第百五十一話:訓練校防衛戦 その3
博孝から要救助者の保護が伝えられた直後、里香は防衛線の構築を進めていた。もっとも、防衛線と言っても大したものではない。里香が“使える”と判断した生徒に円陣を組ませ、円陣の内側に戦えない生徒や一般職員を放り込むだけだ。
“普通”に歩兵同士で戦闘を行うのならば、『ES能力者』の身体能力を駆使して塹壕を掘るなり、鉄筋造りの中央校舎をトーチカに転用するなりできるだろう。だが、相手は『ES寄生体』だ。
『ES能力者』の訓練生が利用するということで、訓練校敷地内の建造物は頑丈に作ってある。それは中央校舎も同様であり、多少の攻撃にはビクともしない強度を有していた。
それでも、相手が『ES能力者』や『ES寄生体』となれば話は別である。『ES寄生体』の体当たりや訓練生の『射撃』程度ならば耐えられるが、砂原クラスの『ES能力者』が『爆撃』でも使えば粉微塵に吹き飛ぶだろう。
さすがに『ES寄生体』がそんな強力な攻撃を使うとは思わないが、“こんな状況”だ。中央校舎の頑丈さを利用して内部に立てこもる手もあったが、里香は愚策だと断じた。
今回の一件、何故発生したのかが見えない。偶然『ES寄生体』が大量に発生し、偶然近くに訓練校があり、偶然襲ってきたのか。
そんなはずもない、と里香は首を横に振る。砂原や源次郎の話では、日本各地で発生しているのだ。それも時間差をつけて『ES寄生体』が姿を見せ、源次郎達の戦力を縛り付けていくような周到振りである。
――何者か、あるいは“何か”が裏で糸を引いている。
里香としてはそう考えざるを得ず、そうなると屋内に避難するのは下策に過ぎた。『ES能力者』である自分達はともかく、職員や兵士も避難した状態で『爆撃』でも食らえばそれだけで一網打尽だ。
訓練生は潰されることもないだろうが、それでも身動きが取れなくなる危険性が高い。兵士や職員は、高確率で死亡するだろう。
故に、里香は建物を利用せずに方円陣を組む。中央校舎の周辺に建造物はなく、敵が接近してくれば容易に察知できるのも利点だ。『探知』を掻い潜るような相手だろうと、目視で発見することができるだろう。
そんなことを考える里香だが、周囲の状況をそれとなく確認して内心でため息を吐く。
クラスメートである第七十一期の生徒達は、即座に指示に従った。一期下の第七十二期についても、第七十一期の能力を知っているため素直に従っている。だが、それよりも下の生徒達は反応が悪い。
博孝達が行う自主訓練に参加したことがある者は、素直に従っている。しかし、他の生徒はその限りではない。
いくら源次郎の命令があるとはいえ“同じ訓練生”に従うことが不安な者、『ES寄生体』が襲ってきている現状に対して怯える者、周囲に流されて従う者、そして、里香に対して疑念を抱く者。
新入生は見たことがないが、第七十五期よりも上の生徒達は第七十一期と第一陸戦部隊、そして『零戦』の中隊長である宇喜多と戦っているところを見た。
その時、最も“派手”に戦っていたのは博孝や沙織だろう。『飛行』を駆使して飛び回り、光弾をばら撒く博孝と、接近戦では正規部隊員にも引けを取らなかった沙織。
単純かつ明快に“強さ”を見せた二人に比べれば、里香の印象は薄く、悪いものだった。
この場に残っていたのが博孝達だったならば、彼らも素直に従っただろう。それどころか、自らを奮い立たせて戦列に加わったかもしれない。
周囲にそんな気配が漂い――それを敏感に察知した里香は、周囲の後輩達に対して微笑んで見せた。
「新入生の子達は仕方ないけど……それ以外の子は、砂原教官が言ったことを覚えているかな?」
そんな切り出しから語るのは、演習任務で砂原が話していたことだ。里香から話を振られた生徒達は、何の話かと首を傾げる。新入生は聞いたことがないため、純粋に不思議そうな顔をした。
「『ES能力者』である以上、突然戦いの場に放り出されて、砂原教官や宇喜多大尉みたいに強い人と戦うこともある」
実際には少しばかり異なるが、里香は自分なりに噛み砕いた言い方で語りかけていく。
「今のところ、敵に砂原教官や宇喜多大尉みたいに強い人はいない……『ES寄生体』が相手だけど、教官が言ったように突然戦いの場に放り出された」
静かに、それでいて透き通った声で里香は言葉を紡ぐ。その声は索敵と防御に当たっているクラスメートにも聞こえたが、誰も振り向かない。第七十二期の生徒の多くが振り返ったが、市原達は振り向かない。
何故なら、彼らは里香が語ろうとしている話の全てを“理解している”からだ。
「相手は『ES寄生体』だけど、この場にいる多くの人達は今回が初めての実戦……怖い、よね?」
里香が小さく首を傾げながら問うと、数人の生徒は気まずそうに視線を逸らす。恐怖を感じているのは事実だが、それを里香に指摘されると、とてつもなく恥ずかしく感じてしまったのだ。
そんな生徒達の変化を目に留めた里香は、殊更優しげに微笑む。
「うん……怖くていいんだよ? わたしだって怖いもん。敵と戦うのは何度目か忘れちゃったけど、それでも慣れない……怖いって思うから」
里香の口から出てきたのは、恐怖を肯定する言葉だ。それで良いと、間違ってないと肯定する言葉だ。里香としても、“これまでの経験”があっても怖いものは怖い。それは仕方ないと思う。
博孝や沙織のように恐怖を飲み込み、戦いの場であろうと動揺せずに戦える訓練生もいる。しかし、全ての訓練生がそうであると、そうであるべきとは里香も思わない。
――ただ、それでも、“それだけ”で済むほど現実は甘くない。
「でも、覚悟が固まってなくても、準備ができてなくても……敵はそんなことを考慮しないの。戦うべき時、戦わざるを得ない時が必ずくる」
それまで微笑んでいた里香は、表情を引き締めた。そこにあるのは、訓練生ではなく一人の『ES能力者』としての顔である。
「そして――今日が“その時”だよ?」
戦えない、怖いと言って震えるのはある意味正常な反応だ。しかし、敵はそんな感情など気にも留めない。戦えないのならば好都合だと、率先して襲い掛かってくるだろう。
「進んで敵と戦え、望んで敵と戦えなんて、口が裂けても言えない。新入生の子達は、戦う術も持ってない。そもそも、訓練生は訓練をして自分を鍛えるのが仕事だもの」
訓練生とは文字通り、訓練を行う生徒を指す。日本ES戦闘部隊監督部も“上”も、訓練生を実戦に放り込むことなど予定していない。だが、“それだけ”では済まないこともある。そして、今こそがその例外の事態だ。
「戦い方は人それぞれで、あなた達にも“できること”がある。敵と戦うことだけが戦いじゃない。この窮地でも挫けず、投げ出さず、しっかりと目を開けて、最後まで諦めずにいてほしいの……それも立派な“戦い”だから」
そこまで言うと、里香は真剣な表情を崩してふにゃりと笑う。どこか照れ臭そうに、それでいて胸を張るように、柔らかく笑った。
「偉そうなことを言っちゃったけど、わたしが言いたかったのは諦めないでほしいってこと。先輩として、わたし達が守ってみせるから」
そう言った里香だが、何かに気付いたように目を見開く。慌てたように両手を振ると、恥ずかしそうに頬に手を当てた。
「あっ、でもその、わたしはあまり強くないから、他のみんなに頼っちゃうんだけど、その、それでもみんなと協力して戦えばなんとかなる……みたいな……」
それまで堂々と話していたはずが、自分の言葉を思い出して焦る里香。
敵と戦えないのならそれでも良い。この場から逃げ出さず、真っ直ぐに前を見据えるだけでも一つの戦いだ。その上で、自分達先輩が後輩達を守ってみせる。
そんな言葉を投げかけたが、里香はそれらの言葉をぶつけてどうするのかと焦った。守ると言っても、博孝達のように強くはない。強くなろうと頑張っているが、今は“その途中”だ。
不安に思っている後輩達を励まそうと言葉を尽くしたが、どの口で言うのかと思ってしまう。しかし、その話を聞いていたクラスメート達から笑い声が上がった。
「はははっ! 強くないって、うちのクラスである意味最強の岡島さんが何を言うんだか!」
「あはははははははっ! ははっ、げ、げほっ! ごほっ! わ、笑い過ぎて、ひっ、はははっ、こ、呼吸が、あははははは!」
「おい、お前本気で笑いすぎだろ。敵と戦う前に窒息死しそうじゃないか」
突然爆笑し始めたクラスメート達。一部の生徒が冷静にツッコミを入れつつ傍にいた生徒の背中を叩いているが、それまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすほどの笑い振りだ。
「え? えっ? あの、なんでみんなそんなに笑うの? ねえ、なんで?」
自分の“立ち位置”を正確に把握するよう努めている里香だが、さすがにこの反応は予想外だった。すると、防衛に当たっていた市原が含み笑いをしながら言う。
「岡島先輩がご自分で仰ったじゃないですか。戦い方は人それぞれって。直接的な強さはなくても、岡島先輩はとても強いですよ……まあ、直接戦ってもけっこう強いところが俺にとっては笑えないんですが」
「市原は岡島先輩に蹴り飛ばされて空中で回転したもんね」
二宮がからかうように言うと、市原は大仰な仕草で顔に右手を当てる。市原としては、掘り返されたくない過去だったらしい。
「……まあ、あの時は調子に乗って喧嘩を売りに行ったので、岡島先輩に蹴られたのも仕方ないと言いますか……」
「市原にとってはご褒美?」
言い訳がましく呟く市原に対し、今度は紫藤が真顔で呟く。そんな紫藤の言葉を聞いた三場はツボに入ったのか、爆笑しながらしゃがみ込み、何度も地面に平手を叩きつけた。
「あはははははははっ! ご、ご褒美! い、市原、君、そんな趣味があったのかい!?」
「濡れ衣です!」
爆笑してそのまま地面を転がりそうな三場に対し、市原は顔を赤くしながら吠える。そんなやり取りを聞いた周囲の生徒は、それまでの緊張が嘘のように表情を柔らかくした。
その様子を即座に感じ取った里香は、内心でクラスメートや市原達に感謝しながら口を開く。
「えーっと……こんな空気になっちゃったけど、みんな、気を引き締めて頑張ろうね?」
里香がそう言うと、それまで怯えていた生徒達も小さく笑いながら頷いた。直接戦闘に参加できるほどではないが、少なくとも“足を引っ張る”ようなことはしないだろう。
里香はそう判断し――携帯電話からノイズ混じりの声が響く。
『こちら第六小隊の中村! 岡島さん、第七十五期の生徒数人が部屋に閉じこもって出てこないんだ。野口さんはドアを破壊してでも連れ出せって言うんだけど、さすがに――』
「あ、施設の破壊許可は出てるから遠慮なくやっちゃっていいよ。人命第一だから、引きずり出してでも連れてきて。暴れるようなら気絶させていいから」
それは野口達と共に第七十五期訓練生のもとへと赴いた中村からの連絡だったが、里香はあっさりと、悩む素振りすら見せずにドアを破壊して生徒を連れてこいと言う。さらに、部屋から離れないのならば気絶させてでも連れて来いと言い放つ。
現状、離れた場所にいる第七十五期訓練生達――それも部屋に閉じこもる数人のために割ける戦力も余裕もない。早急に合流させるべきだと即断した里香の指示は、誰に似たのか妥当ながらも苛烈だった。
『え……あ、はい。了解です。それとその、三人ほど行方がわからない生徒がいるんで、『探知』を使える人を応援に寄越してほしいんですけど……』
なんで敬語になったんだろう。そんな疑問を覚えつつ、里香は頭の中で戦力を計算する。
「さすがにわたしは離れられないし、博孝君がもうすぐ戻るからそっちに向かわせます。それまでに発見できたら一報を」
『了解です!』
やけに気合いの入った『了解』だった。里香は首を傾げつつ通信を終了すると、周囲から若干引くような視線を向けられていることに気付く。
「……えっと、なに?」
何故そんな目で見られるのかわからず、里香は首を傾げる。しかし、他の生徒達にできたのは何も言わずに揃って視線を逸らすことだけだった。
博孝達が救助したバスは、法定速度を無視する速度で道路を爆走していく。時折獣型の『ES寄生体』や鳥型『ES寄生体』が接近してくるが、それらは屋根に陣取った博孝達が即座に撃退していく。
「はー……バスってこんなに速度を出せるんだなぁ」
のん気にそんなことを呟く博孝だが、路線バスとして限界近い時速八十キロ程度での爆走だ。カーブでは車体が倒れそうになり、その度に博孝や恭介が“叩き戻す”ことで最高速度を維持している。
「ははは! 軍用車ならもっと気楽に走れるんだがね!」
窓ガラスが割れた運転席の方から、テンションが高い運転手の声が返ってきた。その発言から考えるに、元々は軍人だったのだろう。『ES寄生体』が暴れたせいで道路のあちらこちらに発生したひび割れや障害物も、華麗なハンドル捌きで回避していく。
「これって“安全運転”なんっすかねぇ……」
「事故を起こしてないし、安全な運転でしょう?」
強引な力技によって無理矢理安全を確保している状況に、恭介が呆れたように呟く。しかし、沙織からすればこれも安全運転らしく、きょとんとした顔つきだった。
「おー……」
『構成力』の節約のためバスの屋根に乗っていたみらいは、サーフィンでもするように両足を開き、器用にバランスを取っている。
その間にも訓練校が見え、バスは傷ついた車体を物ともせず走り続けた。
『こちら第七十一期訓練生の河原崎です。保護したバスが通ります。誤射に注意してください』
訓練校が近づいたため、『通話』を発現して防衛部隊に注意を促す。敵だと思われて攻撃されてはたまったものではない。そう思って注意を促したが、返答は即座に返ってきた。
『こちら訓練校正面防衛部隊、了解した。よくやったぞ訓練生、早く敷地内に逃げ込め!』
『了解です。そちらの戦況は?』
どうやら即座に返答する余裕はあるらしい。博孝はそのことに安堵しつつ尋ねると、『通話』に応答した『ES能力者』は声色に苦みを混ぜながら答えた。
『かなり厳しいが、まだまだ支えられる……っ! 言ってる傍から!』
だが、言葉の途中で何かしらの変化が起きたのだろう。声色に緊迫感が混じる。
『何か起きましたか?』
『訓練校の東側と西側の防衛部隊の奴らが、敵を数匹通しちまった……後続の相手で手一杯らしいな。追いかけられないそうだ』
吐き捨てるように言われ、博孝は眉を寄せた。さすがに相手の物量に抗し得ず、『ES寄生体』が訓練校の敷地内に侵入したらしい。
教官達は鳥型『ES寄生体』の迎撃で手一杯であり、地上への援護が厳しい状態だ。そのため、一度侵入を許せば妨害する者がいなくなってしまう。
訓練校の西側にあるのは第七十一期、第七十二期、第七十三期の施設だ。中央校舎への移動が完了しているため、大きな問題はない。しかし、東側には避難が完了していない第七十五期の施設がある。
『こちらで対処します。『飛行』で向かえばすぐですから』
『それしかない、か……訓練生に頼りっぱなしってのも情けない話だがな』
訓練生が参戦することは、源次郎からも通知されている。守るべき訓練生を戦いの場に巻き込むのは防衛部隊としても辛いが、訓練生と云えど『飛行』を使える『ES能力者』を遊ばせておく余裕がないのも事実だ。
『中央校舎でうちの生徒が指揮を執っています。そちらと連携して対処しますので、ご心配なく……少しぐらいならこっちで負担できますよ?』
『ははっ、抜かしやがる!』
冗談混じりに博孝が言うと、その『ES能力者』も笑って返した。現状は厳しいが、それでもわざと訓練生のもとへ『ES寄生体』を通すほど腐ってはいない。訓練校に『ES寄生体』を通したのは痛手だが、“それ以上”がないようにしなければならないだろう。
道路を爆走するバスに『ES寄生体』が近づかないよう援護しつつ、接近してくる相手からも意識を逸らさない。一時的に負担が増えるが、それでも訓練生に頼ってばかりではいられないという意地があった。
援護のために飛来する光弾に目を細めつつ、博孝達も迎撃の手を止めない。それと同時に博孝は携帯電話を取り出し、里香へと発信する。
『こちら河原崎。訓練校に『ES寄生体』が複数侵入した。注意されたし』
『……こちら岡島、了解。訓練校に戻ってきた?』
『ES寄生体』が侵入したと聞き、里香は少しばかり言葉に詰まった。それでも気を取り直して問うと、博孝は平静を保って答える。
『あと少しだ。第七十五期の方が気になる。訓練校に到着したら直接向かう』
『うん、お願い。パニックを起こして寮から出ようとしない子が数人いるの。それと、敷地か施設内に三人ぐらい散らばってるみたいで……』
『了解、『探知』で探し出すよ』
西側から侵入した『ES寄生体』の対策に、沙織やみらいを中央校舎へ戻そうかと博孝は考えた。しかし、中央校舎にはクラスメートが四個小隊に、市原達もいる。数匹の『ES寄生体』が相手ならば、鼻歌混じりで撃退するだろう。
それでも一応警戒はしておくか、などと博孝が考えているうちに、訓練校の正門が見えてくる。防衛部隊の『ES能力者』が『ES寄生体』を撃退しつつも誘導し、バスは地面を滑るようにして正門へ突撃した。
本来ならば厳重に管理される正門ゲートだが、この時ばかりは訓練生を乗せているため素通りである。博孝は『探知』で近くに敵対する『構成力』が存在しないことを確認すると、運転手へと声をかけた。
「このまま真っ直ぐ進んでください。一キロも走らないうちに校舎に着きます。そこで迎撃態勢を整えていますので、そちらに保護してもらってください」
「き、君達はどうするんだい?」
「追加の“お仕事”がありまして」
博孝はそう言い残し、仲間達を連れて再び空へと舞い上がるのだった。
各期の訓練生が使用する施設というものは、非常に広い。グラウンドもそうだが、校舎に体育館、男子寮と女子寮、水上訓練用のプールなど、人の足で見て回るには時間がかかる規模だ。
それでも野口は部下を引き連れ、僅かな変化も見逃さないよう注意しながら施設周辺の捜索を行っていく。
校舎の前面を探し、訓練で使用する機材が放り込まれた倉庫を調べ、プールの方にも足を延ばす。
プール施設の裏手には雑草しか生えていない荒れ地が広がっており、さらに進めば訓練校と外を隔てる壁へとたどり着く。遮蔽物はないため軽く視線を向けるに留め、野口達は各施設の周辺を捜索していく。
屋内よりも屋外を優先して調べているのは、そちらの方が“目につきやすい”からだ。それは野口達だけでなく、『ES寄生体』が侵入した場合などにも同様のことが言える。
『ES寄生体』が使用できるES能力は精々汎用技能までで、それ以上となると『ES寄生進化体』に分類された。そして、『ES寄生体』などが『探知』を使うという話は聞いたことがない。
そのため、屋内に生徒が隠れているのなら、例え『ES寄生体』が訓練校の敷地内に侵入してきても遭遇する可能性は低くなる。
「ちっ、いねぇなぁ……」
野口が愚痴のように呟くと、それを聞いた部下の一人は眉を寄せながら口を開いた。
「やはり、『探知』が使える生徒が来るのを待った方が良いのでは?」
「そっちの方が確実だろうけど、そいつが来るまでに『ES寄生体』が侵入してきたらどうするんだ?」
野口とて、部下の言い分は理解できる。『探知』を使える訓練生が来るまで待った方が安全であり、確実だろう。しかし、安全なのは“自分達だけ”だ。
正規部隊員ならば自分の身も守れるだろうが、探している相手は訓練生である。それも、博孝達のような最上級生ではなく、第七十五期訓練生――入校して半年程度のひよっこ達だ。
「早く探すのなら、人手を分けた方が良いんだがな……」
そんなことを呟きつつ部下を見る野口だが、部下達は揃って気まずそうな顔をする。『ES寄生体』と遭遇する危険が高い現状で、少ない数を更に減らしたいとは思わない。
野口が率いているのは、自分の部下と他の期の兵士から選抜した七人である。野口を含めれば八人だが、戦力としては心許ない。
訓練校の外側で『ES能力者』と共に防衛部隊を構築し、『ES寄生体』を相手に奮闘している対ES戦闘部隊の者が部下なら、野口としてももう少し別の手が打てた。だが、ここにいるのは訓練生が利用する設備の管理任務を行っている兵士である。
その練度は、高く評価しても二線級。野口がかつて在籍していた第七ES戦闘部隊だったならば、即座に“楽しいピクニック”に招待されるだろう。
それでも部下がいないよりはマシだと野口は判断し――駆け足を止める。
「……伍長殿?」
突然走るのを止めた野口に対し、部下の一人が声をかけた。野口はそんな部下の言葉に答えず、視線を鋭くしながら周囲へ意識を向ける。
野口はただの人間だ。『ES能力者』のように『構成力』を探ることなどできない。それでも、かつて何度も修羅場を潜り抜けてきたことで培った勘が、大きな警鐘を鳴らしている。
視覚や聴覚、触覚や嗅覚すらも総動員し、野口は周囲の気配を探った。それは『探知』のように『構成力』を探るのではなく、人間が本来持つ索敵能力を研ぎ澄ませているのだ。
「嫌な空気だ……ああ、慣れ親しんだ嫌な空気がしやがる。反吐が出るような獣の臭いに、肌に粘つくこの殺気……間違いようがねえ。少なくとも、俺は間違えねえ」
「ど、どうされました?」
突然押し殺したような声色で呟き始める野口に、部下の兵士が恐る恐る声をかけた。野口はそんな部下に対し、獰猛に笑ってみせる。
「お前ら、戦闘準備だ……お客さんだぞ」
そう言って野口が向けた視線の先。そこにあったのは、訓練校の外壁を乗り越えて猛然と駆け寄ってくる、巨大な犬の姿だった。