第百二十三話:脱皮
小隊メンバーを入れ替えて行う訓練とは別に、個人の体術やES能力を磨く訓練は継続して行われている。小隊での連携訓練は重要だが、『ES能力者』である以上、個人の技量を伸ばすことも重要だからだ。
左腕を負傷した博孝は体術の訓練に混ざらず、体が鈍らない程度に動かすだけに留めている。左腕が動かない状態で体術の訓練を行えば、勘が狂うだけでなく体のバランスまで崩れるからだ。
そのため、他の生徒よりも軽いメニューをこなし――時折、周囲で訓練をしている生徒達へ向かって光弾を発射するという、撃たれる側からすれば非常に迷惑な行動を取っていた。
「いやぁ、すまんね。俺は嫌なんだけど、教官の命令だからさぁ……そう、これは仕方なく、嫌々やってるんだよ!」
「嘘つけっ! こっちの隙を突いて撃ってくるあたり、やる気満々だろお前!」
小隊同士で模擬戦を行う時は物陰に隠れて攻撃を仕掛けるが、この時ばかりは話が別だ。至近距離から光弾を発射し、体術訓練の合間も気を抜かないようにするという砂原の“心優しい”方針に従っている。
撃たれる側としては文句を付け、ついでに殴りかかってしまいたい。しかしこれは砂原から正式に命じられたことであり、博孝に非はなかった。『射撃』で虎視眈々と隙を狙っているため、やる気はあるが。
「ふむ……やはり、いつ攻撃を受けるかわからないという緊張感は良いな……中村! 河原崎兄の攻撃に気を取られて訓練を怠るな! “両方”に気を配れ!」
「り、理不尽ですよ教官!」
博孝の攻撃を警戒していたために、体術の訓練に身が入らない。そんな中村に対し砂原の怒声が飛び、さすがに疲れたような声が零れた。
体術の訓練のため、博孝の攻撃は避けるのが基本だ。しかし、体を動かすよりも防御系のES能力を発現する方が手間なため、“可能なら”『盾』や『防壁』で防御しても良い。
そのため、恭介などは早速自主訓練の成果を試していた。博孝の撃つ気配を感じ取るなり、光弾に対して『盾』を斜めに発現する。さすがの博孝も本気では撃ち込んでこないため、弾速も威力も十分に対応可能なものだ。
発現した『盾』は命中した光弾を防ぎ切り、博孝の魔の手から恭介を守りきる。発現速度を重視しているため『盾』の強度はそれほどでもないが、博孝が本気でない以上は問題もない。
「むむむ……やっぱり発現速度がいつもに比べると落ちるっすね。もっと慣れたら楽に発現できそうっすけど……」
体術の訓練を行いつつも、そんなことを呟く恭介。しかし、恭介が発現した『盾』を見た砂原は怪訝そうに眉を寄せた。
「待て……武倉、お前は何をしている?」
「え? 訓練っすけど……」
突然声をかけられ、何かおかしなことをしているのかと恭介は首を傾げる。まったくもってその通りなのだが、砂原からすれば見逃せない要素があった。
「お前は今、『盾』を斜めに発現したな。それは何故だ?」
「こっちの方が防御力が上がるかな、と思ったっす! 実際、こっちの方が博孝の攻撃も楽に防げるんすよ!」
博孝達が行っている自主訓練を見ていなかった砂原としては、恭介が突然“妙なこと”をし始めたようにしか見えない。
「……そちらの方が発現しやすいのか?」
「いや、普通に発現した方が楽っすよ?」
何故ここまで食い付かれるのかと、不思議そうな顔をする恭介。砂原は思案するように目を細めると、恭介が発現していた『盾』を注視した。
「……俺、何かまずいことをしたっすか?」
砂原の様子から、恭介は何か問題があったのかと不安を覚える。“耐久試験”でも良い結果が出たのだが、と考えながら砂原の言葉を待った。
「まずくはない……が、斜めに発現するというのは、普段に比べて思考が一動作多くなる。『盾』を発現する、ではなく、『盾』を“斜め”に発現するわけだからな」
たしかに、相手の攻撃を真正面から受け止めるよりは役に立つだろう。しかし、理屈としては理解できるが、砂原は同じことをしようとは思わない。
砂原が恭介達と同じぐらいの年齢だった頃、現在のように明確な技術体系や指導要綱は存在しなかった。そのため教官として選ばれた『ES能力者』を“模倣”をするのが一般的であり、習得した技術に対する疑問は浮かびにくい。
制御に失敗して斜めに『盾』を発現することはあるだろう。だが、自分から進んでそれを成そうとは思わない。少なくとも、砂原にとって『盾』は真っ直ぐに発現するものなのだ。
砂原も既存の『防殻』に手を加えて『収束』を開発したことがあるが、恭介が行っていることとは根本的に異なる。
『収束』は『構成力』を身に纏う『防殻』を発展させ、“量と密度”を何十倍にも増やした技能だ。その根本は『防殻』と同様であり、創始者である砂原は一点に集中することも全身に発現することも自由自在だが、『構成力』の操作法としては『防殻』と大差がない。
『防殻』と異なり、莫大な『構成力』を発現しつつも拡散させないという制御力は必要だが、極論から言えば誰もが使えるようになる技術だと砂原は思っている。
現に『収束』についてはかつての部下達が習得しており、難易度は高いものの伝授可能な技能ということで独自技能から外されていた。
しかし、だ。砂原のように長年『ES能力者』として生きてきた者からすれば、恭介が行っていることは異端に近い。そのような訓練はしていないからだ。高い器用さを持つ砂原ならば同じことはできるが、その時は大きな違和感が付きまとうだろう。
“普段と違う”という違和感は大きく、特に、砂原は『盾』を“普通”に発現して四十年近い年月が過ぎている。今から身に着けようとしても、有事の際に咄嗟に発現できるのは普通の『盾』になると思われた。
困惑するような視線を向けてくる恭介を見て、砂原は思考を回転させる。
恭介は『ES能力者』になって二年近くが経つが、『ES能力者』全体から見れば若輩――というよりも、人間で言えば幼児ぐらいの年数しか経っていない。それでいて並の訓練生より遥かに優秀であり、今の状態で正規部隊に送り出しても十分活躍するだろう。
若い、幼いというのは柔軟性に長けることの裏返しでもある。その柔軟性と『ES能力者』としての技量。その二つを合わせれば、常道から外れることが可能だ。
恭介の場合は、話を聞いてすぐに『盾』を斜めに発現するだけの技量があった。それに加えて、砂原に比べれば覚える違和感も小さいものになる。砂原が言葉にした通り、普段と違うことをしてワンテンポ遅れるが、それを克服すればどうなるか。
(存外、新しい道を切り拓くかもしれんな……)
今はまだ、小さな芽でしかない。恭介が違和感を克服できず、元通りの『盾』を発現するかもしれない。もしかすると、まったくの無駄に終わって遠回りになるかもしれない。しかし、試行錯誤するのは無駄ではないのだ。
「面白い試みではある……もう少し様子を見るとしよう」
「りょ、了解っす」
思ったよりも砂原の反応がおかしかったことに首を傾げつつ、それでも自分を納得させる恭介。砂原が止めないのならば、“問題”もないのだろう。そう自分に言い聞かせ、恭介は訓練に戻ることにした。
恭介の行動をおかしく思った砂原だが、同日の実技訓練中、さらに気になることができてしまった。
それはおかしいことなのだが、ある意味ではおかしくない。問題があるのかと聞かれれば、首を横に振るしかない。それでも、砂原としてはやはり『おかしい』と思ってしまうようなことだった。
砂原が向けた視線の先にいたのは、里香である。今日の小隊訓練でも小隊長に任命したのだが、“これまで”とは異なり、『通話』を使って指揮を執る様が変貌していた。
元々里香は指揮官適性が高く、気弱な性格さえなければ博孝の替わりに第一小隊の小隊長を任せようとも思っていたほどだ。その適性は指揮官というよりも参謀向きなのだが、指揮官という分野においても博孝より上だと砂原は見ている。
問題があるとすれば、精神的な打たれ弱さだろう。博孝は別種の問題を抱えているが、部下を切り捨てる、使い潰すといった選択肢を取れるような性格を里香はしていない。
それでも里香の指揮官適性が高いと判断したのは、部下の“使い方”だ。博孝が部下と共に戦う小隊長ならば、里香は“部下で”戦う小隊長だろう。個人個人の性格や技量に見合ったポジションを割り振り、実行させる手腕は博孝では敵わない。
『ES能力者』はその特性上、指揮官だろうと自分も前線に立つ。その点を考えると里香のような指揮官は珍しいのだが、後方から指揮を執らせれば大成する可能性が高いだろう。
砂原は元々そんな評価を里香に下しており――今日の里香は、そんな砂原の評価を斜め上に蹴り飛ばした。
簡単に言うならば、妙に堂々としている。砂原が知る里香という少女は大人しく優しさを持ち、前に出るよりも後ろに控えて他者を支える性格をしていた――はずだ。
良く言えば控えめ、悪く言えばオドオドとしている。そんな少女だった。しかし、『通話』で一体どんな指揮を執っているのか、臨時で割り振られた小隊員の動きが他の小隊とは明らかに異なる。
現在は沙織が率いる小隊と模擬戦を行っているが、攻撃力と突破力で優れる沙織を適度にいなし、残りの三人を一人ずつ戦闘不能に追い込んでいく。
小隊を分隊二つに分けて片方を沙織にぶつけ、それでいて深追いしないよう統制。沙織は接近戦が得意だが、遠距離攻撃をほとんどしない。そのため沙織が接近してくれば防御を固めるか回避に努め、沙織が距離を取ろうとすれば逆に攻撃を行う。
そうやって沙織を分隊で押し留め、残った沙織配下の三人は里香が率いる分隊で各個撃破していく。
三対二ならば、普通は三人の方が勝つ。だが、里香は前に出て暴れる沙織を利用して相手を誘導、分断し、“二対一”を三回繰り返すという手段を取った。それによって沙織以外を戦闘不能にし、沙織の相手をしていた分隊と合流。一人で残った沙織に四方から攻撃を加え、徐々に体力を削っていく。
里香が執った作戦はそれほど難しいものではなく、指揮官ならば大抵はできるだろう――臨時で指揮下に入った部下の統率が取れていれば、だが。
相手がよく知る沙織だからこそ通用している面もあるが、沙織は生半可な小隊ならば食い破るだけの力を持つ。自身の率いる小隊員達とは隔絶した技量も持つが、それこそが里香の狙い目なのだろう。
沙織は周囲に合わせるぐらいならば、自分で動く。博孝が率いる第一小隊ならば、自分の動きについてこれる者ばかりのため、なおさらに。
小隊長として見るならば、沙織は自分で小隊を引っ張る――引き摺るタイプの指揮官だ。小隊員には補助を務めさせ、自分で斬り込んで戦果を得る類の指揮官である。
それも一つの方策だとは砂原も思うが、相手が里香のように正道も邪道も使うタイプの指揮官ならば相性は最悪だ。思うがままに踊らされ、最後は力尽きるしかない。
第七十一期訓練生の中では、博孝や沙織、恭介やみらいなどが突出した“力”を持つ。だが、他の教え子とて博孝達と同様に二年近い期間を砂原に鍛えられてきたのだ。
――“まともに”当たらなければ、沙織が相手でも時間稼ぎができるほどに。
それでも、昨日までの里香ならば攻勢よりも守勢を選んだはずだ。他人に負担を強いる戦術よりも、自分も含めて全員で耐久する策を取ったはずである。
「一晩の間に、何があったというのだ……」
思わず、砂原の口から疑問の声が漏れた。
小隊員が里香の指揮に応えるだけの奮闘を見せたのは、砂原の教導の賜物だろう。殺す気で襲いかかってこないとはいえ、沙織を相手にして防戦できるだけの体力と技量を授けたのは砂原だ。
しかし、里香がここまで“暴れる”ようになった理由がわからない。普段の気弱さをどこに放り投げてしまったのか、油断なく沙織を追い詰めていく姿は一端の指揮官のものだ。
最近は暗い雰囲気を纏っていたが、それが見事に払拭されている。
過信ではない、確かな自信。自分ならばできると信じ、その自信に従って小隊員を動かし、決意を持って相手を撃破する。
里香自身の技量が伸びたわけではないが、指揮を執る姿はどこか活き活きとしているようにも見えた。
(そろそろ“相談”に乗ろうかと思っていたが……取り越し苦労になったか)
第二指定都市での一件以来、一番気になっていたのは沙織の状態だ。その次に気になっていたのは博孝の負傷についてであり、里香のことはその次に心配していた。
自分では博孝達についていけないという事態に直面し、そのことを悩んでいるように見えていた――はずだった。
砂原から見れば、里香には博孝達にない力があった。それ故に悩むことはないと諭すつもりだったのだ。
「わたし達の……勝ちだね?」
「……負けたわ」
思案する砂原の視線の先で、ついに決着がつく。体力と『構成力』を消耗した沙織を『盾』で押え込み、里香が勝利宣言をしたのだ。
もう一度同じ戦い方をすれば、おそらくは沙織達が勝つだろう。しかし、今回勝ったのは里香達だ。
里香は小隊員も含めて全力で当たり、沙織は自分の力を発揮できなかった。正確に言うならば、発揮できないようにされてしまった。時間がかかったものの、沙織を無力化することに成功したのである。
戦っている間は博孝が時折『射撃』を撃ち込んでいたのだが、『探知』で気付いていたのか、里香の小隊員は全員が余裕を持って回避している。
沙織が敗北を認めると、里香は小さくガッツポーズをしながら控えめに喜びを表現した。そして、その視線が博孝の潜んでいる場所へと向けられ、照れるようにはにかむ。
(自分で……いや、“助け”を借りて壁を乗り越えたのか……)
里香の様子からそう判断した砂原は、手元の考課表に目を落とす。
入校したての頃はただの卵でしかなかった教え子達が、今では自分で新たな道を模索し、壁を乗り越え、着々と成長している。
それを悟った砂原は、自分の手が必要とされなかったことに対して大きな嬉しさと、小さな寂しさを覚えた。
(嬉しいものだな……“子供”の成長というものは)
考課表にペンを走らせながらも、砂原はどこか満足そうに笑うのだった。
「それにしても、沙織は見事に抑え込まれちまったなぁ」
「たしかにそうっすね。まさかあそこまで綺麗に抑え込まれるとは思わなかったっすよ」
夕食後、自主訓練を開始する前に雑談を行っていた博孝達は、午後に起きた“事件”について話し合っていた。
高い攻撃力を発揮し、模擬戦では滅多に負けない沙織が里香の小隊に敗北したことは、第七十一期訓練生の中では大きな驚きと共に受け止められている。
「今回は上手くいっただけだし、小隊員のみんなが頑張ってくれたからできたんだよ?」
そう言って控えめに微笑む里香の表情には、模擬戦の時にあった自信が抜け落ちている。それは“いつもの”里香であり、周囲の称賛に対して困ったように微笑んでいた。
「……次は、負けないわ」
そんな里香に対し、沙織はどこか不機嫌である。戦うことが好きであり、勝負事も好きな沙織は、負けることが大嫌いだ。相手が里香とはいえ、今回は完封されてしまった。そのため、頬を膨らまさんばかりに臍を曲げている。
「これに懲りたら、次からはきちんと指揮を執るんだな。そうすれば完封負けすることもないだろ」
「……ふーん、だ。普段は博孝が指揮を執るから、わたしには必要ないのよ」
「うわ、沙織っちが『ふーん、だ』とか言ってるっすよ……よっぽどショックだったんですね……」
苦笑しながら博孝が窘めると、沙織はそっぽを向いてしまった。普段とは違う沙織の幼いリアクションを目の当たりにして、恭介が呆れ半分、恐怖半分でツッコミを入れる。
「さおり、しょぼい」
「しょぼいって何よ!?」
言葉の意味をわかっているのか、わかっていないのか。沙織の様子を見たみらいがさらりと毒を吐く。それを聞いた沙織は大きな反応を返すが、それで意識を切り替えたらしい。恭介に視線を向け、獰猛な雰囲気を放つ。
「負けは負けだし、落ち込んでいても仕方ないわよね。というわけで恭介、ちょっと模擬戦に付き合いなさい」
「別に良いっすけど……俺をストレス発散の道具にしないでほしいっすよ」
沙織の申し出を聞き、やれやれと頭を振りながら恭介が答える。博孝は左腕がまともに動かないため、模擬戦をするならば恭介が適任だった。恭介としても、沙織との模擬戦は良い訓練になる。
「きょーすけ、てつだう」
そこにみらいも参加し、一対二での模擬戦になった。みらいが恭介と組めば、攻撃と防御のバランスが良い。沙織としても、“歯ごたえ”が増すため大歓迎だ。
「沙織らしいねぇ……それじゃあ、俺達も始めるか」
「うんっ」
沙織達の様子を見て苦笑し、博孝は里香に話を振る。里香はそれにやる気十分といった様子で頷いた。
「それではお手をどうぞ、お姫様?」
「う、うん……」
しかし、博孝が冗談混じりで右手を差し出すと、里香は頬を赤く染める。里香はおずおずと博孝の右手を握り、そのまま深呼吸をした。
博孝の『活性化』による、訓練効率の向上。これは里香としても考えていたことだが、博孝に“遠慮”してできなかったことだ。しかし、今の里香は必要以上の遠慮など逆に迷惑なだけだと理解している――手をつなぐ恥ずかしさは、中々消えないが。
それでも里香は集中するよう自分に言い聞かせ、博孝が『活性化』を発現するのを待つ。博孝は里香が集中し始めたことを確認すると、すぐに『活性化』を発現した。
何度も受けたことがあるが、博孝の『活性化』を受けた里香は『温かいな』と内心で呟く。『ES能力者』としての感覚が鋭敏になり、自分の操る『構成力』が普段よりも力強く感じられる。それと同時に安心するのは『活性化』の力なのか、それとも博孝が相手だからか。
(……っ、し、集中しないとっ!)
頭に浮かんだ考えを追い出し、里香は集中を強めていく。『瞬速』のコツを掴むために『飛行』の訓練施設を使いたいところだが、まずは『活性化』に“慣れる”方が先だ。
博孝が発現する『活性化』は、『ES能力者』の身体能力やES能力を高める力がある。例えるならば、一段上の力を体験するようなものだ。普段との差異があるため、里香はまず、『活性化』を受けた状態での自身の能力を把握する。
里香は『防殻』を発現しているため、『活性化』特有の薄緑色の光は漏れていない。事情を知らない者が傍から見れば、博孝と里香が手をつないでいるだけにも見える。事実、自主訓練を行っていた他の生徒達が博孝と里香を指差してヒソヒソと言葉を交わしていた。
「岡島さんと河原崎君、何をやってるんだろ?」
「手をつないでるから……岡島さんの集中力を鍛える訓練とか?」
「抱き締めた方が訓練になるんじゃない、それ」
博孝と里香が真剣な様子だったため、直接尋ねることはしない。もっとも、里香と一緒にいるのが博孝だったため、『飛び火したら嫌だから触らないでおこう』と判断された部分もあったが。
そんな周囲の様子に気付かず、里香は自己に埋没する。精神を集中し、普段よりも力強い『構成力』を練り上げ、十全に操る。
今ならば、普段よりも強力な『射撃』が撃てそうだ。発現する数についても、普段の倍は出せそうである。
(これが発展したら、『狙撃』を発現できるのかな? でも、射撃系のES能力は博孝君がいるし……)
攻撃の手が増えるのは喜ばしいが、今の里香が求めるものとは異なるのだ。『支援型』の『ES能力者』として、博孝達の仲間として、もっと“上”を目指したい。
そう考えた里香は、無意識の内に博孝の右手を強く握り締めていた。それに気づいた博孝は、『活性化』を継続しつつ、里香を落ち着かせるように優しく握り返す。
博孝が扱う『活性化』は、対象に直接触れなくても効果がある。多少距離があっても発現することができるのだ。しかし、距離があったり、対象が複数だったりした場合、直接触れて発現するよりも効果が落ちてしまう。
戦闘中ならばそれも仕方がないが、今は自主訓練中だ。わざわざ『構成力』を無駄に消費する必要はないだろう。
(『活性化』に使う『構成力』も増えてきているし、普段の訓練で使えばさらに伸びる。里香の訓練にもなるから一石二鳥だな)
そんなことを考える博孝だが、自身の左手を優しく握り返された里香は集中が途切れていた。
(わっ、わわっ……な、なんで優しく握り返してるのっ?)
集中しなければ、と自分を戒めるものの、博孝の手の感触が気になって仕方がない。ある意味、博孝の手の感触に対してかつてないほど集中をしているともいえるが、訓練としての効果は望めないだろう。
「あ、岡島さんがリンゴみたいに赤くなったわ」
「頭から湯気が出そうねー」
「河原崎君が『通話』でエッチなことでも言ったんじゃない?」
別の意味で集中しているため、そんな外野の声も里香の耳には届かなかった。その代わり、博孝の耳にはしっかりと届いていたが。
(あいつら何を言ってるんだ……って、あれ?)
声が聞こえても集中を乱さないが、会話の内容が気になったため博孝は里香に視線を向ける。すると、たしかに里香は真っ赤になっていた。
「り、里香さん? なんか、滅茶苦茶顔が赤いですよ?」
「ひゃうっ! にゃ、にゃにが!?」
戸惑ったように博孝が声をかけると、里香はその場で飛び跳ねながら返答をする。その反応の凄さに、博孝は本気で心配そうな表情へと変わった。
「思いっきり噛んでるし……本当に大丈夫か? “上手く”いってない?」
もしかすると、『活性化』が上手くいっていないのではないか。あるいは、妙な効果をもたらしているのではないか。そう考えれば、里香の奇妙なリアクションにも納得がいく。
ひとまず『活性化』を中断しようと判断した博孝は、里香の左手を離そうとした。何か問題があるのならば、砂原にも報告しなければならない。そう思い、右手の指を開き――。
「……あの、里香? 手を離してもらって良いかな?」
しっかりと右手が握られており、手を離すことができなかった。
「えっ? な、なんで?」
「いや、なんでと言われても……」
顔を赤くしたままで不思議そうに尋ねる里香と、同じく不思議そうに首を傾げる博孝。さすがに様子がおかしいと思ったのか、模擬戦を開始していた沙織達は動きを止める。
「あの二人、一体何をやってるんすかね?」
「手をつないでいるんだから、博孝が『活性化』を使っているんでしょうけど……」
困惑する博孝と、“混乱”する里香。『活性化』の存在を知っているため、他の外野よりは事情を推察できる。だが、さすがに様子がおかしいと言わざるを得ない。
手をつなぎ、里香は顔真っ赤にしている。しかしそれはどこか嬉しそうでもあり、博孝はその場の空気に押され、自分の顔が赤くなるのを感じた。そして、それを誤魔化すように里香の左手を握り直し、意味もなく上下に振る。
「……なにかしら? 少し、胸がムカムカするわ」
「え? 食あたりっすか?」
その光景を見ていた沙織は、原因不明の“不調”を覚えて小さく呟く。その呟きが聞こえた恭介は、食あたりになったのかと心配の声を上げた。言葉にしたあと、『ES能力者』が食あたりになるはずもないか、と恭介は思ったが。
「どうしたのかしら……でも、このムカムカは体を動かせばなくなりそうね。というわけで――本気でいくわ」
「え、ちょっ、いきなり本気とか勘べんぎゃあああああああぁぁっ!?」
「きょーすけ!?」
模擬戦が突然再開され、恭介が吹き飛ばされる。それを見たみらいは、恭介のあまりの吹き飛びように思わず大きな声を上げた。
みらいは放物線を描いて吹き飛ぶ恭介を追いかけるが、沙織は追撃しない。防御を担当する恭介が負けた以上、みらい一人では勝ち目が薄いからだ。
そうやって吹き飛ばされた恭介を他所に、博孝はどうしたものかと内心で首を傾げた。訓練を続行するべきか、それとも一度仕切り直すべきか。そんなことを考えていたが、そこで博孝は“異変”に気付く。
「うおっ! 滅茶苦茶『構成力』が集中してるぞ!? ちょっ、危なくないかコレ!?」
余程集中していたのか、博孝と里香がつないだ手が白い輝きを放っている。それは里香が発現した『構成力』の光であり、博孝が戦闘で使用するように『構成力』が一点に集められていた。
「わわっ、ど、どうしよう!?」
「落ち着け! 暴発させるとまずい! 集中させた『構成力』はそのままにしろ!」
『活性化』を受けた状態で『構成力』を“集めた”ことがなかったため、里香は慌てたような声を上げる。どれだけ集中していたのかと恥ずかしく思う里香だが、今は目の前の対処が先決だ。
『構成力』の制御に注力し、暴発させないよう細心の注意を払う。ここまで集中させた『構成力』の扱いは初めてであり――そこでふと、“暴発しない形”に変えればどうなるのかと里香は思った。
「……あっ」
里香の意思に従い、手の中の『構成力』がその形を変える。それと同時に、博孝の手とは違う感触が指先に伝わった。恐る恐る確認してみると、白い輝きを放つ物体が手の中に存在している。
「これって……」
「『固形化』、だな。でも……」
それは、五級特殊技能の『固形化』だった。みらいが好んで使うES能力であり、『武器化』の前段階でもある。だが、みらいが発現する『固形化』とは大きな違いがあった。
「すごく……小さい、ね?」
“本来”は棒状に発現するES能力だが、里香が発現したものは何故か小さかったのである。棒と呼ぶには細く短く、しかし、それでいて込められた『構成力』の量は多い。
博孝と里香は顔を見合わせ、どうしたものかと互いに首を傾げる。
『瞬速』の訓練のために『活性化』に慣れていたら、何故か『固形化』を発現してしまった。まとめればそれだけの話だが、博孝も里香も腑に落ちない。
特に、里香からすれば赤面するしかなかった。握られた博孝の手に意識を集中していたら、一緒に『構成力』まで集中させていたのだ。そして集めた『構成力』のコントロールをしていると、『固形化』として発現してしまった。
(こ、こんなことで新しいES能力を発現しちゃうなんて……)
手の中で発現した『構成力』の塊を複雑な気分で見つめる里香は、穴があったら入りたい気分である。穴が無くても、自分で掘って埋まりたい。誰かが上から土を被せてくれれば完璧だ。
たしかに、『固形化』や『武器化』は発現したいと思っていたが、今発現したいのは『瞬速』である。
まるで、くじ引きで一等を狙ったら特等が当たったような心境だった。欲しかったものに違いはないが、一番欲しいものではない。しかし、あって困るものではなく、むしろ嬉しいのが困りものだ。
「お、おめでとう?」
「あ、ありがとう?」
新しいES能力を発現した里香に対し、博孝は素直に祝って良いのかと思いつつ声をかける。祝われた里香は、素直に祝われて良いのかと思いつつ返事をした。
『固形化』で発現した『構成力』は温かくも硬く、もしも棒状に発現できていれば十分武器になると思われた。もっとも、博孝が『固形化』や『武器化』を習得しないように、里香にとっても“武器”として扱えるものではなかったのだが。
(でも、これも“考え方”を変えれば違うものになるかもしれない……)
武器として扱えないのなら、武器として扱わなければ良い。沙織のように剣術を学んでも身につける自信がなく、みらいのように振り回して戦うだけの身体能力もない。これからの訓練次第でどうなるかわからないが、何かしらの応用ができるはずだ。
そう自分に言い聞かせる里香だが、それよりも先に、どうしても頭に浮かぶことがある。
「て、手をつないでいたら『固形化』を発現するなんて……その、ビックリだね?」
「……そ、そうですねー」
博孝以外が相手だったら、こうはならなかっただろう。そう考えるだけで、里香の顔は茹ったように赤くなってしまう。
しかし、そんな里香の様子を見た博孝は、全く違うことを考えていた。里香のように手をつないでいたわけではないが、“似たような条件”で博孝もES能力を発現したことがあったのだ。
(里香には言えねぇ……女子風呂を覗くために『構成力』を抑えていたら、『隠形』を覚えてしまったなんて、絶対に言えねぇ……)
博孝と手をつないでいたら『固形化』を発現した里香と、修学旅行で女子風呂を覗きに行って『隠形』を発現した博孝。
似ているようで似ていない二人は、しばらくの間無言のままで時が経つのを待つのだった。




