第二百七十話:創世
日本各地で行われる戦闘。『ES能力者』や対ES戦闘部隊、『ES寄生体』や『ES寄生進化体』が入り乱れて激戦を繰り広げていたが、その影響は市井の者達にも及ぶ。
内陸部の都市は攻撃に晒されていないが、海に近い場所ではそうもいかない。『ES寄生体』が侵攻してきた時点で避難誘導が行われ、戦火を避けるようにして内陸部へと避難している。
当初は『ES能力者』や対ES戦闘部隊が構築した防衛網によって敵も迎撃され、砲音や爆音さえ気にしなければ生活を送ることができた。
しかし、対ES戦闘部隊が反旗を翻し、場所によっては『ES寄生体』などの戦線突破を許すようになり、少しでも安全な場所を求めて避難民が発生。そんな彼らを避難先まで護衛するのが対ES戦闘部隊というのは、ある意味皮肉だっただろう。
「なんか、ここ数日で街の雰囲気が変わったよね」
首都を走る車の後部座席、窓から見える光景に優花はぽつりと呟く。民間人に対しては極力自宅から出ないよう呼びかけられていたが、職業上そんなことも言ってはいられない。仕事先へと向かう道すがら、街の様子を見た優花の素直な心境だった。
「海に近い場所は激戦らしいからね。避難してきた人も多いんでしょ」
共に車に乗り込んでいたマネージャーがそう言うが、優花は窓の外に見える光景に釘付けである。時折装甲車が道路を走り、街の至る所には小銃を肩から下げた兵士が見回りをしていた。
一国の首都ということで武装した兵士が見回りをすることも珍しくなかったが、さすがに数が多すぎる。空気も常にピリピリとしており、少ないながらも外出している民間人はどこか居心地が悪そうだった。
「……最近、兵隊さんしか見てないなぁ」
首都に配備されているはずの『ES能力者』。それらの姿は見えず、普段よりも多くの兵士が闊歩する現状。もしかすると、首都の防衛を手薄にしてまで戦力を回す必要があるのか、と優花は考えてしまう。
(恭介やみらいちゃんは大丈夫かな。里香ちゃんと沙織さんも心配だなぁ……あとついでに河原崎君も)
『ES能力者』だが、同年代の友人でもある里香達。妹のように可愛がっているみらいに、色々と“思うところ”がある恭介。そしてついでとばかりに博孝の心配もする優花だが、博孝は殺しても死なないだろうと判断して頭から追い出した。
この状況とあっては恭介達も無関係ではいられないのか、連絡を取ろうにも取れない。こまめに連絡をするよう約束をしていたのだが、電話の一本、メールや手紙の一通すら来ない。
アイドル兼歌手業は開店休業に近く、毎日携帯電話と睨めっこをし、自宅の郵便受けを確認する日々だ。今日はテレビ番組とラジオ番組に関する打ち合わせがあり、マネージャーと共に移動しているが、時折兵士から職務質問を受けるのも気に食わなかった。
「ねえマネージャー」
「ん? なんだい?」
窓の外を見たままで、優花が声をかける。マネージャーの男性は何事かと視線を向けると、優花は世間話でもするように言う。
「この状況って、アイドルが“現場レポート”をしたら視聴率取れると思わない?」
「思うけど駄目に決まってるでしょ!? なに!? 死にたいの!? 今の仕事がそんなに辛かった!?」
物騒な提案を行う優花に、目を剥いて却下するマネージャー。報道規制が行われている現状、“現地”に直接赴いて情報を公開すれば大騒ぎになるだろう――色々な意味で。
「途中で兵隊さんに捕まって連れ戻されるのがオチだって! それに街から出たらどこで何が起こるかわからないし!」
「冗談冗談。いくらなんでもそんなことしないって」
必死に止めようとするマネージャーに、優花は手を振って苦笑する。日本を取り囲むようにして起きている戦いは、ただの戦いではない。鉛玉だけなく、ES能力まで飛び交っているのだ。
『ES能力者』を間近で見る機会があった優花としては、そんな場所に赴けばどうなるか理解している。だから大人しく仕事を行っているのだが、友人達を心配する気持ちまでは止められない。
そうやって不安と心配を抱えたままでテレビ局に到着すると、中継車とすれ違った。車から降りた優花はそれを目で追うと、首を傾げる。
「場所によっては電波も入らないって話だし、番組放送して意味があるのかな?」
「本番中にそんなこと言わないでね? しばらくすれば騒動も治まるだろうし、こういう状況での発言って後々まで尾を引くから……」
「はーい、わかってますって……ラジオでちょっとぶっちゃけるぐらいは?」
「駄目です!」
力強く駄目だしをするマネージャー。優花はやれやれと言わんばかりに肩を竦めると、小さく舌を出す。
「ちぇー……あれ、でもさ、このテレビ局だって海に面してるけど大丈夫なの?」
優花が到着したテレビ局は、言葉にした通り海に面した場所に建っている。そのため純粋な疑問を込めて尋ねると、マネージャーはそっと視線を逸らした。
「大丈夫だよ……多分」
「せめて目を合わせて言ってよ」
そんな会話をしながらテレビ局に足を踏み入れ、エレベーターで上層階へと向かう。それなりに高さがあるため上層階まで上がると見晴らしも良いのだが、今の状況ではES能力の流れ弾が飛んでこないかと不安に思った。
「何かあったらマネージャーを一生恨むからね……って、あれ?」
肘でマネージャーを突く優花だったが、ふと目を細める。その仕草にマネージャーは何事かと優花が見ているものを探した。
「なに? 何か飛んでた? 『ES能力者』?」
「いや……あれ……」
窓の外を見ていた優花は、呆然とした様子で指差す。それにつられたマネージャーは視線を向け、目と口を丸く開いた。
最初は鳥かと思った。距離があったため詳細がわからず、大きさも不鮮明だったからだ。しかし、“それ”は百近い数が規則正しく隊列を組んで飛んでいる。
「……本当に『ES能力者』じゃないか」
かつて優花の護衛に即応部隊を呼んだマネージャーは、『ES能力者』に関して民間人としてはそれなりに知っている。実際に『ES能力者』が飛んでいるところも見たことがある。
だが、『ES能力者』というのは多くても一個大隊三十六名で行動するものだ。百名近い集団となって飛ぶなど聞いたことがない。
「……もしかして、あれって他の国の『ES能力者』なんじゃ……」
百名近い『ES能力者』が侵攻してくれば、街の一つや二つは容易く崩壊する。そのため顔を青ざめさせるマネージャーだったが、優花は首を横に振った。
「そっちじゃなくて! いや、そっちも気付いたけど! あっちよあっち!」
優花が指し示したのは、空を飛ぶ『ES能力者』の一団が向かう先だ。あまりにも遠くてよく見えないが、仄かに輝く虹色の光が陸地から空へと向かって伸びている。
「虹……にしては形がおかしいような……いや、そもそも雨なんて……」
マネージャーが呆然とした様子で呟くが、それに応える術を優花は持たない。
(恭介……みんな、無事で……)
優花にできたのは、心中で友人達の無事を祈ることだけだった。
「第二空戦部隊より急報! 一個連隊規模の敵性『ES能力者』による侵攻を確認! 指示を求むと!」
「第七空戦部隊からです! 一個大隊の敵性『ES能力者』を発見し交戦中! 至急増援が必要とのことです!」
矢継ぎ早に飛びこんでくる情報に適宜指示を出しながら、源次郎は内心で舌打ちをした。
室町によって無線に制限をかけられたものの、『通話』を発現できる『ES能力者』を使って連絡網を形成したところまでは良かった。だが、日本各地の情報を確認していく内に、味方がどれほどの損害を受けているか判明したのである。
『ES寄生体』や『ES寄生進化体』との交戦で負傷者が出ていたところに、部隊内での同士討ちが発生。それによって部隊によっては組織的行動が取れなくなるほどの被害を受けている。
部隊が半壊で済んだならばまだ良い方で、無事な部隊を探す方が難しいほどだ。それだというのに『ES寄生体』達が襲ってくることに変わりはなく、減った戦力で迎撃する羽目に陥っている。
対ES戦闘部隊は占領した基地を基点として迎撃戦を行っているが、『ES能力者』と連携を取らず、むしろ銃弾を浴びせてくるような状況だった。
それらの悪条件に加え、新たに敵性『ES能力者』が侵攻してきているようだ。ここまでくると、とどめを刺しに来たようにしか思えない。救いがあるとすれば、民間人への被害が驚くほど少ないことだけだ。
事ここに至っては、源次郎とて決断を迫られる。今は日本各地の情報収集に努めているが、そんな余裕はなくなりつつあるのだ。
対ES戦闘部隊から奪取した基地の小規模な指揮所に、『通話』を利用した通信網だけでは満足に指揮も執れない。室町が抑えている首都へと戻り、力尽くで制圧するべきではないか。
(だが、首都に住む民間人全てを人質に取られているようなものか……今回の騒動で近隣の街も避難者で溢れているだろう。戦闘を行えばどうなるか……)
多少の犠牲に目を瞑ってでも奪還するか。そう考える源次郎だが、一国の首都に集まる人々の数は多すぎる。首都ということで防備も厚く整えていたが、その“安全さ”を求めて避難民が集まり、人口を一時的に倍増させているのだ。
少数の部下を率いて突撃し、指揮所を奪還すれば被害も出ないかもしれない。室町が抵抗しなければ被害も出ないかもしれない。
あくまで『かもしれない』という仮定でしか作戦が立てられず、なおかつ犠牲なしで奪還できたとしても指揮所の運用には人手が必要となる。
(山本がいれば問題はなかったのだが……部下達も無事がどうかわからん)
斥候を出して情報の収集をさせたいが、今は近隣に現れる『ES寄生体』の迎撃と情報の整理に回すだけで手一杯だ。『探知』に引っかからない対ES戦闘部隊は敵であり、何をするにも手持ちの戦力が不足していた。
そこに日本各地から敵の増援に関する情報が飛び込んできたため、源次郎は余計に身動きが取れない状態へと追い込まれていた。矢継ぎ早に指示を出しているが、迫り来る敵の増援を押し留めるには足りない。
『零戦』を使おうにも、先日の一個連隊撃破に続いて新たな敵と交戦中という報告があった。かといって他の部隊を使おうにも敵の迎撃に手一杯――どころか押し込まれている部隊も多々ある。
今この状況で、源次郎には限られているがいくつかの選択肢があった。
一つは、民間人の犠牲が出る可能性を無視してでも即座に首都を強襲すること。ただし、指揮所を奪還しても満足に運用できない可能性が高い。
一つは、近隣の敵戦力を源次郎が撃滅してある程度の戦力を確保しから首都を強襲すること。ただし、これに関してはどれだけの戦力が集まるか、また、どれだけの時間がかかるかわからない。
一つは、この場に留まって各部隊の部下達と連携を取り、組織的な侵攻で指揮所を奪還すること。ただし、報告を聞く限りどの部隊も迎撃に手一杯であり、必要な戦力を集められる保証がない。
どの手を選んでも不確定要素が混ざってしまう。情報が足りないというのはこれほどまでに重たい枷なのか、と源次郎は嘆息した。
そういう点では、指揮所を真っ先に抑えた室町の行動は戦略的にも源次郎を超えている。そもそも“情報源”が違いすぎるのも敗因だったが、源次郎としては手持ちの戦力と情報で足掻くしかない。
「閣下! 外をご覧ください!」
頭を悩ませる源次郎だったが、慌てた様子で駆け込んできた部下の言葉に意識を切り替える。何事かと思って外に出てみると、源次郎は纏わりつくような違和感を覚えた。
「これは……」
違和感自体は前から覚えていたが、少しずつ強くなっている。それが何を示すのか思考しながらも、源次郎は部下の示す方角を見て目を見開く。
遥か遠く、霞んでよく見えないが、『ES能力者』である源次郎の視力は巨大な光が立ち昇っているのを捉える。それもただの光ではなく、虹色の光だ。
自分の想像を超えた事態が起こっている。そう直感した源次郎はそれまで浮かんでいた様々な考えを捨て、単独でも向かうべきだと考えた。
しかし、その考えが実行に移されることはない。源次郎が動こうとしたその刹那、基地の敷地内に一台の車が突入してきたのだ。
それは『ES能力者』でもなく、装甲車などを駆る対ES戦闘部隊でもない。どこにでもあるような白い乗用車だったが、軍事基地に突入してくるにはあまりにも不似合いだった。
「……なんだ?」
『射撃』の一発で粉砕できそうな乗用車を見て、源次郎の部下も怪訝そうな顔をする。この状況ならば火事場泥棒が現れそうだが、さすがに軍事基地に侵入してそのような真似を行う者はいないだろう。
白い乗用車は源次郎の近くまで接近すると、速度を落として停車する。そして運転席から下りてきたのは、これまたどこにでもいそうな中年の男性だった。だが、車から降りる際の動きや何気ない仕草で男が軍人であることを源次郎は見抜く。
男は敵意がないことを示すように両手を上げて源次郎の傍に近づくと、敬礼をしてから懐に手を入れた。
「何者か?」
人間の懐に入る程度の武器では、源次郎には傷一つつけることができない。そのため構えもせずに源次郎が問うと、男は懐から一通の手紙を取り出した。
「時間がありませんので……長谷川中将閣下へ、こちらを」
そう言って手紙を差し出す男。源次郎が無言で手紙を受け取ると、男は再度敬礼をしてから車へと戻っていく。
無駄な会話も動きも微塵もなく、男は乗用車を発進させて走り去る。一体何だったのかと源次郎は思ったが、この状況でわざわざ源次郎の元まで来たのだ。ただの悪戯というわけではないだろう。
そう判断した源次郎はひとまず手紙を開き、その内容に目を通し――。
「……あやつめ、何を考えている?」
思わず、そう呟いていた。源次郎の部下は何事かと思うが、源次郎は何も言わずに手紙を懐に仕舞う。
源次郎の元に届いたのは、室町からの手紙。そしてそれは、今後の源次郎の行動を決定づける手紙でもあった。
周囲から――いや、日本中から集まりつつある『構成力』の光に、清香は目を細めた。
何十年という時を経て陸地に“染み込んだ”数多の『構成力』。
今回の戦いで急激に増えた海の『構成力』。
さらに、『活性化』の力を受けた『進化の種』を日本中にばら撒くことにより、日本各地の『構成力』が高まっている。
それらの『構成力』は清香が見据える日本の中心、富士山へと集まりつつあった。
「見てみなさい、ラプター。あれこそが百年近い時をかけた“成果”よ」
「は……」
虹色の光が渦を巻き、陸地から空へと竜巻のように昇っている。しかし竜巻と違うのは、風など僅かたりとも吹いていないことだろう。
自然現象では到底有り得ない事態だ。そんな光景を前にしてラプターは無表情を貫き、清香は作り物の笑みを浮かべる。
富士山を覆うようにして渦を巻く『構成力』の中心、そこには砂原と交戦した男の『星外者』の“核”が浮いている。砂原が追い詰め、ラプターが不意打ちで掠め取った『星外者』の核が。
地球上に存在する『ES能力者』とは、存在からして異なる『星外者』。そんな『星外者』の力の源である核を中心にして導かれ、これまでの長い年月で大地や海に染み込んだ『構成力』が集まってきているのだ。
「さすがに感慨深いわ……ふふっ、感慨深いなんて言葉も昔は知らなかったのにね?」
傍に控えるラプターは何も言わず、静かに頭を下げる。清香はそんなラプターの態度に苦笑すると、視線を空へと向けた。
「でも、これで終わる……いえ、始まるのね。新しい世界が創られるのよ……」
清香の声に僅かな熱がこもる。長い年月をかけた希望が、あと少しで叶う。
――清香による『創世』まで、残り三十時間。
270話で終わるなんて幻想でした……。
どうも、作者の池崎数也です。
この度、乃木憂さんからレビューをいただきまして合計26件となりました。ありがたい限りです。本当にありがとうございます。
毎度ご感想やご指摘、評価ポイントをいただき、さらには今回はレビューまでいただき、感謝感謝です。
本編完結まであともう少しかと思いますので、完結までお付き合いいただければ嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




