第二百四十三話:蠢動 その7
「いいかテメェら! 相手は鳥型の『ES寄生体』だ、遠距離から仕留めろ! わざわざ遠路遥々ここまで飛んできたんだ! 土産の鉛玉をくれてやれ!」
自身の対物ライフルを手慣れた様子で操作しつつ、部下に叱咤の声を飛ばしたのは野口だった。小隊を率いた野口は防衛線中央部からやや左翼よりの林に陣取り、伏射姿勢を取りながらスコープを覗き込む。
野口が使用している対物ライフルに装填する弾丸は大口径のものであり、有効射程は約二キロメートル。ボルトアクションのため連射は難しいが、相手が『ES寄生体』かつ距離が離れているためそれで十分だ。
『探知』を使って索敵を行っている陸戦部隊員からの要請を受け、支援射撃を行うのが野口達の役割である。
「もしも敵が抜けてきても絶対に接近戦に持ち込むなよ! 『ES寄生体』と接近戦をやるなんざ馬鹿のすることだ!」
スコープの調整を行いつつそう怒鳴る野口だが、周囲にいた部下達は苦笑を零す。
「うちの小隊長殿は頻繁に『ES寄生体』を接近戦で仕留めてるけど……」
「つまり……大馬鹿?」
「聞こえてんぞゴラァッ!」
近くで伏射姿勢を取っていた部下を蹴り付ける野口。それを聞いた小隊員達は笑い声を上げるが、野口が持つ無線機に通信が入ったことで笑い声を即座に止める。
野口は部下達が適度な緊張を保っていることに内心で満足しつつ、無線機に出た。すると、その内容は間宮から支援射撃を要請するものだった。
「おら、仕事の時間だ! 相手は馬鹿でかい鳥が二匹! 現在四キロ地点からこちらに接近中!」
部下達に指示を出しつつ、敵の進路へ銃口を向ける。スコープ越しに覗き込んでみると黒い点が二つ映り、それを確認するなりボルトを引いて弾丸を装填した。
「使う弾は通常弾、A班は右、B班は左の鳥を狙え」
狙撃の腕が均等になるよう班に割り振っているが、それぞれで一匹ずつを狙うよう指示を出す。対『ES能力者』用の弾丸は数に限りがあるため、使用するのは通常弾だ。
陸戦部隊員が近くにいないのならば対『ES能力者』用の弾丸を使用するが、今回は相手の動きを阻害するだけで良い。相手が『ES寄生体』ならば、大口径の銃弾を叩き込めばその衝撃だけで動きを鈍らせることができるのだ。
ただし、いくら使用しているのが大口径の弾丸と云えど、長距離かつ海風が吹いている状況では狙った通り命中させるのは難しい。風による弾道の変化を考慮する必要があるが、それを補うために野口は部下達全員に長距離狙撃が可能な銃器を持たせているのだ。
「外した奴は任務が終わったら酒を一杯奢れよ?」
「そりゃ当てる人にとっては稼ぎ時でしょうけどねぇ!?」
「小隊長殿、ここ三日間で何十杯も累積しているんですが……」
野口の軽口にブーイングを飛ばす部下達。野口はそんなブーイングを遮るようにして耳栓を嵌めた。そしてハンドサインで狙撃の準備を促し、自身もスコープ越しに『ES寄生体』へと狙いを定める。
引き金を引くタイミングは、陸戦部隊が『射撃』を発射するのと同時。大口径の弾丸は『射撃』よりも弾速があるため、弾丸で相手の動きを阻害し、本命である『射撃』を間違いなく命中させる必要があった。
本来ならば弾道を読むために試射しておきたいが、それで敵が進路を変えてしまえば意味がない。そのため野口達が放つのは一発だけだ。
スコープ越しに右目で『ES寄生体』の姿を視界に捉えていた野口は、静かにゆっくりと呼吸を整える。そして銃口を僅かにずらして息を止めると、左目の視界に『射撃』の輝きを捉えるなり優しく引き金を引いた。
耳元で轟音が炸裂し、銃口から大口径の弾丸が吐き出される。銃口内のライフリングによって回転した弾丸は真っ直ぐ飛翔し――風によって僅かに逸れ、そのまま『ES寄生体』の首に着弾した。
その衝撃によって『ES寄生体』は体勢を崩し、遅れて飛来した光弾によって蹂躙される。体勢が崩れたことで回避することができず、『射撃』の雨に巻き込まれてしまったのだ。
「ジャックポット……なんてな」
「なんで試射なしに命中するんですか……」
ボルトを引いて薬莢を排出しながら呟く野口に、呆れたような口調で呟く部下。どうやら外してしまったらしく、その表情は暗い。
野口は接近していた二匹の『ES寄生体』が撃退されたことを確認すると、耳栓を外して返答する。
「勘だ勘。ここに撃てば当たるだろうって直感で撃つんだ」
「そんな無茶な……」
呆れたように呟く部下だが、それで実際に命中させているのだから否定もできない。人間というよりは獣の理論に思えたが、野口は人の身でありながら百を超える『ES寄生体』を倒しているのだ。人間の物差しで測る方が悪いのかもしれない。
もしも『ES寄生体』が接近してきたら、野口に任せて下がってしまおう。部下達がそんなことを考えている中、野口はスコープを動かして敵影が見えないかを確認する。
「……あん?」
そこで不意に、奇妙なものを発見した。左翼方面の上空で陽炎のように視界が歪み、まともに目視することができない場所があるのだ。
野口はスコープから目を離すと、自身の目を軽く擦ってから再度スコープを覗き込む。見間違いかと思って確認し直すと、先ほど見えた奇妙な“揺らぎ”は見えなくなっていた。
「おい……向こうに何か見えないか?」
「どこです?」
見間違いと片付けても良かったが、勘に引っかかるものがある。そのため部下にも確認させるが、返ってきたのは否定だった。
「何か異常が? あまり脅かさないでほしいんですけど……」
三人ほど確認させるが、それぞれ首を傾げるだけである。その反応からやはり見間違いかと思った野口は、スコープを調節しながら怪訝そうに呟いた。
「見間違いか……いや、でもな……」
部下に確認までさせたものの、どうにも腑に落ちない。石でも飲み込んだような違和感が胃の中にあり――野口は己の勘を信じた。
『野口曹長より指揮所。応答されたし』
『……野口曹長? こちら岡島陸戦少尉です。どうされました?』
己の勘に従い、野口は無線機を掴んで後方の指揮所に連絡を取る。即応部隊の基地には簡易ながらも指揮所が設置されており、『ES能力者』が持つ携帯電話や野口達が持つ通信機とリンクして位置情報などを把握することができる。
現在連携している陸戦部隊ならばともかく、索敵を行っている博孝達に直接連絡を取ることはできない。交戦中に着信を気にして腕を鈍らせることはないだろうが、万が一もあった。そのため、まずは指揮所に確認を取る。
『第三空戦小隊は今どこに?』
『……第三空戦小隊ですか?』
通信に出た相手が里香ということで、すぐに答えが返ってくるだろうと野口は思った。しかし、何故か里香の返答には僅かながらも間が空く。
『……野口曹長達が布陣している地点から、北西約四キロメートルの地点です』
『交戦中で?』
『……いえ、索敵中です』
その返答に、勘が外れたかと野口は内心で呟いた。先ほど野口が捉えた異常らしきものは、四キロメートルも離れていない。それならば見間違いだったのだろう。
『そうですか……忙しいところにすいませんでした』
納得できないものを感じつつも、確証がない。そのため野口は自分を無理矢理納得させると、己の職務に戻るのだった。
『星外者』と対峙する博孝だが、問答無用で襲い掛かったわけではない。距離を測りつつ味方に通信を行い、援軍を呼ぼうとしていた。
「駄目っす博孝、つながらねえっ!」
しかし、通信を任せていた恭介から返ってきたのは通信不能という言葉。博孝も携帯電話の無線機能に耳を傾けるが、返ってくるのはノイズ音だけだ。
海上でフェンサー達と戦った時とは異なり、天候も悪くはない。それほど陸地から離れていないため通信が不可能というのはおかしな話だった。
一体何が起きているのかと疑問に思う博孝だが、『星外者』が放っている違和感が増大していることに気付く。まるで周囲の空間を侵食するように放たれるその違和感に、博孝は覚えがあった。
周囲を満たしているものは、以前みらいが力を暴走させた際に発した違和感に酷似している。ただしその“濃度”はみらい以上であり、それでいてしっかりと制御されているように感じられた。
「……アンタの仕業か?」
悠然と構える『星外者』に問いかける。すると、『星外者』は無表情で首を傾げた。
「さて……機械とやらには詳しくないのでな」
「そうかい……」
とぼけているのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。嘘を吐いているようにも思えず、博孝は他の手段での連絡を試みた。
『みんな、聞こえるか?』
『通話』で小隊の仲間に声をかける。博孝が『通話』で会話可能な距離はそこまで広くないが、『活性化』を使えば距離を伸ばすことができる。さすがに陸地までは届かないが、異常を察知した『ES能力者』が近くにいれば報告が可能だった。
『聞……て……よ』
しかし、返ってきた声は途切れ途切れである。声から判断するに恭介からの返答だったようだが、『通話』もノイズがかかったように明瞭ではない。
「……途切れ途切れっすね」
恭介が肉声で呟き、それを聞いた博孝は眉を寄せた。通信機器だけでなく、『通話』による会話も困難らしい。それならば、博孝が取る手段は一つだけだ。
「退くぞ!」
『星外者』に向かって『砲撃』を放ちつつ叫び、博孝は小隊を連れて全速力で撤退する。『天治会』の中でもラプターを超える重鎮と思わしき相手と遭遇したからといって、馬鹿正直に戦う必要もない。
連絡がつかないといっても、そこまで離れていないところに味方がいるのだ。それならば合流してから叩いた方が安全である。
(それに、コイツと交戦するのはまずい気がする……勝てるビジョンが浮かばねぇ)
『星外者』の姿を見た時から嫌な予感が止まらない。一度も拳を交えていないというのに、目の前の男に勝つ自分の姿が思い浮かばない。
技量差とは別次元の“何か”を感じ取った博孝は、後方に光弾をばら撒きながら高速に離脱する。最初に撃った『砲撃』も効いているのかわからず、『星外者』は轟音と爆発に包まれて姿が見えなくなっていた。
「おにぃちゃん、とまって!」
後方を気にしていた博孝だが、みらいらしからぬ鋭い静止の声に動きを止める。何事かと思って目を凝らすと、進行方向の空間が揺らいでいるのが見えた。
「あれは……」
博孝達を包むよう、球状に揺らぐ空間。景色を見通すことができないその揺らぎは、かつてみらいが見せたものと同様のものだ。
博孝は『射撃』を発現して光弾を放ってみるが、揺らぐ空間に接触するなり爆発してしまい、突破することができない。それは『狙撃』でも変わらず、博孝は自らと沙織に対して『活性化』を発現しつつ叫んだ。
「合わせろ沙織!」
「わかったわ!」
声をかけるだけでタイミングを合わせ、博孝は全力で『砲撃』を発現する。沙織は『飛刃』を発現して全力で放ち、博孝の『砲撃』よりも数瞬速く命中させた。
沙織の『飛刃』で小さくとも切れ目を入れ、博孝の『砲撃』で打ち破る。その狙いのもと放たれた攻撃だったが、炸裂の衝撃で空間の揺らぎが大きくなっただけだった。
その強度はみらいが発現した力と同等か、それ以上か。『収束』を発現して切り裂こうと考えた博孝だが、みらいの時でさえ辛うじて右腕一本貫いただけだ。『収束』でなければ貫けず、また、貫いたあとも腕が潰されていたかもしれない。
眼前で揺らぐ空間の力がみらいの力と同等かそれ以上だった場合、無事に済むかどうかわからない。博孝の脳裏に自身の右腕が吹き飛ぶ光景が過ぎり、冷や汗が流れ落ちる。
(腕の一本で済むなら……いや、さすがにそれはちょっと……)
仮に右腕を犠牲にするとしても、この場から脱出できるのならば良いではないか。そう考えたものの、自ら腕を差し出すような真似に忌避感を覚えてしまう。
「博孝! どうするの!?」
“何故か”躊躇した様子の博孝に、沙織が声をかける。その声を聞いた博孝は普段よりも鈍く感じられる思考で打開策を検討すると、『星外者』がいた方向へと振り向いた。
「突破できるかわからないのなら……アイツを倒すだけだ」
その言葉には、まるで自分に言い聞かせるような響きがあった。そんな博孝の様子に、沙織だけでなく恭介やみらいも疑問を覚える。
普段の博孝ならば即断即決で戦うことを決めたはずだ。もしかすると時間を要するほどに悩んだのかもしれないが、命令を下す声にもどこか覇気がない。
「――相談は終わったか?」
まるで耳元から聞こえるような声に博孝達が視線を向けると、一体いつの間に接近したのか、十メートルほどの距離を置いたまま視線を向けてくる『星外者』の姿がある。博孝の『砲撃』が直撃したはずだが、負傷した様子もなかった。
「ぐっ……」
そんな『星外者』の姿に、博孝は気圧されたように拳を握り締める。『構成力』を集中させて『収束』を発現したいが、集中が乱れて上手く『収束』を発現できない。
(……博孝?)
(どうしたっすか?)
博孝は『星外者』を睨み付けているが、それはまるで虚勢を張っているように見えた。沙織と恭介は博孝の様子がおかしいことに内心で疑問を覚えるが、敵の眼前で悠長に問い質すこともできない。
――博孝が怯えているように見えるなど、目の錯覚だろう。
いくら敵対しているのが未知の相手、未知の能力とはいえ、“そんなもの”は戦場では当然のことだ。初見の相手である以上、素性や能力がわからないのは当たり前と言える。
博孝とてそのような状況を幾度も乗り越えてきたのだ。それだというのに、博孝は『星外者』の一挙一動に過剰なほどの反応を示している。
沙織と恭介が博孝に気を割いている中、みらいだけは『星外者』に意識を集中させていた。相手の能力もそうだが、それ以上に気になることがあったのである。
「なんで、おにぃちゃんだけみてるの?」
心中に浮かんだ疑問。駆け引きなどが苦手なみらいは、その疑問を直截にぶつけていた。『星外者』は姿を見せてから今に至るまで、ずっと博孝を見ている。他の者――沙織達など眼中にないと言わんばかりであり、みらいはそれが気にかかったのだ。
すると、みらいとしては予想外なことに『星外者』が視線を移す。
「紛い物か。お前にも興味はあったが、結局は失敗作だ。“本命”は一つに絞るべきだったな」
「……なんのはなし?」
『星外者』の話が理解できず、みらいは首を傾げた。ただし、見下すようなニュアンスを感じたためみらいは不機嫌そうである。
「最早過ぎたことだ。我々が求めるのはそこの個体……河原崎博孝の回収だけだ」
そう言って視線を博孝へと移す『星外者』だが、その視線を向けられた博孝は歯を噛み締めながら構えを取る。
「回収だかなんだか知らないが、それで『はいそうですか』って頷くと思ってるのか?」
一度だけ深呼吸をして緊張を和らげ、博孝は『収束』を発現した。しかし、普段発現する『収束』と比べると『構成力』の集中が甘く、気を抜けば『構成力』が霧散しそうだ。
博孝の右手に集まった『構成力』は白く、荒く弾ける。その様子こそが博孝の心情を表しているようでもあり、博孝は内心で舌打ちをした。
(くそ……どうなってんだ?)
『ES能力者』になって以来、これほどまでに恐怖感を覚えたことはない。味方では源次郎や砂原、敵ではハリドやラプター、ベールクトやフェンサーなどと相対したことがあるが、ここまで心を乱されたのは初めてだ。
むしろ、今までが異常だったのかもしれない。何度も死ぬような目に遭いながら、恐怖するようなことはなかったのだから。
「お……おおおおおおおおぉっ!」
体中を恐怖が支配する前に、博孝は前に出る。自身を鼓舞するように叫び、『収束』を発現した右手を構えながら一直線に突っ込んでいく。
「博孝!?」
「くっ……」
あまりにも直線的な動きに驚く恭介と沙織だが、それで呆然とするほど甘い鍛錬は積んでいない。博孝の動きに合わせて『星外者』を挟むように動き、それぞれ攻撃を行う。
博孝は真正面から掌底を、沙織は右側から『無銘』による斬撃を、恭介は左側から蹴りを繰り出す。だが、そんな博孝達の動きに『星外者』は大した反応をしなかった。
博孝の掌底は右手で受け止め、沙織と恭介の攻撃には防御すらしない。沙織が繰り出した『無銘』は首を薄皮一枚切り裂いたところで止まり、恭介の蹴りは右腕に触れる直前で止まってしまった。
「なんっすかコイツ!?」
まるで鉄を蹴りつけたような感触に驚愕する恭介。驚くべきは、攻撃を受けた『星外者』が身動ぎ一つしなかったことだろう。
「やああああああああぁぁっ!」
そんな三人の攻撃から僅かにタイミングをずらしたみらいが頭上から殴りかかるが、『星外者』は左手を上げて容易く受け止めてしまう。
「邪魔だ」
そんな言葉と共に全方位に不可視の衝撃が放たれ、沙織と恭介の体が大きく吹き飛んだ。手を掴まれている博孝とみらいはその場に留まるが、その代わりに本来は体が吹き飛ばされるほどの衝撃が腕に伝わる。
「づっ!?」
『収束』を発現しているはずの右腕からミシリ、という音が響いた。博孝は咄嗟に『星外者』の右腕を蹴り上げて拘束を外すと、自身と同様に手を掴まれていたみらいを救い出してから後退する。
「被害状況は!?」
「いってぇ……全身を殴られたような感じっすけど、無事っす」
「こっちもよ。戦闘に支障はないわ」
「うで、いたい……」
吹き飛ばされたものの即座に体勢を立て直した恭介と沙織。二人とも負傷は浅いようだが、みらいは眉を寄せて右手を振っている。
「さっきからどうしたの? さすがに迂闊よ?」
「ああ……悪い」
沙織は『無銘』を構えながら博孝に言うが、それに答える博孝は自分の右手を開閉させながら顔をしかめていた。『星外者』の様子を窺ってみるが、沙織に皮一枚斬られた首筋を撫でながら不思議そうな顔をしている。
「ふむ……あの個体の成長は予想以上、か」
そう言って首筋から手を離すと、既に傷は見当たらなくなっていた。
「……一応、全力で斬りかかったんだけどね」
「初手で首を刈りにいくとかさすが沙織っち……なんて、そんな冗談を言ってる暇もなさそうっすね」
ここにきて、沙織と恭介も『星外者』の異常さを認識する。その存在感もそうだが、無防備なところに攻撃を叩き込んだというのに毛ほどの傷しか負っていない防御力。さらには予備動作もなく襲ってきた衝撃など、戦い難いことこの上ない。
博孝は深呼吸をして気息を整えようとする。相変わらず心が落ち着かないが、このままではまともな判断も下せそうにない。そう思って深呼吸を繰り返すのだが、心臓は早鐘を打ち続ける。
沙織も恭介もそんな博孝の“異変”に気付いていたが、その理由がわからない。それでも沙織は『星外者』を睨み付けると、『無銘』を突きつけながら問う。
「アンタ……博孝に何かしたの?」
博孝の様子がおかしくなったのは、目の前の男と対峙してからだ。そのため沙織が問いかけると、『星外者』は無表情で答える。
「何もしていない……“俺は”な」
「……?」
どこか含みがある物言いだった。しかし、その言葉が指す意味が沙織にはわからない。『星外者』も事細かに語るつもりはないのか、その視線を博孝に移した。
「しかし、これは少しばかり興醒めというもの……己が目でも育ち具合を確認したかったのだがな」
かすかだが残念そうな声色で言い放つ『星外者』。そして、何かを思いついたように沙織達へ視線を向けた。それと同時に『星外者』の周囲の空間が揺らめき、放たれる威圧感が何倍にも膨れ上がる。
「そうだな……アレらは仲間という存在なのだろう?」
そう言って、その口元が僅かに吊り上がった。
「――壊してみれば少しは奮い立つか?」




