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第百五十七話:訓練校防衛戦 その9

 突如襲来した男達の目的は不明だ。少なくとも友好的な目的でないことは確かだが、あまりにも不明瞭に過ぎる。

 しかし、それを考えるのは自分の役目ではないと恭介は思った。今は何よりも、自分の腕を掴んだまま博孝や沙織から引き離そうとする“敵”をどうにかする必要がある。

 右腕を掴まれ、体ごと後ろへと押されていたが、男の進行方向に合わせて『飛行』を発現することで体勢を制御。僅かに空いた隙間に左腕を差し込んで相手の胸倉を掴むと、勢いに任せて体を回転させる。


「こんのぉっ!」


 ぐるぐると、車輪のように回転しながら高度を下げていく。そして男が掴んでいた腕を逆に掴み返し、回転しながら地面へ向かって加速する。

 恭介は回転の速度と自分の体勢、地面までの距離を把握すると、地面ギリギリまで接近した瞬間に右足を跳ね上げて男の腹部を蹴り上げた。

 それは柔道でいうところの巴投げ――というには強引かつ不格好だったが、空中からの落下速度と回転の勢いを乗せ、それまで掴みあっていた男を背中から地面に叩きつける。

 恭介自身は男を叩きつけると同時に拘束から逃れ、勢いに逆らわず地面を滑るようにして着地した。


「うぇ……き、気持ち悪いっすね……」


 何度も縦に回転したためか不快感を覚えたが、気合いで飲み下す。地面に叩きつけた男の方は衝撃が大きかったからか、まだ立ち上がらない。


「きょーすけ」


 様子を窺う恭介だが、頭上から声がかかった。恭介が見上げてみると、みらいが『飛行』を中断して落下してくる。


「みらいちゃんが戦ってたやつはどうしたんすか?」

「あっち」


 みらいが視線を向けた先、そこには無表情で接近してくる男の姿があった。みらいは自分の膂力に物を言わせて脱出したらしく、男に掴まれていた袖部分が千切れている。


「博孝達からだいぶ離されたっすね。合流したいところっすけど、そうさせてくれそうにないっすか……」

「じぶんたちでたおす」


 博孝達の元へ戻ろうと考えた恭介だが、行く手を遮るようにして男達が布陣している。『飛行』の速度に任せて強引に突破したいところだが、相手も似たような技量だ。

 恭介とみらいが着地した場所は、第七十二期訓練生が使うグラウンドである。博孝と沙織は中央校舎を挟んで反対側で交戦しており、大きく距離を離されてしまった。

 どうしたものか、と恭介は思考する。仮に男達を振り切って元の場所に戻ったとしても、それは味方のもとへ敵を連れて行くことになってしまう。それならば自分達で倒してしまいたいが、倒せるものなのか。


「強引に突破しても送り狼になるし、普通に戦うには厄介、と……頼みの綱は『活性化』っすか」


 博孝の『活性化』によって身体能力やES能力の向上が実感でき、博孝の見立てでは『活性化』が相手に有効だという話だが、恭介としては安心できない。

 この場にいる味方はみらいのみ。自分一人で戦うよりも遥かに心強いが、恭介からすればみらいは可愛い妹分だ。攻撃力や『構成力』では負けてしまうが、だからといってみらいに頼り切る選択肢はない。


(でも俺だけじゃ攻撃力が不足する、と……狙われたか?)


 共にいたのが博孝か沙織ならば、能力的にもバランスが良かった。そうならなかったのは偶然か、あるいは意図的なものか。


(考え込んでも仕方ねえ……自分の敵は自分で倒すって博孝に言ったしな)


 戦っているのは自分達だけではない。この場を切り抜け、博孝達と合流し、後輩達を守る必要がある。

 そのためにも敵を倒す――殺すのだ。


「っ…………」


 ぶるりと、未知の恐怖で体が震えた。対峙している男達に隙を見せないよう注意しているが、恭介の心境は穏やかではない。

 『ES能力者』としていつかは訪れることだと覚悟していたが、自身の手で敵を殺める必要に迫られている。『ES寄生体』ならばそれほど気が咎めなかったが、自分と同じ人間――『ES能力者』を手に掛けるとなれば、平静ではいられない。

 無論、殺す前に自分が殺される危険性もある。しかし、『活性化』なしで戦った感触としては、攻撃が通らないだけでそれ以外の脅威は感じない。

 空戦技能、体術、ES能力。そのどれを取っても自身と同程度。『活性化』があれば上回っているだろう。『活性化』を受けてから覚えた違和感が気にかかるが、その違和感が“何か”をしてくることもない。

 恭介は彼我の力量を見積もり、拳を握り締める。相手の目的は相変わらず不明だが、黙って殺されるわけにもいかないのだ。

 目的を聞き出すために生きたまま捕獲したいが、これまでのことを考えると捕獲は簡単ではない。相手の所属が『天治会』ならば、攻撃手段に自爆を組み込むぐらいはやってのける。そうなった場合、訓練校は更地になりかねない。

 気絶させるだけで済むならそうしたいが、相手がそれを許すほど技量が離れていない。そうなると当初の想定通り、相手を仕留める方が確実だ。

 みらいを庇うようにして恭介が前に出ると、二人の男は揃って地面に降り立つ。既に地面に下りていた恭介やみらいに合わせたのかはわからないが、それを見た恭介は意識して笑った。


「足を地面につけた状態で勝負っすか? こっちは大歓迎っすよ」


 固めた拳を構え、腰を落としつつ言い放つ。『飛行』に『構成力』や意識を割く必要がないのなら、そちらの方が恭介としても戦いやすい。訓練校内に侵入している『ES寄生体』に注意する必要はあるが、『飛行』を発現しないのなら他のES能力を使う余裕も出る。

 そう考えた恭介だが、男二人の視線は恭介に向いていない。感情が見えない眼差しで、みらいをじっと見ている。


「シカトっすか? つれないっすねぇ」


 その視線を体で遮ると、ようやく男二人の視線が恭介に向いた。


「邪魔だ」


 そして問答を交わすこともなく飛びかかってくる。相変わらず『構成力』を感じないが、それでも拳を固めて一瞬で距離を詰めてくる。

 それを迎え撃つ恭介は焦らず、繰り出された拳を受け流した。その勢いでカウンターを叩きこもうとするが、男二人は最初に恭介を排除することにしたのだろう。みらいには意識を向けず、二人がかりで恭介へ拳を繰り出す。

 その身のこなしは正道なものではない。砂原に鍛えられている恭介からすれば、喧嘩の延長としか見えないような殴り方だ。


 ――しかし、重い。


 体格差がほとんどないにも関わらず、受け流した際に触れた腕から妙な重さを感じる。拳の握り方、体重の乗せ方も乱雑だというのに、恭介はそれ以外の“何か”を感じ取った。


「よそみは、めっ」


 恭介が攻撃を捌いていると、即座にみらいが援護に入る。『固形化』で作り出した棒を両手で持ち、野球でもしているかのようにフルスイングした。

 狙われた男は左腕をたたんで防御するが、みらいはそれに構わず全力で棒を振り抜く。“先ほど”までは効果がなかった一撃だが、みらいが繰り出した攻撃は男の左腕にめり込み、鈍い音を立てながら男を防御ごと吹き飛ばした。

 そして僅かな時間と云えど一対一になった恭介は、防御に徹して隙を窺う案を即座に放棄。仲間が殴り飛ばされても顔色一つ変えない敵の腕を掴み、相手の体勢を崩しながら前へと踏み込んで肘打ちを叩き込む。

 狙いは鳩尾であり、強打すれば意識を奪うこともできる急所だ。懸念すべきは攻撃が通らない可能性だが、恭介の繰り出した肘打ちはしっかりと男の鳩尾にめり込み、その衝撃で真後ろへと吹き飛ばす。


「……まだ妙な硬さがあるっすね」


 恭介は追撃をせず、自身の右腕に意識を向けた。

 『活性化』を受ける前は通らなかった打撃が、“多少”といえど通っている。しかしその感触は鋼鉄が鉛に変化した程度であり、致命傷を与えるには至らない。

 博孝の見立ては正しかった。恭介はそう思うが、根本的に攻撃力が足りていない。みらいの攻撃は殴りつけた男の腕を圧し折ったようで、恭介は自分との攻撃力の差を感じてしまう。

 『防御型』である恭介は攻撃よりも防御を磨いてきており、戦いで用いる攻撃方法は体術が基本だ。ここ数ヶ月は『射撃』も習熟してきたが、威力という面で見るならば『構成力』を集中させて殴った方が強い。

 自分が防御を担当してみらいに攻撃を任せた方が良いのではないか。そんな考えが恭介の脳裏に浮かぶが、すぐに振り払う。

 自分の攻撃も効くのだ。それならばみらいに頼り切るわけにはいかない。ましてや、みらいに手を汚させるのも気が咎めた。

 『活性化』の効果はそれほど長くない。受けた感覚としてはもって十分というところだろう。それまでに自分の手で勝負を決める――恭介はそう決意する。


「博孝と沙織っちも乗り越えた山っすからね……」

「……きょーすけ?」


 決意を固めるように呟くと、それを聞いたみらいが不思議そうに尋ねた。恭介は何でもないと言わんばかりに軽く右手を振ると、気合いを入れて男達を注視する。

 男達は既に立ち上がっており、虚ろな視線を向けてきた。その瞳には相変わらず感情の色が見えず、それが薄気味悪さを助長する。

 恭介は得体の知れない感覚を飲み下すと、再び攻撃を仕掛けようとした。だが、それよりも先に男二人の口が動く。


「――状況想定Dを確認する」

「――了解。“制限”解除」


 呟きと同時、恭介は男達から放たれる違和感が膨れ上がっていくのを感じた。それは『構成力』とは異なる、重苦しい気配。相変わらず目視することはできないが、確かに“何か”の力を感じる。

 恭介がその変化に思考のリソースを割かれた一瞬、片方の男が地を蹴って瞬く間に間合いを詰めた。踏み込むと同時に拳を振るい、恭介は咄嗟に左手を開いて拳を受け止める。


「ぐっ!?」


 だが、予想以上の衝撃で受け止めた左手ごと体が弾かれそうになった。恭介は拳を外側に弾くことで衝撃を逃がすと、拳を捌いたことでがら空きになった腹部へ右拳を叩き込む。

 恭介の拳は鳩尾にめり込んだが、男は痛がる素振りも見せない。弾かれた腕を戻し、恭介の首を叩き落とすべく手刀を振るう。


「っと! おっかないっすね!」


 何の変哲もない手刀。しかしその一撃に致死の気配を感じ取り、恭介は『飛行』を発現してその場で真横に回転する。そして手刀を回避すると共に回転の勢いをつけて膝蹴りを男の横顔に叩き込み、男を蹴り飛ばして強制的に間合いを離した。

 至近距離で『飛行』を利用した膝蹴りの威力は、並の訓練生が相手ならばそれだけで致命傷になるほどだ。事実、恭介も相手を殺すつもりで膝蹴りを叩き込んだ。しかし、無防備に膝蹴りを食らったはずの男は平然と立ち上がる。

 相変わらず無表情のまま首をさすって骨を鳴らしているが、それだけだった。


「ちっ……頑丈にもほどがあるぞテメェ」


 吐き捨てるように言い放つ恭介だが、先ほどまで多少あった余裕はなくなりつつある。男達の放つ違和感が増した途端、打撃の重さや頑丈さが増しているように感じたのだ。

 そうやって戦う恭介を他所に、もう一人の男がみらいへと挑みかかる。それを見た恭介は『盾』を発現して進路を遮るが、みらいに向かった男は腕を振るって『盾』を容易く斬り破った。


「きょーすけ! こっちはまかせて!」


 みらいは男を迎撃しつつ、恭介に向かってそう叫ぶ。恭介はみらいと連携して二対二に持ち込むか、それとも一対一のままで戦うか迷った。

 本来ならば迷わず前者を選択するが、一体どんなタネがあるのか、男達にはES能力がほとんど通じない。少なくとも、恭介が持つES能力は通じていない。

 『防御型』として腕を磨いてきた恭介としては、自身が発現した『盾』や『防壁』が容易く破壊されるのは大きな衝撃だ。博孝や砂原のように『構成力』を集中させた攻撃で貫くわけでもなく、沙織のように『無銘』で斬ったわけではない。ただの攻撃、軽く腕を振っただけで破壊されている。

 男達の攻撃を捌くだけの体術を持たなければ、最初の一撃で絶命していただろう。防御系ES能力がほとんど意味をなさない以上、己が磨いてきた体術だけで渡り合う必要があった。

 自身の攻撃が通じず、相手の攻撃は危険極まりない。まるで『零戦』の宇喜多と戦っているような気分である。『構成力』を感じないのは宇喜多のように『擬態』を使っているのかもしれないが、宇喜多とは“毛色が違う”と恭介は思っていた。

 強いのは確かだが、それほど脅威には思わない。攻撃さえまともに通れば十分に勝てる技量だ。理不尽さでいえば宇喜多の方が上であり、攻撃や防御の“タネ”さえわかれば対処が可能に思えた。


「……すぐに合流するから、それまで持ちこたえてくれ!」


 それでも、今は戦うしか道がない。恭介はそれだけを言い放つと、眼前の敵を倒すことを優先した。みらいの攻撃力や『構成力』は恭介よりも上だが、技術面では大きく劣る。眼前の敵を倒し、加勢しなければならないだろう。


(――速攻で倒す!)


 恭介は自身が持つ『構成力』を全力で発現すると、右手へと集中させていく。普段とは異なり『活性化』によって“後押し”された恭介は、これまでにないほど多くの『構成力』を右手に集中させる。

 幸いというべきか、他に併用しているES能力は『防殻』だけだ。相手の意図は読めないが、地面に足をつけて移動できるのならば『構成力』の制御に注力できる。

 対峙していた男はそんな恭介を見詰めつつ、ゆっくりと近づく。恭介の行動を警戒しているのか、それとも何も考えていないのか。表情からは一切読めなかった。

 恭介は男の動きを警戒しつつ、少しずつ距離を詰めていく。いつ、どうやって仕掛けるかを計算しつつ、ゆっくりと間合いを詰める。

 目線や僅かな動作でフェイントをかけて相手を釣ろうとするが、ロクに反応しない。両者の間合いは狭まり、そして互いに手が届く位置で止まる。

 突然攻撃を仕掛けてきたと思えば、今度は静かに恭介の攻撃を待っているようだ。その行動の曖昧さが気にかかる恭介だが、それを考えるのは博孝や里香の仕事だろうと思考から追い出す。

 今は瞬きをする余裕もない。如何に速く、先に攻撃を当てるかに全神経を集中する必要があった。


(先の先を取るか、後の先を取るか……)


 『活性化』には時間制限がある。『構成力』を集中させ続けるのも限界がある。それならば先手を打つべきだが、相手の動きを見てから攻撃するのも一つの手だ。

 攻撃が通るかどうかという不安は残るが、集中させた『構成力』の規模ならば相手の防御も貫けるだろうと恭介は考える。むしろ、これで攻撃が通らなければ打つ手がない。

 『収束』と呼べるほどの威力はなく、『構成力』の集中が得意な博孝と比べても劣る。それでも恭介に可能な最大の威力を発揮する一撃だ。

 かつてラプターと戦い、博孝と沙織を置き去りにして撤退した時に覚えた絶望と悔恨。それらを乗り越えるために鍛えてきた修練の成果を、必殺の決意を以って繰り出す。


「はああああぁっ!」


 気合いの声と共に先手を取る。相手の動きを待つか迷ったものの、ここは先手を取るべきだと直感したのだ。

 大きく踏み込み、相手の挙動に意識を払いつつ『構成力』を集中させた拳を突き出す。それは訓練校に入校してから何度も繰り返してきた動作であり、最速で最短距離を拳が走った。


 そして――防御されることもなく拳が命中する。


 可能な限り『構成力』を集中させた一撃は、男の胸部を正面から強打。その勢いと威力で肉を抉り、胸骨を圧し折りながら男を大きく吹き飛ばす。

 加速した大型トラックが衝突したような轟音が響き、男は水平に吹き飛んでいく。その勢いは尋常なものではなく、男は数回地面をバウンドしながら百メートル近く吹き飛ぶことになった。


「……は?」


 呆然とした声を漏らしたのは、恭介である。自分の成したことが信じられず、拳を突き出した体勢で思わず硬直した。

 確かに、一撃で勝負を決めるつもりだった。時間をかけるわけにもいかず、可能な限り迅速に倒すつもりだった。

 しかし、さすがに“この結果”は予想外である。防がれても防御ごと打ち抜くつもりだったが、男は防御すらしなかった。棒立ちで拳を受け、そのまま吹き飛んでいる。

 右拳に残った感触は、これまでにないほど重たいものだ。相手の防御を貫き、例え『ES能力者』が相手だろうと仕留めただろうと確信できる一撃であり――。


「アンタら……何者だよ……本当に……」


 平然と起き上がった男の姿を見て、恭介は呆然と呟いた。

 肉を抉って骨を折った感触があったというのに、男は痛がる素振りも見せずに歩み寄ってくる。拳を叩き込んだ胸部は野戦服が破け、大量の出血も見られた。それだというのに、男の足取りは揺らぎもしない。

 みらいに圧し折られた左腕を垂らし、大量に出血しているにも関わらず歩み寄ってくる男を見た恭介は、ゾンビでも相手にしているのか、と考えて額に冷や汗が浮かんだ。

 それは、砂原やラプターのような強者を相手にした時に感じた威圧感とは別種の恐怖だ。男達が放つ違和感もそうだが、ここまで得体が知れない相手は初めてである。


「――被害中程度。状況D確認完了。障害を排除する」


 そう呟くなり、男の放つ違和感がさらに増大した。流れる血に構わず恭介に接近し、我武者羅に拳を叩きつける。

 恭介は繰り出された拳を受け流すが、それだけでも拳の重さが増しているのを感じ取った。『防殻』を発現しているというのに、拳を逸らすために接触させた腕に痛みと衝撃が走る。拳を逸らすだけだというのに、骨に響くほどの衝撃だった。


「ちぃっ!」


 相手の左腕は折れており、右拳も捌いた。恭介は蹴り技に注意しつつ、『構成力』を集中させたままだった右手を拳から貫手に変えて突き出す。

 ここまでくれば、相手を殺すことに対する躊躇は微塵もない。余裕はなくなり、自分が殺されないためには相手を殺すしかないのだ。

 だが、恭介の貫手は命中するよりも先に手首を掴まれて止められる。『構成力』一点に集中した貫手は鋼板すら容易く打ち抜く威力があったが、手首を掴まれては意味がない。

 右の手首を掴まれた恭介は、即座に捻って外そうとする。しかし男の膂力は恭介を超えているのか、掴まれた状態からほとんど動かせなかった。

 そして、掴まれた手首に少しずつ圧力が加わり、傷みと共に骨が軋みを上げる。


「このっ……離せ!」


 自由な左手を使って男の顔面に拳を叩き込むが、僅かに身動ぎしただけで体勢すら崩せない。そうしている間にも手首に力が込められ、ついには鈍い音を立てて圧し折られる。


「あ――がああああああああぁぁっ!」


 悲鳴とも咆哮ともつかぬ絶叫が漏れ――それでも恭介は諦めない。拘束を外すべく、痛みを覚悟して男の右肘を強打する。

 さすがに関節を打たれれば拘束が緩むだろう。そう考えた恭介だが、男は手首を握り込んだまま離そうとしない。右手には『構成力』を集中させているが、握力だけで握り潰されてしまいそうだ。


「きょーすけ!」


 恭介の負傷に気付いたのか、みらいが慌てた様子で援護に入る。自分が戦っていた男を蹴り飛ばすと、恭介の手首を掴んだままの男へと瞬時に駆け寄り、恭介が強打したばかりの肘を全力で蹴り上げた。

 恭介のように『構成力』を集中させたわけではないが、第七十一期訓練生の中でも随一の『構成力』を持つみらいの蹴りはそれだけで威力が高い。ましてや、『活性化』を受けた状態での全力の蹴りだ。

 その威力を受ければさすがに耐えられなかったのか、恭介の手首を拘束していた男の右腕が轟音と共に弾かれる。拘束から逃れた恭介は、槍のような前蹴りを叩き込んでから後ろへと下がった。


「く、つぅ……た、助かったっすよ、みらいちゃん」


 右の手首に『接合』を発現し、恭介は脂汗を流しながら礼を言う。


「きょーすけ、そのて……」


 男達の挙動に注意を払いつつも、みらいは心配そうな声で尋ねた。恭介の右手は手首から先が力なく垂れており、みらいの目から見ても完全に折れていることを窺わせる。

 骨折でも時間をかければ『接合』で治すことはできるが、この場では絶望的なまでに時間が足りない。博孝の『活性化』が効いているとはいえ、練度の低い『接合』では少しばかり痛みを軽減する効果しかなかった。


「なあに、心配はいらないっすよ……それにしても、助けるつもりが助けられるとは、なんとも情けない話っす」


 みらいの心配を払拭するように、恭介は無理矢理に笑ってみせる。

 少しは強くなったつもりだったが、現実は厳しい。いくら相手の使っている能力がわからないとはいえ、恭介もここまで追い込まれるとは思っていなかった。

 恭介とみらいが合流したことで警戒したのか、男二人は観察するような視線を向けてくる。片方の男はみらいに左腕を折られ、恭介が繰り出した渾身の打撃で胸部周辺から大量に出血しているにも関わらず、痛がる素振りも治療する様子もない。

 そのことを怪訝に思う恭介だが、隣に立つみらいはどこか不機嫌そうに眉を寄せた。


「そんなことない。きょーすけはなさけなくない。“あれ”がへんなだけなの」

「……みらいちゃん?」


 それは、断言するような言葉だった。それ故に恭介が疑問を込めて尋ねると、みらいは僅かに首を傾げる。


「“わたし”とおなじで、でもおなじじゃない……なんなの? わたしはあんなにへんじゃない」


 疑問が混ざったみらいの声を聞き、恭介は僅かに驚く。第七十一期訓練生の中では付き合いが深い方だが、今のみらいの様子は普段と大きく異なるように思えた。恭介は明確な言葉にできなかったが、どこか遠くを見るような、曖昧で戸惑いが強いように見える。


「一体何が……っ!?」


 その疑問を解消するよりも早く、男二人が動いた。地を蹴り、一直線にみらいへと突撃してくる。それを見た恭介は即座に五枚の『盾』を発現して進路を遮ろうとするが、突進だけで容易く破られてしまう。

 足を引っ掛けようと足元に発現した『盾』は蹴り割られ、体ごと抑え込もうと発現した『盾』は接触した勢いだけで粉砕。ロクな妨害にもならず、接近を許してしまう。

 この距離ならば外さないだろうと『射撃』を撃ち込んでみても、体勢を崩すことすらできなかった。それならばと接近戦を挑むが、右手が折れて減った手数では止められない。

 攻撃も防御も通じないという不条理。『ES能力者』も大概だが、男達の“ソレ”は『ES能力者』以上だ。

 先程恭介に矛先を向けていた男も狙いを変えたのか、恭介の妨害には目も向けずにみらいへと攻撃を仕掛けていた。その身に負った傷を物ともせず、『固形化』で発現した棒を構えるみらいへと殴りかかる。

 みらいも果敢に迎撃するが、二対一では分が悪すぎた。そのため恭介がカバーに入り、片方の攻撃を引き受けようとする。


「こっちは俺が――」


 少しでもみらいの負担を減らそうと、怪我を負っていない男へ攻撃を仕掛けた恭介。しかし、男が振り返り、右手が振り上げられると違和感が一気に増大する。


 ――男の右手に違和感が集中している。


 恭介がそれを看破するよりも刹那に早く、男の右手が振り下ろされた。先ほどから何度も感じ取っていた致死の気配、それも最大規模の悪寒と共に手刀が降ってくる。

 恭介にできたのは男の手刀を受け止めるように『盾』を重ねて発現し、それと並行して無事な左腕に『構成力』を集中して防御することだけだった。

 だが、それも無駄な足掻きである。重ねるようにして発現した『盾』は両断され、防御のために掲げた左腕も半ば以上が断ち切られる。辛うじて切断は免れたが、男が振り下ろした手刀はそのまま恭介の左腕にめり込んだままだ。

 恭介に残っているのは、まともに動かない右手のみ。蹴るには体勢が悪く、間合いも近すぎる。移動系ES能力を使う暇もない。


「――あ」


 次いで繰り出された男の左手が、恭介の腹部に深々と突き刺さった。その一撃は『防殻』を貫き、手首が埋まるほどに深く貫いている。

 思わず、恭介は自分の腹部へと視線を落とした。自身の腹部に刺さった男の左手と、灼熱のような熱さを伴う激痛。意識するよりも先に口の端から血が溢れ、秒を追うごとに量を増して溢れ出す。


「こ、の……」


 それでも恭介は戦意を失わず、自分自身を巻き込む覚悟で『射撃』を発現しようとした。しかし男は恭介の腕に食い込んでいた右手を引き抜き、淡々と、作業でもこなすように今度は恭介の首元を抉る。

 抉られた首元からは大量の血が噴き、その衝撃と激痛はさすがの恭介でも耐えられなかった。悲鳴を上げる余裕もなく、膝から崩れ落ちる。

 地面に倒れ伏した恭介からは血が流れ、少しずつ血溜まりを広げていく。男は倒れ伏した恭介を見下ろすと、とどめを刺すべく足を振り上げ――そのまま振り下ろすのだった。


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