第二百八十話:最終決戦 その7
――長谷川俊樹。
第一空戦部隊の隊長にして空戦大佐という階級を持つ彼は、その立場に反してそれほど有名な『ES能力者』ではない。
一部隊を指揮するに足る統率力を持ち、五十を超える年齢に至るまで生き抜いてきた実戦経験豊富な練達の士官。『ES能力者』としての適性は『万能型』であり、距離を問わずに戦うことができ、なおかつある程度の支援も可能だ。
一人の『ES能力者』として考えれば、その技量は日本の『ES能力者』の中でも上位に位置するだろう。戦闘能力と指揮能力を見れば、一部隊を率いることは不自然なことではない。
練り上げられた体術、多彩なES能力、精緻かつ巨大な『構成力』、経験に裏打ちされた指揮能力。それらは特殊かつ独立性が高い『零戦』を除き、空戦部隊の中で最も歴史ある第一空戦部隊を率いる隊長として十分と言えるものだ。
長谷川俊樹は非常に優秀な『ES能力者』であり――されど、“それだけ”の存在である。
最古の『ES能力者』であり、『武神』とあだ名される源次郎の息子として見れば、あまりにも特徴がなさすぎた。
――『ES能力者』として高い技量を持つ?
――指揮官として部隊を率いるに足る?
それは素晴らしいことだろう。“源次郎の息子”という点を無視すれば、周囲からも惜しみない称賛を向けられたに違いない。
しかしそうはならなかった。俊樹は源次郎の息子であり、『ES能力者』ではあったが、源次郎のように強くなかった。
例え日本の『ES能力者』の中で上位の技量を持とうと、上には上がいる。それこそ父親である源次郎を筆頭に、両手両足の指では数えきれないほどに。
例え第一空戦部隊を率いるだけの統率力を持とうと、上には上がいる。陸戦部隊でありながら空戦部隊と互角以上に戦う第一陸戦部隊を率いる渡辺、『零戦』と率いる藤堂など、簡単に名前が挙がってくる。指揮に関しては源次郎にも劣るだろう。
それでも第一空戦部隊を率いるには十分な能力だった。個人の戦闘能力では『零戦』の部隊員に劣り、部隊の指揮能力でも俊樹を上回る者が存在するが、それでも十分だったのである。
――なにより、“それ”で十分だと俊樹本人が思っていたのだから。
そもそも、俊樹は『ES能力者』になどなりたくなかった。幼い頃から父である源次郎の姿を見る度に、言い知れぬ拒絶感を覚えていたのである。
救国の英雄にして護国の盾。第二次世界大戦以降に現れ始めた『ES能力者』達よりも強く、優れた力を持つ源次郎。そんな彼の子供として生まれた俊樹だったが、純粋な親子として接した記憶はほとんどなかった。
何故ならば、源次郎には多くの子供がいたからだ。俊樹は源次郎と正妻の間に生まれた子供だったが、源次郎は国の方策によって多くの女性と子を成している。それが一人や二人ならばまだしも、俊樹も把握しきれないほどの数となれば話は別である。
ある程度年齢を重ねていたならばともかく、幼い頃に理解するには異常過ぎる状況だった。周囲を見回しても、異母兄弟が何十人と存在する者などいない。
もし――もしもの話ではあるが、源次郎が常に傍にいて愛情を注いでいたなら違った未来もあっただろう。しかしそうはならず、源次郎は世界で初めての『ES能力者』として多忙な日々を送り、家に帰ってくることも稀だった。
そんな源次郎の子供として育った俊樹だったが、何十人もの異母兄弟が存在し、源次郎と滅多に会えることもない“などという程度”ならばまだ耐えられた。それらの要素も重要だったが、源次郎の子供という事実は様々な面で俊樹へと圧し掛かる。
俊樹が幼少の頃、『ES能力者』の数は少なかった。世界各地で『進化の種』が発見され、『ES適合者』が誕生し、その子供として『ES能力者』が生まれ、『ES寄生体』が暴れ回る動乱の時代である。
――そんな時代に源次郎の、『武神』の息子として生まれればどうなるか?
俊樹だけでなく、源次郎の子供として生まれた者達は当時の記憶を封印するほどの出来事があった。
幼い頃から義務付けられる様々な検査。『ES能力者』の研究のために何度も多量の血を抜かれ、何か少しでも体調に変化があれば即座に病院に運び込まれ、治療と言う名の研究材料にされたのである。
年齢を重ねて成長する度に『構成力』を発現しないか、発現するとすればいつ頃になるか、発現の前兆はあるのか。『ES適合者』から生まれた子供と普通の子供に違いはないのか。本当に多くの、気が滅入るほどの検査に巻き込まれたのだ。
また、他国の者に誘拐されては堪らないと四六時中護衛の兵士が張り付き、プライベートな時間にも干渉してきた。身柄と命を他国の者に狙われたことも一度や二度では済まず、過酷な幼少期を送ってきたと言える。
そんな俊樹に転機が訪れたのは、十五歳の時だった。当時は全国民に対して実施するだけの地盤が整っていなかった『ES適性検査』だが、『ES適合者』の血族に対しては優先的に行われ、俊樹は『構成力』の発現が確認されたのである。
その時の心境をどう形容すべきか、歳を経た現在でもわからない。少なくとも純粋に喜んだということはなく、むしろ負の方向の感情を覚えていた。
源次郎と同じ存在になったことを喜ぶ気持ちも存在した――が、同じ存在に“なってしまった”という気持ちも同様に存在している。ただでさえ複雑な立場に置かれているというのに、余計な問題が積み重なった気分だった。
そして俊樹は知る。『武神』と呼ばれる父の、源次郎の強さとその異端さを。
それは他の『ES能力者』とは一線を画す圧倒的な強さ。同じ存在になったと“勘違い”した俊樹を嘲笑うような、化け物染みた強さを持つ源次郎の姿。
そう、俊樹は父親である源次郎を化け物のように思ってしまったのだ。『ES能力者』としての年季が違うが、それだけでは説明ができない強さに驚嘆し、恐れたのである。
それでも、その頃の俊樹にはまだ源次郎に対する肉親の情があった。他の家族と比べれば遥かに薄く、頼りない糸のような情だったが、例え源次郎のことを化け物と思っていようが“父親”だと認識していたのである。
日本の『ES能力者』を統括する源次郎は多忙であり、俊樹が『ES能力者』になってからも関係性が大きく変わることはない。
源次郎は俊樹が息子だからと贔屓する性格でもなく、稀に顔を合わせても他の部下と同じように扱われた。むしろ、扱いは他者よりも厳しかったかもしれない。
俊樹は『ES能力者』として順調に成長し、出世もしていたが、そこに大した熱意はなかった。元々『ES能力者』になりたいと思っておらず、源次郎のように強くなりたいとも思っていなかったのである。
確たる目標もなく、与えられる訓練や任務を行うだけの日々。それでも一流の『ES能力者』へと成長したのは、源次郎の血が成せる業か。『ES能力者』として四十年近い時を生き抜いてこられたのは、運が良かった面もあった。
それでも俊樹が惰性で生きていることを源次郎は見抜いていたのだろう。様々な任務を与え、第一空戦部隊の隊長職に就かせたのは、俊樹に奮起を促していたのかもしれない。
源次郎の思惑はともかくとして、俊樹は第一空戦部隊の隊長も無難に務めた。隊長として最良とは言えないが、部隊員達からも不満が出ない程度には“良い隊長”だったのである。
空戦部隊の中でも最古の大隊である第一空戦部隊。その隊長として過不足ないと判断されるぐらいには優秀であり、『ES能力者』としての職務に忠実だった。
そうやって過ごす俊樹に更なる転機があったとすれば、娘である沙織の存在だろう。
珍しく父親の顔で『そろそろ結婚を考えてみたらどうだ』と告げてくる源次郎に、『それもそうだ』と納得して選んだ妻。恋愛結婚というよりは政略結婚に近かったが、それでも得られた妻との間にできた娘は可愛らしかった。
『武神』の息子で、なおかつ一部隊を率いる俊樹の“立場”に惹かれて結婚した妻だったが、それは娘である沙織には何の関係もない。俊樹は純粋に沙織の誕生を喜び、その成長を見る度に言葉にできない充足感を覚えていた。
しかし、それも長くは続かない。一体何を思ったのか、沙織は無邪気に告げたのだ。
――わたしもお爺様のようになりたい、と。
俊樹にとって娘である沙織が、祖父である源次郎の支えになれるように熱望する。それは“普通”に沙織を育てていたつもりの俊樹にとって、理解ができない願いだった。
内心では密かに化け物のように思っていた源次郎のようになりたいと、幼い娘に言われた時の心境。それは、『ES能力者』として長い間生きてきた俊樹にとっても未知の恐怖である。
その時は幼子の戯言だろうと、数日も経てば忘れるだろうと思っていた。だが、沙織は自分の言葉を実行するように源次郎の真似を始めたのである。
沙織が最初に望んだのは、剣術を学ぶことだった。ねだりにねだって源次郎が持つ『斬鉄』を見せてもらってからというものの、何かに憑かれたように剣術を磨き始めたのだ。
この時、俊樹は沙織が剣術を学ぶことに反対した。源次郎のように人を斬るための剣術ではなく、道場で学ぶ剣道だったのだが、頑なに反対したのである。
それは反射的な行動だったが、その判断は間違っていなかったと断言できる。しかしながら源次郎は自分の真似をしてはしゃぐ沙織に反対などせず、俊樹の妻も体が丈夫になるだろうからと反対をしなかった。
俊樹はそれでも反対したが、第一空戦部隊の隊長として任務に追われ、自宅に帰ることが少ない。そのため気が付いた頃には沙織が剣を学び始めており――久しぶりに会った娘の姿に、俊樹は源次郎の面影を幻視した。
その時の衝撃は筆舌に尽くしがたく、娘であるはずの沙織がまるで別人に思えてしまったのである。あるいは、別人というよりも“別の生き物”に思えたと言っても良いだろう。
それが身勝手な思いだと俊樹も理解している。沙織は沙織なりに、親族からも疎まれている源次郎を助けようとしたのだということも理解している。
それでも、理解していても納得できるかどうかは別の話だ。
生来の性格なのか、俊樹が止めようとしても沙織は止まらなかった。それどころか何がいけないのかと、源次郎の後を追って何が悪いのかと尋ねられてしまう。
沙織からすれば純粋な疑問だったのだろうが、俊樹には答えられる術がなかった。何十年という生活で積み重なってきた鬱屈とした感情を、十年も生きていない沙織に理解させることなどできるはずもない。
俊樹は時間が許す限り自宅へと帰り、何度も沙織を止めた。他の何をしても良いが、源次郎を目指すことだけはやめろと、目指すべきではないと、何度も止めたのだ。
普段は聞き分けの良い沙織だったが、この件ばかりは譲らない。俊樹が止めても従わず、いつしか親子の間には溝が出来ていた。
源次郎を拒否した俊樹と、源次郎を“目指した”沙織。両者は互いに妥協せず、ぶつかり合った。そして先に音を上げたのは――匙を投げたのは俊樹だった。
俊樹は激務の合間を縫って帰宅し、沙織を根気よく説得した。しかし沙織は一向に頷かず時間だけが過ぎ、沙織が中学生になる頃には俊樹も諦めてしまったのである。
その頃には妻との夫婦関係もすっかりと冷え込み、沙織が『ES能力者』となったことで完全に別居状態となった。書類上は離婚していないが、元通りの夫婦関係に戻ることはないだろう。
もしも沙織が『ES能力者』になっていなければ、まだ持ち直せたかもしれない。源次郎の役に立とうと将来的に軍へ入る可能性があったが、『ES能力者』と比べればまだ危険に遭う可能性も低い。歳を重ねて落ち着けば耳を貸すだろうと、俊樹は楽観していた。
そんな楽観を覆すように沙織が『ES能力者』になった時、俊樹は深い絶望に囚われた。源次郎から俊樹、俊樹から沙織へと三代に渡ってES能力が遺伝するなど、可能性としては限りなく低い。
それだというのに、沙織は当然のように『ES能力者』になっていた。沙織が『ES適性検査』を通過したと聞いた時、思わず天を仰いでしまったほどである。
その後、沙織に関して訓練生時代から継続して調査を行った。
入校して一ヶ月もせずに四級特殊技能である『武器化』を発現し、源次郎の『斬鉄』を真似た大太刀を振り回していると知った時は、己の娘の才能の豊かさを喜ぶべきか、相変わらず源次郎の後を追っていることを嘆くべきか悩んだ。
訓練生とは思えないほどの技量を身につけていく沙織の姿は、『武神』の孫として相応しいものだろう。一人の父親としてはともかく、一人の『ES能力者』としては素直に驚嘆できるほどの成長力だった。
『ES寄生体』だけでなく『天治会』の刺客とも何度も戦い、並の正規部隊員を超えるほどの力を持ち、訓練校を卒業する頃にはどこの部隊だろうと諸手を挙げて迎えられるほどの技量を得た。
何度か問題を起こしたものの、周囲の仲間にも恵まれて切磋琢磨していたのは一人の親として喜ばしいことである。調べた限り、その戦い振りが源次郎にそっくりだったのには頭を抱えたが。
俊樹としては、源次郎に対しても沙織に対しても思うところがある。だが、それは源次郎や沙織から見ても同様だろう。むしろ、沙織に関しては思うところがないはずがない。
父親面などできないと思っているが、それでも血のつながった親子だということに嘘はないのだ。
そんな沙織が『星外者』という“本物の”化け物と戦うと聞いた時、俊樹は――。
「……お父様?」
部隊を率いて接近してくる存在を感じ取り、沙織の口からそんな呟きが漏れた。それは確信もない直感によるものだったが、沙織はこの手の勘を外したことはない。
その呟きを聞いた博孝は目を凝らして接近してくる俊樹の姿を目視したが、沙織の勘に驚くことはなかった。今は“そんなこと”を気にしている場合ではなく、即座に敵味方の位置へと意識を向ける。
柳達が飛び出して敵を減らし、博孝と沙織が自身をエサとして敵を釣り出し、周囲の仲間達が削る。そうして清香の部下達を減らしていたが、ここにきて新たな戦力が出現した。
俊樹が率いる第一空戦部隊とは訓練だろうと戦ったことはないが、渡辺率いる第一陸戦部隊の精強さを知っている身としては僅かたりとも油断できない。味方ならば良いが、敵だった場合は壊滅的な被害を受けるだろう。
『……こちら即応部隊第三空戦小隊長の河原崎少尉であります。長谷川大佐殿、応答願います』
反応を見るために博孝が『通話』で声をかけるが、それに対する応答はない。一糸乱れぬ隊列を組んで接近してくる俊樹達に博孝は警戒を一段階引き上げ、福井達の間にも緊張が走る。
清香の戦力を削るべく突出した柳達が戻るには時間が足りず、後方に位置していた博孝達だけで対処するしかないだろう。そう考えた博孝だったが、隊列の戦闘を飛ぶ俊樹の姿を見てその考えを即座に捨てた。
「沙織」
真っ先に俊樹の存在に気付いた沙織に声をかける博孝。その声色には先ほどまであった警戒の色がなくなっており、確認するように静かに問う。
「お前の親父さんは“敵”か?」
「いいえ、“味方”よ」
疑うことなく断言してみせる沙織に、博孝は『そうか』とだけ返した。そして接近してくる俊樹達から背を向けると、大きく息を吸って怒声に近い声を吐き出す。
「総員傾注! アレは援軍だ! 俺達は継続して敵戦力を削る!」
「は……はぁっ!? ちょ、河原崎少尉!? 向こうは応答しないんですよ!?」
第一空戦部隊が味方であると断言する博孝に、福井が動揺したように叫んだ。
何を以って味方と断じるのか、そんな疑問を表情に浮かべる福井。その視線は接近してくる俊樹達に向けられており、第一空戦部隊の面々が光弾を発現し始めたのを見て余計に焦りを滲ませる。
「撃てる奴は合わせろ! 可能な限り敵を削るんだ!」
『射撃』か『狙撃』だろうが、光弾を発現した俊樹達をチラリと見るに留め、博孝は次の指示を出した。
俊樹達が味方だと判断した理由は複雑なものではなく、俊樹達に操られている兆候がなかったからである。
沙織の勘も当てにしていたが、遠くに感じられる俊樹の『構成力』には“余計なもの”が混ざっていない。加えて、清香によって操られている者は意識を喪失し、文字通りの操り人形のようにもなるのだ。
『端末』を“自立行動”させている時は話が別だが、俊樹は『端末』でも操られているわけでもないと博孝は判断した。そのため周囲の仲間に攻撃態勢を取らせ、清香の部下達に意識を向けさせる。
「ほ、本当に大丈夫だろうな……」
福井は敵か味方かわからない俊樹達に対して背を向けることに抵抗があるようだったが、それを察した博孝は朗らかに笑った。
「安心してください。もしもこっちを狙われても、恭介が全部防ぐんで」
「いきなりの無茶振りっすね!?」
話を振られた恭介が驚きの声を上げたが、博孝や沙織は特に触れない。可能性はないと思うが、万が一攻撃されても恭介ならば問題なく防ぎきると信じているからだ。
俊樹達が自分の意思で清香に従っていれば厄介だが、その可能性もないと博孝は考えている。特に親交もなく、実際に言葉を交わしたことは一度しかないが、俊樹の人となりはある程度把握していた。
もしも一度も俊樹と会ったことがなければ、博孝も迎撃態勢を取らせていただろう。だが、かつて沙織や源次郎と共に俊樹と接した際の態度から、少なくとも沙織の敵に回ることはないと思ったのだ。
そして、そんな博孝の推測と予想は的中する。光弾を発現した俊樹達は接近の途中で散開すると、博孝達を無視するような機動を取ったのだ。
『敵陣の突破は我々に任せてもらおう』
博孝達の意識が清香とその部下達に向けられているのを察したのか、すれ違いざまに俊樹からそんな言葉がかけられる。それを聞いた博孝は口の端を吊り上げると、仲間を率いて動き出すのだった。




