第二百四十五話:その一閃は誰がために
博孝はこれまで何度も危険を乗り越えてきた。それは敵との戦い、厳しい訓練、日常に潜む危険と様々だが、その全てを乗り越えてここまで過ごしてきた。
『ES寄生体』、『ES寄生進化体』、『ES能力者』、『アンノウン』。その全てと戦い、時には傷つき、時には敗北しながらも戦い抜いてきたのだ。
それら“敵”と戦わずとも、訓練生時代は毎日のように砂原指導のもと訓練に励み、寝る間を惜しむどころか眠ることすらせずに自主訓練にも精を出した。
少しでも強くなろう、少しでもES能力を覚えよう、少しでも指揮を学ぼう。貪欲でありながらも堅実に努力を重ね、仲間達と共に年齢に見合わぬ力を身につけた。
例え怪我を負おうとも、例え死にかけようとも、その度に立ち上がってきたのだ。
それだというのに、『星外者』の姿を見て以来沸き立つ恐怖心を抑えることができない。『ES能力者』になって以来久しく覚えていなかった恐怖が精神を乱し、ES能力の行使すら戸惑わせる。
それでも“ある程度”ES能力を発現できたのは、これまで積み重ねてきた研鑽の賜物だろう。何も考えずとも体が適切に動き、恐怖に支配されようとも最善の一手を探し続ける。
優れた体術や多彩なES能力、莫大かつ精緻な『構成力』よりも、有事の際に最適な行動を取れる対応力こそが砂原最大の教えだったのかもしれない。
――眼前の『星外者』を相手にすれば、それも無意味に近かったが。
「っ……く、そ……」
直撃した『収束』の余波が収まってから見えた『星外者』の姿は、無傷とは言い難くとも重傷とも言えない。現状出し得る最大の威力を誇る一撃だったが、それでも『星外者』を倒すには至らなかった。
『収束』を強引に発射した博孝の右手はズタズタに裂けており、再度『収束』を発現するのは無理だろう。『治癒』や『活性化』を発現して治すには傷が深く、『星外者』がその隙を見逃すとは思えない。
みらいの手を借りればすぐに治せるだろうが、負傷した博孝や力が制限されている沙織と恭介を除き、唯一万全に近い力を振るえるのだ。それだけの戦力を治療に貼り付けるわけにはいかない。
「さて……どうしたもんっすかね」
『星外者』の姿を見た恭介は、困ったように呟く。その顔には苦笑を浮かべているが、あまりにも打てる手が少ないのだ。
博孝が行った『収束』による射撃は、恭介からすれば十分以上に強力な攻撃だった。さすがに本家本元である砂原には劣るだろうが、『活性化』で底上げした分砂原の『収束』に次ぐ威力があっただろう。
それでも『星外者』を倒しきれなかった。その事実を前にして苦笑とはいえ笑うことができたのは、恭介も相応の苦難を乗り越えてきたからだ。
「やることは決まってるわ。逃げられないのなら、アイツを倒してそれで終わりよ」
「……みらいもがんばる」
沙織とみらいも、今しがた博孝が放った攻撃以上の威力を発揮するのは難しい。それでも、同等の力を発揮できれば再度傷を負わせ、それを繰り返すことで倒せるかもしれない。
そんな仲間達の会話を聞きながら、博孝は歯を噛み締める。この状況にあってなお諦めない仲間達の姿が眩しく見えたが、頭の片隅に残っていた冷静な思考が『待った』をかけた。
倒せるのならば『星外者』を倒したい。仮に逃げることができたとしても、今後いつ、どこで狙われるかわからないのだ。加えて言えば『星外者』は『天治会』の中でも重要人物と思えたため、ここで倒しておくべきだろう。
倒せれば、だが。
「……どうすれば倒せると思う?」
知らず、博孝の口からそんな疑問が零れていた。誰か教えてほしいと、切望するような声で。
『星外者』は動かないが、博孝が与えた傷は時間を追うごとに次々と塞がっていく。血が流れていないため、まるで時間を巻き戻すようにして傷口が塞がっていく様は異質だ。
目の前の男と比べれば、『ES能力者』も十分に人の範疇に含まれるだろう。何せ、心臓を潰すなり首を切り離すなりすれば死ぬのだから。
「それは……」
博孝の呟きが聞こえた恭介達は、答える術を持たない。『防御型』の恭介以外は高い攻撃力を持っているが、それにも限界がある。博孝も沙織もみらいも『星外者』に傷を負わせることができたが、致命傷には程遠いのだ。
これまでにも勝ち目がない戦いは経験してきたが、今回はその中でも最悪の部類だろう。技量不足ではなく、倒す手段自体がわからないのだから。
(勝てない、逃げられない。そうなると……)
残っている手があるとすれば、それはただ一つ。勝利も逃走も不可能ならば、あとは降伏するぐらいしか道がない。
“これまでの”博孝ならば死んでも降伏など選ばなかっただろう。だが、『星外者』への恐怖感と、このまま戦闘を続けた場合に仲間達が死ぬ危険性を考えれば――。
「アンタや『天治会』は俺が目的みたいだけど……それは俺の命が欲しいのか?」
救援が来る可能性は低いが、それでも博孝は時間稼ぎを兼ねて問いかける。問答無用で襲い掛かってくるかもしれないが、その恐怖を堪えての問いかけだった。
「そうだな……“お前の”命は不要だ」
その返答は、どう捉えるべきか。過去に遭遇したラプターの話などから自身を殺すことが目的ではないと博孝は思っていたが、そうなると相手の目的が確定してしまう。
「それなら『活性化』が必要なんだな?」
博孝と他の『ES能力者』に差異があるとすれば、その一点だ。独自技能である『活性化』は博孝だけが持つ能力であり、替えが利かないものである。
「半分正解といったところだ」
だが、『星外者』の返答は博孝の予想を外すものだった。半分は合っていたとしても、残り半分の検討がつかない。
――それでも、半分あれば十分だ。
「そっか……そりゃいいことを聞いた」
そう言うなり、博孝は『構成力』を全力で発現する。ただし、それは攻撃を行うためではない。
「……博孝?」
突然『構成力』を発現した博孝に、沙織が怪訝そうな声をかけた。しかし博孝はそれに答えず、可能な限り『構成力』を集中させていく。
「取引だ……せめて仲間は見逃してくれ。それが無理なら自爆する」
「……ほう」
博孝の発言を聞き、『星外者』が小さく呟いた。勝てない、逃げられないというのなら、降伏する。ただし、沙織達はこの場から撤退させるのが条件だ。そのため自身の命をチップにする博孝だが、その提案を聞いた沙織達から声が上がる。
「そんなの認められるわけないでしょ!?」
「諦めるには早いっすよ!」
「おにぃちゃん、それはだめっ!」
沙織達は何を言い出すのかと噛み付いたが、博孝は前言を撤回しようとは思わない。沙織達だけでも逃がせれば砂原に連絡を入れ、戦力を整えて『星外者』と戦えるからだ。
それを『星外者』に悟られては意味がないため博孝は何も答えず、『星外者』にのみ言葉を向けた。
「俺の命は必要ないって言ったけど、俺が死ねば『活性化』もなくなる。それが惜しいなら譲歩してもらおうか?」
自分の命を盾に取るという情けない状況だったが、他に打てる手がないのだ。そのため博孝は『星外者』に譲歩するよう迫るが、『星外者』は博孝の顔を見たまま何も答えない。
無感情に、無表情に博孝を見据え、最後には小さく笑った。
「俺には“この星”の個体が持つ感情とやらをそこまで理解できないが、今のお前を見ていて一つ理解した感情がある」
「……それは?」
『星外者』の声色が僅かに変わったことを察し、博孝は表情に希望を混ぜながら問いかける。『星外者』はそんな博孝を見据えたままで、静かに言い放つ。
「――滑稽という感情だ」
そう言うなり、『星外者』の姿が消えた。そして『星外者』の言葉を認識し、理解しようとした思考の間隙を突かれ、博孝は懐に潜り込まれてしまう。
無造作に突き出される拳。そこにきてようやく反応できた博孝は回避を諦め、『構成力』を腹部に集中させた。しかし、『星外者』の拳は博孝の防御を物ともせず、集中させた『構成力』を打ち抜いて拳を突き立てる。
「がっ……ぐぅ……」
タイヤを蹴りつけたような鈍い音と共に腹部に激痛が走った。骨がまとめて何本も圧し折れる音が体の内側から響き、さらには内臓まで傷つけたのか博孝の口元から血が溢れ出す。
「このっ!」
そんな博孝の姿を見て即座に動いたのは沙織だった。『無銘』を振りかぶり、博孝から『星外者』を引きはがすべく斬撃を繰り出す。
「無駄だ」
放たれた斬撃を振り向きもせずに弾く『星外者』。その間に恭介とみらいが博孝を取り戻そうとするが、それよりも先に『星外者』が大きく距離を取る。
「ごぼっ……げっ、ごほっ……」
移動の衝撃だけで内臓から激痛が走り、博孝は大きく血を吐いた。『星外者』は左腕だけで抱えた博孝に視線を落とすと、首を傾げる。
「思ったよりも脆かったか……まあ、死にはしまい」
腹部から全身に伝わる激痛に、博孝は身動き一つ取れない。あまりの痛みに頭からつま先まで動こうとせず、『星外者』に抱えられたまま血を吐くことしかできなかった。
博孝が囚われてしまったため、沙織達も迂闊には動けない。沙織などは『無銘』の柄を握り潰さんばかりに力を込めているが、それでも博孝の安全を思えば軽挙はできなかった。
『星外者』は咳き込む博孝に視線を落とし、嘲るように言う。
「己の命を盾にするのは一つの手だった。だが、“今の”お前には自決する度胸もないだろう?」
その言葉に、血を吐いていた博孝の肩が僅かに震えた。仲間を逃がすためならばと思いつつも、本当に己の命を投げ出すことはできなかったのである。
それは以前の博孝には芽生えなかった恐怖感が原因であり、『星外者』に持ちかけた取引もハッタリだった。それが見抜かれたのだろうか、と朦朧とする意識の中で博孝は思う。死ぬつもりがないのに命を賭けたように見せた博孝を指して、滑稽だと言ったのか。
「例え本気だったとしても、自爆はできなかったがな」
「……な……に?」
息も絶え絶えになりながら、博孝は反応を返した。そんな博孝に対し、『星外者』は絶望を塗り込むように言う。
「たしかにこの星の個体が力の制御を誤れば弾けて死ぬ。だが、お前は十分に育っている。自爆しようにも器が壊れん」
器が指しているのは肉体のことだろうか、と博孝はぼんやり考える。その間も口から血が流れ落ちるが、その感触はひどく不快だ。
「さて……目的のものも確保した。あとは……」
『星外者』は博孝から視線を外すと、沙織達を見る。その眼差しは相変わらず感情が見えず、沙織達を路傍の石のように見ていた。
その言葉を聞いた博孝は、震える左手を持ち上げて『星外者』の腕を掴む。そして血を吐きながらも顔を上げ、『星外者』の顔を睨み付けた。
「さ、おり……たち、に、は……て……をだす……な……」
激痛と出血で意識と言葉が途切れ途切れになりながらも、仲間を庇う。いくら『星外者』が恐ろしくとも、恐怖に震えようとも、それだけは許さない。
「ふむ……」
少しだけ感心したような声。『星外者』は目を細めると、数秒思案してから頷く。
「まあ、いいだろう。アレらはいてもいなくても大して変わらない」
そう言うなり、それまで周囲を囲んでいた力場が消失した。海風が吹き付け、波の音が聞こえるようになったことで『星外者』の領域から解放されたことを沙織達は悟る。
「この場限り、“こちらから”は手を出さないと約束しよう」
沙織達に対して宣言する『星外者』。最早この場に用はないと言わんばかりに背を向けるが、それを見た沙織達が黙って見送るはずもない。
「ふざけんなっ! 博孝を返せ!」
最初に動いたのは恭介だった。沙織とみらいは無言で動き、博孝が稼いだ時間の間に集中させた『構成力』をそれぞれ『無銘』と拳に発現する。
「――このまま帰すと思っているの?」
博孝を傷つけられた怒りからか、沙織が握る『無銘』はかつてないほどの輝きを放っていた。みらいも拳の周囲の空間が歪み出し、『星外者』と似た様相を作り出す。
「おにぃちゃんをかえしてっ!」
それぞれ怒りを露わにしながらも、動きは冷静だった。博孝を抱えている左腕側を避け、前後と右側に分かれて同時に襲い掛かる。
そんな三人に対し、『星外者』は再度力場を展開した。先ほどよりも小さく、博孝と『星外者』を覆うだけのものだったが、沙織の『無銘』は半ばまで食い込んだところで止まり、恭介は攻撃を完全に阻まれ、みらいも腕一本貫いただけに留まる。
「愚かな……動かなければ捨て置いたものを」
三人の攻撃を受け止めた『星外者』は周囲に張り巡らせていた力場を“外側”に向け、全力で解き放つ。それは不可視の衝撃となって三人を襲い、攻撃に気を向けていた沙織達はなす術もなく吹き飛ばされることとなった。
その威力は最初に受けた衝撃よりも上であり、全身を殴打されるような衝撃を受けて三人とも海面へと落下していく。意識を失ってしまったのか、身動ぎもしない――ただ一人を除いて。
「博孝を……返しなさい」
落下途中で体勢を立て直し、沙織が再度向かってくる。『星外者』を先に進ませまいと、進路を遮るようにして立ちふさがった。
「ほう……意識があるとは思わなかった。だが、お前ごときが立ちふさがっても意味はない。大人しく寝ていれば良いものを」
沙織も無事とは言えず、体のあちらこちらから出血をしている。気を抜けば意識を手放してしまいそうであり、『無銘』の柄を握り締めることで沙織は意識を保った。
たしかに、『星外者』の言う通り立ちふさがっても意味はないのかもしれない。博孝は既に動けず、恭介とみらいも海面へ向かって落下している。海面までそれほど高度がないのは救いだが、意識を失っていればどの道危険だろう。
沙織としても二人を助けたいところだが、救助に向かえば『星外者』は博孝を連れ去ってしまう。博孝の意図した通り助けを求めに行くのも手だろうが、『星外者』を再度捕捉できる可能性は低い――絶望的だ。
だからこそ、沙織は立ちふさがった。恭介達に対して心の中で詫びつつも、立ちふさがらずにはいられない。
「うるさいわね……そんなの、関係ない。博孝を連れて行くって言うのなら、わたしは刺し違えてでも止めてみせる」
博孝が、愛しい人が連れ去られそうになっているのだ。それ以上の理由など、沙織にはない。
「さお、り……逃げて、くれ……たのむ……」
沙織ならばそうするだろうと、博孝もわかっていた。だが、四人で戦っても勝てない相手に沙織だけで勝てるはずもない。
「博孝の頼みでもそれは聞けないわ」
博孝の懇願に対しても、沙織は頑として頷かない。絶対に博孝を助けてみせると、決然とした面持ちで答えた。
そんな沙織の言葉に、博孝は絶望的な心境になる。『星外者』は宣言した通り、攻撃を仕掛けてこなければ放置するつもりだったのだろう。ただし、攻撃してくるのならば話は別だ。
「逃げろ沙織! ごほっ……た、頼むから!」
血の塊を吐き出しつつも、博孝は必死に言い募る。沙織の決意を崩すことはできないと思いつつも、言わずにはいられない。
文字通り血を吐く博孝の説得。しかし、沙織は何故か優しげに微笑んだ。
「ごめんなさい、博孝。それだけは本当に聞けないのよ」
「なん、で……」
どうして逃げてくれないのか。博孝は激痛ではなく哀しみによる涙すら浮かべたが、沙織の決意は揺るがない。
沙織は『無銘』を一振りすると、慣れた手つきで納刀する。そして『星外者』に対して腰を落とした構えを見せながら、透き通った笑みを浮かべて言った。
「“誓った”から。この誓いだけは博孝が相手でも譲らないわ」
「ふむ……何を誓ったのかね?」
ここにきて、『星外者』が瞳の色を変えた。沙織の話に興味を惹かれたのか、それまでの無機質なものとは異なる毛色の眼差しを沙織に向ける。
沙織は『星外者』からの問いかけに、己が立てた誓いを心中で呟く。
――絶対に博孝を守り抜く。
それは博孝と想いを通じ合わせた日。夕日の射す屋上で誓ったのだ。
「博孝を守り抜くって誓った……わたし自身に。そして何よりも」
『星外者』を睨み付ける。それと同時に沙織の全身から『構成力』が溢れ出し、眩い光を放つ。博孝を傷つけられた怒り。立てた誓い。その二つが沙織の背を押し、沙織の周囲の空間を歪ませていく。
「――守り抜くって親友に誓ったのよっ!」
咆哮と同時、前傾姿勢を取った沙織が弾丸のように突き進む。右手は『無銘』の柄に添えられ、左手は腰元の鞘を握る。
沙織の放つ殺気を受けた『星外者』は、口の形を大きく笑みの形に変えた。そして右手を構え、正面から沙織を迎え撃つ。
ここまで接近すれば、互いに回避はない。間合いに踏み込んだ沙織は博孝を巻き込まないよう『星外者』の上半身を狙い、『無銘』を鞘走らせ、輝く白刃を雷光の速度で振り抜いた。そんな沙織の動きに合わせ、『星外者』も右腕を振り下ろす。
両者一閃。そのあまりの速度に、数瞬遅れてから甲高い金属音が鳴り響く。右腕を振り下ろした『星外者』は、『無銘』を振り抜いた体勢で動きを止めている沙織に対して言葉を投げかけた。
「なるほど、友のためか。いやはや、この星に来て以来、そういった話はいくつも見聞きしたぞ。友のために立ち上がり、敵を討つ。なんと言ったかね……そうだ、ハッピーエンドというやつだな」
まるで称賛するような響きの声。その声に博孝は痛む体を無視して顔を上げ。
「――だが生憎と、ハッピーエンドで終わるほどこの世の中は甘くない」
乾いた音を立てて『無銘』が砕け散る。それと同時に沙織の体がゆっくりと傾き、力を失ったように海面へと落下していく。
『星外者』の右腕は半ばまで傷跡が走っているが、それだけだ。沙織と『星外者』の激突に『無銘』が耐えきれず、切断する前に砕けてしまったのだろう。
「さ……おり……」
落下していく沙織に博孝が手を伸ばすが、その手が届くことはない。遠ざかっていく沙織の姿を見ながら、博孝は意識を失うのだった。




