第百四十七話:平穏
演習任務から一ヶ月が過ぎ、季節は真夏へと変わっていた。照りつける太陽も地面を焦がすほどの熱を発しており、広大な敷地面積を持つ訓練校では陽炎も見られる。グラウンドの表面が熱で歪んで見え――そんな気候でも博孝達訓練生が訓練に励むという“日常”は変わらない。
『ES能力者』は気温の変化にも強いため、殺人的な直射日光が照らすグラウンドで平然と午後の実技訓練が行われていた。雨が降れば体育館を利用するのだが、ここ最近は雲一つない快晴が続いている。
「なんだこの『射撃』は! 豆鉄砲の方が余程威力があるぞ! もっと『構成力』を練り込んで撃て!」
「りょ、了解っす!」
そんな夏も盛りといった気候の中、第七十一期訓練生が使用するグラウンドに砂原の怒声が響き渡った。その怒声が向いた先にいたのは恭介であり、普通の人間ならば暑さで汗を流す気温だというのに冷や汗を浮かべている。
午後の実技訓練において、砂原が一対一で“指導”を行っているからだ。その周囲では他の生徒達が二人一組で組手を行っているが、砂原の熱の入った指導がいつ回ってくるかと神経を尖らせている。
通常の実技訓練では毎回行う訓練と、次回の任務や将来を見越して行う訓練の二パターンが存在した。
前者は基礎体力の向上や体術のみで行う訓練生同士での組手、ES能力の使用をしての組手に、小隊同士での連携訓練や模擬戦が該当する。
後者は水上戦闘や護衛任務の訓練、中隊規模での連携訓練や模擬戦が該当する。
言うなれば、前者は基礎メニューで後者は特別メニューだ。さらに、特別メニューの中には砂原との模擬戦なども含まれ、恭介が砂原と組手をしているのもその一環だった。
普段の砂原ならば、生徒同士の組手の最中などにアドバイスを送ることがほとんどである。生徒が三十三人もいると、一人ひとりを指導していては日が暮れてしまう。
だが、最近の砂原は積極的に生徒一人ひとりを指導している。生徒達が自分達の考えで訓練をできるようになっているのも理由の一つだが、“本命”の理由は先日の演習任務の結果が原因だった。
相手は第一陸戦部隊と『零戦』だったが、結果としては善戦したと言えるだろう。
陸戦と空戦、二種類の部隊における最古参にして最強の部隊。陸戦部隊と空戦部隊で最も腕が立つ者達を相手に、訓練生とは思えない戦い振りを示した。
そのこと自体は、砂原としても納得している。教え子達の技量から判断して演習相手を選択したのだが、負けたにしても大きな経験となっただろう。
――だが、敗北は敗北だ。
『ES能力者』として長い時を生き抜いた者達が集まり、部隊としての練度も極限まで高めていた第一陸戦部隊。
そして、純粋に強かった『零戦』の宇喜多。
訓練生がそのどちらにも勝てるかと聞かれれば、さすがの砂原とて首を横に振る。二年以上の時間をかけて鍛え、教え子達も自ら努力を重ねてはいるが、“それだけ”で引っくり返せるほどに世の中は甘くない。
第七十一期で最も可能性がある者達――博孝と沙織に分隊を組ませ、第一陸戦部隊で最も練度が劣る分隊と戦わせてようやく勝ち目が見えるかどうか、と砂原は見ていた。
これまでの教育により、並の陸戦が相手ならば遅れを取らずに戦える程度には鍛えている。相手が空戦だとすれば多少厳しいが、それでも逆転の一手を打てるだけの底力はあるだろう。
そう考えた砂原だが、それでは“足りない”と思う。宇喜多などの強者と戦った場合、手も足も出せずに敗北してしまった。それでは“いけない”とも思う。
実戦で相手が自分よりも弱いと確信できることなど稀であり、互いに相手を殺傷できるだけの攻撃力を持っているのならば、それは“戦い”になる。だが、演習任務では宇喜多に一方的に敗北した。“戦い”にはならなかった。
第一陸戦部隊と戦っても完封負けだったが、まだ“戦い”と呼べただろう。敗北したが、渡辺が率いる部隊との演習は博孝達や見学者達に様々なものを学ばせた。
年々『ES能力者』の数は増えつつあるが、それでも『ES能力者』の世界は狭い。一度殺し合った相手と再び戦うということも、なくもない。それが正規部隊員となればなおさらであり、第七十一期訓練生達もいつかは通る道だ。
もっとも、既にその道を“通った”者がいるというのは砂原としても頭が痛いことである。先達の『ES能力者』として頼もしいと思うべきか、教官として心配だと思うべきか困るほどだ。
砂原としては、訓練校の方針を守りつつも教え子達に可能な限り力をつけさせている。既に訓練校が課した条件――卒業までに汎用技能全てを実戦レベルで習得する、というラインは超えていた。
そこから先の教育については、博孝を筆頭として『瞬速』や『飛行』の習得を優先している。習得できない者もいるだろうが、『瞬速』や『飛行』が使える相手と戦った時に動揺しないで済むだろう。
移動系のES能力は比較的難易度が高いが、『構成力』の制御を学ぶのにも向いている。それによって教え子達も技量を伸ばしている――が、演習任務で色々と“欠点”が浮き彫りになっていた。
第七十一期訓練生には今のところ『飛行』を発現できる者が四名いる。『瞬速』については里香以外でも数名形になりつつあり、砂原としても納得できる水準だ。しかし、それ以外の面では伸び悩んでいる者もいる。
『飛行』は三級特殊技能、『瞬速』は四級特殊技能に分類される。同級の特殊技能の中でも難易度が高いのだが、それらを会得しているにも関わらず、他のES能力の習得が遅れているのだ。
『ES能力者』には向き不向きがあり、人によっては習得できないES能力が存在する。『攻撃型』の者が『修復』や『復元』を会得するのは非常に困難であり、逆に『支援型』の者が『飛刃』や『爆撃』を会得するのは非常に困難だ。
中には宇喜多のように、『支援型』でありながら並の『攻撃型』や『防御型』を凌ぐ者もいる。しかし、それはあくまでイレギュラーな存在だ。
そして、演習任務で明白になった第七十一期訓練生の欠点は、成長の“バランスの悪さ”だった。
第一陸戦部隊の隊員達は、自分の適性に囚われず全員が一定以上の技量を持っている。『支援型』が『武器化』を発現して接近戦をこなし、時には『狙撃』を撃ち、『防壁』や『防護』で味方を守るなど、自分の適性以外の技能も満遍なく習得していた。
言うなれば、全員が後天的に『万能型』の戦い方を習得するようなものだ。それでいて一つ、二つ、自分の得意なES能力を身につけている。
それだけの努力と研鑽を重ねてきた第一陸戦部隊と第七十一期訓練生を比較するのは、酷と言えた。第一陸戦部隊は『ES能力者』になってからの年数、経験、努力、それらの全てで上回っているのだ。
むしろ、よくぞここまで育てたと砂原は称賛されるだろう。砂原の教え子達は正規部隊に配属されても、周囲の足を引っ張ることなく活躍できるに違いない。
周囲からはそう称賛され――“そんなもの”はどうでもいいと砂原は思う。
砂原が願うのは教え子の成長と無事、それだけだ。危険な任務に携わろうとも、笑って生還できるだけの強さを身につけてくれればそれで良い。
そう思うからこそ、砂原は第一陸戦部隊を教え子達にぶつけた。宇喜多という“理不尽”な存在とも戦わせた。
演習任務から一ヶ月近く経ったが、第七十一期訓練生達は演習任務で自分達に足りない部分に気付き、自ら率先して弱点の克服に努めている。少しでも強くなろうと足掻いている。
それ故に、砂原は午後の実技訓練で一対一の模擬戦を取り入れた。元々訓練のペースに余裕があれば行っていたが、最近は本格的に取り組んでいる。
砂原が現在指導している恭介も、その一環だ。演習任務で自分の攻撃手段が乏しいことに気付き、『射撃』の習熟を進めていたため徹底的に扱いている。
恭介を一人の『ES能力者』として見た時、砂原の評価は決して低くない。訓練生でありながら『飛行』を発現し、『防御型』としても『防壁』を覚え、もう少しで『防護』も形になりそうだ。宇喜多に殴られても一発で落ちない程度に防御力があるのも評価につながる。
今の状態で部隊に放り込んだとしても、『防御型』の『ES能力者』として活躍するだろう。それぐらいには評価していた。
――防御“だけ”は優秀だと、砂原は評価していた。
「戯けが! その程度の威力では牽制にもならん! 簡単に敵に近づかれるぞ!」
そう叫びつつ、砂原は恭介が放った『射撃』を掴んで握り潰す。恭介はそんな砂原の言葉にもめげず、再度光弾を撃ち放つ。しかし、その全てが容易く叩き潰された。
恭介は『防御型』の『ES能力者』として、訓練生の中では破格の力を持つ。だが、別の側面から見ればどうなるか。
体術は得意だが、他の攻撃手段は『射撃』のみ。支援系のES能力は『接合』が使えるだけだ。『飛行』が使える『ES能力者』としては、取れる戦術の幅が狭すぎる。
小隊として行動するのならば盾役として活躍するだろうが、単独で行動した場合は戦闘能力が一気に落ちてしまう。演習任務でもやったように、防御を固めて亀のように首を縮めるのが関の山だ。
長所である防御系ES能力や体術の成長は著しいが、それ以外がお粗末である。目標は第一陸戦部隊のように、何でも器用にこなしつつ自分だけの“強み”を持つことだ。
もっとも、当然の話だが向き不向きもある。砂原とて、魚に陸上を走れなどと不可能なことは言わない。そんなことができるとすれば、特殊な『ES寄生体』か宇喜多のように例外的な才能を持つ者ぐらいだろう。
恭介はまだまだ伸びる余地があり、成長も著しい。防御系ES能力が突出しているが、攻撃系ES能力も覚えられるはずだ。
「もっと『構成力』を込めろ! 相手に狙いを悟らせるな! “撃ち方”にも気を配れ!」
「う、うっす! 了解っす!」
光弾を放つ恭介と、飛来する光弾を“捕球”して握り潰しながら前進する砂原。距離が近づくと、恭介は『射撃』を中断して砂原へと殴りかかった。拳には『構成力』を集めており、『防殻』だけで殴るよりも威力が高い。
「ぬるいわ! もっと『構成力』を一点に集めろ!」
だが、砂原からすれば普通の『防殻』程度にしか思えない。拳を掌で受け止め、そのまま握り込んで逃げられないようにすると、恭介の足を払って地面へと叩きつける。恭介は辛うじて受け身を取ると、即座に砂原の間合いから脱出しようとした。
無論、砂原がそれを見逃すはずもない。距離を取るべく両足に力を込めた恭介に対し、掌底を振り下ろして寸止めする。
「これでお前は死んだぞ! 実戦だったら小隊の戦力も落ちる! それを肝に銘じ、自分に足りない部分をもっと自覚しろ!」
「は、はい!」
「よし次! 河原崎兄だ!」
恭介を解放した砂原は、沙織と組手をしていた博孝へと声をかけた。すると、その声が聞こえた瞬間に博孝が振り向き――『砲撃』を発射する。
それを見た恭介は『瞬速』を発現して離脱。砂原は僅かに口元を緩ませ、迫り来る巨大な光弾を蹴り割って爆散させた。
大地すら割りそうな蹴りを放った砂原には傷一つないが、『砲撃』が炸裂した瞬間に博孝は『射撃』による弾幕を形成してから『瞬速』で砂原の背後へと回る。
砂原の背後を取った博孝は『構成力』を集中させた掌底を叩きこもうとするが、振り向きざまに砂原が放った掌底とぶつかり合い、そのまま後ろへと弾かれた。
「不意打ちと弾幕で視界を塞ぎ、そこから接近戦か。悪くない……が、移動中にも“工夫”をしろ! 『瞬速』を使おうがこの距離ならば容易く移動を感知できるぞ!」
そう言って接近しようとする砂原に対し、博孝は後ろへ下がりながら光弾を放つ。それと同時に右手に『構成力』を集中させると、集まった『構成力』によって右の掌が白く輝き始めた。
自分に制御可能なすべての『構成力』を一点に集め、博孝は地を蹴る。『収束』とは呼べないが、それでも現状で出し得る最高威力の一撃だ。
砂原の懐へと飛び込み、左足で踏み込みつつ掌底を繰り出す博孝。砂原はそんな博孝の動きを冷静に見据え、博孝と“同じように”掌底を繰り出す。
「うぉっ!?」
勢いをつけて踏み込んだというのに、押し負けたのは博孝の方だった。博孝が数秒かけて集中させた『構成力』を遥かに勝る量の『構成力』が、コンマ一秒で砂原の右手に集中して叩きつけられた結果である。
それは『収束』ではなく、単純に『構成力』を集中させただけだ。それでも博孝と砂原の間には『構成力』の扱いに関して大きな開きがあり、博孝は容易く押し負けてしまう。
「ふむ……『構成力』の扱いもだいぶマシになってきたか」
博孝を体ごと真後ろへと押し返した砂原は、ぶつかり合った右の掌へ視線を落とす。
恭介が防御に特化した『ES能力者』ならば、博孝はバランスが取れた『ES能力者』だ。『万能型』らしく攻撃も防御も支援もこなし、戦い方も遠近を問わない。
演習任務で色々と思うところがあったのか、最近では『構成力』の制御訓練に注力し、その技量を伸ばしている。元々得意だった射撃系ES能力の扱いについても、“使い方”が上達しつつあった。
『飛行』に見合ったES能力は身につけていないが、それでも十分に戦えるだろう。今しがたの『構成力』を集中させた一撃などは、当たれば大きな威力を発揮する。威力だけならば、三級特殊技能程度はあると砂原は思った。
砂原が目指す、短所をなくしつつ長所を伸ばすという教育方針に一番合致しているのは博孝だろう。『万能型』ということで全ての系統に向いており、博孝本人も意識して“手数”を増やすようにしている。
攻撃に特化し、三級特殊技能である『飛刃』を習得しつつある沙織と比べれば、博孝は癖がない育ち方をしていた。沙織のように一点に突き抜けるような育ち方をするのも一つの形だろうが、戦闘の汎用性に欠けてしまう。
博孝の場合は短所を潰してから長所を身に着け、沙織の場合は長所を伸ばしてから短所を潰す方向で鍛えていた。どちらの方が優れているとは言えないが、砂原としては今後の成長が楽しみで仕方がない。
それ故に、砂原は博孝が身につけるであろう“先の技術”を見せることにした。
「お前の長所は『構成力』の扱いに長けている点だな。『射撃』を“並列”で発現する器用さもある。その器用さは同期の中でも一番だろう」
「え……あ、はい……ありがとうございます」
ひとまず、砂原は博孝を褒めた。しかし、博孝としては砂原から賛辞が聞けるとは思っていなかったのか、動きを止めて呆然とした表情を浮かべている。
博孝としては恭介のように罵声を浴び、ボロ雑巾の方が余程綺麗なぐらい叩きのめされ、肉体と魂が鉋で削られる程度に“教育”されるのだと思っていた。それでも気を抜かなかったのは、これまでの教育の賜物だろう。
「その器用さに敬意を払い、お前に“一つ上”の技術を見せてやろう……死ぬなよ?」
「褒められたはずが、次の瞬間には殺されそうになるってどんな話なんですかね?」
続いて放たれた砂原の言葉に、博孝はむしろ安堵した。砂原はそんな博孝の態度に口の端を吊り上げると、見えやすいよう右手を博孝に向ける。
「お前が最近訓練している『構成力』の集中……それは俺も若い頃躍起になって習得した。その頃は『ES能力者』の数も少なく、他人に教えられる余裕を持つ者が少なくてな」
そんな話を博孝に対してしつつ――砂原の右手に一瞬で『構成力』が集中した。それは博孝が扱うように、単純に『構成力』を集めたものではない。
発現した『構成力』が霧散しないよう制御し、なおかつ手の表面で可能な限り『構成力』を“収束”させるその技能。それこそが、砂原が世界で最初に編み出したES能力だ。
「今でこそ全身で発現できるが、俺も最初は“そう”だった。最初は体の一部に発現するのが限界だった」
尋常ではない密度で『構成力』を一点に集中させる、二級特殊技能『収束』。『ES能力者』ならば可能な『構成力』の制御を突き詰め、挙句の果てに“当時”は独自技能だと世界に認めさせた技能だ。
気が遠くなるような反復訓練を繰り返し、ひたすらに『構成力』の制御を磨き、『ES能力者』にとっては基本である『防殻』を独自技能の一角へと発展させた技能である。
砂原は着想から十年近い時をかけ、百回発現しても百回成功させ、完成したと胸を張って言えるようになった。それこそが全身で発現する『収束』であり、現在博孝に見せているのはその前段階だ。
難易度としては三級特殊技能以上、二級特殊技能未満といったところだろう。元々は独自技能に数えられた『収束』を、一ヶ所だけとはいえ発現するのだ。当然ながら、難易度は高いものとなる。
「これが、一ヶ所だけで発現した『収束』だ」
こともなげに言い放つ砂原の右手には、博孝では制御不能なほどに『構成力』が集まっていた。もしも今の砂原に殴られれば、それだけで致命傷になりそうなほどの威圧感を放っている。
「さて……せっかくだ。一つ面白い芸当を見せてやろう」
博孝が額に冷や汗を浮かべながら対峙していると、砂原は獰猛な笑みを浮かべた。その笑顔を見た博孝は逃げたくなったが、今は実技訓練の真っ最中である。逃げられるものではない。
周囲で組手をしていた生徒達はさり気なく距離を取っていたが、それを責めるのは酷だろう。少なくとも、見る側だったならば博孝も距離を取る。
「俺は普段、全身を覆うように『収束』を発現している。そうすることで攻撃と防御の両方に使えるからだが……それを、さらに一ヶ所に集中させればどうなると思う?」
現在砂原が見せているのは、一ヶ所“だけ”に発現した『収束』だ。そこに、全身に発現する『収束』に回す全ての『構成力』を集中させるという。
「ぎ、技術的に可能なんですか?」
砂原が制御を誤って暴発させるとは思わないが、博孝はここ最近失敗続きで右手に裂傷を負うことが多い。そのため確認するように問うと、砂原は笑みを深めた。
「問題ない。既に実戦でも使用した。それに、お前も見たことがあるだろう?」
「……ああ、そういえば艦船の護衛任務で使っていましたか」
「まあ、あれは手加減したがな」
そんな話をしつつも、砂原の右手には『構成力』が集まり続ける。『構成力』が放つ白い光が密度を増し、まるで太陽を握り締めているかのように凄まじい圧力が博孝を襲った。
「……あれ、手加減してたんですね?」
「そうだ。そして、これが“本気”の『収束』だ」
軽く言い放つ砂原だが、その右手に集中している『構成力』の量はとてつもない。砂原の右手に、博孝の全『構成力』を超えるような密度の『構成力』が集中している。
――掠るだけで死ぬ。
博孝は直感でそう判断した。全力で防御を固めて、生き残ることができれば僥倖だろう。それほどまでに、砂原の『収束』によって発現された『構成力』の量や密度は常識外だ。
それこそ、どんな防御でも貫くだろう。砂原が『穿孔』とあだ名される所以のように、敵に綺麗な風穴をあけるに違いない。
「ここまで『構成力』を集中させれば、宇喜多大尉の『防殻』も軽く抜ける。まあ、他にも防御手段を持っているから、これだけで勝負がつくほど容易い相手ではないがな」
どこか不満そうに言う砂原だが、博孝としては乾いた愛想笑いを浮かべることしかできない。それほどの攻撃力を持つ砂原がすごいのか、対抗できる宇喜多がすごいのか。
「ちなみに、『武神』殿の防御も抜けるぞ」
「早くソレ引っ込めてください。俺だったら近寄るだけで塵も残りませんから」
「ついでに言えば、集めた『構成力』は発射できる」
「それやったらこの場にいるみんなが死にますよね!?」
『収束』で集めた『構成力』を発射された場合、どれほどの威力になるのか。少なくとも、自分が自爆するよりも威力が高そうだと博孝は思った。
砂原は博孝の反応に眉を寄せると、心外だと言わんばかりに首を横に振る。
「意味もなく撃つわけがないだろう? それに、さすがに訓練校の敷地内で撃つと危険だからな。建物が根こそぎ吹き飛ぶ」
「場所さえ問題なければ撃つんですね……興味本位で聞きますが、どれぐらい威力があるんですか?」
恐怖と興味を等分に混ぜて尋ねる博孝。『収束』はいずれ身に着けたい技能であり、編み出した張本人である砂原からの話は貴重かつ重要だ。
完全に制御された『構成力』を見つめながら行われた博孝の問いかけに、砂原は僅かに目を細めて遠くを見た。
「味方を巻き込む危険性を考慮して、率先して実戦で使うわけではないが……山の一つ、二つは吹き飛ぶな」
実際に吹き飛ばしたことがあるのか、砂原の声は少しばかり揺らいでいる。そして、距離を取って組手を続けていた生徒達はさらに距離を取った。砂原は生徒達の機敏な動きに片眉を跳ね上げるが、何も言わずに博孝へと視線を向ける。
「少しずつでもいい……お前は『構成力』の制御を磨いていけ。その過程で他のES能力も身につくだろう」
「了解です!」
元気良く返事をする博孝の姿に苦笑し、砂原は右手に集中させた『構成力』を霧散させた。恭介よりも対応が“温い”のは、博孝の場合はバランス良くES能力を身に着けているからだろう。
「次、長谷川!」
砂原が声を張り上げると、沙織は博孝と入れ替わりで組手を行っていた恭介に背を向け、嬉々として砂原へと踊りかかる。手には『武器化』で発現した刀が握られており、その長さは『無銘』に合わせてあった。
遠慮なく踏み込んで刀を振るう沙織に対し、砂原は素手で軽々と捌く。『防殻』だけは発現しているが、下手な受け方をすれば傷を負いそうだ。それだというのに、砂原は微塵も恐れず振るわれる刀を受け流していく。
恭介以上に“尖った”成長をしている沙織だが、その攻撃力は第七十一期訓練生の中でも随一だ。総合的に見れば博孝に軍配が上がるだろうが、接近戦に限れば博孝よりも先に進んでいる。
そんな沙織に対して砂原が行うのは、接近戦以外で搦め手を使いつつ戦うことだ。沙織が接近戦以外の手を打つよう誘導し――それでも愚直に踏み込んでくる沙織に内心で苦笑してしまう。
教え子の教育というものは、下手をすれば砂原の理想を押し付ける形になる。訓練生らしく汎用技能と必要最低限の体術、小隊としての連携行動、任務やES能力に関する各種知識を教え込むだけでも良いのだが、それは砂原の主義に反した。
訓練校を卒業すれば、比較的安全な環境で自身の技量を伸ばす機会が激減する。正規部隊でも訓練はあるが、それは部隊として機能するよう連携を磨くことが重視されていた。
それ以外は任務が割り振られているため、個人の技量を磨く機会は自主訓練が大部分を占める。それならば、今の内に可能な限り鍛えるべきだろう。
そう思って日々教え子を鍛える砂原だが、さすがに訓練生相手に教え込むには難易度が高い技能もあった。しかし、教え子達は自主訓練に励んでそれらを実現していく。
教え子達は訓練とたゆまぬ努力によって力をつけてきた。それどころか、砂原の想定を超えるほどの成長を見せる者もいる。
(あと少しで第七十期が卒業し、その次は第七十一期か……なんとも早いものだ)
沙織の指導を行いつつ、砂原はそんなことを考えた。眼前で刀を振るう沙織も、入校当初に比べれば“様々な部分”で大きく成長している。
当然の話だが、沙織だけでなく教え子の全員が成長してきた。普通の人間だった頃に比べると成長が遅くなっている教え子達の顔付きも、徐々に大人に近づきつつある。
九月の下旬には第七十期訓練生が卒業し、十月に入る頃には九回目の任務も終わっているだろう。そこまでいけば、卒業まで残り半年もない。
卒業が近づくにつれ、“進路”も決まるだろう。卒業後はそれぞれが正規部隊に配属され、任務に励む日々が始まる。
――その頃、自分は何をしているだろうか?
そんなことを考えつつ、砂原は沙織が放った『飛刃』を掌底で破壊した。考え事をしつつも、スムーズに沙織を叩きのめしていく。
訓練の最中に考え事をするなど、自分らしくないと砂原は思う。それでも、日に日に成長していく教え子達の姿を見ていると感慨に耽ってしまった。
卒業という教え子達の門出が待ち遠しいような、そうでないような。これまでに体感したことがないような不思議な感覚である。
もっとも、周囲からすれば砂原がそんなことを考えているようには見えない。“いつも通り”に生徒を叩きのめし、淡々と訓練を進めていく。
生徒達からすれば、日々の訓練を乗り越えるだけで大変であり、八カ月後に迫った卒業のことはまだまだ実感できないのだった。
平穏とは破られるためにある。
どうも、作者の池崎数也です。
次のイベントのつなぎとして、ちょっとした訓練風景など。
毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
そしてなんと、前話から今回の話を更新する間にレビューを2件いただきました。あいり~んさん、赤司紫音さん、ありがとうございます。ビックリしました。
砂原に対する言及がされていないレビューを見て、喜ぶと同時に微妙な物足りなさを感じてしまったのは内緒です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
最近ふと思ったのですが、砂原って博孝よりも目立っているような……?