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第百九十七話:要請 その2

 東北地方――太平洋に面する陸中海岸から西へ僅かのところに、その駐屯地は存在した。太平洋方面を監視し、有事の際は迎撃もしくは防衛を行うための戦力が駐屯する基地である。

 基地に駐屯しているのは、第六空戦部隊だ。近隣には陸戦部隊や対ES戦闘部隊の駐屯地も存在しており、東北地方の治安維持に一役買っている。


 即応部隊は第六空戦部隊が駐屯する基地に向かって飛んでいるが、その速度は普段よりも遅い。新たに配備された軍用ヘリの飛行速度に合わせて飛んでいるからだが、陸上を進むよりも遥かに時間を短縮できるため文句を言う者はいなかった。

 また、砂原は折角の機会だからと編隊飛行の訓練も実行している。軍用ヘリを中心に据え、空戦部隊の面々に指示を出して陣形の切り替えを行っているのだ。


 即応部隊が正式に稼働を始めて一ヶ月程度、空戦の人員も増強一個中隊しかいないが、“お行儀良く”飛ぶだけならば問題はないか、と砂原は判断した。

 第一から第四までの空戦小隊は指示に合わせて飛ぶ位置を変え、砂原の手足のように動いている。各小隊内での陣形変更もスムーズであり、それなりに使えると判断した。

 正式稼働に合わせて加わった第四空戦小隊の動きが少しばかり鈍いが、錬成の期間を考えれば仕方ない。砂原と斉藤、そして時間が空いた時に博孝も参加して鍛えていたが、即応部隊に加わってまだ一ヶ月だ。足を引っ張らない程度に動けているため良しとする。


『空戦小隊は護衛対象を中心に密集隊形へ移行せよ。間違ってもヘリのローターに当たるなよ?』

『了解!』


 『通話』での指示に従い、それぞれの小隊が軍用ヘリを中心にした密集隊形へ移行する。軍用ヘリの移動速度に合わせて上下左右を防御するように展開し、その動きを見た砂原は満足そうに声を発した。


『まあまあだな。部隊の展開に支障はないか』

『おや、隊長殿が褒めるとは珍しいですな』


 砂原の言葉に対し、斉藤が面白がるように反応する。それを聞いた砂原は、鼻を鳴らした。


『俺は褒める時は褒める……そうだろう、河原崎少尉?』

『え? なんで俺に流れ弾が飛んできたんですかね……いやまあ、そうですね……そう、そうですよ? ええ、はい。そうですとも』

『落ち着けよ少尉。動揺しすぎだ』


 挙動不審に視線を彷徨わせる博孝だが、すかさず斉藤からツッコミの声が飛んでくる。砂原との付き合いが浅い福井などは、『まあまあ』という評価で褒めているのだろうか、と内心で首を傾げた。

 だが、それを言葉にはしない。さすがの福井でも、それぐらいは弁えていた。


『しかし、部隊の展開速度が上がるのは助かりますな。我々としては、守られるだけでなく共に飛びたいところですが』


 軍用ヘリに乗り込んだ間宮が会話に参加すると、砂原から苦笑混じりの声が変える。


『いつかは“そうなる”だろう。それまでの準備期間と思いたまえ』

『そうですね……やはり、河原崎少尉に協力を頼まねばならんか。余裕があれば頼むぞ少尉』

『だからどうして俺に流れ弾が集中するんですかねぇ!?』


 訓練がてら飛んでいるが、会話の内容は若干緩い。これは即応部隊に配属されて時間が経っていない者に対する配慮だろうが、その槍玉に挙げられる博孝としては堪らない。

 博孝達は二度目だが、市原達などは即応部隊として初めての任務だ。彼らに配慮しているのだろうが、博孝は『自分にも優しくしてほしいなぁ』などと思ってしまう。しかしこれも新米士官としての役目だと思い、言葉を飲み込んだ。


 訓練を兼ねて東北に向かって飛ぶと、徐々に空気が冷たくなっていくのを感じる。雪が降るほどではないが、地表から高度を取って飛んでいると気温差が激しいのだ。それも秋の東北地方となると、即応部隊の基地がある地域と比べて気温が低い。

 『ES能力者』でなければ今頃凍えているだろう。それでもほとんど影響がないことに感謝しつつ、博孝は白い息を吐く。


(柳さんか……修学旅行の時に会ったけど、まさか本当に一緒に“仕事”をする羽目になるとは……)


 修学旅行の際にそのようなことを言われたが、実現するとは思わなかった。しかし、柳が作った対『ES能力者』用武装は対ES戦闘部隊や一般の兵士も使用している。

 博孝にとって身近なところで言えば、沙織の『無銘』や野口が使用する武器弾薬がそうだ。柳が力を貸せと言うのなら、請け負うのも吝かではない。『活性化』が何かしらの役に立つのなら、それは博孝としても嬉しいことだ。


 しかし、博孝がそう考えていたのは実際に柳と顔を合わせるまでの間だけだった。第六空戦部隊の駐屯地に降り立つなり、待っていたと思わしき柳に“作業場”へ連行されたのである。


「おう、久しぶりだな砂原。それじゃあこの坊主は借りていくぞ」


 そんな一言を残し、博孝を引き摺るようにして作業場へ向かう柳。現地部隊への挨拶を行う暇もなく、博孝は売られた子牛のような有様で二重の壁に覆われた建物へと連れて行かれた。

 到着するなり柳に連行される博孝を見て、第六空戦部隊の面々は目を丸くする。即応部隊が請け負った任務に関しては知らされているが、柳の行動はあまりにも無軌道過ぎた。


『隊長、助けてください……』

『お前の仕事は柳に協力することだ。第六空戦部隊には俺の方から話をしておく』


 博孝は一応助けを求めてみたが、あっさりと見捨てられてしまう。しかしそれはさすがに不憫と思ったのか、砂原は付け足すように言った。


『護衛対象が単独行動というのもまずいな……“護衛”としてお前の小隊をつけよう』

『あー……了解です。長谷川曹長は柳さんとも相性がいいでしょうし、助かりますよ』


 護衛対象の意向には極力従うのが護衛の役目だ。また、職人でもある柳の気持ちもわかるため、砂原は小さく苦笑しながら第三空戦小隊の面子を博孝達につける。

 砂原から柳と博孝についていくよう命令された沙織は嬉々として、恭介とみらいは表情の選択に困りつつ、二人の後を追うのだった。








「さて、それじゃあ早速『活性化』を使ってもらおうか」

「さすがに自由過ぎませんかね?」


 頑丈な金属で周囲を囲まれた作業場に連行された博孝は、落ち着いた様子ながらもどこかウキウキとした雰囲気を振り撒く柳にツッコミを入れた。

 柳は技術職であり、博孝達と違って階級を持たない。しかしながらその貴重性、国への貢献度により、その辺りの士官よりも遥かに高待遇だ。与えられている権限も大きく、それが必要と思えば博孝達を連行するぐらいは容易く許容される。


 柳の姿は修学旅行で見た時と変わっておらず、紺色の作務衣を着込んで足には足袋と草履、腰元にはやや短めの刀を差している。顎先に生えた無精髭と、黒髪を後頭部でまとめた茶筅髷を見ると、いつの時代の人間だと博孝は尋ねたくなった。


「坊主……えーっと、河原崎だったか? お前さんが持つ『活性化』を試してみたいからわざわざ呼んだんだ。『武神』殿に頼んで護衛任務っていう“体裁”まで整えてもらってな」


 そう言いつつ、柳は作業場を見回す。そこには武器工廠で造られた銃弾や砲弾、軍用ナイフなど、これから対『ES能力者』用武装に変化させるための“材料”が大量に用意されている。

 作業員なのか、それとも護衛なのか。野戦服を着た兵士らしき者達が作業場のあちらこちらで忙しなく動き回っていた。


「俺の見立てなら、一定以上の効果が見込める……ただし時間は有限だ。護衛任務ってことで借りた期間、色々と試してみたいんだよ。というわけでほれ、『活性化』を見せろ」


 御託はいいから『活性化』を使え。そう促す柳に内心でため息を吐きつつ、博孝は柳に対して『活性化』を発現した。すると柳の体が薄緑色の光に包まれ、柳は面白そうな顔で自分の体を見下ろす。


「ほう……これが『活性化』か。話は聞いちゃいたが、実際に体験するのは初めてだな。効果と持続時間は?」

「身体能力とES能力の底上げですね。今は軽く発現したので、もって五分といったところですか」


 博孝がそう説明すると、柳は作業場の中でも周囲に物が置かれていない一角へと移動した。そして抜く手も見せずに腰の刀を抜くと、剣舞のように振るい始める。


「ああ、いたっすよ……って、柳さんは何をやってるんすか?」


 そうしていると、恭介達が追い付いて不思議そうな顔をした。博孝が柳に連れ去られたと思えば、柳は刀を振るっているのである。『活性化』による薄緑色の光を纏っているが、経緯を知らない恭介からすれば不思議な光景だろう。


「『活性化』の実験……かな?」


 そんな曖昧な返答をしつつ、博孝は柳の動きに注目した。手に持っている刀の刀身は『無銘』よりも短く、六十センチにも満たない。普段から『無銘』を見慣れている博孝からすれば、少しばかり頼りなく思ってしまう長さだ。


「えーっと、アレはなんだっけ? 脇差?」

「違うわ、小太刀よ……まあ、大脇差と呼ぶこともあるから、あながち間違いではないけれど」


 刀は切れ味と強度ぐらいしか興味がない博孝が呟くと、即座に沙織が訂正した。沙織の視線も柳が持つ小太刀へ向けられており、どこか楽しげだ。


「綺麗な太刀筋……あの小太刀は一尺九寸……いえ、八寸かしら。小太刀にしては少し短めだし、だいぶ細身ね。刃紋は互の目……数珠刃に近いわね」

「もっとわかりやすく言ってくれ」


「長曽禰虎鉄と似た作風の刀と言えばわかるかしら?」

「わかんねぇよ!?」


 博孝が声を張り上げると、沙織は何故通じないのだろうか、と言わんばかりに目を見開いた。そして、動揺したように視線を彷徨わせる。


「こ、困ったわ……これ以上噛み砕いて説明できないの……」

「なんでかつてないほど動揺してるんすか……」

「さおりだから」


 恭介とみらいの言葉も耳に届かず、沙織は博孝に対してどう説明したものかと思考を巡らせた。沙織と違い、博孝は刀剣類に明るくないのである。四人がそんな話をしていると、柳は小太刀を鞘に納めて満足そうに頷く。


「なるほど……たしかに身体能力が強化されてるな。体感としては一割増しってところか」

「一割……ですか?」


 柳の声には納得したような響きがあったが、博孝は首を傾げてしまう。その状況によって差はあるが、自分で『活性化』を発現した時は三割増し程度で身体能力が向上したように感じるのだ。

 柳に対して軽く『活性化』を発現したからだろうか、などと博孝が考えていると、沙織が目を輝かせながら柳へと詰め寄る。


「お久しぶりです、柳さん」

「ん? ……ああ、『武神』殿の孫か。久しぶりだな」

「ええ……というわけで、その小太刀を見せていただけませんか?」


 沙織の発言を聞いた恭介は、何が『というわけ』なのだろうかと心底不思議に思った。その隣にいたみらいは、『いつものことなの』と聞き流していた。


「駄目だ。断る」

「そ、そんなっ……」


 余程期待していたのか、今にも膝を折りそうなほどに愕然とした表情を浮かべる沙織。博孝はそんな沙織の様子に苦笑すると、柳に話を振る。


「その刀、なんて銘なんです? というか、そもそも銘はあるんですか?」


 沙織が受け取った『無銘』は、その名の通り銘が刻まれていない。最早『無銘』という名の刀になっているが、柳が腰に差している小太刀もそうなのだろうか。


「こいつか? こいつの銘は『柳刃(りゅうじん)』だ」

「……柳刃、ですか? 柳さんの名前が入ってますね」


 博孝が復唱すると、それを聞いた沙織が柳の持つ小太刀に視線を向けながら解説した。


「刀の銘については、多くの場合で作刀者の銘を切るのよ。あとは打ち上がった刀の形や刃紋で名前が付けたり、その刀で何を成したかによってまた名前が付いたり……三日月宗近や童子切がそうよ」

「なるほど……つまり柳さんは自分の名前にちなんだ銘を刀につけたと」


 後半は聞き流した博孝が尋ねると、柳は重々しく、そしてどこか誇らしく頷く。


「そうだ。今のところ俺の名前から取って銘を刻んだのは二振り……この『柳刃』と『斬鉄』だけだ」


 柳――柳鉄心の『柳』と『鉄』から取った名前なのだろう。柳は腰元の『柳刃』を軽く叩くと、話を別のものへ変える。


「俺の刀のことはどうでも良い。今はお前さんの『活性化』についてだ」


 そう言うと、柳は近くにあった作業台へと移動した。作業台の上には銅色の銃弾が置かれており、柳は『付与』を発現して銃弾の弾頭に『構成力』を込め始める。


「ふむ……たしかに普段よりも『構成力』が強い上に操作がしやすいな……」


 初めて『活性化』を発現した場合、大抵の者は普段との感覚の違いによってES能力の制御に失敗する。しかしさすがは一級特殊技能の保持者と言うべきか、柳は問題なく『付与』を発現し、なおかつ感想まで口にした。

 柳は目を細めながら作業台の上にあった銃弾に『付与』を施していくが、『活性化』の効果が切れるなり手を止めた。


「よし、今度は全力で発現してくれ。時間はまた五分でいい」

「了解です、っと」


 言われるがままに全力で『活性化』を発現する博孝。それによって柳の体が再び薄緑色の光に包まれ、柳は作業台へと向き直る。柳が仕事として『付与』を発現しているのを見たのは初めてのため、博孝達は興味深そうな顔でその様子を見守った。


 修学旅行の時は博孝達も『付与』を実践してみたが、その際はほとんどの者が『構成力』を込めることができず、『構成力』の扱いに長けた博孝でも『構成力』を込め過ぎて銃弾を破壊している。

 『付与』の難易度はそれほどまでに高く、博孝は今でも成功させる自信がない。仮に成功させるとしても、柳のように複数の銃弾に対してまとめて『付与』を発現することはできないだろう。


 柳は複数の銃弾に対して均一に、それでいて微細に『構成力』をコントロールすることで『付与』をかけていく。その技術は驚嘆すべきものであり――不意に、『付与』を行っていた銃弾が吹き飛んだ。


「うぉっ!? なんっすか!?」


 恭介が反射的に『防壁』を発現して破片を弾き、遅れて驚きの声を上げる。その反応の良さは素晴らしいものだったが、恭介が防いだのは自分達の方向へ飛んできた破片だけだ。銃弾の破片は四方八方へ飛散しており、柳は困ったように頭を掻いた。


「しまった……失敗したのは何年ぶりだ? コイツはじゃじゃ馬すぎるな……」


 普段よりも力強さを増した『構成力』の制御を僅かに誤り、弾頭が耐えられる以上の『構成力』を注いでしまった。普段ならば限界を超える直前で止めるのだが、『活性化』の後押しによって限界を超えてしまったのだ。


 平常時、弾頭の限界を100とするなら99と100の中間で『付与』を止めることができる。しかし、今回は100を僅かに超えてしまった。それによって弾頭の強度を超え、爆散させている。

 柳は何事かと駆け寄ってくる作業員に片付けを頼むと、博孝に視線を向けてため息を吐いた。


「コイツは戦闘向きの能力だな……『付与』みたいに『構成力』を繊細に扱う場合、普段との感覚が違い過ぎる。さっきみたいに軽くなら制御できるが、良くも悪くも効果が“大味”だ」


 『構成力』の扱いに長けた柳にとっては大きな違いではない。しかし、普段と感覚が違うのは技術者として困りモノだ。特に、銃弾の弾頭という小さな物体に『構成力』を込めるとなると、『活性化』なしでやった方が効率良く作業できるだろう。

 柳は指についていた金属片を取り払うと、作業台の上から銃弾を一つ取る。そして博孝に向かって放ると、銃弾の弾頭を指差した。


「その銃弾にはついさっき『構成力』を込めた。『活性化』を使ってみてくれ」

「……爆発するんじゃないですか?」


 修学旅行の時に銃弾を爆散させた記憶が鮮明に脳裏を過ぎる。博孝は柳に協力するのが仕事だと自分に言い聞かせ、作業場の隅に移動して『防壁』を発現した。銃弾を爆散させても破片が飛び散らないよう配慮したのだ。


 博孝は風船を針で刺すような気分になりつつ、銃弾に向かって『活性化』を発現する。そして次の瞬間には銃弾が炸裂する――と思いきや、銃弾は形を保っていた。

 爆発を危惧してほんの僅かに『活性化』を発現したのだが、『構成力』が込められた弾頭が薄緑色に光っている。博孝は思わぬ結果に首を傾げるが、『活性化』を中断すると薄緑色の光が消えてしまった。


「おい坊主、もう一度銃弾に『活性化』を発現しろ。そして、その銃弾を俺に向かって撃て」


 一連の光景を見ていた柳は眉を寄せつつ、近くの作業台に置いてあったリボルバーを博孝に手渡す。博孝は反論もせずに頷くと、銃弾に対して再び『活性化』を発現した。

 今度は持続時間を増やして発現すると、『活性化』を切っても光り続けている。博孝は柳に渡されたリボルバーのシリンダーロックを解除すると、スイングアウトしてシリンダーを取り出し、銃弾を装填。シリンダーを戻してロックをかけると、撃鉄を起こして柳を見た。


「本当に撃つんですか? というか、撃った瞬間に暴発しそうで怖いんですが……」


 訓練校で銃器に関しても学んでいるが、実際に撃った経験は少ない。『ES能力者』の腕力ならば片手で撃っても微動だにしないのだが、撃鉄が銃弾を撃発した瞬間、『活性化』を発現した銃弾が吹き飛びそうだ。


「そうだな……そこの坊主、お前さんは『防御型』だな? とりあえず『盾』を張って周りを囲んでくれや」

「お、俺っすか? わかったっす」


 指名された恭介は即座に『盾』を発現し、何かあっても銃弾の破片が飛び散らないようにした。柳は満足そうに頷くと、『防殻』を発現してから右手を開く。


「それじゃあ河原崎の坊主は俺の手を撃ってくれ。外すなよ?」


 護衛任務に来たはずだというのに、その護衛対象に自分を撃てと言われるこの状況。博孝はため息を堪え、リボルバーを両手で構える。


 柳との距離は五メートルも離れておらず、外す要素はない。博孝は内心だけでため息を吐くと、柳の手を狙って引き金を引いた。

 軽い発砲音と共に、銃口から弾丸が飛び出す。『ES能力者』である博孝の動体視力は直進する弾丸を目視し、外れることなく柳の右手に命中したのを確認した。


「……ふむ、威力が上がっているな」


 右手を撃たれた柳は痛がる様子もなく、右手を開閉させる。柳としては、『活性化』によってどんな効果があるかを自分で体感してみなければ意味がない。命中した弾丸は潰れて地面に転がっているが、いまだに薄緑色の光を放っていた。

 柳は潰れた弾丸を拾い上げると、興味深そうに目を細める。


「『付与』に対しても効果はある、か……河原崎の坊主、こいつの『活性化』を切ってくれ」

「え? いや、『活性化』は一度使ったら切れるまで継続するんで……あと一分はそのままですよ?」


 自分自身に対して『活性化』を発現するか、対象に触れた状態で『活性化』を発現している場合は自由に切り替えができる。しかし、それ以外の場合は最初に“渡した”『構成力』が切れるまでは効果が継続するのだ。


「その辺は『付与』と一緒か……いや、永続ではないから『付与』よりも扱いが難しいな」


 薄緑色の光を放つ弾丸を指で潰して破壊すると、『付与』で与えていた『構成力』が霧散して薄緑色の光も消失する。柳はその様子を眺めていたが、光が完全に消えたのを確認してから破片をゴミ箱に放り捨てた。そして、顎の無精髭を撫でながら作業場を見回す。


「……ところで、だ。『活性化』ってのはお前さんに負担がかからないのか?」

「『構成力』というよりは体力が必要なんで、あまり多用はできないですね」


 通常のES能力と異なり、それが『活性化』の弱点でもある。身体能力やES能力が向上する代わりに、博孝の体には疲労感が蓄積していくのだ。

 運動などで感じる疲労とは異なり、抗い難い気怠さが全身に満遍なく表れる。この『活性化』用の『構成力』は尽きても死なないが、尽きれば意識が遠くなるほどの疲労感を覚えるのだ。


 かつて一度だけ――初めてラプターと交戦した際には底をつくまで使用し、挙句に命を削る勢いで使用し続けたことがある。仲間を逃がすため、沙織を助けるため、そしてラプターに立ち向かうために取った行動だが、その時は丸一日気を失う羽目になった。

 通常の『構成力』も枯渇寸前まで使ってしまったため、回復するまで時間がかかったものである。それ以降は『活性化』の扱いに関してよりいっそう習熟し、“力加減”を覚えた上で『構成力』の量も増やした。


 昔ならばいざ知らず、今の博孝ならば全力で三十分間は『活性化』を発現できる。『構成力』の量を調節すれば、その三倍は継続させられるだろう。

 複数の仲間に対して発現すると持続時間が一気に短くなるが、それでも第三空戦小隊全員に対して二十分間は発現できる。


「そうか……大きなデメリットはないわけだな?」


 重ねて確認する柳に対して博孝が頷くと、柳は無精髭を撫でながら視線を宙に投じた。


「“実験”できるのは一日あたり一時間と少し……いや、何も連続して発現させる必要はないか。並行して休憩を取ればその倍……三倍はいけるか? 限界を超えさせればもう少し……」

「やべぇ、俺の意思を全て無視して物騒な計画を立てられてるぞ……」


 一応、護衛任務という名目があるのだが。そう思った博孝だが、柳は言って聞くような性格には見えなかった。第六空戦部隊との合同訓練や模擬戦なども予定されていたが、このままでは参加できそうにない。


 恭介達は博孝の呟きを拾ったが、曖昧に笑うことしかできなかった。こうなると、第六空戦部隊に挨拶をしている砂原が助けに来てくれることを祈ることしかできない。


「……よし、河原崎の坊主にはしばらく付き合ってもらうぞ。『活性化』の効果に慣れるためにも、毎日六時間は発現できるようになってもらうからな」

「あの、発現の時間が一気に何倍も増えてるんですが……」

「なあに、限界の一つや二つ、乗り越えられるだろ。こんなに便利な能力を伸ばさないのは勿体ないしな。“種類”は違うようだが、『構成力』の扱いには自信がある。アドバイスできることもあるだろう。無駄を減らすことで発現できる時間が増えるかもしれんぞ?」


 そう言って逃げ道をふさぐ柳を見ると、どう足掻いても逃げられそうにない。しかも、博孝にとっても『活性化』の訓練になりそうなため、非常に断り難かった。

 ついでにいえば、軽く限界を超えろと言う辺り砂原と似た気配を感じる。


(ああ、そういや柳さんは砂原隊長と仲が良い“友達”だったか……)


 薄っすらと笑いながら協力してほしいと“頼み込む”柳に対して博孝が出来たのは、ただ無言で頷くことだけだった。











どうも、作者の池崎数也です。


毎度ご感想や評価等をいただきまして、ありがとうございます。

前回の話を更新してから、なんとレビューを3件いただきました。今まで2件はありましたが、3件は初めてです……合計で20件になりました。

納豆茶漬けさん、The Shining Galaxyさん、平里マアさん。レビューをいただきありがとうございます。

レビュー数が二桁になって喜んでいたのは、つい最近のことだったと思うのですが……10件の倍です。前作の5倍です。何を言ってるかわからなくなってきましたが、とても嬉しいです。


閑話を含めると200話超えてしまいましたが、物語が長くなってもお付き合いくださる皆様に感謝を。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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