人ほどの“非常識さ”がないのだ。


 『零戦』で中隊長以上の役職に就いたことがある者――源次郎や砂原、藤堂や宇喜多と比べれば単独での戦闘能力で劣ってしまう。彼らは単独で戦況を覆す可能性があるが、春日は味方がいなければ敵を撃墜することができないのだ。

 一個連隊を相手にして味方が死んでいない。その防御能力の高さも十分規格外のものだったが、この場において必要なのは敵を殲滅する武力だ。春日が部下を守り抜いても、一個中隊では火力に限界がある。

 万全の状態で戦うのならば話は別だが、先日一個連隊と交戦して撃破している春日達は平時と比べて消耗している。眼前の敵達と交戦を開始して『構成力』も目減りしており、今のままではじわじわと磨り潰されるだろう。


「限界……か」


 部下達は卓越した技術と磨かれた連携を以って敵兵を叩き落としていくが、それも限界が見えた。春日はため息を吐くと、一つの決断を下す。


 ――殿を置いて撤退する。


 刺し違える覚悟で向かっても、中隊の全滅と引き換えに敵を半数まで減らせるかどうか。それならば後方へと引き、陸戦部隊でも良いから他の部隊の助力を得るべきだ。

 少なくとも『探知』の範囲に味方部隊の『構成力』が存在しないため、陸地まで退く必要があるだろう。その際に市街地を攻撃されれば、大きな被害が出る可能性がある。


 それでも『零戦』の一個中隊という貴重な戦力を全て消耗するわけにもいかず、後方に退きつつ味方部隊を招集するだけの時間を稼ぐ必要もあった。それ故に時間稼ぎとして殿を置こうと思ったのだ。

 春日は指揮官として強いられる“選択”の重さに眉を寄せそうになったが、それを堪えて部下達と自身の状態を再確認する。負傷、疲労、『構成力』の残量、練度。それらから最適な人員を選抜し、『死ね』と命じなければならない。


(やれやれ……指揮官には向いてないのかもねぇ)


 もう少し早い段階で見切りをつけて撤退していたら、部下に殿を命じる必要もなかったかもしれない。結果論でしかないが、頭の片隅でそんなことを考えてしまう。

 仮に早期に撤退していたとしても、その場合は市街地の上空で戦闘を行う羽目になっていた。現在は陸地から離れた海上で戦っているため大きな被害は出ていないが、陸上で戦っていれば甚大な被害が発生しただろう。

 敵が躊躇なく自爆してくるため、街の一つや二つは建物ごと消滅していたかもしれない。それを避けるために海上で迎撃していたのだが、いくら『ES能力者』が臣民を守護する存在だろうと、部下に死ねと命じるのは嫌なものだった。


 春日はそれらの感情を心中だけに留め、敵の攻撃を防ぎながらも部下の中から殿に残す者を選別する。この場に残すのは一個小隊だが、可能な限り時間を稼ぐことができ、なおかつ独り身で年長の者を優先した。

 その条件ならば春日も該当していたのだが、中隊長が率先して殿に残るわけにもいかない。そのため、あとは“命令”を伝えて撤退する――。


『――この程度で音を上げるなど、鍛え方が足りんらしい』


 しかし、それよりも先に声が響いた。その声は春日だけでなく中隊全員にとって聞き覚えがあるものであり、同時に、この場で聞こえるはずもない声である。

 声が聞こえると同時に春日達の『探知』範囲に巨大な『構成力』が突入し、瞬く間に距離を詰めてきた。数は一つだったが、その『構成力』は声と同様に春日達が間違えるはずもないもの。


『……なんでこんなところにいるんです?』


 思わずといった様子で春日が声の主――源次郎に尋ねる。


『“一番近かった”からだ』


 それに対する返答は、春日からすれば腑に落ちないものだった。

 この状況ならば、源次郎が出撃していても特別おかしなことではないだろう。将官であり『ES能力者』の総指揮官である源次郎が出撃している、という事象自体がおかしいのだが、源次郎ならば“仕方がない”と春日は理解している。

 だが、仮に出撃するにしても北海道の端である国後島に足を伸ばすのは異常だ。現状は非常に混迷としているが、源次郎がこの場所に姿を現す理由が思い浮かばない。


 それでも、春日にとっては望外の援軍だ。今はその理由を推察するよりも、源次郎と協力して敵を撃滅する方が先である。

 春日達が敵兵を押し留めていると、三十秒もかけずに源次郎が到着した。『斬鉄』を担ぎながら近づいてきたその姿は疑いようもなく、かつての『零戦』を率いた源次郎のものである。


「部下共々命を拾った、か……日頃の行いが良かったのかなぁ」


 敵はまだ何十人も残っているが、源次郎が到着した時点で春日は自分達の勝利を確信した。そのため思わず呟いてしまったが、それを聞いた源次郎は小さく笑みを浮かべて言う。


「ああ、すまんがまだ終わらんのだよ。この場をすぐさま片付けて、再び死地へ飛び込んでもらう」


 春日達の状態を把握しているだろうに、源次郎はあっさりと言ってのけた。疲労が蓄積し、『構成力』も底が見えているが、『まだいけるだろう』と言ったのである。

 たしかに即座に戦闘不能になるような状態ではないが、並の空戦部隊の者ならば休息を取らなければ戦闘行動は取れない状態だ。『ES能力者』として鍛え上げられた春日達だからこそまだ多少なり余裕があるが、限界が見えていることに違いはない。


「他の中隊には急遽編成した伝令を向かわせている。お前達と“似たような状況”だろうが、すぐに集まってくるだろう」


 疲労や負傷を無視してでも『零戦』を集合させ、“何か”を行うつもりらしい。そう判断した春日はその無茶振りと苛烈さに妙な納得と安心を覚えつつ、ため息を吐く。


 やはり日頃の行いが悪かったのだ。そう自分に言い聞かせ、春日は敵兵の殲滅に移る源次郎の後に続くのだった。












どうもお久しぶりです。作者の池崎数也です。

大きく間が空きてまして申し訳ございません。色々とありまして更新が遅れました。


これまでの人生で初となる巨大地震に遭遇したり、前触れもない停電やPCの不調で執筆中のデータが2回飛んだりしましたが、完結目指して更新していければと思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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