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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第百六十三話:卒業に向けて

 『大規模発生』から一ヶ月が過ぎたものの、訓練校の修復は未だに半分程度しか進んでいなかった。『ES寄生体』の死体の処理やグラウンドの整備は終わっているのだが、建造物の修復にはまだまだ時間がかかるのだ。

 特に陸戦部隊が『ES寄生体』と交戦した際に破壊された外壁の被害が甚大であり、今も急ピッチで修復作業が進められていた。

 しかしそんな施設群とは異なり、訓練生は普段通りの生活、落ち着きを取り戻している。だが、以前と同じようにはいかない問題がいくつかあった。

 訓練校の立場で考えた場合、最も重要かつ緊急度が高い問題点。それは、防衛体制の見直しである。

 『大規模発生』によって訓練校に襲来した『ES寄生体』の数は、およそ五百体。その内、鳥型『ES寄生体』は二百体弱である。

 それに対する訓練校側の防衛戦力は陸戦『ES能力者』七十二名からなる二個大隊に、教官達による空戦一個小隊。武器弾薬で身を固めた対ES戦闘部隊は二百十六名の二個大隊であり、『ES能力者』と加算すれば陸戦側は敵とほぼ同等の数だ。

 本来ならば、戦力はもっと多かった。しかし、訓練校最寄の市街地へ応援に向かっていたため、普段以下の戦力しかいなかったのである。

 訓練校の近隣――そう呼ぶには距離があるが、平常時ならばそれほど時間をかけずに急行できる空戦部隊も比較的近くに存在していた。だが、多発的に現れた『ES寄生体』の群れに強襲される街々を優先せざるを得なかった。

 なまじ訓練校の防衛戦力が整っているのも災いしたと言える。ここまで大規模かつ複数個所で『ES寄生体』が発生した事例はほとんどなく、その被害規模からかつて世界に名を轟かせた『タンポポ事件』以来だ。

 もっとも、『ES寄生体』の発生規模に比べて被害数が少なかったのは僥倖である。軍上層部は未だに事態の収拾に追われているものの、一ヶ月も経てば一息吐くことができる程度には収拾の目途がついていた。

 それでも再発防止に関して策を講じる必要があり、“上”や日本ES戦闘部隊監督部は頭を悩ませることとなった。

 その一環として、訓練校には空戦部隊の詰所が造られることとなる。しかし空戦部隊は希少性、機動性を重視されているため、部隊が常駐しているわけではない。任務との兼ね合いもあり、空戦部隊を丸々置くわけにはいかなかった。

 そこで源次郎が下した決断は、少数でありながらも戦力としては破格な部隊――『零戦』が利用する施設の一つと位置づけることだったのである。

 『零戦』は他の部隊とは異なり、一個大隊が揃って動くことは稀だ。部隊員は末端だろうが高い技量を持ち、他の部隊ならば部隊長を任せられるほどである。

 毎日のように日本中を飛び回っている『零戦』の部隊員達が、小隊単位でも訓練校に訪れる。これは有事の際でも強力な戦力となり、“外敵”への牽制としても成り立つ。

 部隊員同士で技量差はあるものの、最低でも部隊長クラスの空戦部隊員が毎日のように小隊単位で立ち寄っているのだ。他にも空戦部隊の者達が駐屯できるよう施設の建設を進めており、訓練校の防衛能力は飛躍的に上昇することとなる。


 そうして訓練校の防衛体制は見直された。これには“上”も全面的に協力し、掣肘されることもなかった。

 他に存在する問題として挙げられたのが、今後の任務に関してである。

 訓練校全体の修復が終わっておらず、稼働が落ち着きつつあるものの現場部隊の仕事は山積み。戦力の再編に疲労した部隊の休養など、訓練生の任務に関わることが可能な部隊が少ない。

 そのため訓練生が行う任務は一時的に休止され、目途が立ち次第再開するということになっていた。

 もっとも、博孝達第七十一期訓練生達が次に行う予定だった任務は重要建造物の歩哨任務である。これは『ES寄生体』や危険人物との交戦も想定され、防衛戦を行う可能性もあった任務だ。

 しかしながら、『大規模発生』の際に博孝達が行ったのも重要建造物での防衛戦である。それも当初予定されていた任務よりも遥かに大規模かつ、戦えない新入生や下級生を守り抜くという護衛任務も兼ねていると言えた。

 さらには博孝率いる第一小隊など、『ES寄生体』に襲われていたバスを助け出す救出任務まで行っている。

 大量の『ES寄生体』との防衛戦、戦えない者達の護衛、さらには救出。これらが組み合わされたことになり、任務としては難易度が高いものになっていた。

 少なくとも、訓練生が行うような難易度の任務ではない。多少の人的物的被害が出たものの、本来ならば訓練生に達成できるものではなかったのである。

 そんな第七十一期に対し、新たに任務を行わせる必要があるのか。そんな疑問が“上”から提起され、現場部隊の状況もあったため任務が免除されることとなる。

 訓練生レベルで達成できる任務を再度やらせて残り少ない訓練期間を消費するぐらいならば、訓練をさせていた方が余程建設的だと“上”が判断したのだ。

 もちろんこれは第七十一期訓練生に対しての判断であり、他の期については現場部隊の受け入れが可能になり次第任務を行う手筈になっている。

 減った戦力を補うために、即座に教え子達を訓練校から卒業させるのではないか、と危惧していた砂原が密かに胸を撫で下ろしたのは秘密だった。そして、そうやって安堵した砂原が引き起こした“問題”こそが、生徒達にとっては最大かつ不幸な問題だったのである。








「――こちら、『零戦』を率いる藤堂大佐殿だ」


 いつも通りに自主訓練を行っていた博孝達。そんな博孝達の元へ姿を見せるなり、新聞を読み上げるような気軽さで一人の人物を砂原が紹介してきた。

 その場にいた生徒達は、全員がフリーズする。博孝や沙織までもが動きを止め、砂原が連れてきた人物を注視する。


「初めましてだな、訓練生諸君。俺は『零戦』部隊長の藤堂空戦大佐だ。第一中隊の中隊長も兼任している。自主的に夜間も訓練をしていると聞いたが、感心なことだ」


 紹介された人物――藤堂は威厳を感じさせつつもどこか気さくな様子で挨拶をした。

 外見だけで判断するならば、三十歳を僅かに超えた程度だろう。砂原同様に百八十センチを超えた長身に、鍛え上げられた肉体。短く切った黒髪と鋭い目付きが精悍さを増しており、その立ち振る舞いは卓越した技量を表すように隙がない。


「はぁ……『零戦』の隊長さんですか」


 博孝は呆けたように呟きつつ、藤堂の立ち振る舞いを観察した。


 ――間違いなく強い。


 直感がそう告げ、そこで博孝は気付く。それまで組手をしていた沙織が目を輝かせ、うずうずとした様子で『無銘』の柄に手を這わせていることに。


『ストップ、待て、ハウスだ沙織!』

『……いきなり斬りかかったりはしないわよ?』

『嘘つけ! 滅茶苦茶目が輝いてんぞ!』


 博孝が『通話』で止めると、沙織は渋々『無銘』の柄から手を離す。それを見た藤堂は、僅かに片眉を吊り上げた。


「なんだ、来ないのか?」

「え? いってもいいんですか?」


 藤堂も沙織も互いに疑問顔である。博孝は即座に沙織の眼前へ移動すると、勝手に挑みかからないよう牽制した。


「いきなり『零戦』の隊長さんと顔を合わせただけでも驚きなんですが……何の御用で?」

「なに、訓練校にできた駐屯施設に立ち寄ったついでに、砂原の顔を見ておこうと思ったのだよ。それと、訓練校には来たことがないから案内を頼んだところだ」


 その途中で博孝達を見つけた、と藤堂は言う。“わざと”砂原が連れて来たのではないと聞き、生徒達は安堵の息を吐いた。もっとも、博孝達は信じていなかったが。


「訓練校に来たことがないということは……」

「察しの通り、訓練校が設立される前に生まれた『ES能力者』だ。しかし、訓練校を案内してもらうよりも面白いものを見つけてしまったな」


 第一陸戦部隊の渡辺と似たような環境で育った『ES能力者』ということだろう。そう思った博孝だが、藤堂の様子がおかしい。自主訓練に励む生徒達を見回し、何故か楽しげに笑っている。


「近年の訓練生は腑抜けばかりと聞くが、中々どうして……砂原が鍛えているだけのことはあるな」

「恐縮であります、大佐殿」


 慇懃に一礼する砂原だが、その態度は気安いものだ。『零戦』で共に戦っていたこともあり、互いに遠慮がないのだろう。そして、『零戦』の隊長ということは、かつては源次郎の部下として働いていたということでもある。


「どれ、少しばかり遊んでやるか」


 そのため、藤堂の口から出てきた言葉に博孝は納得ができた――できてしまった。

 源次郎の部下で、砂原の先輩かつ元上司。その事実だけで、藤堂の性格がある程度透けて見える。宇喜多のようなざっくばらんな性格ではないようだが、大佐という階級にあるまじき腰の軽さがあるようだ。


「いいんですか?」


 思わず砂原に確認を取ってしまうが、砂原は何の躊躇もなく頷く。


「訓練校には『零戦』が訪れることになったが、有事の際に防衛する施設の地形がわからんのでは困ったことになる。大佐殿は地形確認のためにこの場を訪れたのであり、その“ついで”に少しばかり訓練生に御教示くださるだけだ」

「……なんか、割とゴリ押しな理論に聞こえますけど」

「訓練生への“アドバイス”は禁止されていないからな」


 アドバイスだけで済むのだろうか、と博孝は思った。しかし、口では反対しつつも目の前にいるのは『零戦』の隊長である。興味の方が勝るのは仕方がないと言えるだろう。


「では、是非とも御教示いただきましょうか」


 沙織ほどではないが、博孝もワクワクとした表情で藤堂に視線を向ける。藤堂はそんな周囲からの視線に笑い返すと、ごく自然な動きで空へと舞い上がった。


『さすがに直接叩きのめすわけにはいかんからな。未来ある若者達のために、少しばかり芸をお見せしよう』


 そう言うなり、藤堂の周囲に光弾が浮かび上がっていく。『構成力』の量からそれが『射撃』であると博孝は見抜いたが、同時に疑問を覚えた。


(ただの『射撃』なら手品にはならないと思うけど……ん?)


 一つ、二つと数を増す光弾。それはいつしか十を超え、百すらも超える。しかし、“それだけ”では止まらない。上空に位置する藤堂の周囲では光弾の数が更に増え、三百発近い光弾が発現された。


『諸君らも身に着けているであろう『射撃』だが、習熟を進めればこの程度は同時に扱えるようになる』


 この程度と言うだけあり、藤堂にはまだまだ余裕がある。地上からそんな光弾の群れを見上げた生徒達は、思わず口を開けて呆けてしまった。


「……ありえねぇ……」


 呆然とした様子で博孝は呟く。博孝も『射撃』の同時発現には自信がある方だが、それでも五十発程度が限界だ。『活性化』を併用しても三桁には届かず、それ以上となると光弾自体発現できなくなってしまう。

 『構成力』を均等に分割し、『射撃』として発現し、暴発しないよう制御し、なおかつ敵に狙いを定めて発射する。噛み砕いてもそれだけの行程を踏む必要があるが、博孝の技量では到底届かない。いくら鍛えても、届くようには思えない。


『では次だ』


 博孝含め、地上の生徒が呆然としているのを気にせず、藤堂は発現していた『射撃』を全て消す。そして再度光弾を発現したが、今度は五十発程度で増殖を止めた。


「……今度は少ないっすね」


 周囲と同じように見上げていた恭介が小さく呟く。だが、その呟きを聞いた博孝は首を横に振ってしまった。


「違う……アレは『射撃』じゃねえ……」


 『構成力』の練り込み具合から察するに、藤堂が発現したのは『狙撃』だ。博孝も『狙撃』を使えるが、間違っても複数同時に発現するES能力ではない。試したことはあまりないが、発現できたとしても三発が限界だろう。


『見抜いた者もいるようだな。そう、これは『狙撃』だ』


 大したことではないように、藤堂が言う。次いで藤堂は『狙撃』を消すと、今度は二十発の光弾を発現した。


 ――ここまでくれば、大半の生徒が気付く。


「ということは、あれは『砲撃』?」

「『砲撃』だろう……」

「『砲撃』かぁ……そっかー……」


 有り得ないものを見たように、声には生気がなかった。もしも地上に撃たれれば、それだけで大半の生徒が吹き飛ぶだろう。


『では次だ。全員動いてはいかんぞ?』


 光弾を消し、再度そんなことを呟く藤堂。だが、今度は何も起きない。藤堂の周囲に光弾は現れず――博孝は盛大に頬を引き攣らせた。

 自分達の周囲を覆うようにして、複数の『構成力』が漂っている。そしてそれは、『爆撃』の発現兆候だ。数は十発程度だが、『爆撃』十発となると博孝も耐えきれる自信がない。


「まあ、こんなところだな」


 生徒達が体を硬直させていると、地上に下りてきた藤堂が笑いながらそう言った。既に周囲の『構成力』は霧散しているが、動こうとは思えない。


「俺は砂原軍曹のように自力でES能力を編み出すこともできなければ、独自技能を発現することもできなかった。しかし、長年『構成力』の制御を磨いていたらこの程度は当然というところまできてしまってな」


 この程度と藤堂は言うが、生徒達からすれば何も言えない。藤堂の口振りから察するに、限界はまだまだ先だとわかったからだ。


「諸君らも『構成力』の制御を磨けば、この程度のことはできるようになる。それは『零戦』の隊長である俺が保証しよう」


 そう言って締め括る藤堂。生徒達はしばらく沈黙していたが、やがて歓声と拍手を以って藤堂の技を讃える。


「さて、藤堂大佐からいただいたアドバイス通り、『構成力』の制御を磨けば様々なことができるようになる。さすがに藤堂大佐ほどの制御能力を得るには五十年近い研鑽が必要だがな」


 直接戦うことなく、己の技量を見せるだけで生徒達に深い衝撃を与えた。博孝も藤堂の規格外な技量に驚嘆しつつ、興味本位から尋ねる。


「ちなみにですが……藤堂大佐の戦い方って、やっぱり射撃系ES能力を駆使した遠距離戦ですか?」


 質問の矛先は藤堂ではなく、砂原に向けてだ。藤堂本人に聞いても良いが、砂原に聞いた方が直截に教えてくれると思ったのである。


「そうだな……」


 砂原は言葉を選びつつ、藤堂に視線を向けた。藤堂はその視線に対して苦笑しながら頷くと、砂原は話しても構わないと判断して語り始める。


「“それだけ”で『零戦』の隊長に選ばれるわけがないだろう? たしかに大佐殿は広域殲滅を得意とする『ES能力者』で遠距離戦を行えば当代随一だろうが、指揮能力の高さ、そして飛行技術の卓越さでも名声を博していらっしゃる」

「飛行技術……ですか?」


 博孝が食い付いたのは、『飛行』に関してだ。博孝も『飛行』を発現して空を飛ぶが、砂原がそこまで褒めるとなればどれほどのものか興味が湧く。


「まともにやり合えば、俺も追いつけん。『構成力』の制御能力と『飛行』の技術に関しては、長谷川中将閣下も凌ぐほどだ」

「……うわぁ、そこまでですか……」


 砂原がそこまで言うならば、部分的だろうと源次郎を凌ぐ能力を持っているということだ。


「その飛行技術、そして類稀なる制圧力から『飛燕』と呼ばれている……生意気なことを言うならば、俺が戦いたくない『ES能力者』の一人だ」

「はっはっは、ずいぶんと世辞が上手くなったな軍曹。それに持ち上げすぎだ。俺からすれば、貴様とも一対一では戦いたくないぞ。防御が硬い上に、捕まればそれで終わりだからな」


 砂原の言葉に驕るでもなく、笑い飛ばす藤堂。砂原もそうだが、藤堂の言葉にも嘘は感じられない。

 遠距離戦が得意で機動力に優れる藤堂と、攻防に優れる砂原。互いに相性が良く、ある意味では悪いようだ。


「これからも訓練校に立ち寄ることがあるだろうが、その時はよろしく頼むぞ諸君」


 最後にそう言い残し、砂原を連れて藤堂が立ち去る。生徒達はそんな藤堂を見送り、少しばかり間を置いてから自主訓練を再開した。


「いやぁ、さすがに『零戦』の隊長ってだけあって、滅茶苦茶強そうな人っすね……」

「実際、戦ったら遠距離から嬲り殺しにされるだろうな。近づく前に撃墜されそうだ」


 感想を言い合う博孝と恭介。それでも貴重なものを見られたと思い、それぞれ自主訓練に集中し始める。これも一つの経験だろうが、中々あるものではないだろう。今後の糧にするとしても、さすがに技量差がありすぎて参考にするのは難しいが。


(『零戦』の隊長だし、ああは言ってもそんなに会う機会もないだろ……)


 博孝はそう思い――翌日、再び予想外の者と遭遇することになった。








「よう、いい夜だな。ちょっとお兄さんと遊ぼうぜえ?」


 翌日の晩、そんな犯罪チックな台詞と共に姿を見せたのは、『零戦』の第二中隊を率いる宇喜多である。自主訓練を行う博孝達の元へ砂原が現れ、当然のように連れてきたのだ。


「……お久しぶりですね、宇喜多大尉」

「おう、ミニ砂原か。聞いたぞ、この前の『大規模発生』ではずいぶんな活躍だったそうじゃねえか」

「河原崎です」


 本来ならば早々会うはずがない『零戦』のメンバー。それも大隊長に続いて中隊長の登場である。博孝の反応が少しばかり引き気味なのも当然だろう。


「昨晩はうちの部隊長が遊びに来たって聞いてな。非番だから俺も遊びに来てやったぞ」

「いやいや、そんな近所の友人を訪ねるノリで来られても反応に困りますって」


 一応のツッコミを入れる博孝だが、博孝達はともかく、自主訓練に顔を出していた下級生達などは宇喜多が持つ『構成力』を感じ取って震えている。その様は大型肉食獣に追いつめられた兎のようでもあり、砂原が咳払いをして注意を促した。


「宇喜多大尉殿、若い者が怯えておりますので『擬態』を」

「あん? あー……仕方ねえなぁ。面倒なんだけどなぁ」


 そう言いつつも、宇喜多から感じる『構成力』が小さくなる――そう錯覚する。


「おっと、そこのちっこい嬢ちゃん」

「……みらいのこと?」


 ほっと安堵の息を吐く下級生達を無視して、宇喜多はみらいに声をかける。みらいは首を傾げるが、宇喜多は目を細めて不思議そうな様子で尋ねた。


「この前よりも『構成力』が馬鹿みてえに増えてんな。この短期間で何があればそこまで増えるんだ?」


 『大規模発生』以降、みらいは感情が高ぶらずとも巨大な『構成力』を発現するようになった。さすがに博孝や沙織が一瞬砂原だと勘違いした時ほどではないが、それでも、これまで以上の巨大な『構成力』をその身に秘めているのである。

 『構成力』が増えた分、制御が上手くいかずに一気に『構成力』を消耗してしまうこともあるが、それは今後の訓練次第でどうにでもなると思われた。


「……みらい、ばかじゃないもん」


 しかし、みらいからすれば宇喜多の言葉は悪口に聞こえたようだ。ぷくりと頬を膨らませ、宇喜多に抗議する。


「おっとっと……悪い悪い。悪口を言ったつもりはねえんだ。勘弁してくれや嬢ちゃん」


 そんなみらいに対し、宇喜多はしゃがみ込んで目線の高さを合わせ、あやすように言った。ついでにみらいの頬を突くと、ぷすーっと空気が抜ける。そんな宇喜多に対してみらいは小さくローキックを繰り出すが、宇喜多は笑って受け止めるだけだ。


「やっぱり『構成力』が増えてやがる……どうだ砂原。この嬢ちゃん、俺に預けねえか? 能力の方向性的に、俺と似たような育ち方しそうだぞ」

「宇喜多大尉殿に預けると、手加減ができず、力押しだけの『ES能力者』に育ちそうですな」

「……言ってくれるじゃねえかこの野郎。表に出ろ……いや、既に外だから空に上がれや」


 藤堂が相手の時とは異なり、さらりと毒舌を吐く砂原。対する宇喜多は青筋を立てつつ、空を指差して喧嘩を売る。両者の体からは『構成力』の光が立ち昇っており、技量が低い下級生などはその圧力だけで尻餅をつく者が出るほどだ。


「きょーかんもおじちゃんも、けんかはめっ、なの!」

「そうですよ。見てください、後輩達が怯えているじゃないですか」


 しかし、そんな二人の様子を気にせずみらいと博孝が止めに入る。後輩達もそうだが、止めなければ自分達の身も危険だ。


「む……もちろん冗談だぞ?」

「嘘吐けやテメェ。このパターンから今まで何回やり合ったと思ってんだ」


 冗談だと言い張る砂原と、それにツッコミを入れる宇喜多。しかし宇喜多は何かに気付いたのか、焦った様子でみらいに声をかける。


「あとな、嬢ちゃん。頼むから『おじちゃん』は止めてくれねえか? いや、年齢的にはそうなんだが、気持ちとしてはまだ若いつもりなんだぞ?」

「おじちゃんどころか、下手をするとおじいちゃんと呼ばれる歳ですが?」

「それはお前もだろうが!? 若い子と結婚したからって調子に乗ってんじゃねえぞロリコン野郎!」


 年齢に絡めてなのか、博孝達では到底言えないような暴言をぶつける宇喜多。すると次の瞬間、周囲の気温が一気に数度下がったように冷え冷えとした空気が漂い始める。


「――ほう、吠えたな『暴力医師』」

「――テメエこそな、『穿孔』」


 尋常ではない殺気がぶつかり合い、その余波で下級生達が腰を抜かす。第七十一期訓練生は即座に下級生達を回収すると、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。それでも炸裂寸前の爆弾に手を突っ込むような心境で踏み止とどまった博孝が、必死に止めに入る。


「ちょちょちょっ!? 二人ともここに何をしにきたんですか!? いやもう本当に! 喧嘩なら他所でやってくださいよ! マジで死人が出ますよ!? というか絶対俺も死にますよ!?」


 砂原と宇喜多が全力で戦えば、その影響だけで死人が出そうである。博孝が必死に訴えかけると、まだ冷静さを保っていたのか砂原が“目的”を答えた。


「……これは、諸君らを大きな『構成力』と殺気に慣れさせるための訓練だ」

「それ絶対嘘ですよね!? それっぽいこと言ってますけど、今この場で考えましたよね!?」


 一聴するとそれらしい話だが、二人から溢れ出す殺気が鋭すぎる。もしも殺気を具現化するES能力があれば、四方百メートルの訓練生が息絶えているほどだ。

 喧嘩するほど仲が良いとも言うが、さすがの砂原でも長年の付き合いである宇喜多が相手だと普段通りにはいかないらしい。深呼吸をして怒りを吐き出すと、締め括るようにして言う。


「……まあ、折角近くに『零戦』のメンバーが駐屯する機会に恵まれたのだ。昨日の藤堂大佐もだが、なんだかんだと理由をつけつつ厚意で来てもらっている。学べることがあれば学ぶように」


 真面目な表情でそう言う砂原だが、その場にいた訓練生達の心中は一つだった。


『つまり、たまに宇喜多大尉が来て砂原教官と今日みたいなことをすると……』


 殺気の耐性をつけるという意味では有用だろうが、修羅場慣れしていない下級生にとっては心臓に悪すぎる。


「最高ですよ。嬉しすぎて涙が出ます……いや、もう本当に、ええ……」


 “次回”があれば、今度こそ止めに入った途端殺されるかもしれない。そんなことは起こらないとわかっているものの、博孝としてはそう思ってしまうのも仕方ないほどの殺気だった。


「『零戦』の人が来る……」


 恐れ戦く博孝とは別に、恭介がどこか期待するように小さく呟く。しばらく何事かを考えていたが、やがて決意をしたように表情を引き締めて砂原に願い出た。


「教官……次は『防御型』で強い人を連れてきてもらってもいいですか? お願いします!」


 口調すらも改め、真摯に頭を下げる恭介。『零戦』に所属している『防御型』の『ES能力者』ならば、自分にとって非常にためになる話が聞けそうだ。

 少しでも強くなるためには、そういった“外部”の力も必要である。そう思って頼み込む恭介を見ると、今度は里香が口を開いた。


「その、教官……わたしは『支援型』の方と会わせていただければ、と。是非、お話だけでも聞いてみたいです」

「おいおい嬢ちゃん。その『零戦』所属の『支援型』がここにいんぞー」


 里香の願いに対し、宇喜多が片手を挙げながらアピールする。だが、里香は申し訳なさそうに頭を下げた。


「あ、ごめんなさい……宇喜多大尉はその、規格外すぎて参考にならなくて……」

「……これは褒められたと思っていいのかね?」


 規格外と評され、喜ぶべきか怒るべきか宇喜多は悩んだ。砂原はそんな宇喜多の様子に苦笑すると、恭介と里香に視線を向ける。


「先方の都合もある以上、約束はできん……が、ここまで連れてくる努力をしよう。それと岡島、宇喜多大尉は少々……いや、非常に“アレ”だが、『支援型』としては最高峰の『ES能力者』だ。君の疑問などにも答えらえるだろう」

「おいコラ、アレってなんだアレって」


 頬を引き攣らせる宇喜多だが、砂原はまったく取り合わない。里香は僅かに戸惑ったものの、砂原の言葉に頷いた。


「やった! お願いっすよ教官!」


 恭介も諸手を挙げて喜びを表し、そんな教え子達の様子に砂原は相好を崩す。




 そうして、予想外の助力を得ることになった訓練生達。特に博孝達第七十一期訓練生にとっては成長につながる貴重かつ重要な機会となる。

 訓練校卒業に向けた残り期間、少しでも強くなろうと足掻く彼らの最終訓練が、今始まろうとしていた。











っ『壁』、『爆撃』の使用権


どうも、作者の池崎です。

前話は突発的なネタだったにも関わらず、多くのご感想をいただきありがとうございます。その感謝を込め、『壁』と『爆撃』をプレゼントです。


感想の大半が壁と爆発とヤンデレと、ついでにた○ちゃんネタに占拠されるという事態になりました。ありがとうございます。

白崎伊織については今回の閑話で生まれたキャラであり、今後の物語で登場するかは不明です。ただ、野口が出てきた時にこっそりと地の文に紛れているかもしれません。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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