第百四十八話:平穏の終わり
真夏も過ぎ、秋の気配が近づき始めた十月の上旬。
その日、砂原は日本ES戦闘部隊監督部へと足を運び、源次郎と面会していた。
二週間ほど前に第七十期訓練生が卒業し、訓練校では新入生の受け入れが完了した時期でもある。
第七十期訓練生が利用していた施設へ入れ替わりで新入生が入り、初々しい顔つきの訓練生を迎え入れたのはほんの一週間前のことだ。
第七十六期訓練生として入校した新入生達が使用する施設は第七十期訓練生が三年間使用していたため、掃除や修繕をしてから引き渡されている。
第七十期訓練生達が退寮する際に自分で掃除をしているが、それでも新入生が使うということで専門の業者が入り、校舎や体育館、グラウンドや寮などの設備が綺麗に“メンテナンス”された。
もっとも、砂原が日本ES戦闘部隊監督部へと赴いたのは別件からだ。目前に教え子達の任務が迫っているからである。第七十期訓練生達が卒業するということで、任務の開催が十月にずれ込んでいた。
「これでお前の教え子達が最上級生か……いやはや、時が経つのは早いものだな。俺も老けるわけだ。そろそろ後進の者に席を譲る時期かね?」
「御冗談を。老けたからなどと言って隊長殿に隠居でもされれば、あちらこちらで困る者が出ましょう」
「ふむ……今の席を譲って、『零戦』に戻っても良いのだがなぁ」
「それでは隠居になりませんな」
差し向かいでソファーに腰かけ、コーヒーを片手に源次郎と砂原は談笑する。
訓練校では卒業と入学という大きなイベントが終わり、ここ最近は大きな事件が起きていないため、源次郎が管理している正規部隊についても落ち着きを取り戻していた。
年末から年始にかけてはオーバーワーク気味だったというのに、現場の部隊では余裕を持って休暇を取れるほどである。『ES寄生体』の発生数も下がり続け、先月の発生数は過去最低と呼べるほどに少なかった。
無論のことではあるが、それで現場の空気を弛緩させるほど源次郎は甘くない。ローテーションで休暇を取らせつつも、有事の際には即応できるだけの態勢を整えていた。
砂原と源次郎はしばらくの間雑談していたが、頃合いを見計らって砂原が本題へと移る。
「それで、次回の任務についてですが……訓練生の護衛について融通は利きますか?」
「次回は重要建造物の歩哨任務だったな……」
真剣な顔で話を切り出した砂原に対し、源次郎はコーヒーを飲みながら思考を巡らせる。
第七十一期訓練生が次回行う任務は、特定の重要な建造物――ES保管施設や郊外にある発電所、武器庫や工廠など、防衛の戦力を必要とする場所の歩哨任務だ。
さすがにES保管施設のように機密が溢れ、重要性も高い施設を訓練生に防衛させるわけにもいかない。そのため、訓練校から比較的近い場所にある発電所で任務に当たらせようと予定されていた。
ES保管施設などに比べると重要度は下がるが、それでも一般市民の生活に直結する施設である。『ES寄生体』などが侵入して暴れると、長期間に渡って影響が出るだろう。
元々そういった重要施設には防衛の戦力が割り当てられており、訓練生は任務として“お邪魔”するだけだ。現地に防衛の兵員がいるため、訓練生に随行させる護衛の人員が必要かどうかは議論が分かれるところだろう。
しかし、砂原は事前に書簡で護衛の手配を願い出ていた。訓練校の外に出た前々回の任務では『ES寄生進化体』と遭遇しただけで、他には何も起きていない。本来は『ES寄生進化体』と遭遇しただけで一大事なのだが、砂原からすれば“問題”は起きていないのだ。
半年前の任務が大丈夫だったからといって、今回も大丈夫とは限らない。幸いというべきか、ここ最近の『ES寄生体』の発生数の減少によって正規部隊の手も空いている。それならば質の良い護衛を手配できるだろう。
そう思ったからこそ、砂原は直接日本ES戦闘部隊監督部へと赴いて源次郎へ陳情していた。そんな砂原の行動と言動に対し、源次郎は口の端を吊り上げて笑う。
「今の時期に護衛人員の“募集”をすれば、多くの陸戦部隊がこぞって手を挙げるぞ? 直接顔を合わせて話を通し、卒業後に自分の部隊へと引き込みたいだろうしな」
第七十期訓練生が卒業したことで、現場の部隊に四十名近い卒業生が配属された。今頃は配属された部隊で先輩や上官に扱かれているだろうが、新規の戦力が加わらなかった部隊としては、次回卒業する第七十一期訓練生に唾をつけておきたいだろう。
卒業生の進路に関して最終的な決定を下すのは、基本的に日本ES戦闘部隊監督部である。だが、各部隊からの希望を無視するわけにもいかない。
時折馬鹿な陳情を行う者もいるが、現場で命を賭けて任務に励んでいる者達からの陳情だ。日本の『ES能力者』を取りまとめる源次郎からすれば、各部隊の戦力と陳情の内容、そして訓練生側の進路希望の全てに配慮して進路を決定する必要がある。
日本ES戦闘部隊監督部としては半年ごとに訪れる一大イベントだが、今回は過去にないほど大量の陳情が届いていた。三ヶ月ほど前に行われた演習任務の結果が、各部隊からの陳情に拍車をかけている。
それらの情報は砂原の耳にも届いており、部隊によっては訓練校宛に推薦状を出してくる場合もあった。特に、護衛艦『いなづま』の艦長である鈴木中佐などからは、再三に渡って推薦状が届いている。
「それで優秀な護衛が得られると思えば、安い出費ですな。それに、どの部隊に配属されるかは教え子達の希望が強く反映されるはずです。気に入らなければ希望しないでしょう」
過去に進路調査を行っているが、卒業後の進路に関しては訓練生本人の希望と適性によって決められる部分が大きい。
どんな任務に就きたいか、どんな部隊で働きたいか。そして、訓練生がその部隊で働けるだけの技量があるか。
前者の条件が叶えば訓練生のモチベーションの向上につながり、後者の条件が叶えば配属される部隊としても助かる。自分の適性に合わない部隊に配属され、なおかつ任務内容も興味を惹かれないものならばやる気が出ないだろう。
『ES能力者』は精神状態によって大きく左右されるため、任務に関しては可能な限り前向きに取り組んだ方が良い。護衛に便乗して訓練生の勧誘を行うとしても、訓練生達が希望するとは限らない。
訓練生向けの任務ということで主役は訓練生だが、護衛の人員が“アピール”する機会もある。その機会を得るために、現場の部隊も嬉々として承諾する可能性が高かった。
「有事に備えて、空戦部隊からも人員が欲しいですな。できれば町田ぐらい“使える”奴が欲しいです」
「お前は相変わらず過保護だな」
真顔で注文をする砂原に対し、源次郎は苦笑しながら各部隊の行動予定表を取り出す。比較的手が空いていて、なおかつ練度が高い部隊が良いだろう。そう判断して行動予定表に目を走らせ――。
「む……少し待て」
机に置かれた電話が内線の着信音を鳴らし、源次郎は作業を中断した。砂原に対して部隊の行動予定表を放り、希望する部隊を探しておけと目で合図する。それと同時に受話器を取り、耳を澄ませる。
「長谷川だ……ああ……なに?」
源次郎が放り投げた行動予定表を受け止めた砂原だが、源次郎の声色に変化があったためそちらへと視線を向ける。源次郎の表情は真剣であり、僅かに眉が寄っていた。
「近隣の陸戦部隊を急行させろ。状況によっては近くの空戦部隊も出せ」
そんな命令を下して、源次郎は電話を切った。表情は苦いものへと変わっており、ソファーへと音を立てて座る。
「部隊の緊急出動要請ですか?」
「ああ……四国で中規模の『ES寄生体』が発生したらしい。数は二十程度だが、市街地の近くに出現したらしくてな」
そう言って源次郎はため息を吐く。日本ES戦闘部隊監督部は、日本各地に配属された『ES能力者』に対して指揮を執っている。部隊の指揮は部隊長が執っているが、行う任務や緊急事態の対応については源次郎やその部下が指示を出していた。
源次郎が受け取った電話は、言葉にした通り二十匹程度の『ES寄生体』が発生したという急報である。『ES寄生体』が発生するだけならば現場の部隊が各自の裁量権で対応するが、さすがに“同時に”十を超える『ES寄生体』が発生したというのならば放ってはおけない。
日本ES戦闘部隊監督部には全国に散った部隊向けの指揮所が形成されており、四国の現地部隊からの報告がそのまま源次郎にも伝わってきたのだ。
今回は市街地に近い場所で発生したため、民間人への被害を考慮して急報してきたらしい。正面からぶつかれば一部隊で対処できるだろうが、『ES寄生体』が固まって行動する保証もなかった。
二十匹近い『ES寄生体』が“散開”して市街地へと到着すれば、捕捉してから撃滅するまでに時間がかかってしまう。その間に民間人に被害が出る危険性もあるため、源次郎はその市街地の守備隊以外で手の空いている部隊を急行させたのだ。
「『ES寄生体』の発生数が減っていたからな……多少“揺り返し”はあるだろう。近くには空戦部隊もいる――」
源次郎がそこまで言った時、再び内線電話の着信音が鳴り響く。源次郎は眉間の皺を濃くしながらも立ち上がり、受話器を取った。
「長谷川だ。四国の件なら……なに、違う? 今度は北海道だと?」
声色に疑問を混ぜつつも、源次郎は受話器越しに指示を出す。基本的に四国と同じように、『ES寄生体』が発生した地域の近隣に存在する戦力を運用して対応するのだ。
源次郎の部下達もその指示さえあれば、適切に現場部隊へ指示を出せる。そのため部下に対して指示を出し終えた源次郎は受話器を置き――数秒もせず着信音が鳴り響く。
「……長谷川だ……今度は九州だと? 規模は?」
ここまでくると、源次郎の表情は戦闘時のように鋭いものへと変わっている。電話ではなく直接指揮所で指示を出そうと判断し、砂原へと視線を向けた。
さすがにこの状況では陳情もできない。正規部隊に護衛を務めさせるだけの余裕もなくなる可能性がある。砂原はそう思考し、退室しようとした。
しかし、そんな砂原の足を止めるように腰ホルダーに差していた携帯電話が振動する。砂原はすぐさま携帯電話を取り出して確認するが、画面には訓練校近くの街から『ES寄生体』警報が発令された旨が記載されていた。
訓練校に勤務しているため、砂原の携帯電話には訓練校の周辺で発令される警報については自動で転送されるようになっている。その内容に目を通し、砂原は源次郎の方へと向き直った。
「お前の方でもか?」
受話器を置き、指揮所に向かおうとした源次郎が問いかける。それを聞いた砂原は、携帯電話の画面を見せながら頷いた。
「どうやら訓練校近くの街に『ES寄生体』が接近しているようです。防衛体制が整っているので、問題はないと思いますが……」
そう言いつつも、砂原の表情には憂慮の色が浮かんでいる。
そんな砂原の元へと驚愕すべき一報が入るのは、それから十分後のことだった。
その日、休日ということで朝から自主訓練に励んでいた博孝は、休憩がてらグラウンドに座り込んで空を見上げていた。
第七十期訓練生が卒業し、新入生が入校してきたのはつい最近のことである。それでも博孝の生活に変化はなく、平日は座学に実技訓練、そして時間が空けば自主訓練の毎日だ。
『構成力』の制御も少しずつ上達しており、『活性化』を使えば『収束』に近い精度で『構成力』を集中させることができる。まだまだ完成とは言えないが、組手の最中に発現できる程度には習熟を進めていた。
「あー……秋が近いなぁ。雲が高い……秋刀魚食いてー……」
そんなことを呟きつつ、スポーツドリンクで喉を潤す。非常にだらけているように見えるが、休憩ということで気を抜いているだけだ。そんな博孝の周囲では、同じようにグラウンドに腰を下ろして休憩している仲間達の姿がある。
「秋刀魚っすか、いいっすねー……」
「シンプルに塩焼きでいいよね」
恭介や里香が笑いながら答えると、博孝も頷いた。すると、沙織が口を開く。
「食欲の秋ね……わたしは訓練の秋でいいわ」
「……そんなの、あるの?」
『無銘』の刃へ視線を落としていた沙織が言うと、みらいは不思議そうに首を傾げた。みらいとしては、食欲の秋以外ないだろう。
「物騒な秋だなぁ……」
いつも通りのことだと軽く聞き流し、博孝はペットボトルのふたを閉める。そんな博孝の様子を見た恭介は、不思議そうに首を傾げた。
「なんか、今日は元気ないっすね? 変な物でも食ったんすか?」
「恭介……今言ったことを榊原のおねーさんの前でもう一度言ってみろ。フライパンで殴り飛ばされるぞ」
博孝が変な物を食べるとすれば、食堂か売店で飲み食いをした時だけである。間食はあまりしないため、変な物を食べるなら食堂の方が可能性が高いだろう。しかし、それは食堂を取り仕切る榊原に対する挑戦とも言える。
『ES能力者』は毒物もほとんど効果がないため、極端な話では腐ったものを食べても悪影響がない。だが、第七十一期の食堂を取り仕切る榊原は衛生面に注意し、料理の味にも自信を持っている。
もしも『変な物』扱いすれば、榊原は躊躇なく怒るだろう。博孝達は『ES能力者』だが、榊原からすればその辺の子供と変わりがないらしい。扱いも態度も、年相応の子供に対するものと同じだ。
「げっ……それは勘弁っすよ。食事抜きになりそうっす」
恭介は降参するように両手を上げ、周囲にいた他の生徒も笑い声を上げた。博孝も笑い声を上げていたが、笑いを引っ込めると空を見上げて呟く。
「いや、なに……先輩達も卒業したし、俺達が最上級生になったなぁ……なんて思ってな」
「あと半年で卒業だもんね……」
博孝と似たような感傷を抱いていたのか、里香が納得したように頷く。
訓練校に入校して二年と半年が過ぎたが、入校したのがつい最近のことのように思えた。色々な出来事があり、密度の濃い時間を過ごしてきたのだが、振り返ってみるとあっという間に時間が過ぎたと思えたのだ。
「そういえば、入校したばっかりの頃の沙織っちは滅茶苦茶ツンツンしてたっすよね」
「そうそう。こーんな感じで目を吊り上げて、『アンタ達、真面目に訓練しなさいよ』みたいなことを言ってたよな!」
博孝が指で両目の端を引っ張ってみると、その顔を見た里香が小さく噴き出す。沙織は思うところがあるのか、顔を赤くして視線を逸らした。
「……昔のことを言うのは勘弁してちょうだい……」
恥ずかしいのか、悔いているのか、沙織は『無銘』を鞘に納めながらそんなことを言う。そんな沙織の反応を見た博孝と恭介は顔を見合わせると、示し合せたように口を開いた。
「えー? 他にも『零戦』に入るんだって言ってたじゃんか」
「推薦状をもらおうとして教官と戦って、返り討ちにも遭ったっすよね」
恭介は真っ先に気絶したのだが、それを棚に上げて言う。それを聞いた沙織はますます顔を赤くしていくが、『無銘』の柄に手を這わせているのを見て博孝と恭介は口を閉ざした。
「ま、まあ、色々あったということで……」
「そ、そうっすね……」
これ以上からかうと、沙織は恥ずかしさから斬りかかってきそうだ。それはそれで訓練になりそうだが、沙織は『飛刃』をきちんと扱えるようになっているため、まともに戦いたくはない。
博孝と恭介が尻尾を巻いて退散し、沙織はそれに構わず『無銘』に手をかけたままで立ち上がり――不意に、遠くから警報音が聞こえた。
「……警報音、か?」
「けっこう遠いっすね」
『ES能力者』は聴覚も優れており、数キロ以上離れた場所で鳴り響く警報音も問題なく拾える。これが組手や模擬戦の最中ならば気付かなかったかもしれないが、今は休憩中だった。
博孝は首を傾げつつ腰のホルダーから携帯電話を取り出し、警報が出ているかをチェックする。その隣では里香も同じように情報を確認しており、画面を遷移させながら何度も頷いていた。
「近くの街で『ES寄生体』の警報が出てるみたい……発生の規模が少し大きい……かな?」
「詳しい情報は届いてないなぁ……」
訓練校の近くにある市街地に関しては、他の市街地よりも防衛体制が充実している。指定都市ほどではないが、『ES能力者』や対ES戦闘部隊も駐在していた。『ES寄生体』の十匹や二十匹程度ならば、余裕をもって撃退できるほどである。
「まあ、距離があるし、続報を待ってればいいんじゃないっすか?」
「そうだな……俺達にできることはないし、自主訓練を続けるか」
あまりにも『ES寄生体』の発生規模が大きい場合は、訓練校の防衛部隊が応援として呼ばれる可能性もある。しかし、さすがに訓練生が招集されるはずもなかった。
そのため博孝達は自主訓練を再開し――十分ほど経ってから博孝が空に目を向ける。
遠くから聞こえる警報音は未だ鳴りやまず、携帯電話に届く続報もない。それでも、博孝は空気に奇妙な緊張感が混ざっているのを感じ取った。
「……妙な気配だ。空気が重いぞ」
「ええ……第二指定都市の時と一緒ね」
沙織も同意し、恭介とみらいも頷く。僅かに遅れたものの、里香も空気の質が変わっていることを感じ取った。第二指定都市で『ES寄生体』の大規模襲撃を受けた時は感じなかったが、今は空気が変質しているように感じる。
突然の大雨が訪れる前のように空気が重くなり、ピリピリとした威圧感のようなものが感じ取れた。博孝達のように即座に気付けたわけではないが、それでも感覚として伝わってくる。
――何か、良からぬことが起きようとしている。
心中でそう呟き、里香は博孝へ視線を向けた。博孝達にとって“都合が悪い”ことに、砂原は不在である。次回の任務に関して話をしてくると生徒達に言い残し、首都へと赴いていた。
「……勘違いってことは?」
微塵もそう思っていない様子で恭介が尋ねると、博孝は首を横に振る。
「それならいいんだが、な……どうにも嫌な予感がする」
そう言って恭介の言葉を否定すると、博孝は周囲へと視線を向けた。博孝達と同じようにクラスメートが自主訓練を行っていたが、遠くから聞こえる警報音と変質した空気に反応して動きを止めている。
「何もないのなら、それに越したことはないけど――」
諦観に近い響きで博孝が呟き、続く言葉を掻き消すように警報音が鳴り響く。その警報音の出所は近く――訓練校全体で鳴り響いていた。
「……嫌な予感っていうのは、外れないんだよな」
深々と、ため息と一緒に言葉を吐き出す博孝。訓練校近くの市街地から発令された警報に、訓練校からの警報。通常ならば、訓練校近くに『ES寄生体』が現れても防衛部隊が即座に殲滅する。
それこそ、“普通”なら警報を鳴らす必要すらない。訓練生が気兼ねなく訓練できるよう、素早く、的確に敵を排除するのだ。
それだというのに、訓練校のあちらこちらに設置されたスピーカーから大音量で警報音が鳴っている。それが示すのは、防衛部隊が警報を鳴らす必要があると、訓練生に警戒態勢を取らせなければ危険だという事実だ。
『『ES寄生体』警報。『ES寄生体』警報。訓練校敷地内にいる訓練生は各自警戒態勢を取れ。繰り返す、警戒態勢を取れ』
そして、現状の危険さを肯定するようにアナウンスが流れる。アナウンスを流しているのは防衛部隊か、それとも教員用の施設に詰めている教職員か。その声には緊迫感が滲んでおり、間違っても嘘や冗談の類には聞こえなかった。
警報と一口に言っても、その内容は段階を踏んで引き上げられるのが常である。本来ならば、『ES寄生体』に関して最初に発令されるものは注意報だ。
市街地などの人が多い地域から離れた場所で『ES寄生体』を発見し、『ES能力者』や対ES戦闘部隊が交戦している場合は近隣の市街地に対して情報が伝えられる。
この時点では何も行動を取らないが、交戦中の『ES寄生体』等が市街地方面へ移動し始めた場合は注意報を流す。距離があるため危険は少ないが、“万が一”を考慮して注意報を流すのだ。
警報は『ES寄生体』が警戒網をすり抜けて市街地に接近し、市街地に近い場所で迎撃した際に発令される。この場合は外出を控え、警報が解除されるのを待つのが基本だ。
そして、警報は警報でも、民間人の避難を必要とするほどに切迫した場合もある。『警報が発令された』という情報だけならばまだ余裕があるが、警報と共に何かしらの指示が出た場合はその内容に従う義務があった。
今回訓練校で発令された警報は、最も危険度が高いものである。ただの警報ならば自室待機などが命じられるが、今回は警戒態勢だ。
それはつまり――警戒し、なおかつ交戦する可能性を示している。
『各期の教官は生徒を集合させ、統率せよ。繰り返す、各期の教官は生徒を集合させ、統率せよ。交戦の可能性が非常に大きい……っ!』
追加のアナウンスが流れるが、最後に息を呑むような声を最後に沈黙した。その間に博孝は周囲にいたクラスメート達を集合させ、アナウンスを待つ。里香には砂原へ連絡を取るよう指示を出し、博孝自身は『活性化』と共に『探知』を発現した。
――そして息を呑む。
『活性化』と併用したことで、『探知』の範囲はかなり広がっている。さすがに訓練校全体を確認できるほどではないが、今いる位置から訓練校の外――最外縁部のさらにその周辺までは探知ができた。
博孝が感じ取ったのは、既に交戦中と思わしき『構成力』の数々だ。それらの『構成力』は防衛部隊のものだろう。防衛部隊を超える数の『構成力』と対峙しており、一進一退の攻防を繰り広げているようだ。
『探知』で感じ取れたのは、訓練校の中でも一部分、三割程度である。その範囲だけでも、即座には数えられないほどの『構成力』が集まっていた。
『……指示を変更する。各期の教官は“即時”敷地内にいる生徒を統率し、中央校舎まで移動させよ。その後、訓練校の防衛に当たれ。繰り返す。生徒を中央校舎まで移動させ、その後は訓練校の防衛に当たれ。敵を敷地内に侵入させるな』
博孝が索敵していると、再度アナウンスの声が響く。その声色には先ほどまでにはなかった、悲痛の色が混ざっていた。その“変化”を不思議に思う生徒達だったが、博孝や沙織は何かに気付いたように空へと視線を向ける。
「ちっ……鳥型の『ES寄生体』か」
「数が多いわね……」
遠くから訓練校へ向かって飛来する生き物の姿を発見し、博孝は舌打ちをした。距離があるにも関わらず視覚で捉えられるということは、それほどまでに体が大きいということだ。
間違っても普通の鳥ということはないだろう。アナウンスをしている者も、鳥型『ES寄生体』に気付いたからこそ指示を変更したのだ。
敵の数などを生徒に教えないのは、生徒達の混乱を防ぐためか。ここでパニックでも起こされれば、生徒達の避難は余計困難になってしまう。
『探知』で感じ取れた範囲に存在する『構成力』の数に、空から迫る鳥型『ES寄生体』。訓練校の周辺全体で同じ規模の『ES寄生体』が迫っているのならば、その数はどこまで膨れ上がるか。
百か、二百か、それ以上か。そこまで数が増えてしまうと、防衛部隊も手が回らない。訓練校へ『ES寄生体』が侵入するのも時間の問題になる。そうなると、訓練生も敵と戦うことになるだろう。
博孝は再度舌打ちをすると、憎々しげに空を見上げる。
先程までは秋らしい空模様だったというのに、今では訓練校の未来を示すように少しずつ雲が増えていた。
――こうして、後に『大規模発生』と呼ばれる事件は訓練校を舞台として幕を開けるのだった。




