第百二十四話:鬼が笑う
ES訓練校という場所は、名目上は高校である。しかしそれはあくまで名目でしかなく、その本質は“なりたて”の『ES能力者』を三年間かけて鍛え上げる場所だ。
一般科目も存在するがその比重は重くなく、ES能力に関する知識や『ES能力者』に関する歴史、実技訓練が重視されている。だが、それらの“授業”によって生徒達がどれだけ成長したかというのは、普通の高校と変わらない。むしろ、より重く見られている。
「それでは、ES訓練校の訓練生に関する定例会議を開始する」
そう言って会議の開催を宣言したのは、“上”の中でも大きな発言力を持つ室町だ。会議室には“上”の主だった人員が集まっており、その中には山本の姿もある。それに加えて日本ES戦闘部隊監督部の長である源次郎やその部下、訓練校からは校長である大場も出席していた。
昨年末に確認された人面樹の捜索に、盗み出された『進化の種』の行方。年が明けるなり発生した第二指定都市大規模襲撃の後始末など、現場で働く者達だけに限らず、上層部も不眠不休で事態の終息に当たっていた。
そんな多忙な状況も落ち着き始め、“他の部分”に対する余裕も出始める。そのため、“上”や日本ES戦闘部隊監督部の主だった者達は一ヶ所に集まり、将来を担う訓練生達に関する定例会議を行うことにした。
通常の兵士に比べ、『ES能力者』の数は少ない。それでいて『ES能力者』個人が持つ力は大きいため、定期的に会議を開催して各生徒の成長具合を確かめるのだ。
もっとも、いくら兵士に比べて数が少ないとはいえ、六期合わせると二百人近い人数になる。訓練生全員の情報は存在しているが、特に目を惹く訓練生や一期生毎の評価などが主になっていた。
これらの情報や評価は、各期の担当教官から校長である大場に定期的に報告される。特に問題がなければ“上”や日本ES戦闘部隊監督部にも回され、閲覧権限を持つ者達が目を通す。そして、定例会議にかけられて様々なことを話し合うのだ。
「あと二ヶ月ほどで第六十九期訓練生が卒業ですか……」
「毎回のことですが、早いものですな」
訓練生が議題とあって、多くの者が着目したのはあと二ヶ月ほどで訓練校を卒業する生徒達についてである。『ES能力者』は国内で様々な任務に就いており、卒業生の進路は多くの者にとって無視できるものではない。
『ES能力者』という立場上、進路先は“ほとんど”の場合が正規部隊になる。一級特殊技能の『付与』を持つ柳のように技術職へ進む者もいるが、それはレアケースだ。柳とて、訓練校卒業後は正規部隊に配属され、『付与』を発現した後に今の職に就いている。
訓練校を卒業した時点で『付与』のような高難度のES能力を発現している訓練生は皆無であり、進路として用意はしてあっても実際に技術職に“進める”訓練生はいない。数年に一度、在学中に『飛行』を発現したために陸戦部隊を飛び越えて空戦部隊に配属される訓練生がいるかどうか、というのが実情だ。
そうなると、卒業生の進路に関する話題はどの陸戦部隊に割り振られるのか、また、配属に当たって各生徒がどの程度の技量を持っているのかが焦点になる。
もっとも、“上”の彼らとて過度の期待はしていない。軍隊で言えば卒業生は“新兵”であり、正規部隊の中では最も下の『ES能力者』だ。階級もそれに見合ったものであり、訓練生の時点で余程の技量か戦功がなければ話題にも上がらない。
一般社会で例えるならば、専門学校を卒業して企業に就職するようなものである。“仕事”をするための最低限の知識、技術はあるものの、実際に通用する者は稀だ。“入社”後に時間と手間をかけて一人前に育て、戦力として扱えるようにするのが普通だろう。
『ES能力者』もその点は同じであり、訓練生の時点で簡単な任務を経験させるものの、正規部隊で通用するかと問われれば否だろう。正規部隊に配属された後、上官や先任に守られながら任務を行い、一端の『ES能力者』へと育っていくのだ。
そのため、卒業生というものはそれほど期待されていない。訓練校で身に付けたES能力や体術、知略や適性などを参考に、現場の正規部隊からの要員補充要請に“当てはめる”のが通例である。
敵性の『ES能力者』と戦ったことのある者はそれほど多くない。それに比べると『ES寄生体』と交戦したことのある者は多いが、“自身の手”で倒したことがある者は多くなかった。
戦闘経験のある者とない者の差は大きく、現場では戦闘経験を持つ者が前に立って戦うことが多い。もちろん、戦闘経験がない者に経験を積ませるように注意しているが、当然ながら“初陣”で命を落とす者もいる。
訓練校を卒業した者達は、そうやって命を落とした者達の穴埋めだ。卒業生の数が多く、穴埋め以上の人数がいれば、既存の正規部隊員から人員を抽出して新規部隊を創設することもある。
しかし、ここ数年は『ES寄生体』の発生数が増え、それに比例して命を落とす『ES能力者』が増えているため、卒業生を穴埋めに回すのが精一杯でもあった。
『飛行』を発現した陸戦部隊員が空戦部隊へ異動して人数を減らすこともあるため、卒業生は陸戦部隊における重要な“穴埋め要員”となる。
そのため、現場の陸戦部隊では卒業生に対する補充要請や引き抜き交渉が頻繁に発生しており、その手が在校中の訓練生に伸びることもあった。
特に、訓練生の任務で教導を割り振られた部隊は優秀な生徒がいないかどうかをチェックしており、少しでも優秀な生徒がいれば即座に推薦状を出す。
通常の任務に加えて訓練生の“お守り”をするのは大変だが、将来を考えればデメリットよりもメリットの方が大きい。空戦部隊はそこまで神経質ではないが、陸戦部隊の士官達は自分の部隊に訓練生を引き抜こうと必死になっていた。
「それにしても……今期の卒業生は“小粒”ですな」
第六十九期訓練生に関する報告資料を読みつつ、少将の階級を持つ男性が呟く。少将自身は『ES能力者』ではないが、報告資料を読み取ってどの程度の技量を持つか想像することは容易い。
階級的に現場の指揮を執ることは稀だが、会議の場に出席している者達のほとんどは“現場”を経験している。そのため、卒業生達の評価を見れば正規部隊でどの程度役に立つかを簡単に推測できた。
「卒業生のほとんどが汎用技能の全てを習得していますが、特殊技能を習得している者はほとんどいませんな。習得していても『通話』や『探知』ぐらいで、目立ったものがない」
「たしかに……『ES能力者』は長い目で見る必要がありますが、三年間でこの程度ですか。今期は不作気味ですね」
それぞれが所感を述べるが、次回の卒業生達は良くも悪くも平凡だった。訓練校卒業時点の平均ラインである、すべての汎用技能を習得している者がほとんどだが、目立ったものがない。
『支援型』の三名ほどが五級特殊技能を発現しているが、『通話』が二名に『探知』が一名だ。両方を発現した者はおらず、それに加えて習熟が進んでいないため有効範囲が五百メートルもない。
『攻撃型』や『防御型』にいたっては、特殊技能を発現した者がいなかった。『攻撃型』では『固形化』や『狙撃』を、『防御型』では『防壁』を習得中の者もいるが、発現には至っていない。
「それでも、陸戦部隊からは人員補充の要請が出ています。どの部隊に割り振るかは、各部隊の人員の状況から判断するしかありませんが……」
『ES能力者』にはそれぞれ適性があるが、部隊ごとに偏りが出ないように注意しなければならない。『攻撃型』と『防御型』の数が多く、『支援型』は少なく、『万能型』は珍しい。実際に小隊を組ませることを考えれば、その比率は非常に重要だ。
「しかし、だ……『攻撃型』と『防御型』の数が減っている部隊も多い。バランスを取るにも限度がある」
『ES寄生体』や敵性の『ES能力者』と戦う場合、直接“ぶつかる”のは『攻撃型』や『防御型』の役目だ。その分負傷者や死亡者が出やすく、『支援型』に比べれば危険な目に遭う確率が遥かに高い。
『ES能力者』全体の数としては『攻撃型』や『防御型』の方が多いのだが、『支援型』はその性質上損耗率が低く、部隊によっては前衛と後衛のバランスが崩壊している部隊もあった。
そうなると、数が少ない『支援型』や『万能型』に負担が圧し掛かってしまう。『万能型』はともかく、『支援型』は直接戦闘に向いていない。中には『攻撃型』並に暴れ回る『支援型』もいるのだが、それはレアケースである。
「適性はわかっていても、実際に『攻撃型』や『防御型』としての力を身に着けるにはまだまだ時間がかかりますしね……各部隊の主力には、まだまだ負担を強いることになりますが」
適性がわかっていても、汎用技能しか使えないのならば大きな戦力にはならない。『ES寄生体』にも個体差があり、弱い個体が相手ならば戦えるだろうが、実戦で訓練通りの実力が発揮できるはずもなかった。
命がかかった実戦でいきなり訓練通りの実力を発揮できる者は少なく、下手を打てば命すら危ういとなれば、恐怖に囚われる者が出てもおかしくない。そうなると実戦経験がある者が戦うことになるのだが、それでは後任が育たず――という悪循環に陥る部隊も少なくない。
「訓練校の期間を延ばすか、訓練内容を見直すべきでは?」
それならば、訓練生の質を上げるのが解決策の一つになる。本当の意味で即戦力として部隊に配属できれば、先任達の負担も少しは減るだろう。これは度々議題に挙がることだが、訓練校の期間を伸ばすか訓練内容を見直すというのは何度も議論されている。
「もしくは、教官の質を向上させるか数を増やすか、ですな」
「任務の数を増やすのも手だが、それが原因で訓練生が減っては意味がないか……『ES能力者』の数を増やせれば良いが、自然増加数は横ばいになっている。どうにか増やせないものか……」
訓練を施して技量を伸ばしたとしても、実戦で通じるかどうかは蓋を開けてみなければわからない。突然精兵が生まれるはずもなく、質より量を選択したくとも“数”が増えない。
訓練校の期間や訓練内容の変更。あるいは教官の質の向上や増員が現実的だが、すぐに実行できるものではなかった。
訓練校の期間は減らすのが難しく、延ばすとしてもどのタイミングで行うべきか。半年延ばしたとしても、延びた間は現場への人員追加が不可能になる。それに加えて、延ばした分だけ訓練生の技量が伸びるかは不明だ。
訓練内容の変更については、やろうと思えばすぐにできる。訓練校の方針としては卒業までに汎用技能を全て習得し、実戦で使えるレベルまで習熟することだ。その他にも小隊としての連携訓練や座学で必要な知識を学び、正規部隊でも働けるようにする。
それを変更するのは可能であり――これもまた、訓練生の技量が伸びる保証はない。
訓練内容を変更したとしても、訓練生がついていけるかわからないのだ。訓練を厳しくすれば伸びる者もいるだろうが、その逆も有り得る。肉体的には大丈夫かもしれないが、精神的な問題が発生する可能性が高かった。
『ES能力者』が認知されてから長い時間が経っており、その存在は広く知られている。だが、『ES能力者』として力を発現する者は少なく、多くの者は『なれれば儲けもの』という程度の印象しか持っていない。
人間離れした不可思議な力に憧れはするが、寿命も人間離れしており、常日頃から任務で危険な目に遭うとなれば話は別である。『ES寄生体』などから守ってほしいが、自分が戦う立場になるのは嫌だ、という者も多かった。
『ES適性検査』は十五歳になれば行われるが、その年齢まで成長していれば分別はつく。例えば、里香のように料理関係の道に進みたい、などと考えていた者が『ES能力者』なった場合、強制的に夢を絶たれたことでやる気をなくしてしまう危険性がある。
『ES能力者』という生き物は向上心がなければ成長せず、訓練内容が高度なものに変わってもやる気がなければ身につかない。現状の『卒業までに汎用技能を全て習得する』という教育方針は、それらを見越した上で設定されたものだ。
向上心がある者は自力で目標を乗り越えてくる。向上心がなければ『ES能力者』として最低限の技量しか身につかない。
それらの理由から、訓練校の期間や訓練内容を変更するのはリスクが高すぎた。それならば教官の質を向上させるか数を増やすことで訓練生の技量向上につなげるしかない――が、これもまた問題があった。
訓練校の教官というものは、意外と適任者が少ない。希望者自体は多いのだが、訓練生を鍛える以上は教官自身の技量も問われてしまう。
空戦部隊に所属しており、敵性『ES能力者』との交戦経験があり、三十人を超える訓練生に満遍なく教えを施すことができる。これが“最低”条件だ。
可能ならば全てに適性を持つ『万能型』で、部隊長ではなく、本人が教官として志願していることが望ましい。
最低条件の一つである『空戦部隊所属』というだけで、日本の『ES能力者』は十分の一程度まで絞られる。それに加えて、『ES寄生体』との交戦経験はあっても敵性『ES能力者』との交戦経験がない者がいるため数が減り、“教育”が得意な者ということでさらに数が減る。
これらの最低条件を満たす者も皆無ではないが、空戦部隊所属で敵性『ES能力者』と交戦経験があり、部下に教育を施すことが得意となれば大抵は要職に就いている。『ES能力者』としてはエリートであり、わざわざ訓練校の教官職を引き受ける理由がないのだ。
近年では陸戦部隊員に教官職を務めさせようとする案も出ているのだが、そうなるとほぼ確実に『飛行』を発現できる訓練生が出なくなる。教官ができないことを訓練生ができるはずもなく、折角の芽を摘みかねない。
現在訓練校で教官職に就いている者達は、全員最低条件を満たしている――が、中には空戦部隊で戦い続けることから逃げ出した者もいた。
空戦部隊は陸戦部隊よりも数が少ないが、『飛行』での移動速度があるため全国各地を飛び回る。その多忙さからドロップアウトしたいものの、『ES能力者』には“退職”が存在しない。退職することがあるとすれば、それは殉職した時だ。
それらの事情から新たな教官を引き抜くのは難しく、増員は難しい。無理に引き抜いても本人のやる気を削いでしまう。優秀な人員は前線で飛び回っており、教官職に就こうと思わないため、余計に人員確保が難しくなる。かといって、現在の教官たちの技量を向上させるのも難しかった。
砂原のように家族のために教官職を希望した者もいるが、最低条件を満たせなければ申請が通らない。
最低条件どころか可能条件すら全て満たした砂原は奇跡的とすら称賛できるのだが、砂原の場合は『穿孔』の武名があったため、『零戦』から教官職へ異動できたのは様々な思惑が絡んでいる。
一つは、砂原ほどの卓越した『ES能力者』が教官職についた場合にもたらされる訓練生への影響を確認するため。
一つは、博孝のような『ES適合者』や『武神』の孫である沙織など、外部からの“問題”を招きそうな存在を守るため。
他にも細々とした思惑があるのだが、それらがなければ砂原本人の希望があったとしても認可されなかった可能性が高い。
『ES能力者』の最終的な人事権は日本ES戦闘部隊監督部が握っているが、砂原は源次郎が『零戦』の隊長すらも務められると考えていた『ES能力者』だ。そんな砂原を教官職に就かせた結果は、報告を受ける側の方が困惑するほどだったが。
「第六十九期は小粒で、第七十期も大きな期待はできない……が、第七十一期は大きな期待ができる。彼らが卒業するタイミングで“何かしらの手”を打つべきだろう」
報告資料を見ていた者達をまとめるように、室町が言う。
現在入校している六期分の訓練生の情報が出揃っているが、第七十一期訓練生の報告資料は様々な面で飛び抜けていた。
入校から二年経っていないというのに、三級特殊技能である『飛行』を発現した訓練生が四人もいる。まだ習熟が足りない者もいるが、卒業までの期間を考えれば問題はない。
他にも特殊技能を発現している訓練生が徐々に増えてきており、卒業時には第七十一期訓練生全員が何かしらの特殊技能を習得しているだろう。
“問題”が多発しているが、それは良い方向で考えるなら様々な経験を積んでいるとも言える。訓練生でありながら『ES寄生体』どころか敵性『ES能力者』との交戦経験を持ち、撃破している者までいるのだ。
例年の訓練生に比べれば、頭一つ飛び抜けているという話ではない。即卒業させ、正規部隊に配属しても良いと思えるほどだ。現に、任務の教導を行った部隊から多くの生徒に対して推薦状が届いている。
陸戦部隊どころか空戦部隊からの推薦状も出ており、さらには護衛艦艦長からの推薦状まで出ていた。特定の生徒に対しては何度も推薦状を出している辺り、本気で配属を願っているのだろう。
「たしかに第七十一期は豊作ですな……異常と呼べるほどに」
室町が話を振ったため、話題は今回の卒業生から第七十一期訓練生へと移る。定期的に上がってくる報告資料に目を通してはいたが、全体的に質が高いのが特徴だろう。普通は一期ごとに一人、二人突出した者が出れば僥倖というレベルであり、ここまで全体的に質が高い期は初めてだ。
「教官である砂原軍曹が余程“張り切っている”のでしょうな」
話を聞いていた源次郎は、資料を机に置きながら不敵に笑う。砂原は元々“部下の教育”に熱心だったが、それが上手い具合に作用したのだろう。さすがに部下ではなく教え子のため、手加減して訓練を施しているようだ。
(砂原のかつての部下達から陳情が来たことには驚いたが、な……)
順調と呼ぶのが控えめに聞こえるほど成長している訓練生達の情報を見て、源次郎は内心で苦笑しつつ呟いた。
砂原が訓練生の教官になると軍内部で公表された時、源次郎が予想した“上”からの抗議はなかった。その代わりに、砂原が“教育”を施した者達から陳情が上がってきたのである。中には直接源次郎の元まで赴いてきた者までいた。
“彼ら”の陳情の数は多かったが、その方向性は同じである。
それは非常に遠まわしの文言で修飾されており、直接的な明言はなかったが、砂原が担当する訓練生達を気遣うものだった。
直截に言えば、『訓練校から訓練生が逃亡する可能性が高い』、『卒業するか死ぬかの二択』、『せめて卒業してから砂原に任せて教育するべき』というものだ。
陳情した全員が砂原の教育手腕を認めており、“実体験”として技量が大きく伸びることは認めている。砂原のことを尊敬しており、今の自分達が存在するのは砂原のおかげだということもわかっている。
――だが、訓練が厳しすぎるのだ。
それが、陳情を行った者達の総意だった。正規部隊に配属された者でさえ、砂原の教練を受ければ音を上げる。いきなり“自分達”と同じ目に遭うのは、訓練生達にとってマイナスになるのではないか。そういったニュアンスで陳情してくるのである。
とある空戦部隊の隊長などは、こう言った。
『砂原先輩の訓練は非常に効果的ですが、その、本当にきつくてですね……肉体的精神的に成長していない子供達には刺激が強すぎると愚考する次第でして……はい……』
そんなことを言いつつ、“何か”に怯えるように背後を振り返っていたのが源次郎の印象に残っている。
砂原本人をよく知る者達からは心配されたが、源次郎はそれほど心配していなかった。たしかに砂原の教導は厳しいが、相手は“学生”である。砂原は相手の技量に合った訓練――限界ギリギリまで追い込む訓練が得意だが、それは正確に技量を見切っているからこそできるのだ。
訓練生になったばかりの『ES能力者』の限界など高が知れており、砂原も無茶はできない。そして、“教え子”と部下は全く異なる存在である。
結果として、第七十一期訓練生は平均的な訓練生を遥かに上回る練度を持つに至った。卒業までの期間でさらに技量を伸ばし、どこまで育つかわからないほどだ。
それ故に、源次郎としても室町の話には同意する。即戦力として扱えるであろう第七十一期訓練生の卒業時に何かしらの手を打つというのも、理解はできる。
――問題は、どんな手を打つかだ。
室町は以前から一つの提案をしており、その件が源次郎の頭に過ぎる。それは『天治会』に狙われていると思わしき訓練生を“エサ”にして釣り出し、逆に刈り取るための新規部隊の設立だ。
既存の任務だけではなく、特殊性のある任務さえもこなせる部隊。そんな部隊が設立できれば大きな“力”になるだろうが、現状ではそれも難しい。
訓練校の卒業生は各部隊の補充人員に回すだけで精一杯であり、既存の部隊から抽出した人員で部隊を結成するのも至難の業だ。
「第七十一期訓練生の卒業まではまだ一年ほどあるが、裏を返せば一年ほどしかない。各部隊からの要請も踏まえて、“色々と”検討しなければならないな……『ES能力者』を監督する者として、長谷川中将にも協力を願いたいものです」
源次郎の思考を遮るように、室町が話を振る。源次郎は日本ES戦闘部隊監督部の長であり、訓練生の進路について協力を求めるのはおかしなことではない――が、頷くよりも先に警戒心が源次郎の口を動かした。
「二期先のことですし、来年のことを話せば鬼が笑いましょう。それに、ここ最近頻発している“事件”を考えれば、そんな余裕はないと思いますがね」
ただでさえ、新規部隊に使う餌――博孝はプロパガンダに利用されている。室町の動きには不透明な部分もあり、源次郎としては煙に巻きたいところだった。
「長谷川中将の言う通りだろう。一年先のことより一日先のことを語るべきだと思うがね。今日の議題は、第六十九期訓練生の卒業後の進路が主題だったはずだが?」
明言を避けた源次郎を援護するように山本が言う。今回は訓練生に関する定例会議であり、主な議題は二ヶ月後に卒業する第六十九期訓練生だ。山本としても先のことを語る必要性は認めるが、今回の会議はそんな目的で開催していない。
「おや、これは失礼を。年末から新年にかけて問題が頻発しておりますが、凶事ばかりが続くものではないと思いましてな。最初に問題があったのならば、その後は“当面”は問題なく過ごせるのではないか、と……油断は禁物ですが、そうやって前向きに捉えることも必要かと愚考した次第でして」
第七十一期訓練生の評価を見て、つい話題に上げてしまった。薄く笑いながらそう締め括る室町に、山本は鼻で笑う。
「“俺”としてもそう願いたいが、前向きに考えたからといって事態が良い方向にばかり転べば苦労はしないだろう? それだけで上手くいくのなら、誰もがそうするさ」
「それもそうですな。それでは、まずは目先の案件から片付けましょう」
山本の言葉を聞き、室町は第六十九期訓練生が配属される部隊に関する詳細の確認を行っていく。
源次郎や山本、大場などは会議の進行を聞きながらも室町の様子を窺うが、特におかしな点はない。
源次郎達にとっても、問題が発生するよりは平和な方が良い――が、“今後”のことを考えればそれが叶うかどうかは甚だ疑問だった。
気が付くと、主要キャラどころか女性キャラが一人も登場せず、おじ様方で埋め尽くされた説明回になっていました……。
毎度ご感想やご指摘、評価等といただきましてありがとうございます。
作者の貴重な燃料となっております。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。