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第百六十四話:卒業に向けて 恭介の場合

 それは、とある晩秋の夜のことだった。

 今日も今日とて自主訓練に励む博孝達だったが、ふとした合間に恭介が呟く。


「教官が『零戦』の『防御型』の人を連れてきてくれるって言って、なんだかんだで三週間近く経ったっすけど……暇がないんすかね?」

「連れてくる努力はするって言った以上、教官なら引き摺ってでも連れてきてくれそうだけどなぁ」


 恭介の休憩に合わせて休憩を取っていた博孝は、苦笑しながらそう言った。

 訓練校に『零戦』の部隊員が立ち寄るようになってから日が経っているが、場合によっては連日のように、間が開いても三日に一度は『零戦』の部隊員が顔を見せてくれたのだ。

 部隊長である藤堂はさすがに一度だけだったが、何が面白いのか宇喜多などは訓練校に立ち寄る度に顔を見せてくれる。その他にも砂原のかつての部下なども立ち寄っていたのだが、恭介が希望する『防御型』の者はいなかった。


「もしかして、『零戦』に所属している『防御型』がいないなんてことはないっすよね?」

「いやいや、さすがにないだろー。『攻撃型』と『防御型』は『ES能力者』の中でも多いし、一個大隊に『防御型』がいないってのは有り得んさ。教官だって連れてくるって言った以上、最低でも一人はいるだろうし」


 『ES能力者』は個人によって適性がわかれ、得意分野も異なる。その弱点をカバーするために異なるタイプの『ES能力者』で小隊などを組むのだが――。


「……待てよ。教官や宇喜多さん、藤堂さんを見ていると、適性なんて無視するぐらい強いよな? そうなると、“普通”の『防御型』がいないとか……」

「殴り合い上等な『支援型』がいる辺り、その可能性を否定できないのが怖いっすよ!?」


 深刻そうな様子で述べる博孝に対し、恭介は目を剥きながらツッコミを入れた。

 今までに会ったことがある『零戦』の部隊員達は、どの分野でも一定の技量を持ちつつ自分だけの強みを持っていた。その強みの方向性が斜め上どころが異次元に突入している者もいたが、これまでのことを考えると否定はできない。


「『防御型』なのに防御しないとか?」

「なんっすかその矛盾。『防御型』だけど攻撃が大好きとか?」

「それってただの『防御型』バージョン宇喜多さんじゃねえ? というか、それはそれで防御を捨ててるだろ……」


 互いに予測を口にするが、答えはわからない。こればかりは実際に見るしかないが、などと考えていると、大きな『構成力』が近づいてくることに気付いた。

 その数は、三つ。『構成力』の規模から判断すると、一つは砂原でもう一つは宇喜多だろう。最後の一つはわからないが、噂をすれば影が差したのかもしれないと思い、恭介は表情を輝かせる。


「……まさか、きたっすか?」

「……待て、まだわからないぞ」


 意味もなく声を潜めてみるが、三つの『構成力』は徐々に近づいてくる。『探知』が使えず、博孝達ほど感覚が鋭くなくとも、ここまで近づかれれば気付いたのだろう。自主訓練に顔を出していた下級生達も手を止めた。


「ようガキ共。毎日自主訓練たぁ感心だなぁ」

「武倉、お前が希望する『防御型』の者を連れてきたぞ」


 そして響く、宇喜多と砂原の声。恭介は目を輝かせ、博孝は本当にいたのかと思いつつ振り向き――二人は思わず真顔になってしまった。


「え? その宇宙人、どこから捕獲してきたんすか?」

「エリア51にでも突撃して捕まえて来たんですか?」


 思わずそんなことを口走った二人の視線の先。そこでは砂原と宇喜多に挟まれ、両腕を掴まれて引きずられる小柄な人物の姿があった。

 その人物――男性は表情が死んでおり、小声で『なんで僕がこんなことを』と呟いている。砂原と宇喜多に引きずられるその姿は、コートを着た二人組に連行される宇宙人に見えた。

 砂原が連れてきたのならば『零戦』の所属で、なおかつ成人男性なのだろうが、男性にしては身長が低い。

 百六十センチあるかどうかという身長もそうだが、全体的に体の線が細い。大柄かつ鍛え抜かれた肉体を持つ砂原や宇喜多の間に立つと、その小柄さがより一層際立った。

 顔立ちは砂原達よりも若く見え、下手をすると二十歳以下に見える。細くサラサラとした黒髪を適当に伸ばしており、一見すると女性と勘違いしそうだ。


「すまんな、武倉。連れてくるのに時間がかかった」

「いや、その、それは別にいいんすけど……」


 何故宇喜多と二人で引き摺ってきたのか。そんな疑問を浮かべながら男性を観察する恭介だが、申し訳程度に羽織っている軍服のアンダーウェアに、『怠惰』という二文字が書かれているのを見て思わず思考を放棄しそうになる。


「やーもー、だるいっす。マジでだるいっす。帰っていいですか? むしろ帰らせてください。非番は一日中寝るって相場が決まってるんですよー」


 ダラダラと、心底面倒そうにそんなことを口走る男性。宇喜多以上に軍人らしからぬその姿を見て、恭介は頬を引き攣らせた。


「えーっと……教官、この人が?」

「ああ……『零戦』でも随一の『防御型』だ。捕獲するのに少々時間がかかったがな」


 “厚意”でアドバイスをしてもらうと言っていたはずだというのに、捕獲するとは何事なのか。話を聞いていた博孝はそう思ったが、男性は地面に座り込んで気怠そうな様子を崩そうともしない。

 今まで見たことがある『零戦』の部隊員は、全員が例外なく強そうだった。一目見ただけでその技量を感じ取ることができ、勝利の可能性すら見えない者達ばかりだった。


(教官が言うからには『零戦』の中でも一番腕が立つ『防御型』なんだろうけど……)


 『ES能力者』は外見で判断できない生き物だ。そのことを知っている博孝でも、さすがに困惑してしまう。


「諸君らの困惑はわかるが……大尉殿、挨拶をお願いします」

「砂原さんに敬語を使われるのは新鮮っすわー……はぁ、僕ぁ春日(かすが)空戦大尉だよー。よろしくしなくていいからね?」


 心底面倒そうに答えるその姿からは、一片の覇気も見当たらない。砂原は疲れたように額に手を当てると、補足するように口を開いた。


「大尉殿は『零戦』の第三中隊を率いていらっしゃる。『防御型』としての技量は非常に高く、国内では比肩する者を探すことすら困難なほどだ」

「いやいやー、僕の『防壁』をぶち抜く砂原さんに褒められても困るだけっすわー。僕なんてまだまだなんで、帰っていいですかねー?」

「いいわけねぇだろうがコラ。お前もちったぁ後進の育成をしやがれ」


 補足説明をする砂原と、男性――春日の首根っこを掴む宇喜多。宇喜多に世話を焼かせるあたり、春日の無気力さは群を抜いているようだ。

 そのあまりのダラケぶりに、この場にいた下級生がざわめく。『大規模発生』を経て強くなりたいと願う彼らからすれば、春日の態度は『ES能力者』としても軍人としても失望に値するものだった。


「砂原さんが鍛えてるのなら間違いはないでしょー? というか、『防御型』ならうちの中隊にもいるじゃないですかー。そっち連れてきましょうよー」

「ダラけるお前の代わりに庶務全般をやってるじゃねえか! いくら俺でもそこまでダラけねえぞ!?」


 説教をする宇喜多という珍しい姿が見られたものの、生徒達には関係がない。恭介などは落胆すらしていた。


「……教官の言うことを疑うわけじゃないすけど、この人本当に強いんすか?」


 春日から感じる『構成力』については、確かに『零戦』だと納得できるほどに大きい。しかしながら両脇に立つ砂原や宇喜多と比べれば脆弱だ。春日本人の雰囲気もあり、本当に強いのかと疑問を持ってしまう。


「んー? いやいや、僕は弱いよ? 少なくとも砂原さんや宇喜多さんには勝てないしねー」


 そして、そんな疑問を肯定するように春日が言う。その返答を聞いた恭介は顔をしかめてしまったが、その表情を見た春日はニヤリと笑った。


「――まあ、負けることもないけどね?」


 放たれた言葉は、自信が溢れていた。砂原や宇喜多を相手にしても、勝ちはせずとも負けもないと宣言したのである。


「そこの君……赤い髪の君さー、『防御型』だろ? で、もしかしてだけど、『防御型』も砂原さんや宇喜多さんみたいに攻撃力がないと駄目とか思ってるタイプ?」


 宇喜多さんは例外だけどねー、と間延びした声で付け足す春日。見透かすようにそう問われ、恭介は言葉に詰まった。


「『防御型』も戦うわけですし、ある程度の力は必要なんじゃないですか?」


 恭介の代わりに尋ねたのは、博孝である。春日の言葉に眉を寄せつつ、それでいてその考えを聞こうと話を促した。

 春日はそんな博孝に対して視線を向けると、次いで、その場にいた沙織やみらい、里香にも視線を向ける。


「君は『万能型』っぽいねー。そっちの黒髪の子はバリバリの『攻撃型』で、そこの小さな子は……宇喜多さんと似たようなタイプかな? それと大人しそうな子は『支援型』だねぇ」


 この場に来て一目で見抜いたのか、春日は気怠そうな口調でそう言った。


「さすが砂原さんの教え子だねー。訓練生とは思えないぐらい鍛えてるよー……でも、“寄り道”をしている子がちらほらといるねー」


 ――寄り道。


 そんな表現をされた博孝達は、思わず首を傾げた。


「寄り道……ですか?」

「そだよー。君は『万能型』らしく仕上がってきてるから問題ないけどねー。赤い髪の子と、そっちの大人しそうな子。ちっちゃい子もそうだけど、例外的な育ち方してるから除外かなー……ああ、黒髪の子はもう完璧。君って喜んで前線に飛び出るタイプでしょ? んで、能力もそれに見合った育ち方をしてそうだねぇ」


 座っていた地面から腰を上げ、ついていた土を払いながら春日はそんな評価を下す。そして腕を上げるのも面倒そうな顔をしながら、肩を竦めた。


「砂原さんの教育方針だからねー。本人の長所を育てつつ、短所も補うよう育ってるとは思うよー……ま、そこが弱点になる奴もいるわけで」


 言葉の途中で、それまでの気怠さが吹き飛んだように雰囲気が豹変する。春日は視線を鋭くすると、恭介を真っ直ぐに見据えた。


「体付きを見る限り、体術が得意そうだ。防御系ES能力もそれなりに使えそうだね。見てないけど、君って『飛行』も覚えてるんじゃないか?」

「は、はい。『飛行』を発現できるっす」


 雰囲気が変わった春日の様子に戸惑いつつ、恭介が頷く。


「僕は砂原さんとは真逆の方針の人間だ。短所があろうと、ひたすら長所を伸ばし続けてきた人間だ。自慢じゃないが、攻撃力には自信がない。さすがに訓練生には負けない……と言いたいけど、そこの『万能型』の子と黒髪の子には負けそうだね」


 そう言って視線を向けられたのは、博孝と沙織である。みらいが含まれなかったのは、春日が言うところの例外だからだろう。


「ま、そんな僕から言わせてもらえば、君がやっていることは寄り道だよ。攻撃力が欲しい? そんなことは他の子に任せればいい。そもそも『防御型』は攻撃に向いてないんだ。例外もあるけど、少なくとも君はその例外じゃないね」


 『防御型』なのだから、防御を磨け。春日が言っているのは、非常にシンプルなことだった。


「……でも、それだと敵には勝てないっすよ」


 春日の話を聞いた恭介だが、しばらく沈黙した後に口から零れたのは悔しさが滲んだ言葉だった。

 かつてラプターと戦った時も、第二指定都市で敵性『ES能力者』と戦った時も、『大規模発生』の時も。もっと自分に力があればと願わずにはいられなかった。自分だけで敵を倒すことができれば、仲間を危機に追い込むこともなかったはずなのだから。


「君は馬鹿かい? なんで君が敵に勝つ必要があるんだ?」


 そんな恭介の苦悩を、春日は一蹴する。どうでもいいと、心底くだらないと言わんばかりに鼻で笑い飛ばした。

 その言葉を聞いた恭介は、目を見開いて怒りから拳を握り締める。そして春日へ殴りかかろうとした瞬間、突如として体が動かなくなった。


「なっ!?」


 驚愕の声を漏らす恭介。さすがに眼球は動くため視線を下げてみると、一瞬で発現された複数の『盾』が全身を固定している。恭介の動きを見切り、可動する関節の全てを動かせないよう『盾』を発現したのだ。


「攻撃は苦手でも、こうやって相手の動きを妨げることができる。訓練生の君でも思いつくことだろう?」


 何でもないことのように言ってのける春日だが、その光景を見た博孝は驚愕した。

 確かに博孝も『盾』で相手の足を引っ掛けるなど、動きを阻害する目的で使ったことはある。地面に倒した相手を押さえ込むためにも利用でき、果てには足場にして空中を跳ね回る用途で発現したこともあった。

 だが、春日が行ったのはそんな次元の話ではない。恭介はその場に“固定”されており、自由に動くのは眼球だけだ。腕を、足を、胴体を、腰を、首を、頭を。指先までもが『盾』で固定され、身動き一つできなくなっている。

 春日が同時に発現した『盾』の数は、三十程度。それらの『盾』を使い、例え『飛行』を使っても脱出できないようにしていた。

 博孝達も思いついたことではあるものの、瞬時に恭介の動きを封じたその技量は芸術的とすら言える。


「防御系ES能力を磨くだけで、これぐらいのことはできるようになる。でも、本質はそこじゃない。君は『防御型』に求められていることを軽視している」

「『防御型』に求められていること……?」


 春日が『盾』を解除すると、恭介はその場に崩れ落ちた。それでもすぐに立ち上がると、春日の言葉を待つ。


「『防御型』っていうのはね、仲間や無辜の人々を守るのが仕事さ。敵を攻撃するのは誰にでもできる。でも、味方を守り抜くのは困難を極める。その困難な作業に最も特化したのが『防御型』だよ」


 淡々と述べる春日。初めて見た時の怠惰はなんだったのかと言わんばかりに真剣である、。


「訓練校でも習うだろう? 小隊を組む際、『防御型』に期待される役割は?」

「……味方の防御っす」

「その通り、味方の防御だ。自分の身を守りつつ、それでいて味方“全員”を守り抜く防御のスペシャリスト。まずはそれが第一さ」


 それは『防御型』としてはあまりにも当然の言葉で――恭介が軽視していたことでもある。周囲では恭介が防御するよりも自分自身でどうにかする者が目立っていたため、それに並び立とうとしてしまったのだ。

 博孝や沙織、みらいのように、“戦う”ことで並ぼうと思った。いつしか自分の長所、役割を置き去りにして、共に並ぶことだけを考えてしまった。


「ま、君も若いしねぇ。派手に、華々しく敵を倒すことに憧れる気持ちもわかるさ。目立つよね? 輝かしいよね? でもそんな願望はドブにでも捨てなよ」


 言葉をなくした恭介に対し、春日が追い打ちをかけるように言う。


「君が不安に思っていることを当ててやろうか? それは周囲と違って、敵に勝つ力がないことだ。違うかい? 君は体術が得意そうだけど、それもES能力の適性とは別の要素だからだ。鍛えた分だけ伸びる。だから鍛える。攻撃系のES能力では威力が出ないから、自分にとって一番威力が高い戦闘方法を求めている」

「…………」


 恭介から返す言葉はない。例えそんなことを考えていなくとも、無意識のうちにそう思っていたと否定できないからだ。


「それは焦りも生む。自分の力で倒そうとして、結局仲間を窮地に陥れる……実戦経験があるなら、思い当たるだろう?」


 それは、『大規模発生』の際に敵と戦った時のことか。博孝や沙織と分断されてみらいと共に戦った時、恭介は確かに自分の力だけで敵を倒そうとした。

 その結果みらいに助けられ、援護を受け、逆に倒され、挙句の果てにみらいが我を失うほどに取り乱すこととなった。博孝や砂原は敵が例外過ぎたと言うが、もしも最初からみらいのサポートに徹していればどうだっただろうか。

 敵の攻撃をES能力で防ぐことはできなかった。しかし、防御をするだけならば他にも手があったはずだ。それこそ相手の“違和感”を感じ取り、春日が先ほど行ったように動きを阻害するだけでもみらいの助けになった。


「仲間に頼ることは悪いことじゃあない。むしろ、頼らない方が状況を悪化させることもある。君が防御を担当することで他の仲間が攻撃に専念できるなら、それは素晴らしいことじゃないかい?」

「……自分の力では、相手の攻撃を防げないとすれば?」


 『大規模発生』の際に戦った相手は、容易く防御を貫いてきた。動きを阻害するだけで対処できるなら話は別だが、今後の戦いでそう簡単に話が進む保証はない。


「防げる、防げないじゃなくて、防ぐんだ。僕は根性論が嫌いだが、『防御型』である以上はそうするしかない」


 恭介の問いかけに返ってきたのは、それができれば苦労はしないようなものだった。春日は恭介の反発に気付いたのか、砂原と宇喜多に視線を向ける。


「僕はこの二人が苦手でねぇ。さっきの君みたいに動きを止めようとしても、砂原さんは全身に発現した『収束』で破壊する。宇喜多さんに至っては『構成力』でのゴリ押しさ。『防壁』を発現しても打ち抜いてくるし……ははっ、まったく嫌になる」


 そう言いつつも、春日の表情は暗くない。むしろ、笑みすら浮かべている。


「それでも、二人の攻撃を凌げるぐらいには自分の防御力に自信がある。『防壁』を一枚破壊されたらもう一枚張れば良い。なんなら最初からたくさん張っておこう。『防壁』一枚を破壊するのに少しでも力を消耗すればこちらの勝ちだ。単純な話、相手の攻撃力を上回るだけの『防壁』を“多重”に発現すればいいんだ」

「……『盾』を斜めに発現して、相手の攻撃を逸らすとか?」

「ああ、できるのならそれでもいいね。やるのが面倒だから僕はやらないけど」


 あっけらかんと、春日は言ってのける。恭介はそんな春日の様子にため息を吐くと、疲れたように呟いた。


「それって結局、“防御の力押し”じゃないっすか?」


 相手の攻撃を防ぐために、自分の全ての力を防御に割く。そうすることで防げれば良いが、相手の攻撃力が上ならば押し負けるという単純な事実も存在する。相手よりも技量が上でなければ、春日の話は成り立たないのではないか。


「さっきも言っただろう? そういう時は仲間を頼ればいいんだ」

「……えーっと、話がおかしくなってないっすか? 防御をするために仲間の力を借りたら本末転倒な気が……」

「違うよ。敵を倒すために頼るのさ」


 恭介は春日の言いたいことがわからない。もしかすると適当なことを言ってはぐらかしているだけではないか、とも思う。


「例えばだけど、敵が『砲撃』を撃ってきたとしよう。で、君の後ろには傷ついた仲間がいて、無事な仲間は少し離れたところにいる。君ならどうする? ああ、担いで逃げる暇はないって想定で」

「それは……当然防ぐっすよ」

「命を賭けても?」


 気軽に、されど重い問いかけをする春日に対し、恭介は無言で頷いた。傷ついた仲間が背後にいるのならば、逃げ出すことなどできるはずもない。命を賭けて攻撃を凌ぐだろう。


「じゃあ、君が防いでいる間に攻撃している敵を仲間に倒してもらおう。そうすれば敵の攻撃が途絶えて君も傷ついた仲間も助かるよ」

「……は?」


 一瞬、春日が何を言っているのか理解できなかった。恭介は口を開いて春日を凝視するが、春日は自明の理を語るように言う。


「だって、敵は君を攻撃しているんだろう? それなら他の仲間が倒しやすいじゃないか。『ES能力者』の中には砂原さんみたいな攻防一体のES能力を使う人もいるけど、圧倒的に少数派だから。むしろ、君の教官だからって砂原さんを基準にすると危険だよ?」


 そこまで言うと、春日は大きく息を吐く。その表情には気怠さが戻ってきているが、最後に締め括るように言った。


「戦いの状況は千差万別だから、“適切な防御方法”を選択できるよう観察眼を磨く。君自身の防御力を増やす。防御の手数を増やすために『構成力』も鍛える。単純だけどそれが近道で、単純な道以上に強くなる手段なんてないんだよ」


 アドバイスはそれで終わりなのか、春日は地面に座り込む。そして大儀そうに足を伸ばし――付け足すように言う。


「僕ら『防御型』は縁の下の力持ちさ。敵の攻撃を防いで味方の攻撃の機会を最大化する。敵を倒すのは仲間に任せて、仲間に届く攻撃は体を盾にしてでも防ぐ。君が防いでくれると仲間が確信していたら、その分迷いなく攻撃ができるだろう?」


 その結果として敵を倒せるよ。春日はそう言って、砂原に視線を向ける。


「……とまあ、これでいいですかねー? さすがにこれ以上はめんどいんで勘弁っすわー」

「この面倒臭がりめ……良いか、武倉。春日の言うことは尤もだ……が、俺はお前がそこで足踏みをするような性格ではないと思っている」


 遠慮するつもりがなくなったのか、砂原は春日に対して咎めるような視線を向け、次いで恭介に優しげな視線を向ける。


「この面倒臭がりな春日と比べ、お前は努力家だ。春日が言ったことを実現し、なおかつお前だけの“何か”を身につけることができる。俺はそう信じている」

「……俺だけの何か、っすか?」

「そうだ。たしかに『防御型』の役割は防御だ。しかし、防御を磨いた上で攻撃手段を持てないなど、誰が決めた? そこまでいけば、お前はこの春日を、『鉄壁』と呼ばれた男を超えることもできるだろう」


 春日が言う通り防御を磨いた上で、なおかつプラスアルファを身に付けろと砂原は言う。それは防御だけを優先しろと主張する春日に比べ、遥かに厳しい茨の道だ。


「うはっ、さすが砂原さんはスパルタっすねー。僕みたいに一芸特化でいいでしょうよ」

「そんな気概で先達を超えられると思っているのか? それに、俺達と比べればこの子らは遥かに若いのだ。今から鍛えていけばどれだけ伸びると思っている」

「そうっすけどねー……ま、僕の話は参考程度にしといてよー。超えられるならどうぞってことで」


 長所を伸ばしつつも短所を補う砂原と、長所のみを伸ばして結果として短所を潰す春日。両者の主張に違いはあれど、共通しているのは長所を伸ばすという点だ。


「縁の下の力持ち……仲間の攻撃の切っ掛け……俺だけで敵を倒す必要はない……」


 これまでの話を口の中で転がす恭介。そうしてしばらく何かを考えていたが、やがて春日の傍に歩み寄るとその手を握り締めた。


「目から鱗っす! 感動したっす! 是非とも師匠と呼ばせてほしいっす!」

「いやマジで勘弁。暑っ苦しい子だねー君は……テキトーに言ったことだけど、納得できることがあったの?」

「うっす! なんつーか、自分の今後の方向性が見えたっす! あと焦る必要がないことにも気付いたっすよ!」

「へー、若い子の考えはよくわかんないねー」


 心底面倒そうにそう言って、春日は地面に寝そべり始める。


「じゃあ、ここまで連れてきたんだから宿舎まで連れてってくださいねー」

「蹴飛ばすぞテメェ。それでいいなら連れてってやるよ」


 蹴飛ばすと言いつつも首根っこを摑まえて持ち上げる宇喜多。そして人形でも扱うようにして引き摺って行く。


「師匠! 是非ともまた来てほしいっすよ!」

「むりむりー。だるいんでベッドから出られないよー」


 去り行く春日に対し、恭介は手を振りながら叫んだ。春日からの返答はつれないが、それでも恭介の笑顔は崩れない。春日と宇喜多の姿が見えなくなると、恭介は砂原へと向き直った。


「というわけで教官、是非とも俺に教えてほしいES能力があるっす!」

「どういうわけかはわからんが、俺に教えられるものなら教えてやろう。『収束』か?」


 簡単に教えると言っているが、それで覚えられれば苦労はしない。恭介は『構成力』の集中が得意な方だが、それでも習得には長い時間がかかるだろう。


「違うっすよ! 俺が教えてほしいのは『爆撃』っす!」

「……なんだと? 防御を磨くのではないのか?」


 思わず聞き返す砂原。春日と恭介の話を聞いていたが、何を間違えば『爆撃』を覚えたいという結論にいたるのか。


「防御を磨くっすよ? そのために『爆撃』が必要なんっす!」

「意味がわからん……きちんと目的を説明しろ」


 さすがの砂原といえど、恭介の言いたいことがわからない。そのため詳細な説明を求めると、恭介は考えをまとめてから口を開いた。


「防御系ES能力って、体の周囲で発現するじゃないっすか。一番距離を稼げるのは『盾』か『防護』っすけど、それでも距離が離れすぎると発現が無理ですし」

「まあ、そうだな」


 基本的に、ES能力というものは自分の体から距離が離れるほど発現が難しくなる。『射撃』などは体の周囲から発射するため距離は関係ないが、体から大きく離れた場所に光弾を出現させるのは難しい。


「そこで『爆撃』の出番っす! 正確に言うと、『爆撃』の効果……目視圏内に『構成力』を投射して炸裂させるっていう部分っすね。投射した場所で『構成力』を炸裂させるんじゃなくて、固めて『盾』にできないかって思ったっすよ!」

「ふむ……」


 勢い込んで力説する恭介。おそらくは春日の話を聞いて発想したのだろう。

 春日は敵の攻撃を防ぐために何枚も『防壁』を発現すれば良いと言ったが、“枚数を稼ぐ”ためには距離が離れている方が良い。何百メートルも離れている相手の攻撃を、放った瞬間に防御できるのならば虚も突ける。


「理屈はわかった。試したことはないし、俺は『防御型』ではないから実践できる気もせんが、可能性はあると思う」

「本当っすか!?」

「ああ……ただし、難易度は限りなく高いがな」


 大きく距離が離れた場所に投射し、拡散しようとする『構成力』を逆に押し固めて『盾』にするのだ。

 簡単に例えるならば、体に近い場所――胸元付近で両腕を使って粘土を押し固める場合は力が入りやすいが、両腕を伸ばした状態で押し固めようとしても力が入りにくい。体から遠ざかると、それだけ力が入れにくくなってしまうのだ。

 そして、『爆撃』は相手を爆破するために発現するES能力である。その性質に近い物といえば、手榴弾だろう。『構成力』の塊を投げつけ、離れた場所で爆発すると思えば想像がつきやすい。

 手榴弾と違うのは、爆発させるまでは発現者の意思が介在している点か。そうでなくては、『爆撃』の準備段階で解除する手段がなく、そのまま吹き飛ばすことになってしまう。

 砂原としても完成図が想像はできる。だが、やはりその難易度が高い。直截に言うならば、『収束』よりも難易度が高い技能になるだろう。


(だが、コイツならばあるいは……長い研鑽の末に成し遂げるやもしれん)


 第一小隊では周囲と比べると埋もれかけているものの、砂原からすれば恭介が持つ『ES能力者』としての才能は非常に高い。資料で読む限り、恭介の両親は平均的な陸戦部隊員だ。ES能力の等級だけで言うならば、既に両親を超えている。

 特殊な背景を持つ生徒を除けば、第七十一期訓練生の中でも随一の才能だと断言できるほどだ。


「俺は強くなるっすよ……でも、直接敵と殴り合うことだけが強さじゃないって師匠に教えられたっす。だからそう、俺が目指すのは――」


 力を溜め、晴れ晴れとした表情で、恭介は高らかに謳う。


「目に見える全ての脅威から仲間を守る、そんな『ES能力者』っす!」


 恭介が目指すと決めたのは、“距離を問わない”『防御型』だ。それを実現するためには防御系ES能力を鍛え、それでいて『爆撃』を発現できるほどに『構成力』の制御力を磨く必要がある。

 目指す頂は遥かに遠いものの、それでこそ目指し甲斐があるというものだ。これまで強くなりたいと願っていたものの、曖昧で形が見えなかった“完成形”の自分の姿。それが恭介の脳裏にくっきりと浮かぶ。


「よーっし! 俺はやるっすよー!」


 元気良く吠える恭介の姿を見て、砂原は卒業までにどこまで仕込んでやれるかと苦笑するのだった。


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[良い点] 他の感想でもあるけど、殴り切るのが早すぎて違和感がある。es能力者は攻撃性が増すのか?
[気になる点] すぐに殴りかかりすぎw 18歳とかだろ? 暴力に出るの早すぎない?
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