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第百五十話:訓練校防衛戦 その2

 その日は、初デートの日だった。

 前々から気になっていたクラスメートを誘い、思わぬ快諾を得て予定されていたデート。中学生の頃とは異なり、訓練生という身分では気軽に外出もできない。それでも外出届を出し、許可を得てから近くの市街地へ出かけることぐらいはできる。

 初めてのデートということで眠れず、時間を潰すべく“とある上級生”達の自主訓練に顔を出したのは、大きな失敗だっただろう。

 上級生が行う自主訓練には最近顔を出すようになったのだが、翌日の初デートに意識が向いて浮わついた気分でいたのを見抜かれたのか、気を引き締めさせるために集中的に狙われ、必死に逃げ回る羽目になった。

 満面の笑みを浮かべた上級生達に追いかけ回され、自主訓練とは思えないほどに扱かれ、部屋に帰って泥のように眠り――目を覚ましたのは待ち合わせの十分前。慌てて飛び起き、『ES能力者』としての身体能力をフル活用して準備を整え、部屋を飛び出した。

 朝食を取れなかったのは痛いが、『ES能力者』になってからは多少食事を抜いても問題はない。それに加えて、初デートの緊張が食欲を感じさせなかった。

 意中の女子生徒の私服を見たのも、その緊張に拍車をかける。普段は制服や訓練服、野戦服しか見ていないため、私服姿を見た時は五割増しで可愛く見えた。

 相手はどのように思っているかわからないが、デートに応じてもらえた以上は憎からず思っているのだろう。同じ小隊の仲間として、親睦を深めるために遊びに行く程度にしか思っていない可能性もあるが。

 気の利いた台詞も言えないが、それでも適度に会話しつつ訓練校前に到着したバスに乗り込む。周囲を見回してみると、外出目的でバスに乗り込む他の期の訓練生がいた。

 明らかにデート目的の者、友人同士で出かける者、何か買いたい物があるのか一人で出かける者。それらに混じってバスに乗り込み、近くの市街地へと向かう。

 市街地まではバスを使って二十分程度で到着する。そのため女子生徒と話をしつつ、脳内でデートプランを復唱していた。

 最初にどこへ行くか、その次はどこか、昼食はどこで取るか、格好つけて『記念に』とでも言ってプレゼントでも贈るか。そんなことを脳内で考え――聞き慣れない、否、聞きたくない音が市街地の方から聞こえた。

 それは、『ES寄生体』の接近を知らせる警報音。空気を切り裂くようにして鳴り響くその音は、日本に住む者ならば何度も聞いたことがある。

 一瞬で車中に緊張した空気が満ち、バスの運転手が無線機を手にした。警報の内容を確認し、情報を収集し、運転手は車内放送で告げる。


「当バスをご利用のお客様へ。現在付近の街で『ES寄生体』警報が出ております。『ES寄生体』の進路からは離れていますが、このまま進むと危険と判断します。そのため、訓練校へ戻りますことをご了承ください」


 訓練校近くでバスの運転手を務めているだけあって、肝が据わっているのだろう。こういった事態も初めてではないのか、運転手の声に怯えの色はない。

 車中の生徒達の方が余程緊張しているぐらいだ。さすがに『ES寄生体』が接近していると聞けば、駄々をこねて街へ行けとは言えない。

 そのため、その男子生徒も今日は日が悪かったのかと肩を落とす。初デートだというのに散々な話だ。それでも文句を言わない程度には、その男子生徒も“現実”を知っていた。

 運転手は熟練の運転技術でバスを反転させると、もと来た道を戻り始める。危険に近づくよりも、事前に安全な方へと逃げるのは正しい判断だろう。だが、今日はその判断が裏目に出てしまう。

 訓練校まであと三キロという地点で、今度は訓練校から警報が上がったのである。運転手は眉を顰めて再び無線に手を伸ばし――息を呑む。


「っ!?」


 進行方向、道路の上に二メートル近い体躯を持つ獣がいたのだ。犬に似た外見をしているが、二メートルほどの体躯となると普通の犬とは思えない。


 ――『ES寄生体』と遭遇した。


 そう判断するなり、運転手はアクセルペダルを踏み込みつつ咄嗟に叫ぶ。


「て、手すりに捕まっていてください! それと救援要請をお願いします!」


 本来は運転手である自分が救援要請をしたいところだが、『ES寄生体』と接近してしまったためその余裕がない。自分にできることは、訓練校へ少しでも早く到着することだ。

 乗車しているのは訓練生だけであり、『ES寄生体』を撃退してくれとも頼めない。

 『ES寄生体』もバスの接近に気付いており、一直線に突っ込んでくる。普通ならば二メートル近い体格の動物が相手だろうと、バスの方が押し勝つだろう。しかし、相手は『ES寄生体』だ。ぶつかればタダで済むとは思えない。

 運転手は『ES寄生体』とバスが接近するなり、ハンドルを切って車体を逃がす。加速していたため片輪が浮き上がり、片輪走行をする羽目になる。だが、車体後部と『ES寄生体』を“接触させる”ことで無理矢理車体をずらしてタイヤを着地させ、『ES寄生体』を置き去りにして走り抜けた。

 そんな曲芸染みた運転によって車体が大きく揺れるが、そのおかげで男子生徒は我に返る。携帯電話を取り出して無線機能を使い、助けを求める。その間にも『ES寄生体』が追ってきており、数も一匹から三匹に増えていた。

 その内の二匹がバスに追いつき、並走してくる。それを見た運転手はハンドルを小刻みに動かしてバスを左右に揺らし、『ES寄生体』が接触してこないようにした。

 男子生徒は揺られつつも助けを待ち、それに応じたのは、防衛部隊でも教官でもない。そのことに絶望しかけるが、相手の名前を聞いて希望を取り戻す。

 現状を報告し、助けを求め、その助けが応諾され――バスに大きな衝撃が走った。まるで横滑りでもしたような大きな衝撃にバスが揺れ、視界が斜めに傾く。

 『ES寄生体』が体当たりをしかけてきたのだ。ES能力を使ってこないのは僥倖だが、『ES寄生体』の身体能力で体当たりをされてバスが大きく揺れる。運転手が必死にハンドルを操作するが、犬の『ES寄生体』を離すことはできない。

 そして、ついに限界が訪れた。バスが大きく傾き、横倒しになってしまう。その衝撃で窓ガラスが割れ、走っていたバスは火花を散らしながらアスファルトの地面を滑っていく。

 車内では悲鳴が上がり、手すりの掴み方が甘い生徒数人がバスの中で派手に転がった。生徒は全員『ES能力者』のため、その程度で怪我はしない。それでも、『ES寄生体』に襲われているという状況が激しい動揺をもたらした。

 突然放り込まれた“戦場”に、生徒達は立ち向かうという発想も出ない。自分達が『ES能力者』であることや、普段から訓練を積んでいることも頭から抜け落ちた。立ち向かう術を持っていたはずだというのに、足りない気概と覚悟が全てを無駄にする。

 アスファルトの上を滑っていたバスも動きを止め、それまで猛烈に回転していたタイヤも虚しく空回るだけだ。バスが横転した際に外へと放り出されなかったことだけは運が良いと言えたが、それは何の慰めにもならない。

 動きを止めたはずのバスに、再度大きな衝撃が走る。金属同士を叩きつけるような甲高い音と共に『ES寄生体』の咆哮が聞こえ、五トンを超えるバスがガタガタと揺れた。

 金属で作られているバスも、『ES寄生体』の前では少しばかり頑丈な“箱”に過ぎない。追い詰めた獲物を嬲るように、巣穴に逃げ込んだ小動物がしびれを切らして出てくるのを促すように、不快な音と共にバスを衝撃が襲う。

 そうしてどれだけの時間が経ったのか。実際にはそれほど時間が経っていないはずだが、車内にいた生徒達にとっては数秒が数時間に思えるほどの恐怖の中、『ES寄生体』は直接的な手段に出る。

 横転したバスの側面に飛び乗り、窓ガラスの枠や扉を破壊し始めたのだ。二メートル近い体で車内に侵入するには、“入口”が狭すぎる。そのため『ES寄生体』としての身体能力を駆使し、乱雑にバスを“解体”し始めた。

 『ES寄生体』が侵入してくるのは時間の問題であり、そして、自分達の命が潰えるのもすぐだろう。

 男子生徒は恐怖に染まった頭の中で、こんなことになるのならば意中の女子生徒に告白をしておけば、と考え――。


「――犬っころ、俺の後輩に何の用だ?」


 それまで熱心にバスを破壊していた『ES寄生体』が、轟音と共に姿を消した。“何か”がぶつかったのか、その衝撃で窓に残っていたガラスの破片も一斉に吹き飛ぶ。

 車内にいた生徒達は何事かと目を丸くするが、倒れたバスの側面、『ES寄生体』に破壊されずに残っていた窓枠に、軽い音を立てて“誰か”が着地する。

 その誰かは車内に目を向けると、安心させるように笑う。


「全員、無事か?」


 男子生徒が最近知り合った上級生――河原崎博孝の言葉に、車内の全員が呆然と頷くのだった。








 『飛行』を発現して飛び立った博孝達は、地上からの攻撃に注意しつつも道路に沿って空を飛んでいた。熟練者の『飛行』の速度は戦闘機並であり、『構成力』の消耗を考えなければ増速することもできる。

 近くの市街地までは十キロ程度あるが、博孝達の『飛行』でも数分とかからずに到着できる距離だ。博孝は『探知』を発現しながら空を飛び、そして、すぐに“目標”を発見する。

 横転したバスと、それに群がる犬型『ES寄生体』。そんな危険な状況を発見するなり博孝は沙織達を引き連れて増速し、倒れたバスの中へと今にも侵入しようとしていた『ES寄生体』へ攻撃を行う。


『遠距離攻撃は禁止! 全員突撃!』


 『通話』でそんな指示を出しつつ、博孝は先頭に立って突撃する。『飛行』中に射撃系ES能力を使うと、命中精度に難があるのだ。そのため、第一小隊は全員博孝の指示に従い、文字通りの“飛び蹴り”を行う。


「――犬っころ、俺の後輩に何の用だ?」


 その飛び蹴りは速く、『ES寄生体』が気付くよりも先に博孝の右足を腹部へめり込ませる。『防殻』を纏い、加速した上での飛び蹴りだ。自動車同士が激突したような轟音を立て、『ES寄生体』が吹き飛ぶ。

 博孝は蹴り飛ばした勢いを殺すように姿勢を制御し、『飛行』を中断してからバスの側面へと降り立った。バスの中を見る限り、血痕などもない。


「全員、無事か?」


 恐怖で震える後輩達を安心させるため、緩やかに微笑んで尋ねる。考えたくはないことだが、既に“手遅れ”の者もいるかもしれない。そんなことを危惧しながらの質問だったが、後輩達は揃って頷いた。


「被害はないか?」


 今のところバスがフレームごと歪んでいる程度だが、人的被害は見受けられない。博孝の問いに対し、後輩達は何度も頷いた。

 そうやって博孝が尋ねている間にも、沙織達が『ES寄生体』の駆除に当たっている。バスに群がっていた『ES寄生体』を蹴り飛ばし、距離が開くなり沙織は『無銘』を抜き放って斬りかかった。みらいも『固形化』を発現してそれに続き、恭介は二人の防御やサポートに回る。

 バスが横転してから数が増えたのか、周囲にいた『ES寄生体』の数は五体だ。数の上は不利であり――“そんなこと”で躊躇する者は今の第一小隊にはいない。

 沙織が斬りかかり、みらいが殴りかかり、恭介は二人をサポートしつつも『射撃』で攻撃する。博孝は周囲の『構成力』を探りつつ、ついでに自分が蹴り飛ばした『ES寄生体』に『狙撃』でとどめを刺しつつ、バスの中から呆然とした視線を向けてくる後輩達に声をかけた。


「ん? おいおい、どうした? そんなに見つめんなよ。そこまで注目されたら恥ずかしくなるだろ?」


 軽く冗談を飛ばすが、後輩達の反応は薄い。突然戦いの場に放り込まれたことで、思考が混乱しているのだろう。

 『ES能力者』としては落第点だと博孝は思う。しかし、彼らは実戦経験もない、正真正銘の“訓練生”だ。

 こういった状況に慣れていないのは運が良いのか悪いのか。博孝はそんなことを考えつつ、バスの中へと飛び下りる。


「運転手さん、このバスはまだ動きますかね?」

「え……あ、えと、多分……でも、倒れてる……」


 しっかりとシートベルトをしていたため、運転手にも深刻な怪我はなかった。それでも突然現れた博孝に対し、呆然とした視線を向けている。

 エンジンはまだ生きているのか、アクセルを踏めばタイヤを回転させている。だが、バスは横転した状態で走行できる乗り物ではない。そのことを口にする運転手に対し、博孝は大きく笑った。


「なあに、俺に任せてください。ちょっと激しく揺れるんで、手すりに掴まっててくださいね?」


 そう言いつつ、博孝は後輩達に視線を向けた。


「おーい、お前らもだぞ? 手すりに掴まってないと外に放り出されるからな?」

「……せ、先輩? な、何をされるんです?」


 後輩の一人が震える声で尋ねると、博孝は不思議そうに首を傾げる。


「いや、倒れてるからバスが走れないんだろ? だったら、走れるようにするだけだって。ほら、危ないから手すり掴んでろ」

「……え? いや、先輩? 一体何を――」


 後輩が尋ねている途中で、博孝はバスの外へと出た。そして横転しているバスの屋根――接地しているバスの屋根の端にしゃがみつつ両手を差し込むと、両腕に力を込める。


「よっこいしょ……っとぉ!」


 そして、ちゃぶ台でもひっくり返すようにバスを回転させた。バスの重量は五トン以上あったが、普段から数トン単位を背負って訓練している博孝にすれば、持ち上げられない重量ではない。

 バスを勢いよく回転させ、再び横転しないよう『瞬速』を使って反対側に回り込んで受け止める。『ES寄生体』によって破壊されかけていたバスの側面が更に破壊されたが、許容範囲だろう。

 保険に入ってるよな、などと思いつつ、博孝は破壊されたバスの扉から中へと乗り込んだ。呆然としていても博孝の話を聞いていたのか、後輩達はしっかりと手すりにしがみ付いている。


「は、はは……す、すごいね君」


 訓練校周辺でバスを運転している運転手は、博孝が身に着けているのが訓練生用の訓練服だとわかった。そのため運転手が空笑いしながら呟くと、博孝は親指を立てつつ言い放つ。


「普段から鍛えてますから。それで、バスは動きますか?」


 博孝にそう聞かれ、運転手は軽くアクセルを踏み込む。すると、バスは軋むような音を上げながらも前へと進んだ。


「いけそうですね。それでは、俺達が護衛しますので訓練校まで避難していただけますか?」


 博孝の問いに対し、運転手は無言で頷いた。現状ではそれが最も安全だと、素人でも判断できたのである。博孝はそんな運転手に頷き返すと、未だに声を発さない後輩達のもとへと足を運ぶ。

 市街地に行くということで、全員が私服だった。博孝はその中でも見知っている後輩に視線を向けると、リラックスさせるために軽く肩を叩く。


「ずいぶんと着飾ってるな。隣の子は彼女か? デートだっていうのに災難だったな」


 そんなことを言いながら肩を叩いていると、男子生徒もようやく我に返ったのだろう。何度も瞬きをして、僅かに顔を赤くする。


「いや、その……初デートです」


 だが、我に返っても思考はまとまらなかったのか、そんなことを呟いた。それを聞いた傍の女子生徒も顔を赤くし、博孝は『おや?』と片眉を上げる。


「初デート……初デートかぁ。そういえば俺も初デートの時は大変だったな。帰りに敵性『ES能力者』に襲われたんだよ。いやいや、親近感がわくねぇ」


 何でもないように博孝が言うと、男子生徒は頬を引きつらせた。『ES寄生体』に襲われたことも驚きだったが、敵性の『ES能力者』に襲われる状況とは一体何なのか。

 盛大に顔を引き攣らせた後輩を見て、博孝は笑いながら肩を連打する。


「なに、そういう初デートもあるってことさ」


 この程度の騒動は何事でもないと、博孝は笑い飛ばす。もうお前達は助かったと、安堵させるように笑うのだ。

 少しずつ表情の硬さが取れてきた後輩を見て、博孝は声を潜めて囁く。


「今から訓練校まで護衛するから、その間は彼女を励ましてやれ。手の一つでも握っておけば、ポイント高いかもよ?」

「っ!? せ、先輩!」


 後輩は抗議するように叫び、博孝は再度肩を叩く。そして、即座に表情を引き締めると、車外の沙織達に声をかけた。


「敵は?」

「全て斬ったわ」

「さおり、はりきってた」

「いやもう、沙織っちが暴れまくったから、あっという間だったっすよ」


 即座にそんな声が返ってきたため、博孝は『探知』で周囲の『構成力』を探る。それまで付近で点在していた『構成力』は全て消えており、感じ取れる『構成力』は距離があった。


「後続が来ない内に移動する。俺達はこのバスを護衛して訓練校まで移動だ。いいな?」


 博孝がそう指示を出すと、沙織達は気負うことなく頷く。博孝は運転手に視線を向けると、バスを発進させるよう促した。


「『ES寄生体』が近づいてきたらこっちで処理しますから、安全運転でお願いします」

「ははは……安全運転か、わかったよ」


 この状況にあってなお、安全運転という言葉を聞いた運転手は肩の力が抜けるのを感じた。バスがゆっくりと動き出し、問題がないと判断した博孝は外で警戒すべくバスから出ようとする。

 しかし、出ようとした途端複数の視線を背中に感じ、博孝は苦笑しながら振り返った。視線を向けていたのは、車内にいた多くの後輩達だ。直接博孝と話したことがある者も、そうでない者も、瞳に不安の色を混ぜて視線を向けてくる。


「おいおい、そんなに不安そうな顔をするなよ」


 再度後輩達を安心させるように笑うと、博孝は携帯電話を取り出す。そしてトランシーバー機能を使って発信すると、周囲にも聞こえるような声で話し始めた。


「こちら第七十一期第一小隊の河原崎、目標を無事に保護した。これより訓練校へ護送する」

『こちら岡島です。良かった……誰も怪我はしてない?』

「ああ。ちゃんと無傷で訓練校まで送り届けるんで、出迎えの準備をよろしく。でも、パーティはいらないからな?」


 冗談混じりに博孝が言うと、通話越しで里香も安心したのだろう。小さく笑んだ気配が伝わってくる。そして短く通話を終えると、博孝は言うのだ。


「というわけで、お前達は無事に訓練校まで送り届けてやるさ……まあ、バスを運転してるのは運転手さんだけどな?」


 そんな冗談を聞き、後輩達は自分達が助かったのだとようやく実感するのだった。








「ちっ……向こうの奴らは何やってんだ? 一向に応答しやがらねえ」


 無線機を耳に当てつつ、野口は吐き捨てるように言う。第七十五期訓練生の救援に向かうため走りながらの通信になったが、相変わらず第七十五期の施設管理を行っている兵士達からの応答はなかった。

 戦闘中なのか、相手側が持っている受信設備が“不備”を起こしたのか、それとも――既に死んでいるのか。

 その理由は定かではなかったが、連絡が取れないというのは厄介だった。


「通信に出る余裕がないだけ……と思いたいですね」


 野口達と共に駆ける中村が呟くと、和田達も同意するように頷く。

 野口を含めた八名の兵士に、中村が率いる第六小隊の合計十二名による混成中隊。それが第七十五期訓練生の救援に向かった戦力だ。

 第七十五期が使用している施設までは、中央校舎から一キロ程度離れている。それでも三分とかけずに走破するが、グラウンドに訓練生達の姿はない。どこにいるのかと野口が視線を巡らせてみると、寮の玄関に複数の人影があった。

 そちらに駆け寄ってみると、野口と似たような装備をした兵士達が困惑を顔に貼り付けて立ち尽くしている。他にも第七十五期の訓練生と思わしき少年たちの姿もあった。


「何をしている!? 放送は聞こえなかったのか!」


 開口一番に野口はそう叫ぶ。この緊急事態に何をしているのかと、何故避難をしないのかと問い詰めた。


「それが、数人の生徒が部屋から出ようとしないのです。どうやら放送を聞いてパニックを起こしたようで……」


 野口の剣幕に怯みつつも、兵士の男性はそう答える。

 『ES寄生体』に対する警報というものは、数度と言わず聞いたことがあるはずだ。それだというのにパニックを起こすということは、それだけ精神的に弱かったのか、あるいは現状のように『ES寄生体』の襲撃を受けたことがあるのか。

 おそらくは後者だろうと野口は思う。防衛戦力が少ない地方の都市では、状況によっては『ES寄生体』が民家を襲うこともあった。そういった経験を持つ者ならば、パニックを起こしても仕方がない。


「馬鹿野郎! そんな悠長にしている場合か! ドアを破壊してでも引き摺り出せ! 他の期の生徒は全員中央校舎に避難してるんだぞ!」


 第七十五期の生徒達が逃げてこなかったのも、クラスメートを置き去りにできないと思ったからだろう。部屋に逃げ込んだ生徒に対して呼びかけも行われており、周囲は喧騒に満ちている。そのため通信の呼び出しにも気付かなかったのだろうが、もっと冷静になればいくらでも手が打てたはずだ。


「女子寮の方は!?」

「似たような状況です。向こうはパニックというよりも、怖いから外に出ないのかと……」


 自分達で動ける第七十一期や教官がいた他の期とは異なり、第七十五期には頼りになる人物がいなかった。それが混乱を助長したのだろうが、野口としては歯噛みをしたい気分である。


「外出者を除けば全員揃っているのか? 引きこもっている奴らも込みでだ!」


 野口がそう尋ねると、傍にいた兵士達は気まずそうに視線を逸らす。その仕草だけで野口は理解すると、近くにいた兵士の胸倉を掴み上げて低い声で尋ねる。


「……何人足りない?」

「さ、三名かと」


 胸倉を掴まれた兵士は苦しそうな声で答えるが、野口としてはそれに構うつもりはない。

 自主訓練をしていたのか、それとも散歩にでも出ていたのか、売店や食堂にいるのか。どこにいるのかはわからないが、人数が足りないのなら放っておくわけにはいかない。


「中村、お前の部下は『探知』を使えるか?」


 第六小隊の『支援型』は牧瀬だったが、現在は『探知』を習得中だった。そのため、不正確な索敵しかできない。そのため中村は首を横に振る。


「不完全な『探知』しか使えません」

「ちっ……仕方ねえ。岡島の嬢ちゃんに指示を仰ぎつつ、引きこもり共を引っ張り出せ。施設の破壊許可は下りてるから遠慮はなしだ」


 野口はそう言うなり、寮から出ようとした。それを見た中村は眉を寄せる。


「わかりましたけど……野口さん達はどうするんです?」

「面倒だが、周囲を見てくる。そこの奴らが見落としてないとも限らねえし、確認が必要だろ?」


 自動小銃を握り締めつつ、野口はそう言う。それを聞いた中村は、思わず破顔した。


「武倉の奴も言ってましたけど……野口さんって体育館でぐうたらしてるだけじゃなかったんですね」

「だからてめえらは俺をどんな目で見てんだ!? 次から顔を出してもコーヒー飲ませねえぞ!」


 中村の言葉に野口は声を荒げるが、それを聞いた和田と城之内、牧瀬はそっと視線を逸らした。全員、中村と同じような印象を持っていたらしい。


「冗談ですって。俺達にとっては憩いの場でもありましたからね。またコーヒーを飲ませてくださいよ」


 中村が取り成すように言うと、野口は不満そうに鼻を鳴らす。それでも訓練生達が管理室に顔を見せるのは暇つぶしにもなるため、歓迎していたのだ。


「調子のいいことを言いやがって……」


 親子とは言わないが、それでも大きく歳が離れた兄弟程度には年齢に開きがある。そのため、年下の子供に怒るのも筋違いだと判断し、野口は言う。


「仕方ねえなぁ……この騒動が終わったら、たっぷりと飲ませてやるよ。とっておきのコーヒー豆があるんだ。お前らが飲みたいって言ったんだから、腹がはち切れるまで飲ませてやるからな!」


 それだけを言い残し、野口は部下を連れて寮から飛び出す。そんな野口達を見送り、中村達は部屋に逃げ込んだ後輩達の“救出”を開始するのだった。











 どうも、作者の池崎数也です。

 今回の話で150話(プロローグ、閑話除く)になりました。

 ここまでこれたのも、拙作を読んでくださる方々のおかげです。毎度ご感想やご指摘、評価やレビュー等をいただきありがとうございます。


 150話まできたので、恒例になりつつある名前が出た登場人物の男女比を。


・名前がある登場人物の男女比率(五十話、百話時点からの変動)

 男性16名→27名→32名(30歳以上9名→18名→23名)

 女性7名→11名→13名

 合計23名→38名→45名

 パーセンテージでいうと。

 男性69.6%→71.1%→71.1%

(30歳以上39.1%→47.4%→51.1%)

 女性30.4%→28.9%→28.9%


 男女の割合に変動はありませんでしたが、おじ様の割合がとうとう5割を超えました……この物語の半分はおじ様でできています。

 今後の物語ではもう少し比率の変動があると思いますが、最終的にどうなっているかも一つの楽しみになればと思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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