第百四十九話:訓練校防衛戦 その1
突如鳴り響いた警報音と、それに伴うアナウンス。それらの衝撃は第七十一期訓練生達にも動揺を及ぼし、互いに顔を見合わせた。
「中央校舎に移動? というか、教官が外出しているんだけど……」
「……どうするんだ?」
クラスメート達は言葉をかわし、博孝へと視線を向ける。普段の扱いは軽いものだが、有事の際に向けられる信頼は強固なものだ。同期の中で最も修羅場を体験し、どんな危地も生きて乗り越えてきた博孝に周囲の視線が集まるのも仕方ないだろう。
幸か不幸か、この場には第七十一期訓練生の全員が揃っていた。休日ということで、全員が自主訓練に励んでいたのである。訓練着を身に着けているため、即座に戦闘を行うこともできるだろう。
博孝は周囲の目が集まっていることを察し、動揺した様子も見せずに頷いた。意識して笑みを浮かべると、両手を広げてクラスメート達に煽るような言葉を向ける。
「いないものは仕方ない。自分達だけで動くしかないだろ? それとも、教官がいないと“よちよち歩き”も出来ないか?」
博孝がそう言うと、クラスメート達は顔を見合わせてから噴き出す。いきなりの警報ということで動揺していたが、博孝の言葉で我に返ることができた。
「馬鹿言うな! そんなことを言ってたら教官に張り倒されるっての!」
「ああ……そのぐらいも判断できないのかって殴られるな」
中村や城之内が言葉を返し、それを聞いた博孝は笑みを深める。
「そうだ。ここで震えて固まっていたら、教官が帰ってきた時に殴り倒されるぞ?」
『――そうだな。日頃の訓練が身についていないということで、“再教育”が必要になるな』
更に煽るようにして博孝がそう言うと、突如砂原の声が響く。全員が視線を向けると、里香が携帯電話を博孝達に向けていた。スピーカー機能を使っているのか、携帯電話から響く声が生徒全員へと伝わる。
「教官、今はどこにいるんです? そちらに情報は伝わってますか?」
『日本ES戦闘部隊監督部で長谷川中将閣下と一緒だ。情報についても届いている』
砂原へ返答しつつ、博孝はハンドサインでクラスメート達に周辺の警戒を指示した。博孝のハンドサインを見たクラスメート達は即座に円陣を組み、三百六十度全ての方向を警戒する。
「単刀直入に聞きます。応援の戦力は?」
『……現在編成中だ。訓練校やその周辺だけでなく、日本の各地で『ES寄生体』が発生している。訓練校には編成が完了次第向かうが……到着まで時間がかかると思え』
砂原の話を聞いた博孝は、まずいなと内心で呟く。訓練校とその周辺だけで発生している問題なら、砂原も即座に応援として向かってくるだろう。しかし、全国規模で発生しているとなると事情が異なる。
いくら砂原と云えど、単独で戻ってくるわけにはいかない。移動の最中にも『ES寄生体』の妨害が発生する可能性が高く、“敵”はそれだけではないかもしれないのだ。
ここまで大規模になると、教官としてではなく一人の『ES能力者』として行動する必要がある。砂原としても教え子や訓練校の危機には真っ先に駆け付けたいが、全国各地で民間人が住まう市街地が襲われているのだ。
訓練校に向かう途中にある町々にも救援が必要である。日本ES戦闘部隊監督部に詰めている『ES能力者』からも戦力を抽出しているが、救援部隊を組織して向かわせるだけで時間を取られてしまう。
砂原としても厄介な点は、訓練校が高い防衛能力を持っているということだった。『ES能力者』は貴重であり、訓練生を育てるための訓練校には防衛用の戦力として『ES能力者』や対ES戦闘部隊が駐屯している。
その規模は市街地などの防衛戦力よりも多く、生半可な侵攻ならば撃退し得るだけの防備が整えてあった。訓練生も数に含めれば、その規模は一個旅団程度まで膨れ上がる。
砂原としては、すぐに駆けつけたい。しかし、防衛戦力が整っている訓練校を優先し、戦力で劣る市街地を無視するわけにもいかないのが実情だった。訓練校を優先した結果、民間人に甚大な被害が出ては目も当てられない。
源次郎が指示を飛ばして全国各地の戦力を運用しているが、訓練校へいつ、どの程度の戦力を向かわせられるかは不透明な状況である。『ES寄生体』は“狙ったように”戦力が薄い地域で発生しており、即座に手を打たねば数万人単位で被害が出てしまう。
『可能な限り急いでそちらへ向かう。その間、諸君らは訓練校の最上級生としてこれまでの訓練と経験を活かし、下級生達を守り抜け』
間に合うかどうかは言葉にしなかったが、それでも勘の鋭い生徒の数人は現状が如何に厳しいかを理解した。そして、砂原が『自分達の身を守れ』ではなく『下級生達を守り抜け』と言ったことに気を引き締める。
第七十一期訓練生には、自分の身を守るだけの術がある。この窮地にあってなお、そう断言できる程度には砂原も厳しく鍛えてきた。
そして、彼らは戦況を理解できるだけの場数を踏んでいる。『ES寄生体』が相手ならば実戦経験があり、退けるだけの技量も備えている。だが、他の期の生徒は別だ。敵性『ES能力者』どころか、『ES寄生体』と交戦した経験を持つ者すら稀である。
訓練校の敷地内に『ES寄生体』が侵入してきた場合、撃退どころか防戦すらできない可能性が高い。
『――こちらは日本ES戦闘部隊監督部、長谷川空戦中将である』
砂原の言葉で気を引き締めていた生徒達だが、そこに砂原とは異なる声が届いた。その名乗りは源次郎のものであり、『ES能力者』の中でも頂点に立つ者の声に背筋を伸ばす。
『緊急事態につき、諸君らも指揮下に入ってもらう。河原崎訓練生……それと、岡島訓練生はいるか?』
「はっ! なんでありましょうか閣下!」
「は、はいっ」
階級を名乗り、指揮権の保持を明確に宣言されたため博孝は真剣な様子で答えた。名前を呼ばれた里香も緊張した様子で返事をする。
訓練校や訓練生に関しては、本来“上”が様々な権利を持つ。しかし、有事の際は話が別だ。
日本の『ES能力者』には民間人の保護や敵対戦力の撃退、避難誘導など、訓練生だろうと適用を免れない“義務”が存在する。有事の際は日本ES戦闘部隊監督部の指揮下に入り、諸問題に対応するよう義務付けられていた。
『砂原軍曹がこちらにいる以上、“現場”の指揮を執れる者がいない。他の期の教官は迎撃に手を取られて指揮が執れんだろう。そこで――諸君らに訓練生達の指揮を頼みたい』
「……え?」
「了解しました、閣下」
里香は呆然と、博孝は表情を変えずに返答する。
各期の教官は自分の教え子を避難させた後、鳥型『ES寄生体』の対処をする必要がある。教官職に就いている者は全員が空戦であり、実戦経験も豊富だ。教官職に就いたことで実戦から遠ざかっているが、並の空戦部隊員よりも高い技量を持っている。
源次郎としては痛手だが、砂原だけでなく第七十五期の教官も日本ES戦闘部隊監督部にいた。初任務に関する最終調整を行うため、訓練校を離れていたのである。
そのため、訓練校にいる教官は四人だ。その四人は訓練校の東西南北に配置し、鳥型『ES寄生体』や他の脅威に対応させる必要がある。
一人ぐらいは訓練生達のもとへ残しておきたかったが、教官一人で対応できるのは精々一方向の空域だけだ。訓練生の指揮と安全を優先した結果、手が回らない場所から大量の『ES寄生体』に侵入されては意味がない。
訓練校の防衛部隊から人員を回したいところだが、既に『ES寄生体』と交戦している彼らから戦力を抽出するのは不可能だろう。数で勝る『ES寄生体』と戦い、辛うじて防衛線を維持している状態だった。
陸上から攻め込む敵を防衛部隊が抑え、空から攻め込む敵は教官達が抑える。そうすれば救援部隊が駆け付けるまでもつ――かもしれない。可能性としては、分が悪い。
砂原が訓練校にいたならば、と源次郎は思うが、防衛部隊や教官以外にも“使える”戦力が存在するのは僥倖だった。第七十一期訓練生ならば、陸戦一個大隊程度に計算できる。
そのため、源次郎は“命令”を下すのだ。『ES能力者』として戦えと、その戦いで生じる被害や“責任”は、全て自分が受け持つと、正式に命令として言葉にするのだ。
ただし、里香のように動揺するのも仕方がないと源次郎は思う。
里香はこれまでに中隊規模や第七十一期全体の指揮を執ったことがあるが、それは訓練時や演習任務だったからこそできたことだ。今回は訓練ではなく、実戦である。それも、訓練校が『ES寄生体』に襲撃されるという類を見ない事態だ。
訓練校の最外縁部では防衛部隊が奮戦しているが、それでも数が足りない。どんなに上手く立ち回ろうと、訓練校の広大な敷地全てを守るのは無理がある。いずれ『ES寄生体』が訓練校の敷地内へと侵入してくるだろうと里香は思っていた。
訓練ではない、命がかかった実戦。それも、指揮を執るのは気心の知れたクラスメートだけではない。下級生の生徒達が数多くいるのだ。
規模だけで言えば、生徒だけで二個連隊近い。だが、その実態は正規部隊員とは異なる訓練生であり、実戦という命のやり取りを“普段通り”にこなせる者は少ないだろう。
「質問ですが、『ES寄生体』と交戦した場合に建造物の被害を許容していただけますか?」
『当然だ。『ES寄生体』もそんなものは考慮せんだろう。交戦の際、必要ならば建造物の破壊も許可する』
「我々は基本的に防衛に努め、『ES寄生体』が接近してきた時のみ対処する……“それだけ”でいいのですか?」
『可能ならば防衛部隊と合流してほしいが、基本的には下級生と共に防御を固めたまえ。ただし、訓練校には一般の職員がいる。可能ならば彼らも保護しろ』
「一応聞いておきますが、他の期の教官が行う鳥型『ES寄生体』の駆除を一方向引き受けるので、空いた方に訓練生の指揮を執ってもらうのは不可能でしょうか?」
『君達の技量は評価しているが、任せるには不安が先に立つ。訓練校の教官はそれぞれ手練だ。彼らに任せる方が適任だろう』
交戦があるものとして、源次郎へと疑問をぶつける博孝。そんな博孝に対し、源次郎は注意点や“命令”を伝えていく。里香はそんな博孝と源次郎の言葉を聞きながら、思わず博孝へと目を向けた。
博孝もそんな里香の視線に気付いたのか、真っ直ぐに里香を見る。そして里香の表情を見ると、里香を安心させるように微笑んだ。
「……里香、指揮を執るのが無理ならそう言ってくれていい。俺が指揮を執るよ」
心から労わるようにして博孝が言う。その言葉に、里香の心が揺れる。
博孝ならば、生徒達の先頭に立って指揮を執ることができると里香は思った。自分とは違い、周囲の士気を盛り上げるような言葉もスラスラと出る。率先して戦う姿だけでも士気を盛り上げることができる。一個の戦力として、指揮官として、十分に役割を全うできるだろう。
里香はそう思い――“それ”は悪手だと心の中で自然と呟いていた。
博孝が全体の指揮を執るのも一つの手だが、博孝は訓練生の中では貴重な『飛行』を発現できる『ES能力者』だ。今の状況ならば、指揮官として拘束するよりも沙織達を率いて動いた方が効率的である。
他の訓練生ならば止めるが、博孝や沙織、恭介やみらいの四人で小隊を組めば『ES寄生体』が相手でも容易に撃退し得る。移動速度、攻撃能力に申し分はなく、加えて、博孝は『探知』や『通話』も使えるのだ。
一ヶ所、あるいは生徒達の周辺だけに行動範囲を縛るのは下策だろう。指揮官として使うよりも、遊撃として使った方が遥かに良い。
そう考えた里香だが、同時に一つの懸念が心の中に浮かぶ。
博孝ならば生徒達の指揮を執ることも、遊撃として動くこともできる。里香としてはそう断言できるものの、前者に対しては一抹の不安が浮かんでしまう。
上手く立ち回ったとしても、多数の『ES寄生体』が襲い掛かってくれば複数の方面で対応を迫られる。敵が行儀良く順番を守って攻撃をしてくるはずもない。こちらの戦力を狙って我武者羅に、獣らしく襲い掛かってくるだろう。
そんな『ES寄生体』を相手にしても、博孝は沙織達と共に奮戦するに違いない。まともに戦えないであろう下級生を守るために、身を盾にしてでも戦う。だが、それでも敵の規模次第ではカバーできなくなるだろう。
――指揮下にある“部下”が窮地に陥った時、博孝はどんな行動を取るか?
それは里香が常々危惧し、かつては砂原に相談したことだ。砂原は博孝の性格的に、部下を庇ってしまうと判断していた。そして、その庇い方は過剰だ。自分の身を盾にしてでも守ろうとして、その結果死の淵を彷徨う羽目になる。
実際に庇われた身である里香からすれば、“今回”もそうでないと断言できない。それは指揮官として致命的であり、仮に博孝が倒れてしまえば士気が崩壊してまともな抗戦すらできなくなる。
里香個人としての感情と――それ以上に、指揮官として博孝の言葉に頷けない。
博孝に指揮官を任せると、“デメリット”の方が大きいのだ。そう判断した里香は、博孝に対して首を横に振っていた。
「それは……駄目だよ。わたしが指揮を執るから、博孝君は沙織ちゃん達と一緒に遊撃として動いて」
僅かに言いよどんだのは、里香としても覚悟が決まっていないからだ。それでも訓練校の最上級生として、『ES能力者』として、そして周囲からの信頼に応えるために里香は言う。
「わたしが指揮を執ります。博孝君は空戦の『ES能力者』として、遊撃に使わせてください」
『……本当に指揮を執れるのかね?』
源次郎としても、博孝より里香の方が能力的に指揮に向いているというのは理解している。博孝を全体の指揮から外し、一個の戦力として運用した方が防衛の役に立つという話も妥当なものだ。
『飛行』による移動速度、射撃系ES能力による遠距離での“火力”、近接格闘能力、そして沙織や恭介、みらいを率いた小隊での連携能力。博孝を小隊長として動かせば、戦力が少ない現状の大きな助けになる。
しかし、本当に里香に指揮が執れるのか。その疑問が源次郎に即断を戸惑わせた。
里香は『通話』や『探知』を使うことができるため、近くにいる『ES能力者』に対して指揮を執ることができるだろう。砂原から定期的に届く報告書を読む限り、里香の指揮能力が第七十一期の中でもトップクラスだというのも理解している。だが、それはあくまで訓練時の評価だ。
実際に顔を合わせたこともあるが、能力と性格が一致していないように思える。博孝に任せた方が確実性が高いのではないか。源次郎がそう考えていると、砂原が声を発した。
『岡島……本当に指揮を執れるのだな?』
「――はいっ!」
覚悟を固めるように返事をする里香。その声を聞いた砂原は僅かに瞑目した後、源次郎へと鋭い視線を向けて頷く。それは、里香ならば指揮を執れると判断したが故の首肯だ。
源次郎とは異なり、砂原は二年と半年もの間里香に教練を施してきた。里香の気性を考慮すると源次郎が躊躇するのも理解できるが、博孝を除くと他に適役がいない。
訓練校内部の警備や施設の管理を行っている兵士の中から適当な者を宛がっても良いが、『ES能力者』の適性を踏まえて二個連隊の指揮ができる者は皆無だ。大隊や中隊規模で指揮をさせる手もあるが、対ES戦闘部隊のほとんどは訓練校外部で防衛戦を行っている。
『……それでは、訓練生全体の指揮を岡島訓練生に任せる。ただし、無理はするな。各期の教官に余裕ができれば、そちらへ指揮を委ねても良い』
「わかりました」
源次郎の言葉に対し、里香はしっかりと頷いた。そして、僅かに間を置いてから源次郎の声が博孝へと向けられる。
『それと……河原崎訓練生。状況が状況だ、君は“持ち得るすべての力”を使用し、この困難を打破したまえ。』
それは、『活性化』を含めての話だろう。まだ詳細は伏せているが、状況によっては『活性化』の存在を明かして戦えと言っているのだ。
「……了解です」
日本の『ES能力者』を取り仕切る源次郎からの、事実上の情報開示許可。伏せられるならば伏せておこうと博孝は思うが、状況が許さないのならば戸惑う必要もない。
源次郎から様々な許可が下り、博孝達は警報のアナウンス通り訓練校の中央校舎へと移動することにした。訓練生全体の指揮を執るといっても、まずは集合しなければ指揮の執りようがない。
そう思って移動を開始しようとしたが、それは博孝が止める。
「食堂や売店には職員の人がいるんだ。まずはそっちと合流して、保護しながら移動しないと……」
第七十一期訓練生が使用する施設にいるのは、『ES能力者』だけではない。食堂を管理する榊原やその部下、売店の管理人などもいる。それ故にまずは職員を収容すべきだと主張する博孝だが、その行動を遮るようにして校舎から野口が飛び出してきた。
野口は校舎の柱に背を預け、周囲を警戒するように視線を向け――博孝達の姿を見つけるなり、ハンドサインを背後に送ってから駆け寄ってくる。
「おう、博孝。お前らも放送は聞いてるよな?」
そんな声をかけてくる野口だが、その姿はいつもと異なっている。体育館の管理室で見かけるような気の抜けた姿ではなく、装備をきちんと整えた“兵士”の姿だった。
頭には鉄帽を被り、野戦服の上からボディーアーマーを着込み、両手に自動小銃を抱いている。腰元や胴回りには自動拳銃や手榴弾、予備マガジンを身に着けていた。
「野口さん? 体育館の管理はいいんですか?」
「こんな事態になってまで体育館に引きこもってるわけねえだろ。第一報が出た時点で準備を整えたっつーの……ああ、やっときやがった」
そう言って校舎の入口に視線を向ける野口。すると、野口と同じように装備を固めた兵士達が榊原や他の職員を囲みながら飛び出してきた。野口は周囲を警戒しつつ、博孝に対して笑いかける。
「俺らにも職員の保護が命じられてな。この付近にいる職員と兵士は掻き集めた。お前らの移動に間に合って良かったぜ……中央校舎に移動するんだろ?」
「そうするつもりです……でも、これから職員の人達を集めようと思っていたんで助かりましたよ」
博孝の返答を聞き、野口は納得したように頷く。
職員を守るように囲んでいるのは、野口の部下達だろう。野口と似たような装備を身に着けている――が、表情が硬い。挙動も落ち着きがなく、周囲に自動小銃を向けながら過剰に警戒をしていた。
「……野口さん、あの人達って」
「ああ……わかるか? 俺の部下なんだが、実戦経験が少ねえんだよ。集合だけは早かったんだが、ビビっちまって移動が遅くてな。ケツを蹴り飛ばして働かせてるんだ」
博孝の指摘に対し、野口は苦い物を噛んだような顔で言う。そして兵士達の元へと歩み寄ると、手近にいた者の鉄帽を軽く叩いた。
「もう少し落ち着けや。ほら、ガキ共も見てんぞ。ったく情けねえ……職員の方々まで不安になるだろうが」
最後の部分は声を潜めて言うが、声をかけた兵士の反応は硬い。
「し、しかしですね伍長殿、『ES寄生体』が襲ってきたんですよ!? しかも訓練校の周辺に大量にいるって話じゃないですか!」
声に震えが宿っていたのは、現状に対する不安が大きいからだろう。兵士ではあるが『ES能力者』ではない彼らにとって、現状は絶望的とすら言える。
しかし、部下の言葉を聞いた野口はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「はっ、だからどうした? 怯えて吠えりゃあ敵が逃げるとでも思ってんのか?」
今度は少しばかり強めに鉄帽を叩くと、野口は部下の襟元を掴む。
「なあ一等兵。お前は何のためにこの場にいる?」
「じ、自分は、その、施設管理の任務で……」
「そうだ、任務だ。俺達の任務は施設管理だ。だが、兵士であることに変わりはねえんだよ。どんな任務に就いていようが、有事の際には銃を手に取って戦わないといけねえ」
そう言いつつ、野口は部下を真っ直ぐに睨み付ける。
「そして、今がその戦う時だ。お前が戦えんと、その銃の引き金を引けんというのなら、この場で辞職しろ。そうすれば一人の“民間人”として保護してやる」
「……いえ。すみません、取り乱しました」
厳しい口調で野口が言うと、部下は冷静さを取り戻したのか謝罪の言葉を口にした。野口はそんな部下の言葉を聞くと、表情を緩めて肩を叩く。
「なあに、『ES寄生体』と実際に交戦すると決まったわけじゃねえ。警戒するのはいいが、もう少し気楽に構えとけ」
そう言って野口が背を向けると、驚いたような顔の恭介と目が合う。野口が何事かと思って首を傾げると、恭介は戸惑うようにして言った。
「野口さんって、体育館で管を巻いてるだけじゃなかったんすね」
「おいこら恭介、お前は俺をそんな目で見てたのか? んん?」
冗談か本気かわからない口調で尋ねる恭介に対し、野口は頬を引きつらせながら返答する。それでも普段の自分の振る舞いを思い出したのか、追及を諦めたように首を横に振った。そんな野口と恭介の様子を見た生徒達は僅かに気を抜くと、中央校舎へ向かって移動を始めるのだった。
博孝達が使用する校舎から中央校舎までは、直線距離でも一キロ以上離れている。砂原に鍛えられた第七十一期訓練生達の足ならば、ES能力を使用せずとも一分程度で走破できる距離だ。
しかし、その場にいたのは博孝達だけではない。野口を含めた兵士四人に、榊原などの職員が六人いた。野口達は兵士ということで榊原達よりも足が速く、体力もある。それでも時間をかけられないため、博孝達は野口達を担いで中央校舎へと走り抜けた。
源次郎や砂原と通話をしていたため、博孝達は他の期よりも遅れて到着する。そして中央校舎へと到着した博孝達の耳に届いたのは、想像以上の喧騒だった。
不安そうに辺りを見回す者、隣り合った者と口々に言葉を交わす者、地面に座り込んで膝を抱える者。中には不安が苛立ちへと変わったのか、胸倉を掴み合っている者達もいた。
各期の教官達は、生徒達を移動させるなり鳥型『ES寄生体』の迎撃に赴いたのだろう。この場にいる『ES能力者』は訓練生だけであり、野口達のような施設管理を行う兵士や榊原達のような一般職員、そして一般科目を教える教師などが訓練生を落ち着かせようとしているが、効果は薄かった。
耳を澄ましてみると、遠くからは防衛部隊と『ES寄生体』の戦闘音が聞こえる。訓練校の四方へ散った教官達も鳥型『ES寄生体』との戦闘を開始しており、陸と空の両方から戦闘音が聞こえる現状は修羅場慣れしていない者にとっては落ち着かないのだ。
入校して時間が経っている者達はそれなりに落ち着いているが、下級生の動揺は激しい。気が弱い女子生徒の中には、震えながら涙を流している者もいた。
その光景を目の当たりにした博孝は、野口へとアイコンタクトを送る。野口はそれだけで博孝の“要求”を理解したのか、ため息を吐きながら腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いた。
そして、安全装置を解除して地面へ向かって発砲する。その発砲音を聞いた生徒達は驚いたように肩を震わせ、次いで、博孝達が到着していることに気付いて目を丸くした。
「注目!」
発砲音で注目が集まると、博孝は即座に声を張り上げる。野口は『一発目を通常弾にしておいて良かった』などと呟いているが、博孝は気にしないことにした。
「第七十一期訓練生の河原崎だ! 各期とも全員揃っているか!?」
ひとまずそう問いかけるが、ざっと数えただけでも訓練生の数が少ない。第七十一期を含め、各期とも三十から四十人近い生徒が在籍している。それだというのに、この場にいるのは兵士や職員を含めても二百名に届かない。
「……第七十五期の姿が見えないな」
生徒達の顔を見回した博孝はそう呟く。訓練校にいた各期の教官が自分の生徒を避難させたが、第七十五期については教官が砂原と同様に首都にいるのだ。
本来ならば教官の誰かが統率するはずだったが、鳥型『ES寄生体』の接近が想定よりも速く、即座に迎撃に向かう必要があった。
事態を察した博孝が眉を寄せていると、他の期の施設を管理している兵士と言葉を交わしていた野口が口を開く。
「こっちから迎えに行く算段をつけていたらしいんだが……博孝、お前のところから何人か借りられねえか? 第七十五期のところに詰めている奴らが訓練生を引っ張ってくるかもしれねえが、それを期待してこの場で待機しているわけにもいかねえだろ」
そんなことを言う野口の傍では、第七十五期が利用する施設にいるであろう兵士に対し、トランシーバーを使用して呼びかけが行われている。だが、相手側が気付いていないのか、それとも応答する余裕がないのか、返答はなかった。
博孝は里香と視線を合わせると、この場に集まっている生徒達へと問いかける。
「点呼は済んでいるか? 各期の集合状況は?」
第七十五期の“救出”は急務だが、他の期も放置はできない。教官達がここまで連れてきたはずだが、もしものことがあっては困る。
「第七十二期は外出していた者を除いて全員います」
最初に反応したのは、後輩の中では一番落ち着きがある市原だった。博孝に対し、何故か敬礼しながら答える。
「外出者は何名だ?」
「六名です。近くの街に買い物目的で出かけました」
さすがに他の訓練生よりも場慣れしているのか、返答も淀みない。その情報を聞いた里香は頷き、博孝は他の期の生徒に視線を向けた。
「第七十三期は?」
「よ、四名外出してます! 他は全員います!」
博孝達の自主訓練に参加したことがある生徒が背筋を正して報告し、博孝はさらに第七十四期、第七十六期の集合状況も確認した。
第七十四期は五名が外出中、第七十六期は入校したてのため外出許可が出ておらず、全員が“校内”にいる――が、五名ほど足りないらしい。自主訓練でもしているのか、訓練校の内部を見学しているのかはわからないが、すぐに救出に向かう必要があるだろう。
第七十六期の教官が鳥型『ES寄生体』を迎撃しながらも捜索しているらしいが、未だに発見の報はない。
第七十六期の生徒は『ES能力者』になって日が浅く、まともに『防殻』すら発現できない者ばかりなのだ。『ES寄生体』が訓練校内に侵入し、遭遇してしまえば逃げ切ることすら不可能だろう。
この場にいる者も他の期に比べて怯えている者が多く、下手をするとパニックを起こしそうである。
「外出者は全員街にいて、向こうの防衛部隊と一緒にいればいいんだけど……」
状況を整理した里香が懸念となる部分を口にすると、博孝も同意として頷く。訓練校近くの市街地は、他の市街地と比べても防備が厚い。そのため、街中にいるのならば大きな危険はないだろう。
ひとまず同期の生徒に連絡を取らせてみるが、電話回線がパンクしているのか、電話がつながらない。もしかすると、何らかの“障害”が発生している可能性もあった。
「ふむ……里香、どうする?」
現状を整理した博孝は、里香へと話の矛先を向ける。各期の教官は鳥型『ES寄生体』の排除に手を取られており、『ES能力者』の“上位者”もいない。里香は自分が指揮権を握っていることを意識すると、“戦力”をどう運用するか思考を巡らせる。
「まずは第七十五期の子達をここに連れてこないと……」
「てことは、足が速い方がいいな」
「うん。だから博孝君達に――」
まずは博孝達を先行させようと判断した里香。しかし、その発言を遮るようにして生徒達の携帯電話からノイズ音が走る。
『だ、誰か助けてください! い、『ES寄生体』に囲まれています! 誰か助けて!』
そして、ノイズ混じりでそんな声が聞こえた。その声は通信用にトランシーバー機能を使用していた者達の携帯電話から聞こえ、博孝は即座に近くの生徒から音がした携帯電話をもぎ取る。
「こちら第七十一期訓練生の河原崎だ。落ち着いて状況を説明しろ」
相手を冷静にさせようと、博孝は落ち着いた声色で問いかけた。通信をしてきた相手は博孝を知っていたのか、声に力が宿る。
『か、河原崎先輩ですか!? お願いします、助けてください! 今バスの中にいるんです! 市街地から戻っている途中なんです!』
その声に聞き覚えがあったのか、数人の生徒が顔を見合わせた。電話口の相手は第七十三期の生徒であり、市街地と訓練校を往復するバスの中から無差別にトランシーバー機能で助けを求めているらしい。
「すぐに向かう。それまでに何としても持ちこたえてろ!」
博孝達の反応が最も早かったのは近くに応答できる者がおらず、いても『ES寄生体』の撃退に手を取られているのだろう。それに加えて、仮に助けに行けたとしても、今度は助けた者達を安全な場所まで避難させる必要がある。
既に『ES寄生体』が接近しているらしく、時間的な余裕は微塵もない。そのため、里香は即座に決断を下す。様子を窺っている他の生徒達に向き直り、宣言をする。
「訓練生の指揮をわたしが執るよう、長谷川中将閣下から“命令”を受けました。皆さんはわたしの“指示”をよく聞いておいてください」
長谷川中将閣下と聞き、生徒達はざわざわと声を漏らす。直接の面識はなくとも、その名前は非常に有名なのだ。
「博孝君は沙織ちゃん達を率いて“空から”救助を。野口さん達は第七十五期の救助に向かってください。一個小隊をつけます」
「了解」
「仕方ねえなあ……給料分は働くとしますかね」
博孝は真剣に、野口はどこか面倒そうに頷く。里香はクラスメート達に視線を向けると、戦力をどう割り振るかを口にする。
「二個小隊を割いて、残りの第七十六期訓練生の捜索をします。残りの四個小隊はこの場に残って、防衛体制を整えます。野口さん達には第六小隊、捜索には第二、第四小隊が向かってください。残りはこの場で下級生達の防御を行います」
『了解!』
例え実戦だろうと第七十一期に里香の選択を疑う者はおらず、元気よく返事を行う。この場に残るよう言われた者は下級生達を守るために円陣を組み、周囲を警戒するよう鋭い視線を向ける。
野口達に追従する第六小隊は中村が率いる小隊であり、第一小隊の次に腕が立つ。第二、第四小隊は希美や『支援型』の生徒が所属しており、『探知』を使えるため捜索に向いていた。
「戦力的に厳しいかな……市原君」
「はい! なんでしょうか岡島先輩。何なりとお申し付けください!」
「第七十二期で“使える”人を選別して。可能なら戦闘を行えるレベルで」
「了解です!」
主力となる博孝達が抜けることを危惧した里香は、市原に実戦に堪え得る者を選別するよう指示を出す。『ES寄生体』と交戦する場合は残った第七十一期訓練生で対応するつもりだが、備えておくに越したことはない。
市原達よりも劣るだろうが、少しでも使える戦力が手元にあれば助かる。この場に残る四個小隊と市原達、それと“比較的マシ”に戦える生徒を揃えて防御に当たらせれば、『ES寄生体』と交戦しても撃退が可能だろう。
矢継ぎ早に指示を出す里香の様子に目を細めた博孝は、自分達の“仕事”に取り掛かることにする。
「さて……それじゃあ行くか。任務は要救助者の確保だ。気を引き締めていくぞ!」
「おう!」
「ええ」
「んっ」
恭介と沙織、みらいの返事を聞き、博孝は『飛行』を発現した。里香が外れてみらいが加わる形になるが、みらいを加えた空戦小隊としての訓練も積んでいるため問題はない。
「第一小隊、出撃!」
そんな掛け声を残し、博孝達第一小隊は空へと舞い上がるのだった。




