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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百七十一話:金打

 『いなづま』の一室。博孝が寝かされていた部屋には、博孝と沙織以外の人物の姿があった。


「こいつはずいぶんと派手にやったな……」


 真剣な表情でそう言ったのは、柳である。沙織が『星外者』と交戦した際に『無銘』を折られたと聞き、確認しにきたのだ。柳は『無銘』の柄を持つと、断面や柄の状況を細かく見ていく。


「すみません……せっかく柳さんからもらった刀だったのに」


 半ばから砕け散った『無銘』だったが、沙織が手放さなかったため鍔元から半ばまでは残っている。そのため柳は沙織のもとへ足を運んだのだが、『無銘』の状態を確認するなり柳はため息を吐いた。


「いや……これについては俺の方が謝るべきだろうな」

「と、言うと?」


 柳の作品である『無銘』が折れたということで、怒られるのではないか。そう考えていた沙織だったが、柳は眉間に皺を刻みながら不機嫌そうに説明する。


「コイツはそれなりに出来が良かったが、それだけだ。少なくともお前さんに渡した時は十分釣り合いが取れていた……だが、いつの間にかコイツの方がお前さんの腕に不釣り合いになっていたらしい」


 普通に使う分には問題もなかったのだろうが、『星外者』と真正面から打ち合ったせいで限界を超えたのだろう。『星外者』の攻撃と沙織の剣腕に耐えられる強度ではなかったということだ。


「……達人は武器を選ばないと聞きますし」


 自分の扱い方が悪かったのではないか。素直にそう思えるほど、『無銘』は沙織に応えてくれていた。柳から譲り受けてからは常に振るい続け、幾多の戦いを乗り越えてきた相棒だったのである。


「お前さんの技量にコイツが追い付いてねえ……むしろよくコイツで『星外者』とやらに傷をつけられたな」


 しかし、柳は迷うことなく断言した。沙織の扱い云々が問題ではなく、振るわれる『無銘』に問題があったのだと。


 それでも、優しい手つきで『無銘』を鞘に納める柳。ここまでボロボロでは、打ち直すこともできないだろう。だが、『星外者』の攻撃を可能な限り吸収して砕け散ったのだろうと判断し、小さく微笑む。


「折れるんじゃなくて砕けた辺り、敵の攻撃の威力を削いでお前さんの身を守ったのかもな」


 『星外者』を倒すことはできなかったが、沙織の身を守ることはできた。そう結論付け、柳は『無銘』を沙織へと返す。


「……直すことはできませんか?」

「無理だな。そもそも刀身が足りねえ。刀じゃなくてナイフ……いや、短刀ぐらいにはできるかもしれんが」

「そう……ですか」


 沙織は残念そうに『無銘』を受け取るが、布袋に入れると丁寧に紐を結ぶ。博孝はそんな沙織と柳の会話を黙って聞いていたが、『無銘』が折られたのは博孝を救うためだったということもあり、口を挟むことができなかった。

 それでも、今は『無銘』に関して悼んでいる場合ではない。沙織は意識を切り替えると、柳の腰元へと視線を向ける。


「『星外者』と戦うために武器が必要なんですが……」

「そんなに物欲しそうな目で見んなよ……ほれ」


 『武器化』で戦うには心許ない。そう思って柳が腰に差す二振りの刀に視線を向けた沙織だったが、予想外にも柳は快諾して一振りの刀を腰から抜いた。


「もしもお前さんに渡した刀がもう少しマシだったら、河原崎の坊主が攫われることもなかったかもしれん。ひいては、砂原があんな怪我を負うこともなかったかもしれん」


 そう言いながら鞘に納められた刀を沙織へと手渡し、柳は自嘲するように笑う。


「嬢ちゃん……いや、長谷川沙織。コイツはお前さんが持つ方が相応しいだろう。なにせ、そこで転がっている坊主にも協力させて打った刀だからな」


 柳から渡された刀を沙織は無言で受け取ると、重さを確認してから抜き放つ。

 それは、柳からの依頼で即応部隊が駆り出された際に打った刀。全体を確認してみれば、峰の中間付近から先が刃になっており、槍の穂先のようだった。刃渡りは二尺三寸、乱れ刃紋の切先両刃造り。


「……銘は?」

「つけてねえ。つけようかとも思ったんだが、コイツは俺が一人で作り上げたもんじゃねえからな」

「『無銘』と一緒ですね」


 名前がついていないからこそ『無銘』という名前をつけたが、その出来栄えはまるで異なる。作った際は博孝も見ていたが、あの時はまだ刃を研ぎ上げていなかった。そのため初めて“完成品”を目の当たりにしたのだが、思わず博孝は身を乗り出す。


「なんですか、それ……変な威圧感があるような……」

「お、気付いたか?」


 刀を――正確には両刃造りになっている部分を注視して博孝は尋ねる。柳はその疑問に気を良くした様子で頷いた。


「以前長谷川の嬢ちゃんに渡していたやつは、それなりの『ES能力者』が使うに足る強度と切れ味を持たせただけだった。だが、ソイツは違う」


 自身の腰元に差した『柳刃』の柄を叩き、柳は言う。


「『武神』の爺さんに渡した『斬鉄』は文字通り鉄を斬れる切れ味を、俺の『柳刃』は柳のように折れない刃を求めて作ったもんだ。まあ、狙って作ったというよりも、気が付いたらそうなっていた、というべきかもしれんが」


 『斬鉄』と『柳刃』は柳としても会心の出来栄えと断言できる作品だ。ただし、意図して作れたというよりも、最高の環境と最高の調子、そこに最高の素材と運が加わって偶然作れたと言った方が正しい。


 それに比べて、沙織に渡した刀は博孝の『活性化』で強引に“その域”まで高めたのだ。『斬鉄』や『柳刃』と同じく銘を刻みたいと思える出来に仕上がったが、柳だけの力で作ったわけではないため、銘を刻まずにいる。


「お前さんなら形状を見れば適した用途もわかるだろう?」

「はい……“この子”は斬るというよりも突く、刺突に向いていますね」


 切先両刃造りといい、刀の重心といい、沙織は『無銘』との違いを体に覚え込ませていく。長年振るっていた『無銘』よりも手に馴染むような気がするのは、この刀の作成に博孝も協力したからだろうか。


「刺突に向いてるが、切れ味も保証する。試し切りをしたが、ソイツは俺が打ってきた刀の中でも指折りの切れ味だった……んだが……」


 そこで不意に柳の声が途切れ途切れになる。博孝と沙織が何事かと視線を向けると、柳は困った様子で頭を掻く。


「こう言っちゃあなんだが、ソイツは“使い手”を選んでいる気がする。自分で鍛えた刀だが、俺が振るっても完全に力を引き出せていない気がしてな」


 こんなことは初めてだ、と柳は肩を竦める。嘘でも冗談でもなく、奇妙な扱いにくさを感じるのだ。襲ってきた敵性『ES能力者』で試し切りも済ませたが、刀自体の切れ味と肉を斬った際の手応えが一致していないように思えた。


「俺は刀を使わないからわからないんですが、そういうことってあるんですか?」


 少しでも体力を回復させるため、ベッドに体を落ち着けてから尋ねる博孝。半日ほど眠ったが、全快にはまだ時間がかかる。『構成力』は使わなかったため、純粋に体力を取り戻すだけなのは助かるのだが。


「さあて……俺も長い間刀を振るってきたが、こんなことは初めてでな。もしかするとお前さんの『活性化』が影響しているのかもしれん……妖刀の類かもな」

「最後にぼそっとおっかないことを言わないでくれませんかね?」


 小さく呟く柳だったが、聞こえていたため博孝はツッコミを入れた。しかし普段と比べて声に張りがなく、疲労の深刻さがうかがえる。


 里香と話したことで精神的に持ち直していたが、それだけで全てが元通りにはるはずもない。半日眠っていたため寝付くこともできず、それでもベッドで横になることで少しでも体力を回復しようとしていた。


 沙織は部屋が狭いにも関わらず刀を器用に振り回し、手応えを確認する。


「これは……これなら、きっと……」


 『無銘』とは重心が異なるが、手に吸い付くように馴染む。それでいて『構成力』も通しやすく、切れ味は『無銘』を遥かに上回ると思われた。

 実際に敵を斬ってみなければ切れ味は体感できないが、それでも沙織はかつてないほどの昂揚を覚えながら鞘へと納める。


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」

「好きに使え……もうお前さんにやったんだからな」


 そう言って笑う柳だったが、すぐに目を細めて視線を外す。沙織も同様に視線を外すと、その目を扉へと向けた。

 駆けるようにして急速に近づいてくる気配が一つあり、それを感じ取ったのである。そして、ノックもせずに扉が開かれ、恭介が転がるようにして飛び込んでくる。


「隊長が目を覚ましたっすよ!」


 その言葉に、ベッドで寝転がっていた博孝も含めて全員が立ち上がるのだった。








 砂原が目を覚ましたという一報に、治療室は即応部隊の面々でごった返すこととなった。柳は一足先に到着し、沙織と恭介は博孝に肩を貸して引きずるようにして到着する。


「まだ安静にしてないと駄目ですから……みなさん、気になるのはわかりますけど、もう少し待っててください」

「はいはーい、医者が邪魔だって言ったらさっさと撤収してくださいねー。度が過ぎると強制的に撤収させますよ?」


 人垣の向こうから里香と川内の声が聞こえたが、前者はともかく後者は物騒だった。そのため駆け付けた斉藤と間宮が部隊員達をまとめると、川内の手で強制的に排除されるよりも早く引き上げていく。


「……絶対安静なら、俺達も入れないな」

「目が覚めたっていうだけでも安心できるじゃない」


 引きずられたままで呟く博孝に、沙織が苦笑しながら返す。恭介は里香から砂原が目覚めたことを聞いたようだが、あまりの騒ぎにかえって落ち着いてしまった。


「どうするっすか? 本当に大丈夫になったら岡島さんが呼びに来ると思うっすけど……」

「さすがにこれじゃあな……」


 そう言って部屋に戻ろうとした博孝達だったが、それはすぐに止められる。治療室から出てきた里香が呼び止めたからだ。


「三人ともちょっと待って……隊長が話があるって」


 軍医としては黙って寝かせておきたいが、という不満を顔に浮かべつつ、里香は三人を治療室に招き入れた。すると、そこには先に飛び込んだ柳と、いつからいたのかみらいが砂原の傍にいる。

 博孝は沙織と恭介に礼を言ってから自分の足で立つと、表情の選択に困りながらもゆっくりと近づいていく。里香が峠を越えたと言った以上、砂原が無事だと信じることができた。しかし、目を覚ました砂原がどんな言葉をかけてくるのか不安だったのである。


 怒られはしないか。失望されはしないか。恨み言をぶつけられはしないか。

 そんなことはないと思いつつも、博孝は恐怖を隠せなかった。それでも自分の意思で砂原の傍へと歩み寄り、視線を合わせる。


「……なんて顔をしているんだ、馬鹿者め」


 そして、開口一番馬鹿者呼ばわりされてしまった。

 心臓の破壊に長時間の出血、それに加えて『構成力』が枯渇寸前と、例え『ES能力者』だろうとほぼ確実に死んでいただろう。しかし砂原は死の淵で踏みとどまり、今は目を開けてしっかりと博孝と視線を合わせている。


「隊長、長時間の会話は体に障りますから……」

「ああ、わかっている。苦労をかけたな」


 軍医として長時間の会話を禁止する里香。砂原はそんな里香の態度に苦笑すると、博孝へ真剣な表情を向けた。


「岡島から、簡単に報告は受けている……」

「っ……」


 砂原が切り出したのは、博孝の精神状態についてだ。清香達と戦うことも含め、真っ先に報告が必要だと判断した里香が事前に伝えていたのである。

 ただし、砂原は死人半歩手前から一歩手前程度に回復したに過ぎない。砂原自身が報告を求めたため簡単な報告を行ったのだが、あとは自分の目で確かめると言い切られてしまったのだ。


 何と言われるだろうか、と博孝は静かに唾を飲み込む。そんな博孝の表情の変化を読み取った砂原は、大きくため息を吐いた。


「……俺は、教官失格だったのかもしれんな」

「……え?」


 砂原の口から漏れたのは、後悔の念が滲んだ言葉。その言葉の内容が博孝には理解できず、思わず目を見開く。


「『星外者』の手によって精神が操られていたことに気付けなかった……思い返してみれば、お前の精神は危う過ぎたからな。いや、今となっては後の祭りか……」


 悔やむように、砂原は呟いた。訓練生時代、三年間教え導いてきたにも関わらず、博孝の“異常”に気付けなかったのだ。もしも気付けていれば、違った指導方法も取れただろう。


 博孝は戦いにおいて沙織とは別の意味で突出し、何度も死にかけていたが、その時点で気付くべきだったのだ。

 砂原としてはどんな状況でも諦めず、思考を止めず、必死に生き抜けるようにと鍛え上げてきたが、博孝自身の明るい性格と戦闘時の勇敢さが隠れ蓑となり、気付かせるには至らなかった。


 砂原自身、時には命を担保にして敵を倒すような真似をしていたからかもしれない。博孝の異常に気付くには、砂原はあまりにも血に濡れ過ぎていた。


「岡島からお前のことを相談された時、もっと深く考えるべきだった……」

「あっ、た、隊長! それは……」


 さらりと、かつて里香から相談されたことを話す砂原。それは博孝が簡単に命を賭けてしまうことに疑問を覚え、心配したからこそ相談したのだ。その時に気付けていれば、違った未来もあったのかもしれない。


「里香がそんなことを……」

「さすが里香ね。事前にそこまで気付いていたなんて」


 里香が砂原に相談をしたのは訓練生の頃だったが、博孝はどこか感動したように、沙織は何故か嬉しそうに頷いている。砂原の突然の暴露に里香は顔を真っ赤に染めた。だが、砂原の表情が相変わらず真剣なままだったため、すぐに表情を引き締める。


「教え子全員の資料に目を通し、気を配っていた……“つもり”だった。それでこの様だ」


 自嘲するように砂原は言うが、砂原の元にあった資料はあくまで資料でしかない。資料に書かれていたのは博孝の家族構成や中学校までの成績、担任からの評価、博孝個人の性格や思想などで、清香から暗示を受けた後の博孝と大差がなかったのである。


 そもそも、博孝は元々普通の子供だった。訓練校に入る前から命を賭けて戦う機会などなく、訓練校に入校後の博孝と比較することはできない。

 それでも砂原はかつての教官として、博孝の精神に生じていた歪さを見抜けなかったことを悔む。実際に博孝が命がけで守り、砂原以上に傍にいた里香だからこそ疑問に思えたのだ。


「すまんな、河原崎。教官職の経験が豊富な者が教官を務めていれば、もっと早くに気付けていたかもしれん」

「そんな……そんなことは……」


 申し訳なさそうにしている砂原を見て、博孝は上手く言葉が出なかった。そんなことはないと叫びたかったが、あまりにも感情が揺れて言葉にならないのだ。


 砂原が教官でなければ、ここまで強くなることはできなかった。いや、強くなろうとすら思わなかったかもしれない。『飛行』を発現することばかりに目が行って、他を疎かにしていたかもしれない。

 それ以前に、ES能力どころか『構成力』すら感じ取れなかった時、砂原が励まさなければその時点で心が折れていたかもしれないのだ。


 俯く博孝を見た砂原は、小さく苦笑を浮かべて自身の体へと視線を向ける。


「ついでに言えば、この傷は俺の油断が招いたもの。お前が……いや、お前達が気にすることはない。俺もまだまだ未熟というわけだ」

「いやお前、ついでで済ませる問題じゃねえだろ」


 軽く流そうとする砂原だったが、柳が待ったをかけた。治療が苦手な柳から見ても、砂原の傷は深すぎる。生きていることが奇跡に思えるのだから。


「一度防げた攻撃を二度目に食らった間抜けだ。これは俺個人の問題だろうよ」

「……ま、お前がそう言うならそういうことにしておこうか」


 教え子や部下達に心配をかけないよう、責任に感じないようにと考えているのだろう。それを察した柳はため息を吐いて引き下がる。

 砂原はそんな柳に心中で感謝したが、すぐに表情を厳しいものへと変えた。


「――だが、その腑抜けた顔はなんだ?」

「っ!?」


 突然かけられた硬い声に、博孝は身を震わせる。砂原に視線を向けると、砂原は教官時代によく浮かべていた“指導”の顔つきになっていた。


「お前が敵に精神を操られていたという話は聞いた……が、“その程度”で折れるほど優しい教導をした覚えはないぞ?」

「それは……」


 博孝の脳裏に、砂原によって鍛えられた訓練生時代の日々が思い出される。砂原は『ES能力者』として必要なことを教え子達へと徹底的に叩き込み、肉体と精神を鍛え上げてきたのだ。


 正規部隊員でも音を上げそうな訓練を課し、訓練ならば死なないという前提のもと教え子を追い込み、数えきれないほど殴り飛ばして叱責してきた。だからこそ、第七十一期訓練生の面々は正規部隊員にも匹敵する技量と精神力を身に付けられたのである。

 それを成した砂原からすれば、今の博孝の顔付きは納得ができないものだった。


「お前の異常に気付けなかったことは謝罪しよう。しかし、それとこれとは別だ。俺は“絶望的な状況”だろうと生き足掻くように教えてきたつもりだが、それは俺だけの勘違いだったのか?」


 博孝にとっては、今こそが絶望的な状況だ。清香に心を折られ、里香のおかげで多少持ち直したと云えど、恐怖感を拭えるかはわからないのだから。


「河原崎、俺はお前を三年間鍛えてきた。その間お前は自身の不才にめげず、『活性化』を覚えてからは己の才能に溺れず、同期では長谷川ぐらいしか並べる者がいないほどに努力をしてきたな」


 砂原は僅かに声を和らげ、博孝へと言葉をかける。


「それは誰にでもできることではない。訓練だけでなく、任務でも実戦でもお前は前を向いて進んできた。その日々を思い出せ。それでもお前は不安なのか?」


 問いかける砂原に、博孝は僅かに逡巡してから頷く。


「ならば聞こう。お前は今、何が不安だ?」

「……以前のように戦えるかどうかです」


 男の『星外者』と戦った際に感じた恐怖と絶望。アレを再び前にして、自分は戦うことができるのかという不安。清香達との戦いは目前に迫っており、もしも戦えなければ仲間達が、沙織が死ぬかもしれないという恐怖。


「ふむ……ならば重ねて聞こう。“以前のように”戦う必要はあるのか?」


 その言葉に、博孝は里香へと視線を向けた。それは里香にも言われたことであり、今ならば否定ができる。


「……いえ、それをすると里香に怒られちゃいますよ」


 博孝の返答を聞いた里香は微笑み、傍にいた沙織はその手を握った。砂原はそんな博孝の様子に小さく笑うと、大きく息を吐く。


「そうか……岡島、お前は俺よりも余程教官に向いているらしいな」

「そんなことは……」


 砂原の言葉に里香は慌てて手を振るが、砂原は笑って取り合わない。ただ、思わぬところで教え子の成長を感じ、どこか満足そうに頷いてから問う。


「それならば、俺から言えることは一つだな……河原崎、お前はこれまで積み重ねてきた訓練をどう思う? 俺の教えは間違っていたと思うか?」

「それだけはありえません!」


 砂原は博孝の異常に気付けなかったことを後悔しているようだが、砂原の教えが間違っていたかと聞かれれば答えは否だ。こればかりは、例え砂原本人が認めようと博孝が、砂原の教え子達が認めない。

 沙織も里香も恭介も、みらいまでも馬鹿なことを言うなといわんばかりに砂原を睨んでいる。


「なら話は簡単だ」


 そんな教え子達の視線に、砂原は微笑んだ。


「俺が教えられることは徹底的に叩き込んだ。それは例えお前が恐怖に囚われようと、体が覚えている。恐怖に身が竦んでも、これまでの訓練がお前を助ける。必ず訓練通りに動ける。俺はそうなるよう鍛えてきた」


 砂原の訓練では、考える前に反応できるレベルまで鍛え上げたのだ。例えどんな状態だろうと、生存するために最適な行動を取れるように仕込んできた。


「お前は俺の教えが間違っていないと言う。それならば何も問題はあるまい。恐怖で動けないというのなら、かつての訓練を思い出せ。迷うことがあれば、俺の教えを思い出せ。お前の体はそれに応えるはずだ」


 教え導くよう、諭すよう、砂原は言葉を紡ぐ。それらの言葉は不思議と精神を落ち着かせ、博孝は力強く頷いた。


「はいっ!」

「良い返事だ……さて、俺は寝る。目を覚ました時には“全て”を片付けておけ。良いな?」


 そう言うなり、砂原は治療台に身を預けて目を閉じる。そして数秒もしない内に意識を手放し、慌てた様子で里香と川内が容体を確認した。


「……本当はね、まだまともに喋れる状態じゃないんだ」


 砂原の脈を確認しつつ、里香が博孝へと声をかける。ほんの数分の会話だったが、それだけでも体力を消耗したのだろう。砂原が再び目覚めるのはいつになるかわからない。


「でも、それでも目を覚まして言葉をかけてくれた……ねえ博孝君。隊長の……教官の教えをきちんと守れる?」

「――当然だ」


 念を押すように尋ねた里香に、博孝は覇気を取り戻した顔つきで答えた。その様子に里香は満足そうに頷き、治療室の扉へと視線を向ける。


「うん……これなら安心かな。わたしと川内さんは隊長の治療をするから、みんなは休んでて。もうじき嫌でも動かないといけなくなるから」

「わかった。隊長のことを頼むな?」

「任せて」


 あとは砂原の治療に専念させるべきだろう。そう判断した博孝は、自分の足で治療室から出ていく。沙織はそんな博孝の隣に並び、柳から譲り受けた刀の柄に右手を添えた。


「この子の名前、今決めたわ」

「へぇ……何にしたんだ?」


 どこか楽しげに、嬉しげに喋る沙織に対し、博孝は笑いながら尋ねる。


「教官の『穿孔』と、絶対に折れない柳さんの『柳刃』から取って『穿刃(せんじん)』よ」

「穿つ刃、ね……勇ましくて格好良いじゃないか」


 なんとも頼りになりそうだ、と博孝は笑う。沙織もそんな博孝に笑い返すと、刀――『穿刃』の鯉口を僅かに切り、鍔を鳴らす。


 それは誓いを告げる澄んだ音。砂原の“命令”通り、全てを終わらせることを誓う音だった。




 ――清香による『創世』まで、残り二十五時間。












ちなみにサブタイトルは『金打』と書いて『きんちょう』と読みます。

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