第二百七十九話:最終決戦 その6
清香が動く。己が操る部下達を使役し、それぞれに『射撃』を発現させていく。空中に生み出される光弾の数は時間の経過と共に増え、白い光で空を埋め始めた。
十を、百を、千を超え。数えるのが馬鹿らしくなるほどの光弾が生み出され、それを見た一部の者から乾いた笑い声が上がる。
「ははは……なんとも壮観な光景ですね」
「一発一発は大したことがなくても、あれだけの数を叩き込まれたら死ぬなぁ」
光弾が放たれるのを今か今かと待つ清香の部下達には、相変わらず変化がない。無表情かつ無感情に、清香の命じるままにES能力を行使している。
「『爆撃』じゃないだけまだマシだな」
「『砲撃』でもキツいんだけどね」
部下の動揺を感じ取った斉藤と町田が言葉を交わすが、歴戦の『ES能力者』である二人でも嫌な汗が流れるのを止められない。
渡辺達が一個連隊を引きつけても、清香の元には軽く五百人を超える戦力が集まっているのだ。それぞれが『飛行』を発現できるレベルの『ES能力者』である以上、『射撃』を複数発現することも可能である。
仮に一人が一発の光弾を発現しても五百発。もしも十発発現すればその十倍。一斉に放たれれば、面制圧どころか『構成力』の“壁”を叩きつけるに等しい。
部下達に『射撃』を発現させた清香は右手を振り上げ、殺意を以って振り下ろす。それはまるで指揮者のようであり、空を埋め尽くさんばかりに展開された光弾が右手を振り下ろすと同時に放たれた。
それは数千発もの光弾による一斉射撃――ではない。放たれたのは一部の光弾だけであり、最初に放たれた光弾から僅かに間を置いて第二射、第三射と時間差をつけて放たれる。
中には完全にランダムで放たれるものもあり、それを見た斉藤は舌打ちしたい心境になりながら声を張り上げた。
「『爆撃』を撃てる奴は誘爆させろ! それ以外の奴はカバーに入れ! 抜けてくるぞ!」
迫り来る光弾の雨。白い光の帯を垂らしながら飛来する光弾の群れは、散弾銃のような面制圧と機関銃のような連射性で襲い掛かる。前に出た町田が『爆撃』を発現して第一射を誘爆させようとするが、清香は防御に使用しない部下を素早く展開させていく。
『爆撃』の効果範囲は広いが、相手は数が多い。清香は部下達を扇状に展開すると、一方向だけでなく複数の方向から『射撃』を行っていく。
「っ!? 敵部隊、動きます!」
柳が率いる部隊の一人が声を張り上げ、敵陣の動きに注意を促した。清香は部下達を扇状に展開するだけでなく、中隊規模で動かし始める。
現状は正面から向き合う形だが、博孝達を取り囲むよう周囲に移動させているのだ。それも移動しながら小隊ごとに分散し、それぞれが『射撃』を放って博孝達の動きを妨げようとしている。
味方が放つ『爆撃』で敵の『射撃』を誘爆させているが、それも完全ではない。誘爆の影響を免れた後続の光弾が次々と襲い掛かり、博孝達を攻め立てる。
「鬱陶しい!」
先頭に立つ柳は『柳刃』を納刀し、代わりに『武器化』で発現した長大な刀を両手に構えて迫り来る光弾を次々と斬り捨てていく。『構成力』で生み出すからこそできる荒業であり、その長さは刀と言うよりも柄が存在するだけの刃だ。
縦横無尽に振るわれる斬撃の速度は目に映らないほどであり、押し寄せる光弾の雨を一振りで数発切り裂く。そんな柳に鼓舞されて部下達も『射撃』を放って迎撃するが、このままでは先に『構成力』が尽きるだろう。
我慢比べをしても負けるのは博孝達であり、かといって敵を殺し過ぎれば“タイムリミット”が近づいてしまう。その上、清香が本腰を入れて攻撃を仕掛けてきた以上、強引に突破して一撃で仕留めるというのも不可能だ。
(自爆を警戒して、防御にも気を割いて、その上で清香のところまで突破して、そこから更に清香本人と戦う……酷い話だなぁおい)
推移しつつある状況を整理し、博孝は内心で呟いた。みらいがベールクトを相手にするため離れてしまったが、それでも第三空戦小隊が清香への切り札であることに変わりはない。
沙織などは僅かとはいえ清香に傷を負わせ、勝ち目があることを示して見せた。博孝も相応に戦わなければ申し訳が立たないだろう。
それを理解しているが故に、現状が歯痒くして仕方がない。博孝と沙織の防御を務める恭介はまだしも、博孝と沙織は清香と戦うことに全力を傾ける必要がある。それさえなければ博孝も射撃戦に参加し、少しでも味方の負担を減らしていただろう。
柳達もそれを理解しているのか、元々柳に従って先陣を切る予定だった部下達を博孝達の防御に回している。正面からの攻撃は柳が大半を斬り払い、右翼と左翼は斉藤と町田達が抑え、後方へ浸透しようとする敵戦力は彼らが抑え込む。
幾多もの光弾が飛び交い、轟音が連鎖し、爆風と衝撃が大気を揺らす。遠巻きに取り囲んで『射撃』で削ろうとする清香と、それに対抗して敵の攻撃を相殺し、回避する博孝達。
戦況は拮抗していると言えるが、それは限られた拮抗だ。十倍近い戦力差を活かして消耗戦に引きずり込まれれば、先に『構成力』が尽きてしまう。
(里香達に動きはない、か……)
ほんの僅かに視線を下げ、地表の様子を窺う博孝。渡辺達が派手に陽動を行っているからか、事前に伏せていた陸戦部隊に動きはない。『通話』を使えば清香に悟られる危険性があるため確認は取れないが、里香ならば“適切に”動いているだろうと思った。
もしかすると、味方が撃墜された時に備えて伏せているのかもしれない。撃墜されたとしても里香達が回収して治療を施せば、命だけは助かる可能性が高いのだ。
(こっちはこっちの仕事を果たす。それが最善だろうな)
敵の攻撃を凌ぎつつ、可能な限り敵を仕留めて清香と戦う場を整える。敵を殺せば清香の目的の一つである『構成力』の確保を助長してしまうが、この状況で敵を殺さずに済むはずがない。
清香に操られているだけの相手を殺すことに多少の抵抗があるが、ここで躊躇するような余裕はなかった。命を取らずに制圧できるような戦力はなく、状況的にも不可能である。
「このままじゃあ埒が明かん! 一個小隊は俺に続け!」
それは部隊を指揮する者達にとって共通の思考であり、真っ先に動いたのは柳だった。部下に一声かけるなり手に持っていた二本の刃を槍に変化させると、全力で投擲してから一気に飛び出す。
一度は鞘に納めた『柳刃』を抜き放ち、左手には一振りの刀を発現して敵陣へと飛び込んで行った。そんな柳の指示に従い、一個小隊が後に続く。おそらくは清香の出方を確認するためだろうが、その思い切りの良さに博孝は頭を抱えたくなった。
「おおおおおおおおぉぉっ!」
投擲した二本の槍はそれぞれ敵兵を貫き、勢いが死ぬまでに四人を穿ってから消失。柳はその衝撃で体勢を崩した敵兵へ接近するなり、自爆をさせる間もなく首を刎ね飛ばす。
それだけで止まらず、周囲を取り囲もうとした敵兵に『飛刃』を放って牽制。『構成力』を集中させようとする敵兵に優先して斬りかかり、瞬く間に五の首を刎ねた。
「斉藤!」
「わかってるよ!」
強引に戦況を動かそうとする柳に呼応し、斉藤と町田も動く。博孝達の防御と援護射撃を部下に任せると単身で動き、周囲を取り囲む敵戦力へと襲い掛かった。
斉藤と町田の動きに対し、即座に光弾が放たれる。敵は小隊単位で散らばっているが、一個小隊だけでなく複数の小隊が斉藤と町田の動きに合わせて交差射撃を仕掛けてきたのだ。
柳達が離れるなり、今度は清香の本隊から放たれる光弾の一部が博孝達へと向けられる。それを見た福井達は『射撃』によって弾幕を張り、その全てを相殺していく。
柳だけでなく斉藤と町田が動こうとも反応し、なおかつ博孝達を即座に狙う辺り、清香の処理能力は非常に高い。何百もの『ES能力者』を同時に操り、柳達が動いても即応するなど、人間離れした所業だ。
強引に動く柳達と違い、清香にとっては全てが掌の上なのだろう。攻撃を掻い潜りながら戦力を削る柳達には足止めの戦力を割き、博孝達へと一個大隊を差し向ける。
それを察した柳達は即座に帰還しようとするが、この場において危険度が高いのは柳や斉藤、町田だと判断したらしい。群がるようにして敵兵が飛び込んでくる。
「おいおい、野郎に抱き着かれて喜ぶ趣味はねえぞ!」
攻撃ではなく動きを阻害するべく両腕を広げて向かってくる敵兵に対し、斉藤は心底嫌そうに叫んだ。『構成力』の集中も感じるため、抱き着かれれば最後、そのまま動きを封じられて自爆に巻き込まれるだろう。
しかし、馬鹿正直に突撃してくるのならばいくらでも対処ができる。接近されるよりも先に『狙撃』で撃ち抜き、器用に飛び回って距離を保つ。町田も斉藤と同じように、敵を仕留めながら博孝達の元へと戻りつつある。
「『攻撃型』は『狙撃』準備! 接近される前に仕留めるんだ!」
博孝達を防御する者達の中でも、福井が声を張り上げて指示を出す。清香が操る部下はいつ自爆するかわからず、なおかつ自爆せずとも一定以上の技量を持つため、福井達に緊張を強いた。
それでも、この場から逃げ出すことはない。例え命を散らそうとも、清香を仕留めなければ“それ以上”の悪夢が訪れそうだからだ。
だが、福井達が張る弾幕を抜けてくる者も存在する。『防壁』で防ぐ者、『防殻』で耐える者――あるいは被弾しようとなりふり構わず向かってくる者。
血を撒き散らし、臓物を露わにしながらも淡々と向かってくるその姿。それは迎え撃つ福井達を生理的に恐怖させ、動揺を誘う。
「くっ……近接戦用意! 自爆するよりも先に仕留めろっ!」
精神の揺らぎは『狙撃』の正確性にも表れてしまう。接近してくる敵兵の姿に覚悟を決めた福井は指示を出し、拳を握り締めて構えを取った。
組み付かれれば危険だとわかっていても、射撃系ES能力だけで仕留めるのは難しい。『狙撃』の単発だけで仕留められるほど敵は弱くなく、『狙撃』だけで仕留めきれるほど射撃系ES能力に長けている者は少ないのだ。
飛来する光弾を相殺しつつ、接近する敵に攻撃を行う。言葉にすればそれだけだが、実行するには“手数”が足りない。一時的に突出した柳達によって攻撃が分散していても、福井達の手には負えないほどに。
――自分達の体を盾にしてでも止める。
戦況を分析した福井がそんな決断をするのも、ある意味当然だろう。敵が自爆をするのならば、敢えてさせれば良い。仲間を退避させ、敵の自爆に周囲の敵を巻き込めばそれだけで敵の戦力を削ることができる。
無論、好んで死にたいと思うはずもない。しかしそれも仕方がないと、敵に怯えて膝を抱えるよりは遥かにマシだと福井は思う。
可能な限り抗い、最期は派手に散ろう。博孝達を消耗させずに清香の元に到達させるには、犠牲なくして実現することもできないだろうから。
そんな悲壮な決意を固める福井だが、早々にその決意は破壊されることとなる。
「沙織!」
「ええ!」
周囲の敵から守るべく背後に庇っていた博孝が、『収束』を発現しながら何の躊躇もなく飛び出したのだ。そして最も接近していた敵へ瞬時に近づくと、自爆させる時間を与えずに一撃で心臓を貫き、絶命させる。
沙織は博孝をカバーするべく動き、接近してきた敵兵を防御ごと切り裂いて地表へと叩き落とした。
「君達が前に出てどうするんだ!?」
目を剥いて驚く福井だが、博孝と沙織は止まらない。飛来する光弾を掻い潜り、慌てて援護を行う福井達を尻目に敵兵を一人ひとり確実に“体術だけで”仕留めていく。
可能な限り力を温存しておきたいが、今の状況ではそれも難しい。そのため博孝は発現が難しいものの『構成力』の消耗が少ない『収束』を発現し、沙織は『穿刃』だけで敵を倒すことにしたのだ。
敵兵を操る清香だが、自爆をさせることはできても全ての能力を発揮させることができるわけではない、と博孝は見ている。何百もの『ES能力者』の意識を清香一人で操り、その上で細かく“操作”するなど不可能だと考えたのだ。
敵の『ES能力者』一人ひとりを操り、『飛行』を発現させ、渡辺達に人員を割いて対応させ、その上で博孝達にも当たる。ある程度は自立行動が可能なのかもしれないが、限度があるはずだ。
少数の『ES能力者』を自爆させる。ある程度の人員に『射撃』を撃たせる。それらを発展させて波状攻撃を仕掛ける。清香の限界がどの程度かは不明だが、『星外者』である清香が前に出てこないのは部下を操ることに注力しているからではないか。
「少しずつでも前進する! 総員続け!」
そう叫びつつも、博孝は沙織を伴って背後へと飛ぶ。自身の立場を理解しているため無茶はできないが、敵戦力を引きつけるにはうってつけだ。
博孝と沙織が一時的に突出したことで敵兵の動きも変化し、二人は敵を引き込むように誘導しながら自陣に飛び込む。
「福井軍曹!」
「ああもう! あまり無茶をしないでくれ!」
博孝が仕掛けたのは簡単なフェイントだ。清香に通用し得る博孝と沙織が敵の迎撃のために前に出て、あとはそのまま後方に退くだけである。
発した言葉とは裏腹に後方へ飛んだ博孝と沙織につられ、敵兵も突っ込んできた。声をかけられた福井は仲間達に指示を出し、『狙撃』を四方八方から叩き込んで敵兵を仕留めていく。
その間に体勢を立て直した博孝は、豆粒よりも小さく見える清香の姿を見据えて大きく息を吐いた。
(こっちの声は筒抜けみたいだな……でも、あまりにも反応が素直すぎる。引っ掛けたのはこっちだけど、簡単に乗ってくると逆に疑わしく思えるのが……)
博孝と沙織が突然前に出てきたため、思わず食いついてしまったのか。可能性はゼロではないが、もしそうだとすれば清香の“限界”についてある程度予測が立つ。
博孝は清香のことを化け物だと思っている。正真正銘、文字通りの化け物だ。意識を操られていたこともあり、その認識は根強い。普通の人間と比べれば規格外の力を持つ『ES能力者』を遥かに超える、『星外者』という名の化け物。
しかし、砂原が戦った男の『星外者』のように、殺そうと思えば殺せる生き物だ。『ES能力者』を操るという能力に意識を囚われていたが、清香は無制限に『ES能力者』を操れるわけではない。
上限が、限界が存在する。そしてその限界は見えつつある。数百人の『ES能力者』を完璧に操るのは、いくら清香でも無理なのだ。
地上から攻撃を行う渡辺達。迎撃のために飛び出した柳達。それらの対応に意識を割かれ、簡単なフェイントに引っかかったのならば勝機も見える。
――だが、足りない。
例え清香の限界が見えようとも、敵陣を突破できるかどうかは話が別だ。細かい操作を抜きに、近づけば自爆させるだけで強力な壁となる。遠距離戦では単純に『射撃』を放つだけで十分に脅威となる。
柳達が攪乱を行うことで清香の指揮に僅かな乱れが生じているが、“それ以上の効果”は見込めない。清香の意識を散らすために部隊を分けたいところだが、生半可な者では容易く撃墜されてしまう。
もしもこの場に柳達のように攪乱を行えるほど腕が立つ者がいれば、あるいは――。
「っ! 後方から『構成力』を発する一団が接近! 数は大隊規模です!」
博孝の思考を遮るようにして、味方の部隊員が注意を促した。それにつられて博孝も『探知』を発現すると、報告通りに接近してくる『構成力』を感じ取る。
「敵の増援か!? それとも味方か!?」
思わずといった様子で福井が叫んだが、『通話』による通知もなしに接近してくる以上、敵である可能性が高い。清香が事前に伏せていたのか、それとも“追加”で駆け付けたのか。
大隊規模の『構成力』は博孝達の背後から接近しており、前面に展開する清香達と合わせて挟撃する形になる。そのため斉藤が本隊に帰還しようとしたが、清香はそれを邪魔するように部下達から『狙撃』を撃たせた。
「大隊が突っ込んできたらさすがにきつい、か……」
突出した柳や斉藤、町田を妨害するように清香が動いている辺り、味方である可能性は低い。そのため博孝は迎撃態勢を整えようとしたが、沙織の反応が鈍かったためそちらへと視線を向けた。
「……お父様?」
そして、沙織の口からそんな呟きが漏れる。その呟きを拾った博孝が驚いたように視線を遠くへ向けると、急速に接近してくる一団を注視した。
感じ取る『構成力』の数は大隊規模。それを率いるのは、沙織の呟き通りの人物だった。
向かってくるのは、沙織の父親でもある長谷川俊樹が率いる第一空戦部隊。彼らが敵か味方かは、今の博孝にはわからなかった。




