第百五十八話:訓練校防衛戦 その10
恭介やみらいと引き離された博孝は、時折飛来する鳥型『ES寄生体』を撃ち落しつつも敵の男と戦い、未だに倒せずにいた。
地上からの援護射撃があるものの、思ったよりも鳥型『ES寄生体』の数が多い。できるならば眼前の敵に集中したいが、地上の仲間達は『ES寄生体』と戦いながら援護してくれるのだ。博孝も可能な限り鳥型『ES寄生体』を落としつつ、眼前の男と渡り合う。
『活性化』を発現し、『飛行』で交差する度に掌底と蹴りを叩き込んでいるが、未だに相手は健在だ。最初に重傷を負わせた男の方は沙織に任せているが、そちらも決着がついていない。
「思ったよりもやる……そっちはどうだ?」
「時間をかければいくらでも料理できるわ。ただ、速戦即決は厳しいわね。無駄に頑丈だもの」
空中で沙織と背中合わせになり、互いに言葉を交わす。沙織の言葉には博孝も同意見であり、時間をかければ問題なく倒せるだろうと思っていた。
何度も拳を交えて確信したが、相手の技量はそれほど高くない。どんな手品で飛んでいるのかはわからないが、空戦技能も同程度かやや下だ。
しかし、問題は男達が持つ謎の頑丈さである。沙織の『飛刃』を容易く防ぎ、『無銘』で斬りつけようが浅い傷しか負わない防御力。砂原ほどとは言わないが、第七十一期訓練生の中で最も防御力が高い恭介よりも頑丈だ。
博孝としても、全力で『砲撃』を撃ち込んで仕留められなかったのは驚きである。『構成力』を集中させて掌底を叩き込んでみても、貫くには至らなかった。
「ねえ博孝、気付いてる? 相手の気配が変わってるわよ」
「ああ、違和感がでかくなってるな……」
「わたしも『活性化』を受けてから気付いたんだけど、あの違和感が“手品のタネ”なんじゃないかしら? 違和感が強くなるにつれて『無銘』の刃の通りが悪くなってるのよ」
そう言いつつ沙織は『無銘』の刃に視線を走らせる。刃毀れしたわけでも、脂で切れ味が落ちたわけでもない。単純に、相手の防御力が上がって斬れ難くなっているのだ。
「沙織もそう思うか? こっちも打撃がいまいち通じねえ。以前戦った独自技能保持者の能力に似てるが、アレはここまできつくなかった」
博孝は時間が経つごとに強さを増す敵性『ES能力者』と戦ったことがあるが、“あの時”とは根本的に違うと思っていた。
それは理屈ではなく、感覚による判断である。説明しろと言われれば、博孝としても明確には答えられない。ただ、これまでに戦ったことがある『ES能力者』とは別種の“何か”を感じるのだ。
それが男達の放つ違和感によるものか、存在そのものが原因なのかはわからない。人間から見れば『ES能力者』も別種の生き物に見えるかもしれないが、その『ES能力者』である博孝から見ても男達の存在は不明瞭過ぎた。
可能ならば生け捕りにして馬場などの研究者に引き渡したいところだが、捕獲できるほどには技量が離れていない。そのため、次善の策として仕留めるしかないだろう。
(問題は、仕留めるとしても時間がかかるってことか……)
『活性化』を発現したところ、見立て通りに攻撃が通じやすくなった。しかし、男達の放つ違和感が増大するにつれ、少しずつ効果が薄れている。
相手を弱体化させるES能力かとも思った博孝だが、自身や沙織の技量、『構成力』が低減しているようには感じない。そうなるとやはり、相手の力が増しているのだろう。
そしてそれは、時間を追うごとに引き離された恭介達が危機に追い込まれるということでもある。博孝自身や沙織については、発現できる限り『活性化』によって“底上げ”ができる。しかし恭介達はそうではないのだ。
時間が経てば『活性化』の効果が切れ、苦戦を強いられる。それこそが博孝と沙織が速戦即決を選択した理由であり――されど、男達を仕留めることができない。簡単には倒れてくれない。
(手負いが相手でも沙織が仕留めきれないとなると、打つ手が限られるな……仕方ねえ、なるべく消耗を抑えたかったが、状況がそれを許さん……)
様子を窺うように攻撃を仕掛けてこない男達を牽制しつつ、博孝は一つの決断を下す。
「沙織、二十秒……いや、できれば三十秒稼いでくれるか?」
相手の“上限”がわからない以上、早急に倒す必要がある。その準備にかかる時間を算出し、博孝は沙織に頼み込んだ。
三十秒とはいえ、一人で敵二人を抑え込んでほしい。一対一でほぼ互角の状況にあって、沙織に大きな負担を強いる決断だ。
「三十秒? それだけでいいの?」
しかし、沙織はこともなげにそう答えた。博孝が何も考えずにそんなことを頼むとは思わず、また、博孝がそう言うのならば絶対に敵を倒し得るのだろうと信頼して拒否の言葉は一言もない。
「ああ……かなり負担になると思うけど、沙織にしか頼めない」
戦ってわかったが、相手の攻撃は自分達の防御をほとんど無視している。攻撃を捌くためには避けるか受け流すしかなく、それが一対二になれば難易度は跳ね上がるだろう。
それがわかっていても、この場で任せられるのは沙織しかいない。同期の中で沙織と同等の技量を持つ者がいない以上、博孝としては沙織しか頼れない。例え恭介やみらいがこの場にいても、声をかけたのは沙織だっただろう。
そんな博孝の信頼が伝わったのか、沙織はこの場に不釣り合いなほど楽しげな、そして嬉しげな笑みを浮かべる。
「ふふ……ええ、任せて。博孝には指一本触れさせない。三十秒どころか、一時間だってもたせてみせるわ」
「頼もしいねぇ……それじゃあ、任せる」
微笑んで言い放つ沙織に、博孝も笑って応えた。
「さて――それじゃあいくわよ!」
そう叫ぶと同時に、沙織は沸き立つ心の赴くままに全力で『構成力』を発現する。博孝の『活性化』による後押しもそうだが、博孝から向けられる信頼がどうにも心地良かった。
窮地にあってなお――否、窮地だからこそ博孝の信頼が嬉しい。
博孝は意識を集中させているらしく、完全に無防備だ。沙織が絶対に防ぐからと、防御を捨てて右手に『構成力』を集中させていく。
沙織は『無銘』を右手に持つと、左手には『無銘』を模した刀を『武器化』で発現する。それも、これまで発現した『武器化』の中では間違いなく最高の刀だ。
『武器化』は普段ならば息をするように発現できるが、体の奥底から溢れ出す『構成力』を注ぎ込み、『無銘』に勝るとも劣らぬ強度と切れ味を持つ刀を発現する。
そして、二刀を構えるなり少しずつ間合いを詰めていた男二人に向け、左右別々に『飛刃』を放った。それも、これまでに放った『飛刃』とは殺傷力が違う。『活性化』と溢れ出す『構成力』により、尋常ではない速度と切れ味を誇る。
男達もそれを感じ取ったのか、それまで防御すらせずに受け止めていたにも関わらず即座に回避行動を取った。すると、沙織は『瞬速』を発現して間合いを詰め、竜巻のように回転して真横から二刀での横薙ぎを放つ。
回避行動の終わりを狙ったその攻撃は男の脇腹に食い込み、血の尾を引きながら大きく吹き飛ばした。その隙にもう一人の男が博孝へと攻撃を仕掛けるが、即座に沙織が舞い戻り、攻撃を仕掛ける。
博孝の言った三十秒、それを守りきるだけでは足りない。せめて一人は仕留めておこうと『無銘』と刀を交差し、そのまま突撃。ハサミのように、男の首を“挟んで”飛ばそうとした。
しかし刃の間に腕を差し込んで止められ――その程度では今の沙織は止まらない。交差した刀の上で『無銘』の刃を滑らせ、防御に使われた男の腕を斬り飛ばす。そして瞬時に『無銘』を逆手に持ち替えると、男の首を狙って切っ先を振り下ろした。
だが、さすがに首を狙うのは“的”が小さかったのか、男は体を後ろへ引いて回避する。それを見た沙織は『無銘』を横に斬り上げて首を狙うが、刃先が掠めて多少の出血を強いただけで終わった。
それと同時に自由になった刀を振るうと、最初に吹き飛ばした男へ『飛刃』を放つ。沙織が攻撃している間に博孝を狙うつもりだったらしいが、狙う都度沙織から妨害が入って接近することもできない。
そして、沙織が奮闘している間に博孝は自身が持つ『構成力』を右手に集中させていた。時間をかけ、『活性化』を併用し、今の自分の限界を超え、例え相手の防御が頑強だろうと一撃で貫くために『構成力』を集中させ続ける。
『構成力』の集中に合わせて、博孝の右手が白く輝く。時間が経つごとに、輝きを増していく。
訓練ではここまで『構成力』を集中させることができなかった。しかし、実戦での緊迫感と昂揚が限界を打ち破り、『構成力』の集中を一段階上へと押し上げる。
イメージするのは、かつて砂原が見せた『収束』だ。今必要なのは全身を覆うようなものではなく、一点を貫く『構成力』の集中のみ。沙織が時間を稼いでいる間に、その領域まで己を高める。
そして三十秒の時間をかけ、ソレは完成した。『構成力』を右手に集中し、暴発しないよう制御し、密度を高めた上で『活性化』で増幅した。下手をすると右手が吹き飛びそうなほどに『構成力』が集中しており――博孝は獰猛に笑う。
言葉通り、沙織は三十秒守り切った。それどころか、片方の男を倒しそうな勢いである。
――今度は自分が約束を守る番だ。
博孝が莫大な『構成力』を集中させていることに気付いていたのか、男二人は博孝のもとへと向かおうとする。しかし相変わらず沙織がそれを防ぎ、一向に近づけない。
博孝は傷が浅い方の男へ視線を向けると、一直線に突っ込んでいく。本来ならば牽制のために『射撃』の一発でも発現したいところだが、右手に集めた『構成力』の制御で手一杯であり、『飛行』以外のES能力を発現する余裕はない。
そのため博孝は正面から突撃し、接近戦を挑む。砂原は『収束』で集めた『構成力』を発射できるとも言っていたが、博孝はそこまでできる気がしなかった。
仮にそれができたとしても、相手に当たらなければ訓練校の一角が吹き飛ぶ程度には『構成力』を集中させている。今の状況で試すわけにもいかない。
「――『活性化』の増大を確認。状況想定Aを」
「――ごちゃごちゃうるせえよ」
男の言葉を遮り、博孝は躊躇なく間合いを詰める。男は無表情のまま拳を繰り出すが、博孝は更に前へと出た。繰り出された拳を頬に掠めるほどの紙一重で回避し、容赦も躊躇もなく右の掌底を叩き込む。
狙いは心臓であり、至近距離でそれを外すほどに錆び付いた体術は持っていない。博孝の掌底は寸分違わず胸部へ命中し、そのまま貫いて背中まで突き抜けた。
例え『ES能力者』だろうと致命傷になる一撃。しかし、眼前の相手にとっても致命傷になるとは限らない。それ故に博孝は右手を引き抜くと、今度は頭を狙う。
心臓と頭を潰されればさすがに生きてはいまい。淡々とそう判断した博孝だが、心臓から右手を引き抜くなり男が地面へ向かって落下し始める。
「――かく、にん……完了……」
最期にそんな呟きを残し、男は地面へ落下した。減速することなく地面へ叩きつけられ、起き上がることもなく動きを止める。博孝は地上に降り立って脈を確認するが、脈動は感じられなかった。
「仕留めた、か……」
自爆を許すこともなく、確実に仕留められたようだ。博孝は小さく呟き――突如巨大な『構成力』を感じ取った。
「っ!? なんだ!?」
博孝は思わず動きを止め、空を見上げる。『ES能力者』ならば『探知』を使わずとも感じ取れるような、巨大な『構成力』の発現。
その発現規模は尋常のものではなく、空中で戦っていた沙織と男も動きを止めて巨大な『構成力』が存在する方向へと視線を向けている。
『構成力』の位置はそれほど遠くなく、訓練校の敷地内に存在するだろう。博孝は即座に空中へ舞い上がると、沙織と合流する。
「教官が到着したのかしら?」
「かもしれねえ……いや、違う……この感じは……」
沙織が砂原の存在を口にしたが、博孝もそうであると頷きかけるほどにその『構成力』は大きい。しかし、『構成力』を感じる方向とその“発現の仕方”に違和感がある。
その『構成力』は正真正銘、突然出現した。訓練校の外から内側へと来たのではなく、敷地内に出現したのである。『隠形』で『構成力』を隠していた可能性もあるが、いきなり『構成力』を発現する理由がない。
仮に敵の『構成力』ならば、危険極まりない規模だ。博孝や沙織が知る『ES能力者』の中では、砂原が持つ『構成力』に比肩する規模である。
ただし、博孝はその『構成力』から敵意を感じなかった。その代わりに感じたのは泣くような、怒るような、慟哭に近い感情。『ES能力者』は感情によって大きく左右されるが、発現した『構成力』は巨大な感情の発露によるものではないか、と推察した。
『構成力』の規模と方向から何が起きたのかを考える博孝だが、嫌な予感を覚えると共に回答を導き出す。
「まさか……みらいが暴走したか?」
可能性が最も高いであろう答えを口にし、何が起きればそうなるのかと考えを進める。
かつては『構成力』を暴走させていたみらいも、博孝が毎日『活性化』を発現することで落ち着き、自分自身の力で『構成力』を制御できるようになった。そんなみらいが『構成力』を暴走させる事態とは何なのか。
博孝と沙織が巨大な『構成力』に意識を向けていると、沙織と戦っていた男が『構成力』の方向へ向かって飛び立つ。それを見た博孝は即座に追おうとしたが、地上の仲間達を放置するわけにもいかない。
『こっちはいいから敵を追って!』
だが、そんな博孝の逡巡を見越したのか即座に里香から『通話』が飛んできた。地上の仲間達は里香の指示に従って陣を組んでおり、迫り来る『ES寄生体』を相手に一歩も引かずに立ち向かっている。
『……なるべく早く戻る! それまで頼んだ!』
博孝は里香の言葉に頷き、沙織を促して男を追うのだった。
最初、みらいには“ソレ”が理解できなかった。
敵と戦い、傷を負って倒れ伏す恭介へとどめを刺すべく振り下ろされた足。それが恭介を巻き込んで地面を陥没させ、血が舞い散ったその光景。
ただでさえ腹部や首元を抉られ、多量の出血を強いられていた恭介にとっては致命となる一撃だ。みらいにとっても男達の存在は理解し得ないが、その強さや厄介さは戦いを通して理解していた。
男達が持っているのは『ES能力者』に似ているようで別種の強さ。根本的に“何か”が違うとみらいは感じ取り――今となっては最早どうでも良いことだ。
「……きょーすけ?」
みらいは呆然と呟く。戦っている男に妨害され、恭介の助けに入る余裕はなかった。しかし無理をしてでも助けに入るべきだった。
男達と戦うことで、振り下ろされた一撃が間違いなく致命的なものだということを理解している。どんな手品か、自分達の防御がほとんど役に立たないことも理解している。
みらいは息を呑み、呆然と立ち尽くした。以前ならばそれほど感じなかった感情が、眼前で起きた出来事に対して胸中で暴れ回る。
理解できない――したくない。
何が起きたかわからない――わかりたくない。
勝手に全身が震え、視界が揺らぐ。自分が地面に立っているのかさえもわからないほどに、全身の感覚がない。
意識しなければ呼吸すら止まりそうで、みらいは自分の中に発生した“未知の感情”に戸惑うばかりだ。
その感情はみらいの思考を灼熱の色に染め上げ、勝手に歯を噛み締めさせる。全身の震えは両腕に集中していき、あまりにも強く拳を握り込んだせいで骨が軋みを上げた。
それは、喜怒哀楽という人間として基本となる感情を超えた激情。徐々に育ち始めていた感情があったからこそ芽生えた、視界を真っ赤に染めるような憤怒である。
みらいにはその感情が理解できない。自分の抱いた感情が何なのかわからず、どうすれば良いかもわからない。理解できる上限を超えた感情がみらいの中で唸りを上げる。
――そして、どこか遠くで何かが切れるような音を聞いた気がした。
「あ――ああああああああああああぁぁぁっ!」
みらいの口から漏れたのは咆哮か絶叫か。全身から『構成力』の光が溢れ出し、徐々にその密度を増していく。
体の内側から無尽蔵に『構成力』が湧いてくる。“天井”を打ち破ったように『構成力』が溢れ、みらいの周囲が陽炎のように歪んでいく。
「――目標Bの」
恭介の傍に立つ男が何かを言おうとしたが、そんなものはみらいの耳に届かなかった。地面を割る威力で蹴りつけ、その勢いに乗って肉薄。ES能力もなしに消えるほどの速度で駆け抜け、みらいは制御できないほどに重厚な怒りを込めて拳を叩きつける。
そんなみらいに対する男が取ったのは、意外にも防御だった。みらいが繰り出す拳を見切り、受け止めるべく両腕を交差する。
「アアアアァッ!」
防御など関係ない、防御ごと叩き潰すと言わんばかりにみらいは全力で拳を振り抜く。
先程までならば防がれていただろう一撃だが、“今回”は違う。みらい自身制御できないほどに溢れ出る『構成力』は、容易く男の防御を超える。
みらいの拳は男の両腕を圧し折り、胸部を陥没させ、勢いに逆らうことすら許さずに地面へと叩きつけた。土を押し固めて作られたグラウンドが抉れるほどの勢いで吹き飛び、何度も地面を跳ねていく。
それでも致命傷ではなかったのか空中で姿勢を制御し――顔を上げた先にみらいがいた。
振り上げた右手に莫大な『構成力』を集中させ、体勢を立て直したばかりの男へと振り下ろす。あまりの早業に男はロクな対応もできずに肩口を強打され、地面に蜘蛛の巣状のクレーターを残しながら“埋没”した。
その一撃はさすがに耐えられなかったのか、男は動かなくなる。みらいはそれを見るなり、もう片方の男へと飛びかかった。男は手負いだったが、自身の怪我など気にしていないかのようにみらいを迎え撃つ。
対するみらいに容赦はない。繰り出される拳を力任せに払いのけ、膂力に物を言わせて強引に叩き伏せる。
自身の振るう力が肉体の限界を超えているのか、相手を殴りつける度にみらいの体も軋みを上げた。しかしみらいは止まらず、体が傷つくことを躊躇わずに拳を振るい続けるのだった。
「どうなってるんだ、これ……」
そして、博孝と沙織がその場に到着したのはみらいが男にとどめを刺す直前だった。突如発現した『構成力』の方向へ逃亡した敵を追い掛けてきたものの、眼下に広がる光景は博孝の予想を多少違えている。
『構成力』を暴走させたと思ったみらいが敵を一方的に殴りつけ、今にもとどめを刺そうとしている。博孝の目から見ても詳細はわからないが、単純に『構成力』を暴走させたわけではないようだ。
博孝は沙織と共に上空から地上の様子を確認し、そして気付く。全身から血を流し、地面に倒れ伏す恭介の姿に。
「おい……恭介ぇっ!」
博孝は思わず叫び、それと同時に、みらいが何故暴走寸前まで『構成力』を発現させているのかを悟った。思わず呆然としそうになるが、今はまだ戦闘中である。恭介の容態も判明しないため、博孝は即座に指示を下した。
「沙織は敵を片付けろ! 俺は恭介の治療に当たる!」
「了解、任せて。すぐに応援に駆け付けるわ」
一対一ならば沙織の負けはない。そう判断した博孝は残った敵の掃討を沙織に命じ、恭介の元へと降り立ち――。
「アアアアアアアアアァァッ!」
「っ!? みらい!?」
それまで敵を殴りつけていたみらいが突如襲い掛かってきた。唸るような声を上げて瀕死の敵を放り出し、恭介に近づいた博孝へと殴りかかる。
博孝は『構成力』を集中させたままだった右手で拳を受け止めるが、勢いに押されて体ごと後ろへと押されていく。拳を受け止めた右手は無事だが、それ以外の場所で受け止めていれば骨が折れていただろう。それほどまでに強烈な打撃だった。
「落ち着けみらい! 俺だ、お前の兄ちゃんだ!」
次々に繰り出される拳を捌き、回避し、怒鳴るようにして声をかける。みらいの打撃は全てが重く、繰り出される拳の数も多い。それでも博孝は右手だけで防ぐが、徐々に押し込まれていく。
(拳の一発一発が重すぎる……『収束』とは言わねえが、発現した『構成力』だけで似たようなことができるのかよ!?)
みらいが無造作に発現している『構成力』の強大さに内心で舌打ちし、博孝は対抗するように『活性化』を発現した。そしてみらいの拳を回避しながら懐へと飛び込み、みらいの両腕を巻き込む形で抱き締める。
膂力の差があるためどれだけ時間を稼げるかはわからない。それでも博孝はみらいを拘束し、危険を承知でみらいに対して『活性化』を発現する。
「ほら、落ち着けみらい」
みらいを落ち着かせるために、博孝は気を静めて優しげな声をかけた。みらいは博孝の腕の中で暴れるが、博孝の存在に気付いたのか、あるいは『活性化』によって自身の『構成力』を制御できたのか、急に動きを止める。
「……おにぃちゃん?」
「ああ、お前の兄ちゃんだ」
みらいは泣きそうな、今にも消えてしまいそうな声で博孝のことを呼んだ。博孝が返事をすると、みらいは小さく首を振る。
「きょーすけが……」
みらいが言えたのは、それだけだった。博孝はみらいの拘束を外すと、頭に手を乗せてから地面に倒れ伏す恭介へ視線を向ける。
「何があったのかはあとで聞く。まずは確認が先だ」
そう言い聞かせ、博孝は即座に恭介のもとへと駆け寄った。流れ出た血が地面を濡らしているが、それに構わず膝をついて状態を確認する。
「これは……」
恭介が負った傷を診た博孝は思わず呟く。腹部や首元を抉られて大量に出血しており、左腕も半ば以上断ち切られている。
出血がどれだけ続いたのかはわからないが、いくら『ES能力者』でも危険な出血量であり――しかし息はあった。
「恭介! 聞こえるか恭介!」
弱々しいものの脈も打っており、博孝は恭介に『活性化』をかけながら声をかける。それと並行して『療手』を発現すると、まずは首元の傷を塞ぎ始めた。
本来ならば里香のような『支援型』の者に任せたいが、恭介をこの場から動かすのは危険だろう。時間的な余裕もない。
「きょーすけ、いきてるの!?」
博孝の様子を見たみらいは表情を輝かせ、すぐに駆け寄ってくる。沙織は追いかけてきた男と対等に渡り合っており、治療に専念する余裕がありそうだった。
「辛うじて、ってところだな……みらい」
「うんっ!」
博孝が詳細な指示を出す必要もなく、みらいは“全力”で『接合』を発現する。治療系ES能力としては最も弱いが、今のみらいにとっては何の問題もない。その身から溢れんばかりに湧き上がってくる『構成力』を全て注ぎ込み、恭介の腹部の傷を強引に塞いでいく。
(『構成力』任せのゴリ押しで治療か……沙織の方はどうだ?)
みらいの治療方法を横目に、博孝は沙織の様子も確認した。多少手こずっているようだが、みらいと同様に怒りの感情を爆発させている。勝負が決まるのも時間の問題だろう。
博孝はそんなことを考えつつ、周囲の索敵も怠らない。『ES寄生体』が訓練校の敷地内に侵入しているため、いつ遭遇するかわからないのだ。また、“敵”が四人とも限らない。そのため博孝は気を抜かず、それでいて恭介の治療にも全力を割く。
「こっちは片付けたわ。倒れてた奴にもとどめを刺した……恭介の容態は?」
そうやって博孝が治療に専念していると、『無銘』を血振るいしながら沙織が歩み寄ってくる。その声色には心配の色が滲んでおり、眉を寄せながら恭介の顔を見下ろした。
「意識は戻ってないけど、傷は塞がりつつある。沙織は左腕の傷を止めてくれ」
「『接合』は苦手だけど、そうも言ってられないわね……わかったわ」
沙織も恭介の治療に当たり、三人がかりで傷口を塞いでいく。失った血は戻らないが、これ以上の出血がなければ危地を脱することができるだろう。まずは流れ出る血を止め、あとは恭介の意識が戻るのを待つしかない。
「でも、きょーすけはなんで……」
何故、恭介が生きているのか。みらいが小さく呟き、博孝は片眉を上げる。そして治療を続けながら話を聞いてみるが、恭介は絶体絶命の危機に追い込まれていたようだった。
重傷を負い、とどめを刺すように相手が踏みつけ――そこから先はみらいも覚えていない。怒りのあまり我を失い、敵を倒すことだけに意識が向いてしまったのだ。
それらの話を聞いた博孝は、陥没した地面と恭介が転がっていた位置を確認する。
「多分、ギリギリで恭介が避けたんだろ。それが限界だったのか、多少なり衝撃を食らって気絶したのかはわからないけどな……」
何が起きたのかは、恭介が目を覚ましてから聞けば良い。
博孝は恭介が負った首元の傷をある程度治すと、今度は沙織が担当している左腕の傷の治療を手伝い始める。この場で完治させるのは難しいため、恭介が持ち直す程度まで治していく。
「おにぃちゃん、こっちおわった……あれ……?」
みらいは腹部の傷を『構成力』任せで塞いだが、不意にその頭を大きく揺らす。そして前のめりに倒れ、博孝は慌ててみらいを支えた。
「みらい!? どうした!?」
「ん……なんか、ねむ……い……」
それだけを口にして、みらいは目を閉じて脱力する。それまで発現していた莫大な『構成力』は消え失せており、眠るようにして意識を失った。
息をしているものの、『構成力』はほとんど感じない。限界まで『構成力』を使い切ってしまったのか、博孝が『活性化』を発現しても反応はなかった。
「……みらいはどうしたの?」
「『構成力』が底をついているみたいだ……“枯渇”する前に体が強制的に休んだんだと思う」
博孝も『構成力』を枯渇寸前まで使ったことがあるが、その時は気を抜けば意識が飛びそうになるほどの疲労感があった。枯渇しなければ命を落とすことはないが、それでも回復に時間がかかる。少なくとも数日はまともに戦えないだろう。
恭介の左腕の傷についてもひとまず塞ぎ終えた博孝は、そのまま恭介を担ぎ上げた。
「中央校舎に戻るぞ。沙織はみらいを頼む」
「ええ」
沙織は『無銘』を鞘に納めると、みらいを背負う。博孝は敵の遺体を回収するべきか悩んだが、それは後回しにしても問題ないだろうと判断した。
まずは恭介とみらいを安全な場所に移動させる方が先決だ。中央校舎では『ES寄生体』との戦いも続いており、そちらに加勢する必要もある。
戦いはまだ終わっていない。第一小隊の戦力は半減したが、まだ戦える。
博孝は自分にそう言い聞かせると、沙織と共に空へと舞い上がるのだった。




