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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第二百五十三話:祈り

 ――『進化の種』。


 それは宇宙からの隕石とも、地層から採掘された鉱石とも噂される物体であり、その形状は磨き抜かれた宝石のようなものだ。『ES能力者』になる前の博孝もインターネットやテレビで見たことがあり、その形状は知っている。

 ただし、実物を前にしたのは初めてだ。棚には『進化の種』が雑然と置かれており、電灯に照らされて艶のある輝きを放っている。


 尉官の博孝も、一国にどれほどの『進化の種』があるのかは知らない。『ES適性検査』の際に『進化の種』と“接触”したものの、目隠しをされていたため棚に並ぶ『進化の種』が多いのか少ないのかもわからなかった。

 それでも、博孝が知る限り『進化の種』に適合した『ES適合者』の数はそれほど多くないため、百を超える『進化の種』があれば一国の所有数を軽く上回りそうである。


 清香から渡された『進化の種』に視線を落とす博孝だが、思わずマジマジと観察してしまう。

 五センチほどの楕円体であり、売り物の宝石のようにカットしてあるわけではない。しかし手触りはツルツルと――博孝がこれまでに触ったことがない滑らかな感触であり、画像や映像で見た通り磨き抜かれた宝石のようだ。

 博孝が手に握る『進化の種』は透き通った薄茶色だが、棚に並ぶ『進化の種』はそれぞれ色が異なる。同色に近いものもあるのだが、濃淡の違いによって一つたりとも同じ色に見えないのだ。


 “問題”は、これらの『進化の種』に『活性化』を発現した場合に何が起こるのか。博孝は手の中の『進化の種』を握り締めつつ、清香に視線を向ける。

 清香は『この世界を作り変える』と言ったが、『進化の種』とどんな関わりがあるのか。


「……俺の聞き違いでなければ、この世界を変えるって聞こえたんですが?」

「ええ、そう言ったわね」


 間違いを期待して尋ねた博孝だが、清香はあっさりと肯定する。冗談でも酔狂でもなく、本気で世界を変えると言っているのだ。


「それはアレですか? 『端末』とかを使って世界の政治経済を作り変えるとか……」

「“そんなもの”はやろうと思えばどうにでもなるわ。言葉通り世界を作り変えるのよ」


(言葉通りって言われても……)


 あまりにもスケールが大きすぎて、清香が何をしたいのかわからない。それでも博孝は嫌な予感を覚え、顔をしかめた。


(世界を作り変える? 『進化の種』を使って? どう考えてもロクなことじゃねえ……せめて里香が正常だったら……)


 自分一人で判断するには、事が大きすぎる。そう判断した博孝は里香の助力を欲したが、当の里香は相変わらず無表情に立ち尽くしている。意識があるのかすら定かではなく、この状況では助力も期待できない。


「……どう作り変えるか、聞いても?」

「それは後々のお楽しみよ」


 この状況で止められるのは自分だけだ。そう判断した博孝は情報を引き出そうとするが、清香は意味深に笑って流してしまう。


「協力するんだから、少しぐらい……っ」


 それでも食い下がろうとした博孝だが、清香から冷たい視線を向けられて言葉を失った。清香は笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。まるで虫でも見るように目を細め、ゆっくりと里香に近づく。


「好奇心旺盛なのは良いことね。でも、度が過ぎるのは……」

「わ、わかった! わかったから!」


 里香に手を出されては敵わない。博孝は両手を上げて降参のポーズを取ると、先ほど渡された『進化の種』を強く握り締める。


「『進化の種』に『活性化』をかければいいんだろ!? やるから! だから里香に手を出すなっ!」

「ふふっ、素直な子は好きよ?」


 博孝の言葉を聞いて嬉しそうに笑う清香だが、今の博孝にとってはその笑顔も作り物にしか見えない。博孝は得体の知れない恐怖を抱きつつも、右手に握った『進化の種』に対して『活性化』を発現した。

 すると『進化の種』が薄緑色の光に包まれ、少しずつ“薄茶色”の輝きを放ち始める。


「これは……」


 『進化の種』に起こった変化を見て、博孝は思わず目を見開いた。

 『活性化』は単体で発現すれば薄緑色の光を放つが、ES能力に“上乗せ”する際は白色の光に紛れる。眼前で薄茶色の光を放つ『進化の種』にも同様のことが起こったのだろうが、それならば“何が”『活性化』の影響を受けているというのか。


 博孝は『活性化』を中断してみるが、『進化の種』は薄茶色の光を放ち続ける。気のせいでなければ、放たれる光の色が若干濃くなっているようにも見えた。同時に、『進化の種』から放たれる奇妙な感覚も少しだけ強まっているように感じる。


(『活性化』の効果が消えない……いや、消えてコレなのか?)


 『活性化』の効果を長時間持たせようと発現したわけではない。それだというのに『活性化』を中断しても『進化の種』からは光が消えず、淡い光を放ち続けている。


「――中断しろと言った覚えはないわよ?」

「っ!?」


 微笑みながらも冷たい声色で言い放つ清香に、博孝は慌てて『活性化』を発現し直す。そして『進化の種』に対して十分ほど『活性化』を発現し続けると、清香は満足そうに頷いた。


「それぐらいで良いわ」


 そう言われ、博孝は『活性化』を止める。清香は博孝から『進化の種』を受け取ると、電灯に掲げて透かすようにして見た。

 最初は薄茶色だった『進化の種』だが、今では濃い茶色へと変色している。


「……ベールクト」

「はい」


 『進化の種』を観察していた清香がベールクトに声をかけると、ベールクトは真剣な表情で返事をした。そこには博孝に対して見せた気安さも幼さもなく、どこか緊張した面持ちで清香の言葉を待つ。


「彼の世話はあなたに任せるわ。わたしの課すノルマをこなせば、あとは好きにして良いから。ああ、好きにして良いからって殺しちゃ駄目よ?」

「わかりました」


 固い声色で承諾するベールクト。博孝はそんな二人のやり取りに眉を寄せた。


「……ノルマ?」

「そう、ノルマ。あなたにはこれから……」


 疑問の声を発した博孝に清香は視線を向け、何かを見抜くように目を細める。


「ここにある全ての石に『活性化』をかけてもらうわ。一個あたり十分、あなたの消耗具合から考えると一日に五十個が限界かしら?」


 博孝の疲労を正確に見抜き、一日に『活性化』を発現可能な時間を考えてノルマを考える清香。


「あの部屋にいたら暇でしょう? 暇つぶしの方法を与えてあげるわ。それに、良い訓練になるかもしれないわよ?」


(嫌味かよ……)


 からかうように言い放つ清香だが、博孝からすれば嫌味にしか聞こえない。訓練どころか、いつまで生かされているかもわからないのだ。

 それでも博孝に拒否することはできず、渋々頷く。『活性化』を使った影響で多少疲労しているが、休憩を挟みつつ“作業”を行えば、清香の言う通り一日に五十個の『進化の種』に対して『活性化』を発現できる。


 ただし、それではロクに眠ることもできず、言葉通り丸一日をかけることになるだろう。『進化の種』がいくつあるか正確にはわからないが、全ての『進化の種』に対して『活性化』を発現するには数日がかかりそうである。


「ここにはいくつ石があったかしら……まあ、五日もあればできるわよね。ベールクトに運ばせるけど、最初に“ゴール”が見えていた方がやる気も出るでしょう?」


 そう言って微笑む清香だが、博孝としてはどう答えれば良いかわからない。先が見えない作業よりも、おおよそでも終わりが見えている作業の方がやる気が出ると言いたいのだろうか。


「……こんなに大量の『進化の種』をどこから持ってきたんだ?」


 興味半分、情報収集半分で博孝が尋ねる。博孝とて地球上全ての鉱石を知っているとは口が裂けても言えないが、『進化の種』は明らかに異質な存在だ。

 宇宙から降ってきた、掘っていたら出土したなど色々と噂されているが、博孝は真実を知らない。


「これはわたし達の星から持ってきたよ」


 だが、そんな博孝の疑問を受けた清香はあっさりと答えた。そして、その返答の内容に博孝は何度目かになる驚愕の感情を顔に浮かべる。


「あんた達の……星?」


 そう呟く博孝だが、『星外者』という名前に内心で納得もした。どうやら清香達は文字通り星の外――地球の外から来たらしい。

 言葉を失う博孝を他所に、清香は頬に手を当てて思い出すように言う。


「そういえば、あなたの国の保管施設からもらってきたのもあるわね。あちこちにばら撒いたのはいいけど、必要になったから回収しにいくなんて二度手間だと思うわ」


 どこか呆れたような口調だったが、博孝にはその点を追及する気力もない。博孝にとっては『進化の種』が盗まれたなど初耳なのだが、それ以上に気になる点があった。


(あちこちにばら撒いた……ばら撒けるだけの『進化の種』を持ち込んで何がしたいんだ? いや、そもそもばら撒いたからといって、『進化の種』は宝石にしか見えない……)


 清香達の目的はわからないが、それでも話を聞いてわかる部分もある。


(日本で『ES適性検査』が始まったのはかなり前……でも、その前に『ES適合者』が誕生してる……長谷川中将が最初の『ES適合者』って話だけど、それは“おかしい”だろ……)


 源次郎はいつ、どうやって『進化の種』を手に入れたのか。訓練校の座学で歴史に関しても学んだが、源次郎は第二次世界大戦の末期からその名前が歴史書に現れる。

 だが、“それ以前”の情報は聞いたことがない。どうやって源次郎がES能力に関して学んだか、博孝は知らない。


(つまり、こいつらは……)


 博孝は内心の動揺を表に出さないよう注意しつつ、清香の顔を見た。外見は二十歳を超えたかどうか、『ES能力者』として考えても確実に半世紀は生きていないであろうその顔を見た。


(長谷川中将よりも年上……いや、それどころの話じゃねえ。いつだ? 一体いつ地球に来て、いつから動いていたんだ?)


 初めて『ES適合者』が確認される前、それこそ何年、何十年、何百年前から地球に潜伏し、暗躍していたのかもしれない。

 ごくり、と音を立てて唾を飲み込む。『星外者』や清香から放たれる威圧感もそうだが、それ以上に得体が知れない。


 化け物――そう、化け物だ。地球外生命体ならば宇宙人とでも評すべきなのだろうが、博孝としては化け物という言葉以外浮かばない。


 博孝は過去に学んだ歴史について、記憶を辿っていく。第二次世界大戦終戦後、『ES能力者』に関わる歴史を洗いざらい脳裏に思い浮かべていく。


 日本以外で発見される『ES適合者』。

 それによって高まる国家間の緊張。

 『ES寄生体』の発生に『ES能力者』の誕生。

 博孝が生まれる前だが、『ES世界大戦』も勃発している。


 国ごとに見れば、他にも様々な事件が起こっているだろう。国家間の小競り合いも珍しくなく、『ES世界大戦』という世界を巻き込んだ争いも起こっている。

 そして近年では『ES寄生進化体』や『アンノウン』が現れたが、これは博孝が『ES適合者』になって以降の話だ。


 “新種”の誕生としてはあまりにもスパンが短い。『ES寄生進化体』や『アンノウン』の発見は世界的にも注目される出来事だが、『ES寄生体』が発見されてから五十年近く経っての発見だ。

 これらの全て、あるいは大部分に『天治会』が――『星外者』が絡んでいるのではないか。そう考えた博孝は、抵抗もなく納得する自分自身に思わず笑ってしまう。


 世界規模で裏から操るなど、人間の手に余る所業だろう。だが、操るのが人間でないなら話は別だ。『端末』のことを知った今となっては、博孝としても納得がいく話である。

 『星外者』は過去何十年、下手すると何百年もかけて人間社会に侵食していたのだ。そして、彼らが表立って動くということは、相応の理由があるはずである。


(それが『世界を作り変える』って話につながるんだろうけど……どう作り変えるんだ?)


 目的はわかった。しかし、その詳細まではわからない。少なくとも人類に何の影響もない、平和な変革だとは思えなかった。

 その目的の詳細を清香に問いかけても、清香は答えないだろう。だが、少しずつでも情報を集め、その目的を明らかにできれば――。


「余計なことは考えなくていいのよ?」


 博孝の思考を読んだように、清香が声をかける。薄っすらと微笑んでいるが、相変わらず笑っているようには見えない笑顔だ。その笑顔を向けられた博孝は、身を固くして思考を霧散させる。


「あなたは余計なことを考えず、こちらの命令することを実行してればいいの。そうすればあなたの大切なお友達と一緒におうちに帰れるわ……だから、“お仕事”を頑張りなさいね?」


 クスクスと笑いながら言う清香だが、それを信用する博孝ではない。ただ、清香の近くで考え事をするのは危険だと判断し、無言で清香に向かって頷くのだった。








 『星外者』との戦闘から二日が経過したその日、『いなづま』の治療室に寝かされていた沙織は、自身の体に走る痛みで目を覚ました。


 全身に走る痛みを知覚し、その痛みを切っ掛けとして意識を取り戻す。沙織は艦内の天井を見上げて数度瞬きをすると、何故自分がベッドに寝かされているのか疑問に思った。

 そもそも、ここがどこかわからない。微かに揺れを感じるが、それが不調によるものなのか、それとも本当に揺れているのかも確信が持てない。


「……わ、たし……は……」


 どれほど眠っていたのか、満足に声が出なかった。それでも声を発することで意識をさらに明瞭にさせ、自分自身の現状について思い出していく。


「…………あっ」


 そして、気を失う前のことを思い出し、小さな声を漏らした。『星外者』と戦い、博孝を連れ去られたことを、全て思い出したのだ。


「……ひろ、たかっ」


 ベッドから身を起こすが、それだけで体に痛みが走る。視線を落としてみると体中に包帯が巻かれており、治療は施されたものの完治には程遠い状態なのだと察せられた。


「……さおり?」


 沙織が体の調子を確認していると、小さな声が響く。沙織が声のした方へ視線を向けてみると、そこには呆然とした様子でみらいが立っていた。


「みらい……良かった、あなたは無事だったのね……」


 自分よりも先に撃墜されたみらいが無事だったことに、沙織は安堵の息を吐く。しかしみらいは何も言わず、無言でその場に膝を突いた。


「さおり……よかった……ほんとによかった……」


 沙織が目を覚ましたことで安堵したのか、みらいは両目から涙を流し始める。それを見た沙織は慌てて泣きやませようとするが、みらいの傍に駆け寄るのも辛いほどに体が動かない。ベッドの上から下りようにも、体の内部に激痛が走るのだ。


 それでも、みらいが泣いているのなら慰めなければ。そう思い、『無銘』を杖代わりにしようと思った沙織はそこで思い出す。『無銘』は『星外者』との交戦で砕かれ、もう存在しないのだということを。


「っ……そう、だった……そうだったわね」


 視線を巡らせてみると、沙織が寝かされていたベッドの傍に『無銘』の残骸が置かれていた。無事なのは柄と鍔、それと刀身の根元ぐらいであり、折れた先は海に落ちたため欠片も残っていない。

 そのことに胸を痛めた沙織だが、ゆっくりと体を動かしてベッドから下りようとする。しかし、そこでみらいも沙織が何をしようとしているのか気付き、涙を拭って立ち上がった。


「うごいちゃだめっ。さおり、まだちゃんとなおってない!」

「これぐらい……いつっ……」

「いいからねてて! みらいがちりょうするから!」


 やせ我慢をして立ち上がろうとする沙織だが、痛みに顔をしかめる。それを見たみらいは沙織にベッドに横になるよう促し、『接合』を発現した。そしてみらいによる治療が行われるが、沙織としては聞きたいことがいくつもある。

 ひとまずベッドの傍に置いてあったグラスと水差しで喉を潤すと、一息吐いてからみらいに問いかける。


「ここはどこなの?」

「『いなづま』のちりょうしつ。きちにはもどれないから……」

「基地に戻れない? なんで……」


 みらいの言葉に疑問を覚えた沙織だが、それを遮るように治療室の扉がノックされた。それに気付いたみらいが扉に駆け寄って開けると、恭介が顔を覗かせる。


「沙織っち、起きたっすか? 『構成力』が動き出したんで様子を見に来たっすけど……」

「今起きたわ……ちょっと待ってて」


 体のあちこちに包帯を巻かれているが、上着などは着ていない。そのため体にかけてあったタオルケットを羽織ると、恭介に入ってくるよう促した。

 恭介は目を覚ました沙織の顔を見ると、安堵したように大きな息を吐く。


「はぁ……良かったっすよ。隊長の見立てだと峠を越してるって話だったっすけど、実際に目を覚ますまで不安だったっすから」

「そう……ごめんなさい、心配をかけたわね。恭介も無事で良かったわ」


 安堵する恭介に対し、沙織は素直に頭を下げた。恭介は気にするなと言わんばかりに手を振ると、携帯電話を取り出して砂原に沙織が目を覚ましたと連絡を入れる。そして何度か言葉を交わすと、通信を切って沙織のもとへと歩み寄った。


「完治したわけじゃないから大人しくしてろってさ……でも、今の状況ぐらいは説明した方が良いっすよね?」

「ええ、お願いするわ」


 みらいに治療を継続させつつ、恭介は近くの椅子に腰を下ろす。立ったまま説明しても良かったが、恭介も疲れているのだ。


「どこから説明したらいいか……『星外者』と戦ったことは覚えてるっすよね?」


 恭介がそう聞くと、沙織は頷きを返した。そのため、恭介はそれ以降のことを話し始める。


 意識を取り戻した恭介が沙織とみらいを救助したこと。その後砂原と合流し、基地の様子を砂原が確認したこと。しかし即応部隊の基地は対ES戦闘部隊に占拠されており、増援が駆け付けたため撤退し、『いなづま』に拠点を移したこと。

 まずはそれらの事情を話すと、沙織は小さく首を傾げた。


「……博孝は?」

「『星外者』がどこに連れ去ったかもわからない……だから、今のところ情報もないっすよ」


 隠していてもいずれわかるため、恭介は正直に答える。博孝に関する情報は、今のところまったくないのだと。


「そう……」


 沙織は右手を強く握り締め、それだけを呟く。里香に博孝を守り抜くと誓っておいてこの様だ。それが悔しく――そこで沙織は疑問を覚えた。


「待って……わたしの治療をしたのは誰?」


 先程、恭介は沙織の容体に関して“砂原が”峠を越したと言っていた。しかし、即応部隊において治療を担当するのは里香である。それだというのに里香の名前は出ておらず、疑問を抱いたのだ。


「『構成力』に余裕がある人が交代しながら治療したっす。主に治療したのは隊長と希美さんっすね」

「……里香は?」


 沙織が尋ねると、恭介とみらいの表情が曇った。そのことに沙織は嫌な予感を覚えたが、その予感を堪えながら促す。恭介は僅かに逡巡したが、これもすぐにわかることだと判断して答える。


「……岡島さんは行方不明。博孝と同じで敵に誘拐されたんじゃないかと……」


 その言葉に、沙織は血の気が引くのを感じた。何故、どうしてと叫びたいが、それで現実が変わるはずもない。そのため怒りや嘆きを吐き出すように何度か深呼吸をすると、僅かに声を震わせながら尋ねる。


「……それで、現状は?」

「第三空戦小隊に関しては俺が小隊長の代理を務めてるっす。ただ、今の状況だと補充要員もいないから待機状態に近いっすね」


 まずは第三空戦小隊に関して説明をする恭介。小隊長である博孝が攫われ、階級的に二番目に高い沙織は今まで意識不明。みらいは気を失ってから六時間ほどで目を覚ましたが、小隊長に向いている性格ではない。

 そのため恭介が小隊長を代行していたが、小隊として動くことができないため形式上の話でしかなかった。


「あと、室町大将から各戦線で交戦中の部隊に停戦命令が出てるっすよ。ただ、『ES能力者』については戦い続けろとも……」

「お爺様……長谷川中将は?」


 室町の命令のおかしさには沙織もすぐに気付く。しかし、それならば源次郎は何をしているというのか。


「対ES戦闘部隊……普通の人間を吹き飛ばすわけにはいかないんで、動きが制限されてるみたいっす。俺達が乗ってる『いなづま』にも関係することっすけど、今は“まともな”戦力を集めている段階っすね」


 外敵ならば容赦なく討ち滅ぼす源次郎だが、さすがに自国民を攻撃するわけにもいかない。対ES戦闘部隊は鍛え抜かれた精兵だが、『ES能力者』とまともにぶつかれば多くの死傷者が出てしまう。

 それは言うなれば『人間の盾』だったが、民間人を大切に思う源次郎などからすれば効果覿面だった。また、下手に動けば室町がどう出るかわからないため、現在は外敵を迎撃しながら小康状態を保っている。


 源次郎からすれば、例え対ES戦闘部隊の人間だろうと国民に変わりはない。いくら体を鍛えていようが普通の人間でしかなく、庇護対象でしかないのだ。


 敵に囚われた博孝や里香がどこにいるかわからず、室町によって日本は混乱の坩堝に叩き込まれ、それでいて外敵が減ることもない。今は少しでも戦力を統合すべく源次郎達が動いているが、『ES寄生体』達は容赦なく襲い掛かってくる。

 沙織もまだ完治には遠く、動くことすら難儀する状態だ。


(博孝……里香……)


 故に、今の沙織に出来るのは、博孝と里香の無事を祈ることだけだった。


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